7-5 現状把握1
内縁軍の警邏部隊を内縁軍の地方部隊が攻撃した。言葉通りの状況なのだが、今この国、何がどうなっているのだろうか。助けられたのだから文句は言えない。
現在、俺達はトレーラーに収容され、何も無い荒野を走り回っている。ジグザクな経路であり、目的地を大きく迂回していた。追跡を警戒しているようだ。
助けられた際、月野は衰弱していた。トレーラーに乗車していた軍医の診断で脱水症状が認められたため、今は医務室で安静にしている。
一方、俺は少し被弾したり殴られたりしただけなので問題はない。整備班の手により整備、清掃が施されたが、オーバーホールは不要だった。
フィルターに詰まっていた砂を取るのは、耳掃除の快感に似ていた。まあ、生きた石鎧と対面した整備士は終始動揺されてしまったが。
これが普通の人間の反応だろう。生身の頃とまったく変わらない態度で接する、月野が異端なのであって、俺は月野の気持ちを当然のものであると受け取ってはならない。
「随分お変わりになりましたわね。紙屋様」
俺達を石鎧で救出してくれた女に対し、三対のカメラレンズを向ける。
腰まで届く長い後ろ髪なのに枝毛が一切なく、絹のように滑らかだ。地球時代には大和撫子なる呼び方をされていただろう、落ち着いた外見。女にしては長身ではあるが、それで清楚感が損なわれる事はない。
青い軍服ではなく、着物を着ていれば完璧だっただろうに。
「お前に言われたくはない、ルカ。爆弾女と呼ばれていた学生時代と別人だ」
「卒業後は斉藤家の女らしく振舞う代わり、学生の間は自由にさせて欲しい、というのが父との約束でありましたから。見違えるのは当然かもしれませんわ」
「……そう言うが、戦闘スタイルは変わってなかったぞ。腕を一本、駄目にしただろ?」
「強く、激しくが斉藤家の女の流儀です。国を守るためには、苛烈な一面も必要となります」
ぼさぼさ頭で一人称がオレだったルカが、微笑んでいる。記憶の中のルカとのギャップが強い。
「まあ、助けてくれてありがとな。助かった」
「少し遅れてしまいましたわ。鷹矢様の協力依頼より早く、南部の基地からは出発していたのですが」
「鷹矢……王子か。親衛隊が助けに来ず、内縁軍のルカが現れた理由を聞きたい」
「日が暮れた後、鷹矢様と合流できます。急ぎでなければ、その時にすべてをお話しますわ」
王子に対しては、伯爵からのメッセージを伝えなければならない。魔族の大群が戦力を見せ付けながら和平交渉に現れる。事前に伝えておかなければ、奈国は大パニックに陥るだろう。
既に外は青い夕暮れだったので、俺はルカの提案を採用した。
夕食を終えてしばらく、トレーラーは別方向から近づく石鎧の輸送車と合流した。
輸送車の側面にある所属を現すマークを確認すると、親衛隊の持ち物だと分かる。輸送車は小さな車体で石鎧を四機も輸送できるが、もちろん、人間だって運べる。
「奈国はこんなにも広かったか。統治しているとドームの少なさを嘆いてしまうが、移動していると広大なものだな」
「多くが開墾不能の無酸素地帯ですから」
「この百年で広げられたドームの面積は、ドーム全体の一パーセントにも満たない。余が王子でなければ匙を投げてしまいたいところだ」
クリームカラーの気密スーツを着込んだ男女が、トレーラーに招かれた。
透明なヘルメット越しに二人の顔は見えるのだが、はて、誰だろう。
「おお、無事に合流できたようで何よりだ。親衛隊が助けると明野に言付けておいて、結局、ソナタの友人の手を借りなければならなくなった。すまぬな、紙屋なる予科生」
気密スーツを脱ぐのを、明野に手伝わせながら顔立ちの良い男が謝罪してくる。
「……自分、予科生は卒業したはずでは?」
「在学中に入院したので、紙屋様は休学扱いです。わたくしは卒業しているので、立派な後輩ですわね」
ルカが何か嫌な現実を突きつけて来たが、今は来訪者の接客が最重要なのでキャッシュから削除しておく。どうも、この男が鷹矢王子のようである。
「お待ちしておりました。鷹矢様」
石鎧が十機ほど鎮座している格納庫と、外部ハッチは隣接している。
鷹矢とその護衛と雑務を兼任している明野友里は到着早々、格納庫に現れた。
ルカは深く頭を下げて、鷹矢を迎え入れている。あのルカが礼節を行えるなんて、父親気分を擬似体感し、カメラがオイルで濡れてしまいそうだ。
「斎藤の娘、遥。このたびは大儀であった」
俺と月野がドーム外で彷徨っている最中、通信で救助を求めたにも関わらず親衛隊の救援が現れなかったのには理由があるらしい。
ただ、理由はあっても放置はできないので、首都から動かせなくなった親衛隊の代わり、鷹矢は縁のあるルカに援助を求めた。そういった経緯だ。
「王子と知り合いだったなんて、ルカ。お前って実は特一級市民権持っているのか?」
「父の仕事の関係で、晩餐会には出席していますわ。王子とは、予科生になる前からの知り合いです」
俺が知っているルカは、本当は双子の妹か何かなのではなかろうか。爆弾娘と呼ばれていたはずのルカはどこに消えたのか。少し寂し……くはないな。このままのルカがベストプラクティス。
「長旅でお疲れのところ申し訳ございませんが、まず首都の様子を」
「そうであるな。一刻を争う事態ではないが、余裕がある訳でもない。部屋に案内してくれ」
鷹矢は長距離移動の疲れを感じさせない足取りで、ルカに連れられていく。俺も台座から立ち上がって付いていく。
「軍用車ですので客間はございませんが、広めのブリーフィングルームがございます」
ルカの所有物らしきこのトレーラーは、内縁軍が新規に発注した移動式の指令所なのだそうだ。石鎧の俺でも寛げる作戦会議室や、通信室が存在する。
護衛部隊の石鎧を十二機、無理に詰めれば三十機搭載できるという。更に、車体を二つ連結可能というのだから欲張りだ。
ブリーフィングルームに集まった人物は、俺、ルカ、鷹矢、明野に加え、病室からよろよろと現れた月野。
……そして、何故か着席している糸目の営業部長。
「どうして、東郷さんが当然のように座っているのですか」
技術と独創性に優れるマケシス社であるが、今、奈国を大きく揺るがそうとしている大事件に関わり合いがあるとは思えない。俺にとっては久しぶりではないが、きっちりとスーツを着た東郷を皆は覚えているのだろうか。
「紙屋君、お久しぶりです。随分と変わられたので」
「最近頻繁に言われますが……あの、東郷さん?」
「ああ。私は部外者なので、お気使いなく」
東郷の言葉は俺の考えを肯定していたのに、席から立ち上がろうとしない。正しく己の立場を認識しているのに、得られる結果が矛盾していた。
トレーラー部隊の長たるルカが東郷の隣に着席したので、何となく関係性が予想される。
「このトレーラーの開発元はマケシス社です。マケシスとは父の代から懇意にさせていただいております」
「斎藤家の方々は、弊社一番のお得意様でありまして。もちろん、親衛隊の方々も大切なクライアントでございます。また、月野製作所様とは武装を提供しているパートナーです」
「それって十分に関係者って事じゃないですか」
「いえいえ。弊社にできるのは武器調達ぐらいなものです。国家や惑星規模の危機に立ち向かう気概を持ち合わせておりません」
ようするに、ルカを後ろから支えているのはマケシス社なのだそうだ。
賢兎の量産型である石兎は本来、Maneuver《機動》オプションを装備できない。が、マケシス社の全面協力により成し遂げたと。
また、奈国首都へ急行するためのトレーラーを用意したのもマケシス社であるらしい。
……思えば、卒業試験中、急にマケシス社が月野製作所に協力を申し込んできたのは奇妙だった。お抱えチームがすべて敗退したから、優勝の見込みのあったチーム・月野製作所に擦り寄ってきたのだろうと納得していたが、真実は別のところにあったようだ。
人工物のような微笑みを東郷に見せているルカと、年下の女に頭が上がっていない東郷。
お得意様の娘さんが所属しているチームに対して、不正行為を働いてしまったのだから、マケシス社が挽回しようと励むのは当たり前か。戦闘以外で石鎧を壊されて、当時のルカは激怒していたしな。
「――さて、そろそろ、現状について情報を共有しようではないか。まずは余から首都の様子を報告しておこう」
お茶の配膳が終わったところで、鷹矢が会議の開催を宣言した。
手始めに、ブリーフェィングルームの照明が落とされる。長椅子の上座にいる鷹矢が司会を務め、付き添いの明野が薄型PCを操作して画像をプロジェクターに投影する。
俺は出入りのし易さを第一に考えて入口に近い席で直立――石鎧が座れる椅子がない――している。
月野は、椅子を寄せて俺と並び、プロジェクターに注目した。
「……えっ?」
プロジェクターの投影画像を見た瞬間、月野が驚きを口にする。
「私と同じ……黄色い、髪の毛」
「真ん中の女はそうだが、緑や赤の奴もいる。ただの偶然だろう。それに――耳の長さが決定的に違う」
鷹矢が持ち込んだ画像には、奇抜な格好をしたグループが写っていた。
その集団に属する女は皆、光沢のある銀色のドレスを着用している。男の場合は光沢ある銀色の燕尾服か。着こなすのは酷く難しいと思うのに、全員、規格統一されたかのように顔や体形が整っているので、銀色の服装が似合っている。
先頭を堂々と歩いている女は、特別、綺麗な顔をしていた。
白い肌と黄色い長髪が艶やかで、つい、画像越しであっても触れたくなるが、触れるのが恐れ多くて手を伸ばせない。
鼻立ちは高いが、高過ぎる事はない。人間の理想を追究したかのような場所に目や鼻、口が存在する。目隠しせずに福笑いをしても、こんな顔を作り出すのは難しい。
ドレスに浮き出ている体の線も完成している。脚の長さは奈国の人間には真似できない。少々貧相な部位も存在するが、筋肉の付き方はかなり鍛えられているので、小さい方が動き易いのだろう。
「彼女等は月の種族と己を呼称している。名前通り母星地球の衛星、月からの来訪者であると余は聞いた」
理想的な外見をした種族であるが、美しさは一番の特徴ではない。彼等の特徴は、ドーム人類にはない特徴であり人類的ではないのだが、決して汚点ではないだろう。
月の種族は、耳を長くする事で浮世離れした容姿に神秘性を付与していた。
「一方で、彼女等は魔族から狂った月の種族、ルナティッカーとも呼ばれている。魔族とルナティッカーなる存在が戦闘状態にあると断片的な情報から予想されていたが、ついに、二つの超越存在が惑星に降り立った訳であるな」
耳の長い美しい種族を、地球時代の人間はどう呼んでいたか。
「余等から言えば、月とは恐月と小月である。月の種族という名はしっくり来ない。が、ルナティッカーと蔑称で呼ぶ訳にもいかぬ。……ふむ、暫定であるが、余は彼等をアルヴと呼びたい。いかがだ?」
エル……あ、アルヴですか。




