7-4 知らない旧友との再会
直径十キロを超えるドームは巨大だ。
相応に、壁までの道のりは長くなる。
俺達が先程までいた建物は郊外にある病院だったのでマシであるが、ドーム外に通じる点検通路が設けられている壁までは長かった。
月野の言う通り、石兎の機動性は賢兎に劣っていた。Rオプションを装備している俺の脚に追いつける石鎧ではない。
……相手に車輪で動く輸送車両が無ければ、容易に逃げられたのだろう。荒れ果てたドーム外ならいざ知らず、整備道路しかないドーム内で車に勝る移動手段はないのである。
いや、歪曲した巨壁の端に点検路を見つけたというのに、僅か一キロの地点で内縁軍に追い付かれた俺の運がないだけだ。そう、俺が悪いのであって、先輩が無能な訳では決してない。
『我々は火器使用が許可されている。月野海、これが最後通告であるぞ』
「月野が動かしている訳ではないから、と言えば分かってくれると思うか。月野?」
「…………あ、なに?」
「無理させて悪い。もう少し堪えてくれ」
月野は俺に入っているだけであるが、俺が動けば四肢が動く。疾走の振動が内臓を揺らす。
装着者は訓練によって石鎧の操縦に耐えられるようになるが、月野は素人だ。体力的な限界が来るのは分かっていた。
労わってやりたいが対処方法はない。
素早く内縁軍を突破してやりたいが、これも難しい。
小型の輸送車量から現れたのは四機の石兎。数は多くないが、まだ停車していない輸送車量の中から降りて、展開を終えてしまう。厄介な相手のようだ。
脚部の電磁筋肉の違いを見せて突破、といきたかったが、一対四のフットボールなど端から結果が見えている。
敵は二機に分かれて、二方向から攻めてくる。連携は崩し難い。
石兎は、ハンドガンの銃口を俺に向ける。
「――ッ! 『ソリテスの藁』よ!!」
ハンドガンごときに過剰なのだが、当たり所によっては銃弾が貫通する。月野を守るために、装甲表面にオレンジ色の文様を展開させた。
弾を無事に弾いたが、次の瞬間、死角に入り込んだ石兎に脇腹を殴られてしまう。
ナックルガードでマニュピレーターを補強した一撃は、重い。内壁まで響き渡る。装着者の脇腹まで砕く打撃だ。
殺傷性の有無など、激痛の前では意味がない。
……俺が苦痛で悶える分には、問題もないのだろうが。石鎧ならば鎧らしく、完全にダメージを装甲で遮断してくれよう。
「痛ッ、たく。この体でも痛いのか」
藁で半減させてなければ、月野にまで被害が及んでいた。
接近戦は危険と判断して一度距離を開けようとする。
――なのに、即座に背中を殴られた。まるで未来予測でもされたかの如く、殴られる。避けた先で銃弾が待っている。まるで良く知る友人に癖を読まれているかの如く、銃弾で装甲を削られる。
小骨の癖に喉から脳髄を貫かれているような違和感が、俺を四機の石兎から逃さない。
「俺、何かしくじっているのか。――システムチェッ『ウィルス感染ありません』ク、通信波検『通信波感知できません』知もない。くッ、どうなっている」
数を振り切れないのは仕方がないにしろ、こうも攻撃を当てられる理由が分からない。
装着者としての技量差によるものであればお手上げであるが、ならば、さっさと俺を捕らえてしまえば良いものをと敵を詰る。
「ワイズで検知できない新手のウィルスか?」
「……たぶん、AIの不具合。一年前に、ペトロス作っている時に見つけた」
「ハ、なんだそれ??」
「回避や照準の選択アルゴリズムが、一定状況下でかなり偏る。……ワイズ用のパッチは用意してない」
苦しそうな声で、月野は回避成功率の悪さを答えてくれた。
AI射撃でハンドガンを撃ってみたが、石兎は見事に避けてしまう。月野の言う通り命中してくれない。
「AIに頼るのは危険なら、オフにするし――って俺止まるだろ」
賢兎は予科生が開発を手伝っていたような急造品だ。致命的なソフトウェア不具合が残っている可能性はあった。それが今になって脚を引っ張るか。もっとデバッグをしておけば良かったが、後悔してももう遅い。
ハンドガンの残弾はたったの四発。
動きが読まれている状態で接近戦を行うのも無謀だろうが、一撃必殺で石兎を仕留めなければならないのは現実的ではない。
で、あるのならば……非常識な力に頼るしかなかった。
「――俺はお前の未来を予言する。予言が的中した場合、お前は次の俺の攻撃を無条件で食らう。予言が外れた場合、お前は俺の次の攻撃を無条件で回避できる」
『ソリテスの藁』の発動とはまったく異なる、きめ細かい文様がハンドガンを持つ右手に浮かび上がる。
「――お前は俺の攻撃を、避けるっ。『クロコディルズ』発動!」
俺が倒した巨大な魔族、子爵級ルイズから受け継いだ爵位権限を初めて発動させた。
矛盾を孕んだ予言は、対象を縛る呪いの言葉だ。
銃口の先では、機能不全に陥った石兎が苦しげに胸を押さえている。放たれた銃弾は脚の付け根の関節部に入り込み、内部にいる装着者の脚にまで届いた。
『そのオレンジ色の発光は、まま、ま魔族っ!?』
『ドーム内に魔族が!』
『月野製作所は魔族の手先か、ガァああァッ』
毎回宣言しなければならない欠点はある。その代わりに、爵位権限で強化された魔弾は確実に石兎を戦闘不能に追い込んでいく。
石兎部隊は一機、二機、三機と仲間を失った。
最後の一機が勇ましく突撃し、ナックルガードで俺の頭部を殴り付ける。が、狙いが素直過ぎるので、ロジックバグを突く余裕さえなかったのだろう。
首を反らして衝撃を受け流す。頬の塗装を軽く剥がす程度のダメージしか負わなかった。
ナイフを脇の下に突き入れて、最後の一機も装着者負傷により倒れる。殺した訳ではないので、痛みを堪えれば立ち上がれるだろうが、石鎧がスクラップと化すまで戦い抜く愚者は兵士ではない。
損害を見極めた石兎は、輸送車両に拾われて後退していった。
ドームの壁にある搬入口に入り、ドアを破壊してから暗い通路を歩く。
十キロの壁は分厚く、歩いている体感時間は長い。淀んだチューブ空間は、息苦しいものであった。
だが、本当に息ができなくなるドーム外に到達してしまうと、何故だかドーム内が無性に恋しくなってしまう。ドーム人類の性であり、多くの石鎧装着者が体感する。
「月野、大丈夫か?」
「……うん。ぼくは紙屋君と一緒なら、どこでも良い」
「少し寝ていて良いぞ。何かあったら起してやる」
狭苦しい石鎧内部で寝るのは、訓練か適正が必要である。
月野の寝息は、たったの数秒で聞こえてきた。よほど疲れていたのだろうか。
一日目。
逃走する側としては好都合な事に、ドーム外は激しい砂嵐が発生していた。
一メートル先も見えない荒い砂の濁流の前では、電子機器であっても正常機能はしない。監視システムや無人機による偵察も、百パーセントで機能する事はない。この惑星における季節の変わり目では、珍しい事ではないが。
こんな天候でなければ、奈国首都からの逃走に成功するはずはなかっただろう。
だが一方で、賢兎の環境センサーも正常には機能してくれなかった。ドームの外で道を見失えば、生身の人間にとっては死を意味する。
無謀な走破は諦めて、一日目は岩陰の下でじっと耐え続けた。
二日目。
天候がある程度回復したところで、明野からの電文にあった秘匿回線を用いて救助を要請する。
俺はまだまだ平気なのだが、月野の身体機能低下をメディカルチェッカーが正確に検知してしまい、焦らずにはいられない時間が更に続いた。
「ごめんなさい。ごめんなさい、紙屋君」
「専用のスーツじゃないなら、な。汚いとは思わない」
月野が一番気にしたのは生きているゆえの生理現象であったが、何を言っても月野は謝るのを止めなかった。
結局、その日は明野の所属する親衛隊からの返事は、無かった。
問題が発生したのか、通信波は届かなかったのか。不安な夜が過ぎていく。
三日目。
逃亡から五十時間が経過した。
月野の容態が更に悪化したため、俺は逃亡を断念して全域に救難信号を送り、照明弾を撃ち上げる。内縁軍に拘束されるのは無念であるが、もう、我慢の限界だった。
数分も掛からず、内縁軍の警邏らしき輸送車両が現れてくれた。丘の向こう側から砂煙を上げなら二台が接近して、荷台から石鎧を下ろして部隊を展開する。
用心していないで早く来て欲しいところであるが、それは虫が良過ぎる。俺は既におたずね者の石鎧だ。アサルトライフルを向けられるだけの罪を犯してしまっている。
何より警邏部隊の懸念は的中し……、実際に敵襲があったからだ。
『――皆様方、申し訳ございませんが、そこの二人はわたくしの旧友ですので、譲っていただけませんか?』
丁寧な喋り方をする女の声で、その通信波は放たれた。
俺の位置から見て警邏部隊を挟んで対角線上、警邏部隊が通ってきた道を大型トレーラーが爆走している。
車体の青いカラーリングは内縁軍の所属を意味していた。が、それゆえに警邏部隊は酷く動揺していた。
『本部。こちら、一五警邏部隊。援軍がオーダーされたのか?』
『……なんの話だ? 正確に報告せよ』
警邏部隊の通信を傍受してみたが、本部もトレーラーの存在を知らないようである。
まあ……。
『トレーラーが、ああッ、ブツかる!? 全員退避しろ!』
何であれ、轢き殺そうとしてくるトレーラーに動揺しない人間はいないだろう。俺が原因ではないから、ひたすらに不憫だ。
トレーラーは車体をスライドさせた後、警邏部隊の輸送車両を跳ね飛ばして、俺の鼻先で停車する。ドライビングテクニックを賞賛する気にはとてもなれない。
『同じ内縁軍の癖に、敵対するつもりか!』
『宇宙人に弱腰な中央部隊と違い、わたくし達、地方方面軍は精兵ですわ。さあ、お覚悟を!』
トレーラーの荷台の上には石鎧が立っていた。
波乗りするかのようなバランス感覚を披露した後、警邏部隊の石鎧を一機ずつ巨大クローで切り刻んでいっている。
異形の石鎧だ。正規ラインで製造された物とはとても思えないから、強い既知感を覚えるのは間違いのはず。照合された型式が石兎のものに見えるが、たぶん、AIの不具合なのだろう。
『お久しぶりですわ。紙屋様』
「…………は? はじめまして??」
『あら、最後の青春時代を過ごした親しい間柄ですのに、悲しいですわ』
異形の石鎧の装着者は、最初に通信してきた女のようだった。記憶にない声質なので、初対面なのは間違いない。
「どうしたの、紙屋君?」
「起して悪い。救援を呼んだはずなのに、内縁軍同士で戦闘している」
「石兎? ……本当だ。ワイズのMオプションを、無理やり装着している」
『無事ですわね。月野?』
警邏部隊の石鎧は数を活かし、背中から異形の石鎧を攻める。
正攻法であったが、見えない位置から現れた副腕に襲われてしまった。数で押し切れないのなら、勝敗は決しただろう。
異形の石鎧はたった数分で警邏部隊を掃討し終える。
格下に対して圧倒的な強みを見せる戦闘スタイル。何故だろう。何もかも懐かしい。
「月野、あの女は初対面だろ?」
「……………………斉藤ル――」
『内縁軍将軍、斎藤和幸の最愛なる愛娘にして内縁軍南部方面軍特機部隊、斎藤遥ですわ。紙屋様』




