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キカイな物語  作者: クンスト
5章 火星に集う者。集う仲間。
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7-2 AI《俺》起動しました

 窓のない特殊病棟の唯一の入口が、強引に蹴破られた。

 最上階にいる鷹矢が対策を講じる前に、内縁軍の特殊部隊が到達したのである。電子ロックをハッキングするスマートな方法を採用せず、早さを優先したのだろう。

 石鎧の全長が二メートル半前後に規格されているのは、人間用の通路を通ってドーム内に侵入するため。ドーム世界の人間にとってドーム以上の至宝は存在しない。戦争であっても破壊する訳にはいかず、機能を保持したまま奪い取る必要がある。だから、石鎧のサイズは兵器にしては小型なのだ。

 ……こう論じると、被弾面積を少なくするため派のマニア達が必死に反論する。

 ただ、特殊病棟を襲撃している石鎧は、人間用の通路を進行している。頭部の環境センサーを天井に擦り付ける事なく、廊下は走り抜けている。人間サイズである事が功をそうしていた。

 防衛組織、警察機構の両方の役割を兼ね備える内縁軍は、ターゲットが週三日は王立病院に通っている事を把握して動いていた。特殊病棟の図面は入手できなかったが、十二機の石鎧が分散して探索している。

 そして、あっと言う間に内縁軍の特殊部隊はターゲットを発見する。

 三機の石鎧は、捕縛対象である二十歳の女、月野製作所の社長がいるともくされる病室に辿り着いたのだ。


『――月野製作所代表、月野海ッ! 政府の命により、お前を拘束するッ』


 突如の石鎧の襲撃。

 この緊急事態に対して月野は驚いた顔を作るよりも前に、酷く苛立いらだった顔を作る。

 横開きのドアをやかましく開いた石鎧の頭に耳を確認し、月野は更に一段階、機嫌を悪化させる。

『そこのお前、月野海だな!』

「ペトロス? 先行型を勝手に特殊仕様に変えちゃってるし。まったく……」

 祖父が設計し、父が精錬させ、己が完成させた賢兎ワイズ・ラビットは月野にとって我が子にも等しい存在である。

 しかし、妥協とコストダウンの末に難産した石兎ペトロス・ラビットは違う。正直に言って、二級な石鎧だ。ハイローミックス構想を考えれば、オリンポス製の高性能石鎧に金を掛け、月野製作所製の石鎧を安く買い叩く戦略は間違いではない。が、月野の不満を解消する理由にはなってくれなかったのだ。

 そんな石兎がここ二年間で最も気持ちが安らぐ場所へと、土足で踏み入った。

 この状況で、不機嫌にならない女はいないだろう。

『どうして石鎧が病室に? 手を離せッ。その石鎧から距離を置いて、床に伏せろッ』

「嫌だ。絶対に断るッ!」

 ただし、今は意固地になるべき状況ではない。銃口を突きつけられている状況で内縁軍に逆らう月野は、愚かだ。年齢的にもいい加減、若さは通用しない。

 賢兎と比べれば短めな耳を立てらせて、一機の石兎が病室に侵入する。特殊部隊仕様のカーキ色の石鎧が、ロボットとは思えない俊敏な動きで月野に近づき、細い腕を掴み上げた。

「痛ッ。ぼくが何をしたって言うんだ」

『抵抗するな。釈明しゃくめいの機会を得たければ、ともかく来いッ』

 月野は体を縮めて抵抗するが、か弱い身で石鎧にあらがえるはずがない。

「紙屋君ッ、紙屋君!」

『新型のオリジナルか。装着者はいないようだが……無力化するぞ』

 石兎は硬質ナイフを振り上げて、横たわる賢兎に狙いを定めた。女一人拘束するのに念が入っているが、特殊部隊ならば当然の処置であろう。

「紙屋君ッ!!」

 降って湧いた悪夢にしては、最低の分類だった。

 特別、月野とっては最悪だ。廃棄物に等しかった賢兎を、ようやく新品同然に直したというのに、また壊されようとしている。誰の悪意かは知らないが、黙って見過ごせる許容値を大きく振り切ってしまっている。

 月野にとって優先すべきは、二年間ずっと面倒を見てきた賢兎だ。賢兎に同化している紙屋九郎だ。月野という個人は、少なくとも月野の中では劣った存在でしかない。

 だから、意思を持って、月野は手を伸ばす。

 垂直に振り下ろされるナイフを、受け止めようとする。

「ぼくは、いい」

 鮮血が飛び散るだろう。

 ナイフの侵入角によっては指さえも数本まとめて散るだろう。

 大量出血を放置しなければ死ぬ事はないだろうが、女としては指輪をはめるべき指を失う。整備士やプログラマーとしても大きなハンデを背負う。日常生活においても不都合が起こるだろう。

「けど、紙屋君は、やらせないッ!!」

 月野の悲惨な未来を止められる者は、どこにも横たわっていな――。


「あー良く寝『メインシステム、セットアップ完了。AI、自律防御します』た」


 突如、無人のまま機動した賢兎の右手が、ナイフの刃先を握りしめた。装甲の隙間から搭載演算機を狙っていたナイフが、空中で凍りついたかのように停止してしまう。

 月野の手の平まで、ギリギリ。ほんの一センチを残した地点であった。

「…………起きた早々、どういった状況だよ」




 賢兎の液体コンピューターをフル稼働して、一秒間を圧縮して考える。

 えーと、まず、賢兎おれに似ている長耳がナイフを振り下ろしている。扉の向こう側にも二機見える。

 型式を参照した感じ、どうも賢兎の量産型らしい。月野製作所は倒産の危機を脱したのか。嬉しい限りであるが、弟みたいな奴に寝込みを襲われるとは世の中、すさんでいる。


 次に注目すべきは、ナイフの下に手を広げた女。

 黄色の髪の彼女は、俺の知っている月野から成長していた。やや大人びた感じがする。整備の邪魔だからと切っていたはずの髪が、首を覆うぐらいに伸びているので、社長業に専念しているのだろうか。

 年を経た月野は、より俺の好みの女になっていた。女は成長するものである。

 ……内部タイマーを同期して、現在時刻を正確に把握した。卒業試験日から二年も経過している。軽い浦島太郎の気分で、やや憂鬱ゆううつだ。

 それに、二年目の目覚めを待っていてくれたのは、月野だった。黒い長髪の彼女ではないのを落胆する程、俺は恥知らずな男ではないと思いたい。


 二年間など感傷には値しないので、今と向き合う。

 月野の白い手を突き刺そうとしていたナイフは、完璧に掴み取っている。勢いはあったが、電磁筋肉と油圧の二系統を持つ賢兎の握力は強い。

 トラブルは御免だ。伯爵級魔族ゼノンと十万の魔族の来訪を知らせる重大任務がある。が、月野の安全を確保しないと次に進めそうもない。

 こう決意するまで、たったのコンマ一秒未満だ。




「おはよう、月野」

「お、おはよ……って、二年待っていたのに挨拶が軽いっ!?」

「コイツ、ワイズの量産型だろ。どうして製作者の月野が腕を掴まれている?」

「ぼくが知りたいよ!」

 俺にナイフの刃を握られている石兎が、腕を振り上げようと踏ん張っている。彼の無駄な努力を無視して月野に事情を聞いてみるが、月野も事情を知らないようだ。

 仕方がないので相手方にたずねてみる。

「武器を収めて、話し合いません?」

『オリジナルが動いた。無人のはずではなかったのかッ!!』

 ナイフの回収を諦めて、石兎は柄から手を離す。そのまま流れるような動きで脇下のホルスターからハンドガンを取り出した。屋内での近接戦闘を意識しているため、切り落としたかのような銃身のハンドガンだ。

 台の上で仰向けになっている俺はいいまとでしかない。

 横に転がって回避するのも悪くないが、弾を撃たせない方向で対処する。近場に月野がいる事を意識すべきだ。

「ああ、悪い。これ返す」

 石兎がナイフを忘れていたので投げて返した。以前の俺は、ナイフ投げを苦手にしていたが、賢兎のAIと脳まで同化している今は違う。

 人指し指を狙い、その通りに硬質ナイフは命中する。

 指が断たれた事に気付かない石兎の装着者は、第二関節を動かして空振りさせている。石兎のAIにエラー検知されるまでの隙を突いて、俺は台座から立ち上がる。

 立ち上がる勢いを加算して、一直線に放ったのは、賢兎の左手。

 右二つ、左一つの非対称に配置されたカメラを持つ石兎の中央に、貫手に構えた左手を突き入れた。金切り声が室内に響く。レンズカバーを砕き、積層されている装甲板を引き千切る。

「非武装だと思っていたが、固定武装は使えるじゃないか」

 いつまでも月野の腕を強く握っていた罪は重いが、装着者を殺してはいない。額の先まで迫った磨がれた爪先に戦意を奪われ、尻餅をついたが、血一滴出ていないはずだ。

 ただ、そのまま無視はできないので、可哀想でも蹴り付けて床にめり込ませてやるしかない。

「月野、こいつの完全無力化を頼む!」

 装甲の下に隠れている端末を引き出した後、残作業は月野に任せた。製作者なら裏メニューの一つや二つ用意しているだろう。

「装甲は外すな。特殊部隊なら生身でも戦える。関節をロックしてやれ」

「や、やってみるっ!」

 まだ、石兎は二機存在する。対処が必要だ。

 逃走させないために入口を固めていた二機であるが、仲間の損傷を見過ごせず、室内に入り込んでいた。

 先制攻撃を仕掛けてみる。

 俺は床のタイルを陥没させて力を溜めて一気に解放する。天井まで届く跳躍を行い、今度は天井を足場にして上方より石兎を奇襲した。


『オリジナルの石兎は。こんなにも出鱈目でたらめなのか!?』

『試作機が正式採用機よりも強いはずがないだ――あがぁッ』


 滑空中に半回転し、左側の石兎の肩口に着地してやる。装甲板をくだいた石兎が倒れていくのを待たずに、右側の石兎にも襲い掛かる。

 現実には二年前の事なのだろうが、個人的には決勝戦でアキレウスと戦ったばかりなのだ。速い動きに目が慣れているから、容易に石兎の次の動きを察知できる。石兎の装着者は彼女よりも格段に弱いので、できて当然だ。

 フェイントを挟んでの回し蹴りが直撃した。石兎を壁に飛ばす。

 バックステップで移動して、倒れている石兎の腰を足底の鉤爪で斬り裂く。

 賢兎の体に馴染んでいるお陰で、短時間で二機の石鎧を行動不能にするのに成功する。石鎧との同化により手や足を使った操縦という手間が省略された分、ワンテンポ早く動けるようになっているのかもしれない。

「紙屋君、こっちは終わった」

「俺も終わったが――。環境センサーが別の石兎の歩行を捉えた。ここから脱出しないと不味いな」

 部屋には出入り口が一つしかない。窓もないため、一箇所を固められるだけで閉じ込められてしまう。

 石兎は複数グループに分かれて行動していると予測されるが、連絡が途絶えたグループがいれば即座に集まって来るだろう。

「……よし、月野、俺を着ろ。一緒にここから退避するぞ」

「へぇ?」

「へぇ、じゃない。早く。ワイズを着た事あっただろ?」

 月野は顔を赤くして、ソワソワと体を左右に揺らしながら俺を見詰める。

 破廉恥はれんちな願いを口にした覚えはない。石鎧は水着や下着にならなければ着られない品物ではないので、月野の恥ずかしがり方はおかしい。

 議論の余地はないので、返事を待たずに前面装甲を解放した。首が九十度後ろに曲がって人が入り込むスペースを確保する。……流石にこの生首な体勢は、違和感が強い。


「お、お邪魔します……」


 石鎧の装着風景は、自立しているツナギを着るイメージで問題ない。

 タイトスーツな月野が俺を登る手助けするため、段差をつけて手の位置に固定する。やや時間をかけて月野の体を内側に収めると、開いた時とは逆の手順で装甲を閉じていった。

「……月野って温か『装着者の体形に合わせて、内部緩衝材を自動調整します』……ああッ、音声通知が面倒な。音声オフ――――」

「紙屋君??」

「――――音声オン。AIの音切ると俺まで喋れなくなるのかよ」

 細い月野の体を包むため、柔らかな緩衝素材が膨張し始める。血液を圧迫せず、だが動作や攻撃の衝撃は減少させる石鎧の内部素材は、地味なのに高度な技術の結晶だ。

 俺よりも小さな月野に調整され、同時に装着者登録も完了した。

 準備は整ったので、さっそく逃げ出そう。


「――ッ! 待って! 身長体重腰胸尻パーソナルデータを知られちゃってないっ!?」


 歩行中に喋ると舌を噛むので、お止めください。


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