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キカイな物語  作者: クンスト
4章 Two years later...
63/106

6-8 そして奈国はジレンマに陥り、ある少女の受難が始まる

 空からゆっくりと降下していた三機の機動兵器は、戦闘行動を開始する。

 二機が速度を上げて谷底を目指す中、最初に攻撃を行ったのは重装の三号機である。

『ふはははっ! 魔族ごときには貴重なシード弾だ』

 三号機の両肩の中に内蔵されている投擲機が機動した。

 一定角度で放射状に、片側二十四個の弾頭を撃ち出す様子は、水上艦に搭載されている対潜迫撃砲のようであり、ホウセンカが熟成した種を弾き飛ばすようでもある。

 重力に従い落ちていく特殊弾頭の群は、各々に優先撃破目標を選定する。演算とデータリンクを完了すると、一斉にカバーを破棄、弾の本体を現した。

 二つの円錐を底で接着した構造を持つ奇妙な弾は、落下速度を増す。更に高速回転する事で貫通力を高めて、頭を上げていた市民級の頭部に突き刺さった。弾は、墨汁色の魔族の体を易々と抜けていく。頭部の裏側から出てきた後は、近場にいる別の市民級の胸を貫く。

 対魔族用の特殊弾頭、シード弾には自律AIと斥力場発生装置が組み込まれている。

 燃料が残っている限り重力を無視して飛び回る。

 AIによる自律制御ゆえ、効率的なターゲッティングを続けられる。

 シード弾は、月の種族にとっては単純な構造をした兵器だ。実体を持つ弾など前時代的とさえ言える。

 しかし、遠距離からの狙撃や高高度からの爆撃に耐性がある魔族に対して、投擲武器でありながら近接武器の性質を持つシード弾は有効に働いた。

『ほら、ほら。きちんと持たないと危ないぞ』

 魔族も棒立ちしている訳ではない。勇敢なビースト級が、自慢の肥大化した両手でシード弾を掴み取る事に成功する。

 が、その瞬間、シード弾の内側から刺突性のある液体金属が流出。剣山と化して、獣級の手の平を串刺しにした。

 両手を広げて苦悶している獣級の頭へと、別のシード弾が飛来して穿うがつ。

『種まきだ。もっと無様な姿を見せてみろよっ! 地球の突然変異生物ごときが、惑星航行なんて生意気するから、穴だらけにしてやるんだ!』

 三号機の両肩からまた数十のシード弾が発射された。

 発射されたシード弾の合計数は百近い。スペック上、一発のシード弾で下級魔族五体は仕留められる。つまり、三号機は既に五百の魔族を相手取っているに等しい。

 貪欲なる三号機は更なる戦果を求めて、右のかいなに固定されているドラム缶を構えた。

 ドラム缶の中には八つの筒が備わっている。輪切りにしたレンコン形状あり、いわゆる回転式弾倉シリンダーに似ているが、銃口に相当する筒が存在しない。

『溶けちゃえ、溶けちゃえよっ! リヴォルリング・レーザー照射』

 魚類の目のような増幅器が高速回転を開始すると、直線上に立っている魔族の上半身が溶け落ちてしまう。

 三号機の着陸の瞬間を待ち構えていた墨汁色の集団が、不可視の熱線に襲われて融解していった。


“――ルナティッカーッ! 狂った生物兵器共が、火星にまで現れおって! 我が爵位権限『首吊男フーリッシュ・ハングマン』を受けるがよいわ!!”


 領民たる魔族を守るため、全長五十メートルの巨大な壁が進出してきた。

 墨汁色の長方形はモノリスを想起させる。木星の衛星上に刺さっていれば、人類の先を行く知的生命の存在を疑っていたに違いない。

 巨体を支えるために太い脚が四本、壁の底辺から生えている。ただし、見るからに動く事に適していない構造であるため、動きは酷くのろい。

 浮き足立つ下級魔族をかばおうとして動いているようであるが、高速飛翔するシード弾や不可視の熱線を捉えるのは無理がある。面積は広いが、移動方向を予測されては意味がない。


“我はこれより五分間、ルナティッカー共の攻撃から眷属を守る。我が行動をルナティッカー共は予測できない”


 壁な体に見合わない、低音域の発音が心地良い言葉が谷底に響いた。

 空中からゆっくりと峡谷きょうこくの内側に降り立った三号機は、巨壁の発言を無視して下級魔族の数を減らす作業を続行する。が、先程までと打って変わって、逃げ惑う魔族をうまくほふるのが難しい。

 原因は、墨汁色の巨壁が三号機の攻撃を受け止めているからだ。厚さが一メートルを超える硬い壁を傷付けるには打撃力が足りない。

 三号機のオプションは重い。他の二機に比べれば低機動であるのは仕方がないが、それでも魔族の中でもゲテモノなウォール級の歩行よりは断然速く動ける。

 そもそも、シード弾のAI制御は完璧であり、峡谷の左右の壁を避けて飛べる。なのに、巨大な壁級を避けられず衝突してしまう。

『クソっ。どうなっているんだよ、これっ!』

 巨大な壁の正体は、壁級がベースの男爵級魔族である。壁級は仲間を飛翔体から守るための個体であるが、爵位を持っていても役割は変わらない。


==========

“石鎧名称:ウォール

 出身地:地球、ユーロ地方

 スペック:

 石鎧と同じようにドーム外で活動可能な謎の生命体。その正体は、惑星間航行により火星に降り立った地球の魔族である。

 壁級は中級魔族に属する。個体数は他の中級魔族に比べて少ない。

 四本の図太い脚を持つが、移動は得意ではない。その代わり、防御力は他の魔族よりも優れている。魔族の軍団では、文字通り壁となって仲間を守る。

 ちなみに、この壁級の男爵は五年前から奈国近傍に潜んでいたが、これまで暴れる事はなかった。というよりも、険しい峡谷に誤って落下して、抜け出せずに困っていただけであるが。お茶目である”

==========


 先程、男爵級は己の行動を予測できない、と宣言した。

 しかし、AIを使わなくても計算できる程に男爵級の動きは遅い。完璧に動きを把握された男爵級は、下級魔族を絶対に庇えない。

 ……そう予測した瞬間から、巨大な壁が見えなくなかったかのごとく、三号機は単純な攻撃を開始した。もっと狙い易い魔族の団体がいるはずなのに、位置だけを言えば攻撃し易い壁の向こう側にいる魔族を狙い続けている。

 視界がきりで覆われた訳でも、男爵級が透明化した訳でもない。

 男爵級では下級魔族を庇えないはずなのに、どうして庇えているのか。こう、三号機はひたすら不思議に思っているだけである。

“体勢を立て直せッ! 敵の数は高々三匹ならば、我が攻撃を受け止めている間に突撃するのだ”

 男爵級が用いた爵位権限『首吊男フーリッシュ・ハングマン』は、一定時間、対象の予測能力を奪う効果を持つ。正確に言えば、予測したがゆえに男爵級の動きを予測できなくなる。

 三号機の装着者やAIは、男爵級の行動を完璧に予測した。その結果、庇うのは不可能であると結論を下す。

 だから、可笑しいのは単調な動きを続けている三号機ではない。

 予測に反して魔族を巨壁の堅牢さで守り続けている男爵級の方である。予測は完璧なのだから、男爵級の宣言は真っ赤な嘘であり、壁で邪魔している事実はありえない。


『ウザったい貴族級だなっ! 二号機、何とかしてよ!』


 壁級男爵の爵位権限にはまってしまった三号機は、近くにいる二号機に助けを求める。

 逆関節で、細くて長い、節足動物を思わせる脚部を持つ二号機。谷底の乾いた地面を歩行すると、棒を突き刺した後のような足跡しか残らない。

『――二号機、了解。最大出力で一掃する』

 三号機よりも先に地面に降り立っていた二号機は、脚部のスパイクで市民級を突き刺す地道な攻撃を行っていた。四肢は変わった形をしているが、三号機よりもはるかに軽装な二号機は、面制圧可能な武器を持っていないように見受けられる。

 そんな二号機が、手首より先のない両腕を天に向かって振り上げる。

 壁級男爵まで軽く三百メートルは離れている。飛び道具でなければ、攻撃は届かない。

 いったい何をしているのかと思えば、凹端子メスコネクタ形状の腕からまばゆいプラズマの刀剣を生み出しているのだ。それも、峡谷の底から先程降り立ってきたばかりの雲を貫く程に長い、銀色の刃である。


『ブラスティング・ソード――両断』


 物体ではないゆえ質量のない超長剣は、いとも簡単に振り下ろされた。

 同じ戦闘区域にいた二号機も、壁級男爵の爵位権限の影響を受けている。とはいえ、壁級も巻き込んで直線一キロ範囲の敵を両断するのであれば、爵位権限や壁級の体を考慮する必要はない。

 銀色のプラズマ粒子が火星の大地を割る。

 三号機の攻撃を受け止めていた分厚い壁が、あっさりと縦に分割され、左右に倒れていく。最後の言葉でたたる余裕さえなく、灰と化していく。焦げ臭い余韻よいんだけが残された。

 壁級男爵を信頼し、細長い峡谷に陣取っていた事が大きく災いした。二号機の一刀により、魔族陣営は全体の三割を失う破目になる。

『三号機、補給を頼む』

『ああーもうっ! 貴族級だけを始末してよ。雑魚を殺すのが楽しみだったのにさ』

 軽い金属音が響く。地面にソケット部分の焦げた腕が二本落ちる。

 両腕をパージし終えると、二号機は畳み込んでいた棒のような副腕を三号機の背後に伸ばす。

 二号機は大出力の攻撃を可能としているが、その分武器の磨耗も激しいという制約を持つ。エネルギーを使い切るたびに腕ごとの交換を必要があり、そのため、三号機の背後には数本の腕が格納されていた。

 一分もあれば終了する、わずかな補給時間である。

 しかし、仲間を灰にされ、魔族の死んだ証である灰すらプラズマに蒸発されてしまっては、オレンジ色に激昂した魔族共が二機を許すはずがない。百近い魔族が最速で突撃を仕掛けており、先頭では騎兵キャヴァリィ級が右腕のランスを伸ばしていた。

 二機の補給中、護衛役を務めるのは一号機だ。

 魔族の突撃部隊の進攻方向に、一号機は浮かびながら現れる。腰の左右から生えた、骨だけ残した蝙蝠こうもりの羽が発光している。


あわれな魔族共。滅びた人類と偽らなければ自己を保てない、ただの突然変異。ならば望み通り、人類と同じように滅ぼそう』


 斥力場発生装置たる羽の関節が曲がり、円を形作る。

 月の種族の象徴たる、満月を模した斥力場発生装置が惑星の重力を打ち消す。重力の消失は一号機正面の広範囲におよび、魔族共は文字通り浮き足立つ。

 一号機が片手を正面に伸ばす。

 五本の指を折り曲げていくのに連動し、魔族は筒状の空間に潰されていく。生きながらにして、腕や背骨が逆方向に折れ曲がり、腸詰めされるひき肉がごとく圧縮されていく。相手が魔族といえど、うめく相手を無感情に潰す一号機の装着者の神経は、酷く残忍だ。

 そして、一号機の手が完全に拳を作ると、突撃していた魔族すべてが数センチの棒となり、地面に落ちた。

 たった三機の奇襲により、魔族は大打撃を受けてしまった。残存する魔族は、力を結集する以外に生き残る方法はないだろう。

『一号機より各機。後続が到着した。挟撃して、魔族を一匹残らず殺し尽くせ』

 ……雲の上から更に機動兵器が降ってきた時点で、運命はあらがえないものになってしまったが。

 増援の機動兵器はやや簡略化された形状をしている。先発の三機ほどの超越的な力を持たない量産品であると知れるが、頭に長い耳を持つ人型機動兵器は、どれも魔族を超える力を有していた。




 魔族をほぼ掃討し終えた空からの訪問者の次の仕事は、現地住民との交渉である。丁度、戦場の傍に奈国の軍隊がいるので好都合だ。

 奈国の石鎧部隊は、謎の軍隊に戦慄して動けずにいたのだ。前進も後退もできず、何が正しい行動なのか判断できない。

 謎の軍隊が、本来の戦う相手である魔族を倒してくれたのは有り難い。が、想像もできない科学技術で圧倒したのはやり過ぎだ。大きく見積もって魔族と五分五分の勝負しか行えない奈国の軍隊にとって、謎の軍隊は魔族以上の脅威である。

 憎い魔族を討伐してくれたのなら、手を取り合える、なんていうのは幻想だ。

 敵の敵が味方である保障など、火星のどこを探しても落ちてはいない。

『私が交渉役を務める。この者達が火星固有種であるか調査を行う。人類の子孫であるという危険思想が、どこまで広がっているかも確認せねばなるまい』

 戦闘を終えたばかりだというのに、一号機の装着者に疲労はない。それほど苦労した戦いではなかったためだろう。

『友好条約締結はそれからであるが――二号機、三号機。あの機体、似ていないか?』

『……ああ』

『あの耳! 猿真似の模造品過ぎて、笑える』

 一号機がカメラレンズを向けて注目したのは、奈国内縁軍の一部隊である。

 そこには、石兎ペトロス・ラビットという名の最新鋭の石鎧が配属されている。

 石兎の新型であるという自信は、初陣を迎える前にかすれてしまった。そわそわ、と長耳の環境センサーを動かして、謎の軍隊が襲い掛かってこないなビク付いている。

『――我等の同胞がいるのかもしれない。それとも、拷問して技術だけを奪ったのか。……良し』

 一号機の装着者は、戦闘員であるが統率者でもあった。謎の軍隊の中での階級は高い。

 全周波数で彼女は火星の軍隊に通達する。言葉が通じるかどうかは、駄目元だ。


『火星の者達よ。我等は月の種族の派遣部隊である。地球の正当なる後継者である我等は、火星の固有種と友好条約を結ぶ用意がある!』


 意外にも言葉が通じているのか、奈国の軍隊は隊列を乱して動揺していた。一号機の宣言後、通信量が飛躍的に上昇している。

『ただし、友好条約には条件がある。一つ、地球の植民者の子孫であるという誤った認識を捨て去り、固有種である証拠を示せ』

 外縁軍の最前列にいる白い石鎧だけは、あまり動揺していないようだが。興味深そうに、三機の機動兵器をうかがっている。


『二つ、そこにいる耳を持つOAの製作者を拘束し、我等に差し出せ。我が月の種族の技術を盗用した疑いがあるため、聴取する。なお、種族として劣るお前達に拒否権はない! 火星全土を焦土と化すだけの戦略兵器を携えている事を、あらかじめ宣言しておこう!』


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