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キカイな物語  作者: クンスト
4章 Two years later...
61/106

6-6 我はメッセンジャー

 魔族同様の墨汁色をした惑星間航行船は、完全な丸型ではない。錠剤のような楕円をしている。横軸を中心に回転している様子は、銃口から放たれた銃弾にそっくりである。

 色合い的に宇宙の無色が保護色となっているが、背景の銀河団をかすめる際には浮き彫りになる。また、後部はオレンジ色にまたたいているで、発見難度はそう高くない。

 その黒くふくれた惑星間航行船の腹の中には、何万もの異形をはらんでいるのか。


==========

“名称:惑星間航行船

 製造地:地球、アジア地方

 スペック:

 地球/火星間を行き来するために構築された魔的な構造体。

 大元となっているのは宇宙進出時代のHLVだと想像されるが、大きさから航行距離から、何もかもが桁違い。

 また、これまで魔族が使用していたどの惑星間航行船よりも体積が大きく、数も多い。伯爵級の貴族でなければ、人員的にも資源的にも、ここまで大規模な船団は組織できなかっただろう。

 卵のような形状をしている。噴射口らしき部位がオレンジ色に発光しているので、魔的な力で動いている事は間違いない”

==========


「さて、義息子よ。伯爵級たる私の頼みを聞いてもらえないだろうか」

 圧倒的な戦力を見せ付けた伯爵級ゼノンが、いったい俺に何を願うというのか。

 キザな悪役が頻繁に語る、死んで欲しい、という台詞を吐いてきたなら、笑い死にしてやる用意はできている。わざわざ宣言せずとも、百万の戦力を有しているのであれば、俺を潰すぐらい造作もないだろうに。

 妙に低姿勢な声質で、ゼノンは願い事の正体を明かす。


「火星人類との、和平の橋渡し役になってはもらえないだろうか?」


 ゼノンは九十度近く、頭を下げる。

「…………は?」

 予期していなかったゼノンの挙動に、俺は見っともなく大口を開いてほうけた。

「聞き取れなかったかね? 魔族と火星人類の和平だよ」

「それは聞こえた……から、混乱しているのだが??」

「これまでの不幸な出来事を目の当たりにしていれば、魔族を誤解してしまうのは仕方がないだろう。しかし、純正ではないとはいえ君も同族であるのなら、魔族が理性の欠片もない、野蛮と狂気を主食とする種族ではないと理解できるはずだ」

 ゼノンは頭を上げ直して、対等な高さで俺を見詰める。

 今回、ゼノンが眷属を率いて火星に来訪する目的は、領土拡大の殖民政策ではなかった。惑星をへだてた知的生命体同士の、お互いを尊重し合う平和条約の締結がゼノンの目的だ。

「悲しいではないか。同じ星から誕生した命が殺し合うなど、ナンセンスにも程がある。隣人同士愛し合おうではないか」

 ゼノンの目的を理解した瞬間、俺の頬が熱くなる。


「今更っ! 魔族から攻撃してきて、戦争まで起きたんだぞ!」


 酷く耳当たりの良い言葉が、俺を激昂させる。

「不幸な誤解により、一部の貴族が暴走した件については地球の魔族を代表し、私が公式に謝罪しよう。補償は当然行う。火星上に留まっている首謀者を捕らえる戦力も用意する。ああ、もちろん、捕らえた魔族の裁判は、そちら側の法律にのっとってくれて構わない」

「俺はどうなるんだ! 家族を故郷ドームごと失ったのに!」

「本当に取り返しの付かないあやまちだ。許して欲しいとは言えないが、更なる不幸を呼ばないためにもこらえて欲しい」

 ゼノン伯爵はとても卑劣だ。

 先に大戦力を明かして俺の肝を冷やしておく。そうする事で、俺が瞬間沸騰しても、理性という許容値を超えないように調整していた。

「和平が進めば、技術供与も可能となる。核で汚染された地球を浄化する術は、火星の緑地化にも応用できると思うぞ」

 遅過ぎる和平交渉にどれだけ怒り、オレンジ色の文様が頬に浮き出る事を押さえられなくても、ゼノンの願いを感情任せに断る事ができない。

 直接の被害者である俺に願い事をするゼノンはマトモではない。

 だが、和平という願い事自体はマトモなものだったからだ。



「…………奈国とのパイプ役にはなってやる。和平がうまく行くかは保証しない」


 逡巡しゅんじゅんしたのは、体感で十分から一時間。

 俺が答えるべき言葉は最初から決まっていたが、声にするには相当の努力が必要で、正しく発音できたかは怪しい。

「十分だ。義息子に感謝する」

 黙って俺の言葉を待っていたゼノンは、柔和な顔を作ってうなずく。

 魔族に協力する方針が定まった。

 続いて、奈国上層部に和平の意思を伝える手順について確認していく。口頭であるため覚えるのが大変であるが、それだけの使命なので必死に記憶へと刻んでいく。

 ただ、俺はゼノンの来訪を伝えるメッセンジャーでしかない。やるべき事はそう多くない。

「義息子の状態は分からないが、目を覚ましたら、まず国の王族と接触するのが妥当であるか。王族が政治に関与できるのであろう」

「すべては目を覚ましてからか。……ん、そういえば、今の俺はどういう状態なのか分かるのか?」

「正確には不明だ。ナイナーの『ソリテスのわら』は異なる状態を曖昧あいまい化し、限りなく近づけていくものである。応用できれば、生物と鎧の差分をゼロに近づける行いもできなくはない。……が、たったの数年で成し遂げるのは不気味であるな」

「隊長達はもっと早くSAと同化して、人間でなくなった。倒した貴族級の力が暴走しているのかと思っていたんだが」

 人間に擬態できる魔族が、俺の現状を言い当てられないのはやや期待外れだ。

「確かにナイナーの力を感じるが……やや異なる。……ふむ、なるほど」

「一人で考察しないでくれ」

「――和平交渉を始める前提を確認しておこう。私とした事が、少々先走り過ぎた」

 俺の状態について確認してはずなのに、ゼノンは勝手に話を進めてしまう。

 いや、和平交渉を行うと決めておいてから条件を加えてきたので、話が一歩下がってしまったのか。

「大事な確認なのだが、難しくないので気軽に答えて欲しい」

 昨日の夕食の献立こんだては何か。そんな口調でゼノンは俺に問う。


「火星人類は、本当に人類なのだろうか?」


 ゼノンの言葉が、俺をうんざりした気分におちいらせる。

 毎回、魔族共はドーム人類を、ルナティッカーなる敵対勢力と勘違いしてくる。

 俺が和平交渉のメッセンジャー役を受諾してから質問してくるゼノンの態度にも辟易へきえきしてしまう。

「義息子、そんな顔をしないでくれたまえ。魔族にとっては大事なのだ」

「そもそも、魔族も元々人類なら、一目見れば分かるだろうに」

 あまりにも変貌へんぼうし過ぎているが、魔族も俺達と同じ人間である。ルナティッカーとの戦争が、それだけ悲劇的であった証拠なのだろう。

「魔族が人間の形から大きく逸脱いつだつしている。これは魔族自身が何より理解しているゆえ、魔族と火星人類を見比べても答えは出ない」

 背もたれの長い赤い椅子に座り直したゼノンは、言葉を練り出す。

「だが……私の記憶にある人間と、君達の形状はあまりにも違う。人間とはもっと柔らかそうな形をしていたような。もっと大きかったような。うーむ」

 ゼノンは、人間だった頃の古い記憶を、あまりうまく言語化できずに低くうなる。

 ドーム世界の人間を疑っている割に、ゼノン本人も人間の形を正しく覚えている訳ではないようだ。根拠もないのに疑われるのは腹立たしい。

「まあ、問題はない。私の曖昧な記憶に頼ったりしなくとも、物理的な証拠を君達は持っている。君達の国には、第一世代の殖民者の墓地があるではないか」

「首都にある遺跡の事か?」

 違う星の一国家の観光地なのに、妙に詳しいな。

「そうだ。火星人類にとって神聖な場所であると承知しているが、あの時代の人間が埋葬されているのであればおがんでおきたくもある。遺跡が真に人類の墓であるのなら、和平交渉は円滑に進むであろう」

 奇妙な条件を提示されたものだが、悪魔との取引に比べればかなり安い。

 先祖の墓をあばく事になってしまうが、奈国政府も魔族との全面戦争を行うぐらいなら調査を許可するだろう。

 ……ただの二等市民でしかない俺は、ゼノンの和平条件を、あまり重要な事だとは思わない。



 交渉期限や連絡手段について、もっと話を深めていく必要がある。

 休憩を挟むのは勿体無い。まだまだがんばろうと気合を入れて直す。

 そう息を深く吸い込んだのが切欠きっかけではないだろうが、突如、真空宇宙に大きな花が咲く。


「――宇宙で攻撃。ルナティッカーか」


 斜め上方を行く惑星間航行船の表層で、目を焼く程に高密度の熱量が発生したのだ。

 空気がないため衝撃波は伝わって来ないはずであるが、周囲の光景にノイズが生じる。音のない巨大な爆発は、恐ろしさよりも違和感を先に覚える。

「あの生物兵器共め。私達よりも早く火星に遠征していたのか。高速航行中を狙ってくるとは、小賢しい」

「また爆発した。大丈夫なのか?」

「心配にはおよばない。ただの核機雷であろう」

 ……ゼノンは、地球文明の負の兵器をさらりと言わなかっただろうか。

 嬉しくもないのに口元をゆがめてゼノンは笑っているが、俺には余裕のある状況とは思えない。

 惑星間航行船は機雷ゾーンに突入したようで、頻繁に爆発に襲われるようになっている。

 特に運の悪い一隻は、先端部がヒビ割れて、内部から火柱を上げていた。

「魔族は大量破壊兵器では死なん。が、軌道を反らされては到着が半年以上遅れてしまう。申し訳ないが、私はこれから対応に入る。今日はこれで対話を終えよう」

「ちょっと、待ってくれっ! 忙しいのは分かるが、せめて次いつ対話できるか決め――」

 俺の主張は無視された。

 周囲の光景が高速に遠退いていき、俺の意識は赤い惑星へと吸い込まれていく。

 そして、古風なテレビ画面の電源を切ったかのように、意識がブチンと停止してし――。


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