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キカイな物語  作者: クンスト
4章 Two years later...
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6-2 招かれざる客達

 特殊病棟にいる月野海つきのうみが本日の見舞いを終えて、会社に戻ろうとしている最中だった。

 月野は、並べていた工具を箱に仕舞い終えた。次は床の掃除を行おうと、病室の入口に付近にある掃除用具入れに意識を向ける。

 その時、分厚い両開きドアが外から開けれた。

「……あ、誰かお見舞いに来たの、か――」

 仕立ての良い赤銅色の礼装、詰襟つめえりの軍服を着た女が入室してくる。

 月野のは女の顔を確認した直後、表情を激変させる。最も機嫌の良い時間帯を過ごしていたはずの感情が、急速に、最悪に、ドス黒く塗り替えられた。

 月野は工具箱に仕舞ったばかりのレンチを取り出すと、迷わずドアへと投げ付けた。

 レンチが軍服の女に命中しなかったのは、月野がそう狙った訳ではない。綺麗な顔にブツけてやろうと本気で思っていたが、運動音痴、ノーコンの月野にそんな技量がなかっただけだ。


「――帰れッ!!」


 月野は整備台に横たわる賢兎ワイズ・ラビットを背に隠して、軍服の女に対して叫ぶ。

 敵意で満ちた眼光は、眼鏡レンズぐらいでは一切減衰しない。

 しかし、様々な方法で威嚇いかくされているというのに、軍服の女はひるまない。無表情で月野――の背後を見ようとしているだけである。

「帰れと言っているッ!!」

 軍服を着ているだけあって、女の背筋は床から見て垂直に伸ばされていた。揺らぎはない。何度月野に叫ばれても動じてはいない。

 ただし、軍服の女は病室に一歩踏み込んだだけで、それ以上の入室を強行しようともしない。紫色のひもで束ねた長い黒髪の先が、ほんの少しだけ上下に動くだけだ。

 軍服の女が入室してきた目的は、明白だ。ここは石鎧の整備室と変わらない作りをしているが、それでも病院にある病室には変わらない。見舞い以外の目的があるはずがない。

 実際に、軍服の女が手に持っている物は、花束だ。ドーム世界では希少価値の高い生花であり、栄えのある赤い色をしたイカダカズラを抱えている。

「病人の部屋に、花を持って入るなッ」

 生花を入れている花瓶の水は、緑膿菌の温床となる。そういう理由から、病院によっては病室への持ち込みを禁止している事がある。

 実のところ、花瓶に限らず洗面台の水の中でも菌は繁殖するものではあるのだ。患者の過剰反応、病院の責任回避、という見解もあり、結論は未だに出ていない。

 ……いや、そもそもこの病室にいる患者は、菌云々を気にするレベルの容態ようだいではないのだが。

 とはいえ、月野の指摘は、病室で寝たきりになっている者を真に思っているあらわれだ。

 軍服の女が己の想いばかりを優先し、寝たきりになっている者を真に思っていなかった、一方的な想いで動いていた。

 そんな未熟な心を指摘された気がして、軍服の女は奥歯を噛み締めて耐えるしかない。

「紙屋君の気持ちを知りながら、裏切ったお前はッ! この部屋に入るんじゃない!」

 反論したくて仕方がないのに、事実だから、軍服の女は手を震わせるだけで足を一歩も動かせなかった。


「帰れッ。城森瑞穂しろもりみずほッ!!」


 月野は軍服の女をえてフルネームで呼んだ。

 二年前の決勝戦。紙屋九郎が全力をして戦い、ある少女への求愛を行った。いびつにも程がある恋心であったが、紙屋九郎の想い人がそれを望んでいたのだから仕方がない。

 不運にも戦いの決着はつかないまま、あやふやに終わってしまった。が、紙屋九郎の想いが伝わっていなかったはずがない。

 ……そもそも、紙屋九郎が少女を好いたのが先ではなかった。

 かつて、曽我瑞穂そがみずほと呼ばれていた少女の方が最初に、幼馴染を好いていたはずなのだ。

 しかし、もうこの世に紙屋九郎が恋した少女は実在しない。

 苗字を変えた女ならば病室の入口で硬直しているが……、軍服の女はもう少女ではなかった。

「裏切り者め! お前の夫も気に入らないが、お前はもっとも気に入らない。少しでも人間らしい羞恥心があるのなら、もうこの病室に来ないでよッ」

 月野に言葉にトドメを刺され、とうとう瑞穂は病室に背中を向ける。

 持参していた生花を持ったまま、一言も発する事なく、コツコツと廊下を歩む音だけ残して帰っていく。

 廊下を歩きながら、瑞穂は初めて言葉を発した。

 瑞穂の右手首につけている腕時計の文字盤が赤一色に染まり、白い文字が浮かび上がっている。外縁軍司令部より、石鎧装着者の緊急招集が掛かったのだ。

 人外の敵が、奈国の首都に迫っている。


「――魔族ですか。いいでしょう」


 瑞穂はこれまで固く強張らせていた口元を獰猛どうもうゆるませると、白い犬歯をのぞかせた。ストレス発散の相手として、魔族はこの上ない相手だ。




 五十メートル級の巨大な魔族が、肥大化している前腕で防御陣地を粉砕する。

“――我が主、ルイズ伯のかたきであるッ! 火星の虫けら共は死すべき!”

 両目の部分だけがくぼんだ顔。

 墨汁色で統一された重々しいシルエット。

 石鎧を軽くニ、三機掴んで潰せる巨大な手。

 ルイズの腹心として、地球の領土を任されていた男爵級魔族である。ルイズと比べれば小柄であるが、人類の立場から言えば見上げなければならない化物は皆巨体だ。

 市民シビリアン級を原型にしていたルイズと違い、ビースト級を原型にしている男爵級はより攻撃性能に特化していると言える。

“我が名はベルナルド! 火星を地球と同じく、生物の住めぬ不毛の地にしてくれようか!”

 男爵級ベルナルドは、ルイズ崩御の報を受けてすぐさま地球から火星へ向けて飛び立った。惑星間の移動であるため、魔族と言えど半年以上の時間が掛かったが、火星に上陸してからの行動は素早い。

 降下ユニットで直接、奈国の首都近傍に降り立ったベルナルドは、眷属を率いてドームに進攻している。

 二年前の反乱事件以降、惑星外に対しても注意を払っていた奈国の動きは悪くはなかったが、内縁軍はベルナルドの進攻を止められていない。外縁に近いドームから石鎧部隊の再編を行っていた戦略が裏目に出ていたのだ。

 何よりも、市民級までであれば五分以上の戦いを繰り広げているが、巨大なベルナルドに対して、所詮は鎧の進化系でしかない石鎧は無力であった。

“蹴散らすのだ。ルイズ伯の無念を、我が受け継ぐ!”

 石鎧の輸送車両を踏み潰しながら、ベルナルドは惑星の荒野で高らかに宣言する。

 魔族の声は、目前にそびえる最古のドームの外壁さえ震わした。

 しかし、それでも国を守ろうと動く者は現れる。

 ……強敵をひたすらに求める、強者も誘われる。




 ベルナルドを挟んでドームの反対側から、荷台部分の長細い車両が全速力で近づいていく。

 車体の色は、赤銅色。外縁軍の所属を意味する。

『久しぶりの魔族か。俺を楽しませろよ』

 車両が停車するのを待たず、車両側面の開閉扉を押し上げた。一機の石鎧が頭部を外界に出して、魔族の貴族を拝見する。

 石鎧の頭部は、肉食動物を想起させる程に流線型だ。


==========

“石鎧名称:アキレウス・ネオプト

 製造元:オリンポス

 スペック:

 身長二・三メートル。軽量、超運動性の検証機。

 最新鋭機であったアキレウスの長所を更に発展させた石鎧。アキレウス自体、並の装着者では扱いきれない操縦性が最悪の石鎧であったが、ネオプトは人が操縦するのをまったく意識していない。

 現在の技術レベルの最高点を検証するためだけに組み立てられた実験機であったが、ある天才装着者が受領し、実戦で使用している。

 装甲、アビオニクス、電磁筋肉、すべてが特注品。高い。

 装甲の薄さがオリンポス製石鎧の特徴であるが、ネオプトとなって防御性能は紙と化している。その代わり、運動性と機動性は革新的であり、ネオプトにとって旧来機は亀でしかない。操縦できれば、であるが。

 一対のカメラレンズと、補助カメラが頬に一対存在する。頭部の鋭角が極まり、そろそろ一枚の板に成り掛けている。特殊形状の装甲板で最低限の強度を保っている。

 原型となったアキレウスの欠点である燃費の悪さは相変わらずであり、腰に備える円柱型の増槽は六本に増えている。

 塗装はアキレウスと同じく白を基調としているが、顔や胴に赤色の太線が入っているのが特徴的。

==========


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