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キカイな物語  作者: クンスト
3章 卒業試験トーナメント後半
54/106

5-15 兎の群れ

 子爵級の爵位権限にまんまとめられ、俺は壮絶に炎上する。

 ルイズから放たれた火炎弾は、地球人類を焼き尽くした核の炎そのものではない。が、ルイズの体内では人類滅亡の残り火が今も燃え続けているのだろう。悲劇的な記憶でき付けてやれば、手の平からあふれ出てしまう程に苛烈な残り火だ。

 この炎に耐え切るには、人間の体は脆弱ぜいじゃくが過ぎる。装甲板が付いている石鎧であってもあまり変わらない。きっと、この炎の中から転生した魔族であっても、二度目の転生はないので灰となる。

 だが……俺はまだ燃え尽きない。炭化した指先をオレンジ色に輝かせてでも、俺は賢兎を操作する。

「ソ、リ、でぇ……す」

 気付けば、気管支までも熱でただれ、生来の声質を失っていた。それぐらいの代償で済んでいるのは、やはり、爵位権限が理由だった。

「ソ、リでぇずの、がらは」

 『ソリテスのわら』はダメージ量を半減させる。この認識は正しくもあり、間違いでもある。爵位権限が半減させる値は、攻撃の総エネルギー量ではないのだ。

 単純化するためにゲーム的な単語を用いよう。

 HP10の俺に、ダメージ量10の攻撃が加えた場合、本来であれば俺は死ぬ。が、『ソリテスの藁』を発動していれば、10のダメージ量を5に軽減できる。

 なかなかの不思議力であるが、そんな頼りない能力では、HP10の俺はダメージ量20の攻撃で簡単に死んでしまう。ダメージ量10の攻撃を二度続けるだけでも良い。

“――ッ。まさか……いや、なるほどっ! 魔族同士の内輪揉めであれば火星を救える。こう述べていた意味が理解できたぞ”

 だから、『ソリテスの藁』の真の能力は、残存HPの半分にダメージ量をカットオフするものでなければならない。

 真能力であっても、HP10の俺に、ダメージ量10の攻撃が加えられた場合の結果は変わらない。だからこれまで勘違いしていたのだが、無茶な連戦を繰り返しても死なず、ルイズの炎に焼かれてもまだ生きている事で推測を確信の域に押し上げられた。

“紙屋九郎、お前は過去に貴族級魔族を、下したな?”

 致命傷となる攻撃であっても、常にHPの半分は残り続ける。

 ダメージ量10以上の攻撃で、HPは10から5に減少する。

 二度目の攻撃で、HPは5から2へと。

 三度目で、2から1へと。

 四度目で、1は……小数点未満へと。

“五年前の調査団に動向していた貴族を倒したか! 火星人でありながら、魔族としての性質も受け継いだと。だが、過ぎた力は身を滅ぼすものだぞ!”

 ルイズは驚嘆の声を上げながらも、火炎弾を放つ。

 小数点以下の命であっても、俺にとっては貴重なものだ。火炎弾を不恰好ぶかっこうに回避する。正確に言えば、脚がもうまともに動かないから倒れ込んだだけであるが。

 そんな俺を、ルイズはご大層にも爵位権限で封じてきた。


“予言が的中した場合、お前は次の我の攻撃を無条件で食らう。予言が外れた場合、お前は我の次の攻撃を無条件で回避できる――お前は我の攻撃を避ける”


 心筋が硬直した俺はその場で停止する。今度もルイズの炎が直撃した。俺の命は小数点第二位に突入だ。

 それにしても、厄介な爵位権限である。前口上は長ったらしいが、指定した対象に回避不能の攻撃を与えられるメリットは大きい。

 物理的な拘束を行っている訳ではない。対象となった者は、ルイズの予言を肯定も否定もできなくなり、自己矛盾に囚われて動けなくなるのだ。

 ルイズの予言が的中した場合、対象者は攻撃を食らわなければならなくなる。だから、ルイズの予言とは異なる行動をしようと対象者はもがくのだが……ルイズの予言は対象者が攻撃を回避するというものだ。ここで矛盾が生じる。

 予言通りに行動すれば、対象者は攻撃を回避できる。が、予言が的中してしまうためルイズの攻撃は必中となる。

 予言を外そうとした場合、攻撃を回避できなくなってしまう。そのため、ルイズの攻撃は必中となる。

 広範囲に壊滅的な被害をもたらす爵位権限ではないが、対人戦では最上級の脅威だ。


==========

“魔族名称:子爵級魔族、ルイズ

 出身地:地球、ユーロ地方

 スペック:

 人間だった生命体がどうしようもなく変貌へんぼうしてしまった成れの果て。元は花屋の一人娘であったという自己申告は、おそらく真実。

 火星人類から見て、人間的な身体的特徴はどこにも確認できない。

 百メートルに達する巨大な体の貴族級魔族である。両手から火炎弾を放てるが、素手であってもドームは十分破壊可能だと思われる。

 『クロコディルズ』なる爵位権限を有している。要約すれば攻撃を必中化できる能力である。所詮は下級貴族なので、実に限定的な使用方法である”

==========


 ……だが、今の俺に対してはまったく意味のない爵位権限だ。

 自慢ではないが、もう俺、一歩も歩けない。爵位権限で必中攻撃を加えるだけの価値が残っていない。

“小さき体でよく耐えるなっ! その色合いは爵位権限に間違いないが、どういう爵位権限だ?”

 俺の体内から浮かび上がるオレンジ色の文様は、皮膚を超えて賢兎のフレームにも達している。俺の命を留めようと力を発揮した結果、力が一部あふれて石鎧への浸食が始まっていた。

 サンドバッグを叩き付ける快感を得ようと、ルイズは両手の指を編み込んだ拳をハンマーのように振り下ろしてくる。衝撃を吸収しきれず、背骨の位置にあるフレームが縦に裂ける。

 頭部カメラのレンズ片がきらめきながら飛び散り、曲面スクリーンはブラックアウトしてしまった。

“まだ耐えるかっ!”

 次は拳によるラッシュだ。何度も地表ごと殴られたため、拳の形をしたクレーターに、釘のように賢兎が沈み込んでいく。

“まだ死なぬかっ!”

 トドメとばかりに、ルイズは全力で俺を蹴り上げた。

 理想的な放物線を描いた俺は戦場を飛び越えていき、ドームの外壁に衝突してようやく止まる。

 全身の骨を折る複雑骨折で命が更に半分削られ、ガクリ、と賢兎の頭部が力を失う。


“――飽きた。もう飽きた。そろそろこの戦場を終わらせてしまおう”


 爵位権限を用いる俺に固執していたルイズが、突如、視線を外す。まるで幼児のような集中力の無さであるが、ただの一兵に貴族が付き合う必要は元々ない。

“反逆には見せしめが必要だ。ドームの破壊は、火星人にとって致命的であったな?”

 ルイズは両腕をだらりと伸ばして戦場を横断していく。決して素早い動きではないが、ルイズは巨大だ。一歩移動するだけで二十メートルは進んでしまう。

 ルイズの手がドームに届くのは時間の問題だ。敗走している内縁軍は最初から当てになっていないので、誰にもルイズは止められない。誰にも任せられない。

「ま、だ」

 仕方がなく、全損したカメラをオレンジ色に発光させて、賢兎に立ち上がる事を強いた。

 ぐちゃぐちゃの電磁筋肉で、上がらない両腕を左右に広げて少しでも体を大きくみせようと試みる。ドームを守りたいのだという意思をルイズに表明しているのだ。

“アンデッド《死に損ない》がァ! お前は飽きたと言っているッ!”

 ルイズは俺の存在を気にせず、ドームに対して火炎弾を放つ。

 最初の一発は、身を盾とする事でどうにか止められたかもしれない。が、その後の連射で俺の後方にも炎の被害はおよんだ。

 ドームの外壁が一部崩壊し、穴が開く。

 気圧の差によってドーム内から貴重な空気が噴き出ていく。まだ生きた人間は出てこないが、被害が広がれば見知った誰かが飛び出してくる。

 だが、もう俺ではその誰かを助ける事は、できない。

「ソ……」

 最早、限界だった。

 賢兎の塗装は、黒く焦げてしまって元の色が何だったのか、分からない。

 他の石鎧と見分けるための特徴であり、チャームポイントであった耳は片方が千切れ、片方は頭部に焼け付き、一体化してしまっていた。

 賢兎が限界なのだ、装着者も無事なはずがない。来る所まで来てしまった俺の体も、ドロリ、とした感触を残し、痛覚を代表とする感覚が失われてしまっている。

 何だか、酷く朦朧もうろうとして、眠い。

「そ……が……」

 俺が最後に発音したのは、誰の名前だろうか。


「…………曽我、隊長」


 いい歳をしたおじさんである我が部隊長、曽我隊長を除くと……なんと軍学校の先輩でしかない明野となってしまう。色々と少女達に申し訳がないな――。




闘兎ファビット試験評価中隊ッ!! 最年少に遅れを取るとは何事かッ!』


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