1-5 灰かぶりな俺、ドナドナな俺
「俺は予科生の落ちこぼれだぞ。それを目の仇にする馬鹿がいるのか」
「イジメってのはそういう奴を狙ってする悪行だろうが。あー、陰気な奴は嫌だねぇ」
俺がメーカーとの交渉に失敗し続けている理由を、城森英児は断言してくれた。断言するだけで、何もしないのがこの男のナンセンスな所であったが。
予科生の中には大手企業の親族や、軍部の上位階級の息子、娘も多い。そういった血の繋がりを使えば、天涯孤独の俺を貶める事なんて簡単だろう。路傍に転がっている石を踏みつけるのを親に頼むってのは、同世代としては引いてしまう。
「面倒な。エージも助けてはくれないし」
「俺を薄情な奴と断定するな。別に、九郎は助けを求めていないだろう。そもそも、成績下位が理不尽を被るのは縦割り社会の摂理だ」
「酷い事しか言わないな。心が荒んでいるエージは、成績上位にも気さくな人がいるのを知らないから」
「誰だ? お前の想い人の曽我嬢は興味ない人間には冷徹だろ??」
「色々と違う」
どうもこの英児なる男、俺が勝率一位に恋していると勘違いしていて面倒臭い。訂正する事さえ疲れるので、最近は反応しないように努めている。
「ほら、母親がオリンポスに勤めているとかいう総合成績一位の奴。前にすれ違った時、見ず知らずの俺に色々アドバイスしてくれたぞ」
「あいつねぇ。あんまり興味はねぇな」
話題がズレそうになったので補正する。
俺は英児から聞きたい情報は、俺に石鎧を貸してくれそうなメーカーの存在である。
英児は自分では動かないが、怠け者という訳でもない。ただ、己の趣味に合致するイベントが起きない限り、動こうとしないだけだ。逆に言うと、いつでも動けるように情報だけは仕入れるようにしてある男である。
「エージの言う圧力にも屈しない会社を知っているか?」
「マケシスにも断られたのだろ。なら俺も他に当てはないが……。ふむ、実は最近、予科生の間で奇妙な噂が流れている」
「噂って、SAを貸してくれる系の噂なのか?」
「それがな……。黄色い妖怪が、欠陥SAのレンタル契約を無理やり結ばせようとしてくるらしい」
迫る卒業試験に現実逃避したい予科生がいるのだろう。母星から遠く離れたこの星には心霊現象は存在しない。存在しても良いが、貸してくれるのが不良品の石鎧では少し困る。
「SAへの試着を強引に誘ってくるとも聞いたが、こちらのケースではSAに一度着ると、直に解放されるとか」
「ソースがあやふやな与太話を聞きたかった訳じゃないぞ。もっと俺のためになる話を聞かせてくれ」
結局、英児からは有力な情報は得られなかった。二人いても妙案が浮かばず、時間だけが浪費されてしまった事になる。
使えない男の部屋からは早々に出て行ってやろう。
「本当に演習機になっても、俺は構わないぞー」
英児に良いように使われている気がする。
何一つ成果なく、今日も夕方になってしまった。
遠くに見えるドームの内壁が赤く染まっていく。ドームの外にいけば本当の夕日が見られるそうであるが、その夕日は青くて気味が悪いそうだ。母星の頃の感覚に合わせるため、ドームの内壁を二十四時間周期にしている。だから、今が本当の夕方かどうか分からない。
メーカー探しにはいい加減飽きてしまった。
契約を諦められるぐらいには数をこなし、日数は過ぎてしまった。明日はもうメーカーを探すのは止めよう。演習機を整備して、卒業試験本番を目指す方が賢明だ。
……こう、決意して、学生寮の方へと方向転換する俺。
「あのっ! 少しよろしいですか!!」
瞬間、俺を呼び止める声が真正面から投げ掛けられた。人が目の前にいるとは思わなかったので、突然の声に驚いてしまう。
「おお、ビックリした」
「……背丈は、同じぐらい。声も、似ている」
「俺に何か用事でしょうか?」
「あ、予科生の方ですよね。SAを試着してみませんか!」
寝耳に水だった。諦めた途端に、メーカーの方から声を掛けてくるとは人生分からない。
声を掛けてきた人物は、新品と思しき貴重なスーツを着て、首からは部外者に手渡されるフリーパスをぶら下げている。姿はこれまで見てきたスカウトマン達をフレッシュにした感じなので、たぶんメーカーの人間だ。予科生の俺に石鎧の試着を勧めてきているし。
目前の人物について、他に特徴を挙げるなら、黒縁の眼鏡をかけている事か。
流行から取り残された型の眼鏡を、黄色い髪色の少女が愛用しているのには違和感があった。
「ああ、髪の色は気にされせずに……」
「いや、眼鏡が気になっただけです。あまり似合っていないと」
「祖父の形見です。重さで時々ズレてしまって」
「もしかして母星から持ち込まれた家宝とかです?」
「そんな価値あるものではないですが、大切にしています」
人差し指で眼鏡の位置を調節しながら、スーツの少女ははにかんだ。
暖色の夕日に、黄色い少女の輪郭が溶け込んで酷く幻想的だった。俺も釣られて小さく笑って、恥ずかしさから頬を指でかいてしまう。
「ぼく……私の事は置いておきましょう。お時間よろしいでしょうか。なくても作ってくださいね」
俺の了承を待たずに、黄色い少女は俺の手を握った。
見た目の温かな印象とは違って強引な態度である。声質からは、焦っているようにも見受けられる。フリーパスをぶら下げている人間ならば学校の許可は取れている。怪しい勧誘を行う人物ではないと信じたい。
今日はもう夕食しか用事のなかった俺は、黄色い少女の手を握り返す。
や、柔らかい。
「目的地は駐車場ですか。予科生なので、車に乗って外には出られないですよ」
「トラックの荷台にSAがあります」
「試着してくれるのはありがたいですが、先に言っておきます。俺、成績悪いです」
ぐいぐい進んでいく少女に不信感を覚えなくもない。正常な判断ができている常の己なら、この瞬間に手を離していただろう。
そもそも、少女は企業人としては若い。俺と同年代の人間としか思えない声質と外見だ。社会を知らない予科生を誑かすつもりなら、もう少し年上を用意しておくべきだと思う。
「訓練の成績なんて知りません。弊社にとって、貴方が最後の希望なんです!」
ただ、少女の様子が切実だったので、手を引かれるまま牽引されてしまう。少女の手の平に冷たい汗を感じては、安心させようと握り返すのが男の性質だ。
駐車場にぽつんと一台だけ駐車されている中型トラックの前にやってきた。
中型と言っても、荷台部分は拡充されているため、積載量以上に大きく感じる。移動式の石鎧整備工場も兼ねているだろう。
車体には、墨で書いたような“○●製作所”の会社名。○●の箇所はカラフルな着色が成されていて読む事ができない。イタズラでもされたのだろうか。
黄色い少女はいったん手を離して、蛇腹型になっているトラックの荷台の扉を上へ押し上げて開く。少女はタイトなスカートをはいているのを忘れて、荷台に足をかけて一気に登ってしまった。
「このSAが新型ですか」
「はい、このたびは弊社が新規開発したSA、賢兎という名前です。予科生の皆様に、ぜひこの新型を使っていただいたく――。ささ、早く装着しちゃってください!」
「え、これ新型にしては良く似て……ああ、押さえつけなくても着ますから」
荷台に乗ったばかりなのに、さっそく石鎧の試着を促されてしまった。
手術台のような台座に腰掛けている二メートル強の石鎧は、既に前面の装甲が開かれている。中身のない石鎧は、表現は悪いが、内臓の取り出された畜産動物の開きみたいだ。
装着はあっと言う間に完了する。つなぎを着るように足から中に入り、最後に装甲を閉めてしまうだけ。装着のし易さも石鎧の性能の一つである。
新品特有のゴム臭さが鼻に付くが、体は窮屈ではない。俺の体形と完全一致している。
座ったまま腕だけ上下に動かしてみるが、石鎧の両腕の関節部は素直に追随してくれた。
ふむ、やはり悪くない感覚だ。
「……パーソナルデータ、完全一致。見つけたっ!」
トラックの暗い荷台の中に立っているというのに、黄色い少女の眼鏡がキラリと光る。
「逃がさない。貴方が……シンデレラだ!」
『…………は?』
石鎧内部の装着者の声は、内臓マイクから外部スピーカーを通じて荷台に伝播される。
外の黄色い少女の声は真逆の方式で聞こえるが、マイクの調節が悪いためか先程までと全然声質が異なった。少女の声には、飢饉の際に栄養満天のスープを差し出された子供のような、無邪気な獰猛さが内包されている。
「私……ぼくの会社を救うため、君には働いてもらう。SAは管理者権限でロックさせてもらった。専属契約するまで帰す訳にはいかないから!」
『どういう事だ……って! 本当にロックしやがったな!』
本当に腕も足も動かない。知っているかい。石鎧を装着している時、背中とか頬がかゆくなると大変なんだぞ。
その後、トラックのモーターが稼働した音が聞こえた。走行を開始したようで、荷台の石鎧の中にいる俺はドナドナ状態だ。
「あの眼鏡っ子め。可愛い顔して、恐ろしい……」
この後、俺はどうなってしまうのだろうか。