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キカイな物語  作者: クンスト
3章 卒業試験トーナメント後半
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5-9 混成部隊

 油が焦げたような、黒い煙がドームのあちこちで立ち昇っている。

 観客席が襲われたように、外縁軍の石鎧が内縁軍の警備部隊に強襲を仕掛けているのだろう。

 ドームの内部なのに、どうして外縁軍がいるのかさっぱり分からず、状況を飲み込めない。外縁軍にしか配備されていないパトロクロスに襲われた事から、決勝戦を台無しにしてくれた敵が外縁軍であると想像している。が、本当に敵は外縁軍だけだろうか。

 胸騒ぎに急かされて、俺は倒したパトロクロスからナイフや実弾を拾い集める作業に没頭していた。

 そんな俺が入っている賢兎ワイズ・ラビットの肩を、誰かが軽く叩く。


『予科生。お前の活躍は十分だ。これからは軍隊に任せろ』


 生き残りの親衛隊機が、近寄ってきていた。

 拡声された台詞は頼もしいが、敵に襲撃されてから聞かされても信用に値しない。

 白墨チョークナイフと本物のナイフを交換しながら、女装着者と応対する。

「貴女は?」

『私は先進的石鎧運用中隊……新設された石鎧中隊の隊長をやっている。明野友里あけのゆりだ。二年前まではここで予科生をしていた』

「先輩でしたか。自分は紙屋九郎です」

『知っている。チーム・月野製作所だったな。良い後輩を私は持った』

 目立つ色の石鎧と対面する。

 “つわもの”と肩に筆書きされた朱色の石鎧の名は、赤備あかぞなという。まだ情報が出回っていない新しい石鎧であるが、月野は抜かりなく賢兎のAIに登録しているようだ。


==========

“石鎧名称:赤備

 製造元:金時ゴールデン・タイム

 スペック:

 高さ二・七メートルのやや胴長な石鎧。

 親衛隊らしくハイスペックな石鎧であるが、尖った性能を持たないため意外にも操作性は良いとされる。

 標準武装は腰にマウントしている長刀と、小回りを優先したショートバレルなライフル。手の付け根には固定式のサブマシンガンが備わっている。

 過去に軍学校の卒業試験トーナメントで優勝を果たした石鎧の発展型であり、親衛隊に夢見る装着者だけでなくメーカーからも羨望せんぼうの的となっている。

 実験的な機能も搭載されており、一例として、音声認識で半自律動作する機体も存在する”

==========


『だが、お前はここまでだ。それだけ撃たれて、まだ動くつもりか?』

 明野先輩が指摘する通り、賢兎も俺も、連戦によって傷付いている。

 銃痕の上に銃痕が重なる装甲は交換が必要で、血のように手足を伝う液体コンピューターは注入が必要だ。電磁筋肉はたった一日で総入れ替えとなるだろう。

 AI判定ではなく、本当に稼働率が低下してしまっている。

「……紙屋君。開発者として忠告する。これ以上の交戦は無理だと思う」

 月野は手持ちの機械を賢兎に繋いで損傷具合を診断してくれているが、グリーンのランプが点灯している部位がどこにもない。眼鏡のレンズに赤と黄色が反射していて目に痛い。

「だから、戦わないで」

 願われるまでもなく、俺だって休みたいし、対人戦は気乗りがしない。

 だが、賢兎はまだ動くのだ。近場の警備部隊が明野先輩一人しか生き残っていない状況で、暢気に休めるはずがない。

「破壊された石鎧も含めて、ここには五機。明野先輩、他に親衛隊はいないのですか? 内縁軍でも良いですが」

『私達はおとり部隊として、ここにいた。王子の影武者と共にあえて目立つ場所に出て、本隊に護衛される王子の安全を確保する作戦であった』

 親衛隊が何故、仮設の観客席にいたのか不思議に思っていたが、目立つ色の赤備でかかし役をやっていたのか。

 王族がこんな埃っぽい外の観客席にいるとも思えないので、納得できる話だ。

『……まあ、本物はこっちだったのだが』

「は?」

『いや、忘れてくれ。今回の事は苦い薬になってくれるはずだ』

 赤備の丸いレンズの先に視線が釣られると、大人の男性が白い幕の中でニヒルに微笑んでいた。

 どこかで見た事のある整った顔だが、思い出せない。試合前に見た顔のような気もするが、芸能人だろうか。

「あちらにも逃げ遅れた人が残っているようですし、戦力は必要となります。たった一人では限界がありますよ」

『心配するな。パトロクロスごとき軽量級、何機で来ようと私は負けん』

 明野は言い切った。

 親衛隊は、瑞穂みずほレベルでなければ入隊できない戦闘集団なので、親衛隊の一員である明野も腕に自信があるのだろう。俺も散々壊しておいてなんだが、パトロクロスはそう悪い石鎧ではない。が、何機群がっても瑞穂に勝てる場面は想像できない。

 局所的には、明野の赤備一機だけでも問題ないかもしれない。

 戦略的にも、一部の外縁軍が叛乱しているだけならば、ドームに駐留している内縁軍の方が数で勝る。他のドームからも続々と援軍が集まるだろう。

 であれば、俺がここで無理をする必要はないかもしれない。

 ……だが、魔族的にはどうなのだろうか。魔族に故郷ドームを破壊された者特有の、既知感に俺は襲われている。故郷が失われた時も、今日のようにドームの中は風が止んでいたと記憶している。


「――近づいている。巨大な力が、ドームの傍に来ている」


 そうでなくとも、特権発動中の俺は人間から乖離かいりしているためか、大きな同族の到来を察知できてしまうのだ。巨大な気配が、ドームの分厚い球面壁を越えて知覚できてしまう。

 常人には理解し難い感覚なので証拠にはならないだろうが……、環境センサーが複数の足音を検知したのが決定的だった。

『その耳は動くのか』

「敵が来ました。議論している暇はなくなりました」

『なにッ、どこから来る』

 ドーム外への直通路がある演習場の方角から、足音は響いていた。ブーストと着地を繰り返す軽量石鎧の接近音だ。

 だが、同時に、まったく別種の音も混じって聞こえている。パカラ、パカラ、と蹄鉄ていてつが地面を踏みならす集団突撃か。

 まさかと思いながら、最大望遠でカメラを向けてみる。

 砂煙をともない、石鎧のパトロクロスと……魔族の騎兵キャヴァリィ級の混成部隊、およそ二十が決勝戦の地にせまろうとしていた。

 材料も種族も異なる者同士が、速度を合わせて並走している。敵対する素振りは一切なく、むしろ、共同しているようにしか見えない。


==========

“名称:騎兵キャヴァリィ級魔族

 出身地:地球

 スペック:

 石鎧と同じようにドーム外で活動可能な謎の生命体。その正体は、地球より惑星間航行で飛来した魔族の一種である。

 魔族は、一体の貴族級魔族と多種多数の眷属による集団を形成しており、騎兵級は中級魔族に属する。知能は戦闘方面を除けば高くない。

 アサルトライフルでは止められないランスチャージは、地上戦力たる石鎧には脅威となる。

 全身が墨汁色で、顔はのっぺらぼう。他の魔族ほど人形ひとがたを保っておらず、馬のような胴体と長い円錐形状の右腕が特徴的”

==========

“石鎧名称:パトロクロス

 製造元:オリンポス

 スペック:

 身長二・四メートル。軽量型の石鎧。

 全体的に流線型をしているが、空気抵抗を意識した訳ではない。装甲を特殊な形にする事で強度を保ったままダウンサイズを図った経緯がある。

 欠点のない石鎧であるが、運動性能で敵を翻弄ほんろうする戦法を得意とする。が、性能を活かしている装着者は稀有けう

 関節の稼働範囲を邪魔しないように形成された外部装甲がアーティスティックで、性能よりも格好良さで選ばれたのではと一部で噂されている。実際、マニアだけではなく市民からの評判も悪くない。

 頭部にある鋭角なレンズカバーが、いかつい。

 外縁軍の所属機は、カラーリングが赤銅色で固定化されている”

==========


『なんだ……あの黒い四足は??』

 魔族を知らない人間は異形の突進に驚くしかないだろう。

 ただし、知識のある俺はもっと驚いていたが。

 魔族は基本的に人間をうらんでいる――理由はさっぱりだが――ので、人間と行動するはずがない。

 目前から迫る共闘は、奇跡の形を模した悪夢の光景だ。

「どうして、アイツ等は紙屋君の邪魔ばかりしてくるの……」

「思い返すと、月野の言う通りだ」

 人間を駒として扱えるだけの器を持った魔族がいる。

 大戦時にも現れなかった大物貴族が、国盗りゲームを愉快に楽しんでいる。

 魔族が相手であれば、俺が出撃するしかない。

「月野。液体コンピューターの流出が止まらない。応急処置はどうすれば良い」

「戦わないでってぼくは言っているのにっ。……金属テープは持っているから、少しだけ待って」

「左肩の装甲が脱落しそうだ。どうすれば固定できる?」

「グルグル巻くから待ってっ!」

 敵が到達するまでのわずかな間に、可能な限りの準備を整える。

 パトロクロスからはナイフと実弾、アサルトライフルも頂戴する。ハンド・グレネードも三個見つかった。固形燃料をいだただく事も忘れない。

「月野!」

「だから、待って!」

「……観客席の下に、白いSAがある。中の装着者と一緒に逃げてくれると有り難い」

 俺が置いていった女は、いつまで経っても現れない。勝負に固執している彼女が来ない理由は、物理的な問題ぐらいしか思い付かない。

「曽我瑞穂を助けろ、とぼくに言うのか」

「たぶん、装甲が曲がって外に出られないのだろう。救出作業はルカに協力してもらってくれ」

 石鎧と魔族の混成部隊に先行する小集団がいる。

 ルカ機と思しきMオプションが全損してしまっている賢兎と、そのルカ機の爪が刺さっているアキレウスと頭のないアキレウスだ。足取りは重いが、これから俺が敵部隊に突撃をすれば戦域から退避できるだろう。

 そして、一足先に辿り着いた無傷の賢兎には、アサルトライフルを放って月野達の護衛を命じてやる。

「ほらっ、エージは最終防衛ラインになっていろ」

『お前な……』

「エージが月野達を守ってくれるのなら、うれい無く戦える」



 月野のテーピングが完了した。

 二挺のアサルトライフルを両腕に抱え、賢兎を前傾姿勢にする。

「……行かないでって、言っているのに」

『そうだぞ、後輩。可愛い彼女と一緒にここに残れ』


「……失礼ながら、自分は外縁軍、闘兎ファビット評価試験中隊の隊員です。現地採用なので軍での正式な階級はありませんが、魔族との交戦経験は豊富です」


 闘兎という言葉に反応した月野は最初、ひたすらに驚いていた。

 驚いた後は、何故別れ際にそんな縁起の悪い石鎧の名前を言う、といった感じに眼鏡で俺をにらむ。

「自分だけでは戦力が足りませんので、明野先輩の同行を願いします」

「どういう事!? どうして中隊の名前が紙屋君の口から出るのっ!」

『魔族、だとッ? 犬吠埼も言っていたが、何の符丁ふちょうだ!』

「いや、目の前の黒いのが魔族でして……。ランスチャージは強烈なので、横に回り込んで襲撃します!」

 女を置いて跳ぶ事にはもう慣れてしまった。待って、と叫ぶ月野の手が背面に触れてきたが、俺は無視する。

 賢兎の特徴とも呼べる跳躍力で観客席から演習場へと降り立つと、土の地面を踏み付けた。

 やや遅れながらも赤備も降り立ったので、連れ立って混成部隊への撃破に向かう。


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