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キカイな物語  作者: クンスト
3章 卒業試験トーナメント後半
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5-8 手放された勝利

 賢兎ワイズ・ラビットの環境センサーが捉えたのは、観客席に降り立った石鎧の着地音だった。

 数は三機。見覚えのある流線形の石鎧がアサルトライフルを照準して、銃撃を――。

「外縁軍が、味方を攻撃……だと!? 馬鹿が!」

 固形燃料が爆裂する石鎧。

 蜘蛛の子を散らすがごとく走り始める観客達。

 俺が曽我瑞穂そがみずほに勝利する瞬間を何故待てなかったのか。そんな怒気を込めて見上げた先には、対峙する石鎧達とその中間地点にいる、ドンくさく逃げ遅れた黄色い髪の眼鏡な少女。

 スカートスーツ姿の少女を、俺が見間違えるはずがなかった。

 その少女、月野海つきのうみがいたから、俺はこうして勝利を手中に収めようとしているのだ。月野の後押しがあったから、俺は賢兎という石鎧で戦う事ができたのだ。

 その月野に対して、無慈悲にもアサルトライフルが向けられている。


『――九郎、勝――私は――お前、物に』


 通信機越しにささやかれる美声が、悪魔のそれに変貌へんぼうする。

 こんな緊急事態でも、瑞穂は勝敗に固執してしまっている。俺が長年望んでいた者が手に入る、こう甘い声でうながしてくる。

 自分だけに集中しろ。他の女に目を奪われるな。壊れかけの白い石鎧アキレウスの内部で、瑞穂は俺を凝視している。

 なるほど。少々盲目的であるが、正しい誘惑だ。

 外縁軍所属の石鎧が何を思って謀反を起しているのは定かではないが、予科生である俺達にとってはまったく関係がない。今後の俺と瑞穂の未来には影響があるかもしれないが、俺達の勝負に関して口出しされるわれは無い。

 だから、このまま勝負を続けてしまえば良い。どうせ、残り一手で詰む試合だ。そう時間はかからない。

 月野の窮地きゅうちを見捨てたという外聞は気にする必要は無いだろう。軍用機に対して試作機が挑む無謀を望むやからは、棺桶に詰めて最前線に出荷して、さあ戦って来いと蛮勇を強制してしまえば良い。

 月野を見殺しにする己を許せないのであれば、なおさら、勝利を加速するべきだ。こうして時間を圧縮しながら逡巡しゅんじゅんしている暇があるのであれば、まず順番を守って瑞穂に勝利してしまえば良い。その後、何の悩みもなくなってから月野を助ければ、全てハッピーエンドで物語は完結する。

 瑞穂は俺にとって最高の女だ。乳児の頃から開始された矯正きょうせいにより、俺の理想の女性像は瑞穂に合わせて歪んでしまっている。苛烈な面のある女だが、この勝負に勝った後は甲斐甲斐かいがいしい態度を見せてくれるだろう。

 はっきり言えば、そんな瑞穂に月野は劣るのだ。

 下劣にも人間の魂に順位があるのであれば、瑞穂よりも月野は下位となる。

 だから俺は、月野よりも瑞穂を優先してしまえば良いのだ。


「ああ、なんて俺は卑劣な人間なんだ――」


 本当に瑞穂の囁きは甘ったるい。

 男としての正しさばかりを一方的に強調していて、人間らしさの欠片も感じさせない悪魔の甘言だ。

 ……だが、瑞穂は何も分かっていない。俺は瑞穂ほどに強い男ではない事実を忘れてしまってはいないだろうか。

 月野という少女が笑えなくなった世界で、俺だけ笑って過ごせるはずがないではないか。

「――瑞穂。ごめん」

 俺は、賢兎は、両脚・・でしっかりと立ち上がる。

 手元を操作し、AIに指示したのは試合放棄。試合中に行われた損害判定により、制限の掛かっていた電磁筋肉と関節を完全稼働させるために、俺は決勝戦で白旗を揚げてしまった。

 最も好きな女の誘いを拒絶して、俺は別の女を救おうとしている。

 俺は酷い男だ。

『――ッ! 待――行、くな――九郎ッ!!』

 脚の電磁筋肉を限界まで絞り込んで、観客席の高さまで一気に跳躍する。上下に揺れる視界の中心に、月野を捉え続ける。

 ……後方で響く、瑞穂の叫び声を置き去りにして。


『九郎ッ!!』

「月野オッ!!」

「紙屋君ッ!?」


 結果論になるが、甘い選択をしなくて本当に良かった。

 目と口を開いている月野を抱えるのと、パトロクロスがトリガーを引いたのは同時だった。ワンテンポの遅れで、月野の可愛らしい顔が穴だらけになっていた所である。

 敵に背中を向けて、抱き抱えた月野を完全にかばう。

 賢兎は硬い分類に入る石鎧ではあるが、アサルトライフルの集中砲火に耐えられる設計ではない。

 だが、俺だけにできる方法は存在する。

「お願いだッ、『ソリテスのわら』よ!」

 頬に熱を感じながら、俺は魔族由来のダメージ半減特権に願った。

 奇妙な魔族がもたらせてくれた、たった一体だけ人間に優しかった魔族が譲渡してくれたこの特権であれば、優しさで月野を守ってくれるはずだ。

 AIが数多あまたの警告を発する。

 一秒間に何回も背中を打つ振動が内臓を揺さぶる。

 背面装甲を貫通した一発が石鎧内部で跳弾した。脇腹にえぐり込んだ激痛に胃が狂うが、奥歯を噛み締めて辛い胃酸に耐えるしかない。

 そして、パトロクロスが装弾数二十発を全弾撃つ尽くし、ようやく銃撃が止む。

 俺は、傷付いているが生きている。

 月野は……無傷だ。曲面スクリーン内で両耳を押さえている月野が、びくびくと震えている。血は一滴も流れていない。


「良かった。間に合った……」


 月野を席の下に寝かせながら、背後にいる敵の位置を確認する。

『予科生のSA、だと!? 歯向かうか!』

「よくも、これまでの努力を、瑞穂との勝負を、不意にしてくれたなッ!」

 常に月野の壁となるように進路を決めて、敵の方角に振り向いた。両脚で観客席を踏み潰しながら、疾走する。

 マガジンの交換を終えたパトロクロスがアサルトライフルを構え直す。敵は目前の石鎧以外にも二機存在したが、そいつらも接近する俺に射線を向けた。

『よせッ! 予科生死ぬぞ!』

 親衛隊の石鎧の制止は耳に入っていたが、無視する。唯一の実戦的な武器であるがれた左の五指を前に突き出す。

『止まらぬか。より多くの命を救うためだ……撃て!』

 三方向からマズルフラッシュに照らされ、賢兎に続々と被弾していった。

 瑞穂との戦いで既に傷付いていた機体からだで無理をさせるが、ただ耐えるだけで良い現状は、俺にとっては楽な分類に入る苦行だ。

「お前達はァあァ!!」

 威力半減の銃弾を装甲で弾き返して、一機のパトロクロスに到達する。俺を迎撃できると勘違いしていたパトロクロスは実に緩慢かんまんだ。

 手刀に構えた左手で、敵の右手首を切断、アサルトライフルを落下させる。

 パトロクロスは今更後退を開始し、ハンドガンを左手で構えようとしたが、足の甲を踏み付けて強引に停止させてやった。

 交戦経験上、パトロクロスの装甲は近接戦ではもろい。特殊形状によって銃弾を弾き易くなっているが、想定外の加重で簡単に曲がってしまう。

 胸部装甲を下から強引にこじ開けて、内部にいる装着者とじかに対面する。

『なぃっ、ば、化物っ!?』

 カメラレンズの割れた三対の瞳でにらみつけると、中年の装着者は顔を引きつらせて硬直していた。その間にコンピューターブロックを引き千切る。

 仲間を助けようと他のパトロクロスがせまっていたので対処する。活動停止した目前のパトロクロスからハンドガンを強奪すると、AIにトリガーロックを解除させる。

 液体コンピューターの流出による演算能力低下が懸念されたが、一秒以内にハンドガンの掌握に成功する。

 右から来るパトロクロスの眉間と足首へと、AI射撃で弾を放つ。武器を奪われると思っていなかったパトロクロスは易々と被弾、着地に失敗して観客席を転げ落ちていった。

 最後の一体は味方への誤射を恐れて、鋭利な硬石ナイフで賢兎の関節部から内部にいる俺を狙ってきた。

 石鎧の急所たる脇にナイフは刺さったが、俺はさして気にしない。

 賢兎の視線をゆっくりと向けると、ハンドガンでカメラと腹部を破壊してやる。至近距離からの銃撃により、軍用機は簡単に沈黙した。


 目に見える範囲の敵の無力化に成功したが、達成感はあまりない。

 環境センサーはドーム全域から響く戦闘を集音している。恐らく、外縁軍と内縁軍が戦闘を行っている。気をゆるめずに次の戦いを想定し、備えるべきだろう。

 敵の武器を拾い上げ、AIにハッキングさせながら装備していく。


「紙屋君ッ、紙屋君ッ!!」

『そんなに泣くな。月野』


 環境センサーは月野の声も捉えていたが、俺は装甲板を開放しない。荒い呼吸を整えてから外部スピーカーで返事を行うにとどめていた。

 無事な生身を見せて安心させたいところであるが、権限発動中の俺はオレンジ色に発光しているので顔は見せられない。

 ……何より、月野に俺の負傷をバラしたくない。

 脇腹と腕の付け根を伝い、足元に血が溜まりつつあった。


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