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キカイな物語  作者: クンスト
3章 卒業試験トーナメント後半
42/106

5-3 シナリオ当初から続く月野の勘違いが、ここに終わる

 地球時代の人間は言った。敵に塩を送ったり、憎い旦那に塩辛い味噌汁を飲ませたりせよ、と。

 生憎、月野製作所の工場にある台所では塩を切らしている。

 月野がれているお茶に、健康を損なう成分は一切含まれていない。塩辛くもない。チーム・月野製作所の最後の対戦相手、チーム・オリンポスのチームリーダーであっても安心して飲めるだろう。

 応接間のソファーに座っている曽我瑞穂そがみずほに対して、月野製作所の社長自らお茶を出す。

 瑞穂は招かれざる客であるので、茶葉を浪費せず、月野の本音としては敷地外にさっさと追い出したい。ここ数日、紙屋九郎のらしくない行動の発端は、瑞穂とのキ……工学的に言えば粘膜的な接触である。チームオーナーとしても、紙屋の親しい女友達としても、瑞穂が敵である事は明確だ。

 しかし、敵が単身でノコノコと月野製作所の本拠地に現れたのに、何もせずに帰すのは勿体無もったいない。危害を加えようと思わないが、何らかの有益な情報を掴める可能性はある。


弊社・・の紙屋九郎に、何の用事でしょうか?」


 地の利のある場所で、敵に圧力を掛けておきたいという算段が一番強かったが。

 黒い合成樹脂のソファーに、姿勢正しく腰掛けていた瑞穂の口元がまる。声を文字列化した時のバイト数以上の情報を感じ取り、瑞穂も月野を敵と確定したのだろう。

 お茶を出し終えた月野もソファーに座った。

 二人の少女が対面した事により、場に奇妙な緊張感が立ち込める。



「……間違いは訂正しておきたい。紙屋は御社の社員ではない。部外者の私に言われるまでもなく、理解していると期待しているが?」

「と、当然です」

「社員ですらない予科生を拘束する権限は御社にはない。私が面会したいのは貴女ではなく、紙屋だ」

 紙屋との面会を急かす瑞穂は、視線手元を見たままだった。月野をまともに見ようとはしていない。

 不誠実な態度を見せる瑞穂に、月野の語尾が強まる。

「オリンポス社が何用です、かッ」

「オリンポスもチームも関係しない。個人的な用事だ」

「何が個人的です。立場を良く考えてはッ! 決勝で戦う相手チームのリーダーに面会しようなんて、非常識にも程がある。八百長を疑われても仕方がない行動を取っていると理解しているのですか」

「……八百長は、御社が頼む側ではありません?」

 瑞穂はました顔で、挑発を言語化した。静かな工場を見渡して、鼻で笑う事も忘れない。

 敵意を見せたのは月野が最初であるが、瑞穂の挑発と比べれば可愛いものであった。月野の手は叩くべき対象を求めて振り上げられるが、自制心を強め、どうにか押さえ込む。

「私は己の行動を自覚している。早く、紙屋と会わせなさい」

 瑞穂が月野というか、月野製作所を嫌う理由は本人の口から語られていた。

 瑞穂の父は賢兎ワイズ・ラビットの前身となった石鎧、闘兎ファイティング・ラビットの評価試験中隊の隊長であった。中隊は次期主力石鎧として闘兎が適切であるかを試験するために西部方面に出かけていたが、敵国の軍隊が進攻に巻き込まれて中隊は消息を絶つ。今日まで生存者は見つかっていない。

 瑞穂の父が帰ってこない理由を、瑞穂は石鎧に求めた。闘兎が欠陥品だったから、父親がどれだけ優秀でも帰ってこれなかったのだと。

 真相は分からないにせよ、瑞穂の気持ちが分からない月野ではない。親を失った娘として、瑞穂の心は痛い程に分かる。

 ……ただし、必死に立て直そうとしている自社をけなされて、我慢できるかどうかはまったくの別問題であったが。


「失礼な女に会わせる紙屋君はいませんッ」


 一度、本音を語った事のある間柄だからだろう。乾いた塗装のような敬語がバリバリとがれていく。双方、嫌う理由がある者同士、地声での応酬になる。

 月野は眼鏡レンズの位置を正す。

 瑞穂は紫の紐で結んだ後ろ髪を揺らす。

「アポイントもなく現れた敵チームの女が、図々しい! 帰れ!」

「図々しいというのは、私と紙屋の間に他人が口出しする事を言う」

「他人はそっちの方だ!」

「ッ、予科生が予科生に会いに現れた。どこが可笑しい」

「友達感覚で会いにきたなんてかたるなっ! 紙屋君はぼくの友達であって、曽我瑞穂の友達ではないんだ」

 月野は半分以上当てずっぽうで断言した。

 友達になったばかりの紙屋の交友関係のすべてを知っている訳ではない。が、軍学校には二百人以上の予科生が在籍している。更に、紙屋と瑞穂とでは成績にへだたりがある。親しくない可能性の方が断然高い。

 先日のキス事件については、瑞穂の人間性に問題があったからだと月野は納得している。決勝前に純朴な少年を精神的に混乱させておこうというからめ手だったのかもしれない。今日の訪問も、嫌がらせの続きか。

 そんな女に対して、一度は賢兎ワイズ・ラビットを着てもらおうと懇願こんがんしていたなど。月野は己が恥ずかしくて仕方がない。


「友達……友達止まりの女か」


 ふと、顔を伏せた瑞穂のつぶやきは、月野の耳に届かない。

 月野は間違った事を言った訳ではなかった。

 紙屋と瑞穂は、確かに友達ではない。だからこそ優位性を確保しようと月野は紙屋の友達であると明かしたのである。

 問題は、紙屋と瑞穂が幼馴染である事を、月野が知らなかった事にあるが……そんなニッチが過ぎる情報は軍学校のデータベースにも記録されていない。

 瑞穂は顔を伏せながら、腕時計を確認しながら口を開く。

「……到着してから十分。アイツがいるのなら、三分で現れているはずだ」

「アイツって、紙屋君の事??」

「なるほど。アイツはこの工場にいないのか?」

 幼馴染らしく、瑞穂は預言者のように紙屋の不在を言い当てる。

 月野の眼鏡が動揺で一センチほどズレ落ちた。

「卒業試験が始まる頃からアイツの様子は変わっていた。私の忠告を無視する。別の女と親しくなる。あまつさえ、外国人と親しげに接吻する。私を裏切って、目の前の眼鏡女にほだされているかと不安に急かされたが――」

「なッ。ぼくと紙屋君は、絆すなんて!」

「――ここはアイツの精神的な拠り所になっていない。私がアイツしか見ていないように、アイツは私しか見ていない。酷く安心した」

 瑞穂は準決勝で不動だった紙屋を叱咤しったするつもりで、急遽、月野製作所の工場へとやってきた。あるいは己の実力の無さを悩み苦しみ、周囲に対して余裕がなくなっている紙屋をはげますつもりでいた。

 紙屋が瑞穂との勝負を諦めているのか、悩んでいるのか。

 二択の内のどちらであるのかは、紙屋本人と面会する事なく、瑞穂は感じ取る。月野が目の前にいて、工場内に紙屋はいない。紙屋が月野製作所を見放す悪漢でないのなら、答えは出ていた。

 苦悩する姿を見せられる近しい人間がいないから、紙屋は一人でどこかに消えている。

「そもそも、アイツはこの会社のSAを選ぶべきではなかった。欠陥SAだけでなく、目が節穴ふしあなの女まで揃っている。こんな悪辣あくらつな環境で、十全に力を発揮できるはずがなかったのに」

「人の身体的特徴を悪くいうような最悪な女。いつぞやの続きをしたいだけなら、早く帰ってよ!」

 月野は祖父の形見である黒縁の眼鏡越しに、瑞穂をにらむ。


「あれから随分経っているのに、まさか……貴女はまだ気付いていないのか」


 目が悪いと悪口を言われた月野が怒るのは正当の権利であるが、月野の反応こそが瑞穂の主張を補強してしまう。

「挑発的な事ばかり言って、何がですかッ」

 月野が気付いていないからと言って、瑞穂が教えてやる必要性はどこにもない。高々、女友達止まりの月野であるが、それでも警戒するのであれば教えてやるべきではない。 

 しかし、瑞穂は声帯の動きを止められない。

「本当に、月野というやからは、私を苛立いらだたせる」

 紙屋を見出しておきながら、それでも見失ったままの女を傷付けて、塩を塗り込んでやりたい。

 瑞穂の複雑な思いが、月野が気付かないまま忘れ去っていた真実を語らせた。


「最初に対面した時、貴女は私の操縦技術に感激したと言った。これが装着者を馬鹿にした、最大限に失礼な勘違いだとまだ気付いていないのか?」


 瑞穂の言葉により、月野の脳裏に思い出されたのは、演習場で戦っていた二体の石鎧だ。

 片方の石鎧が繰り出す数々の打撃技を、もう片方の石鎧はボロボロになりながらもずっと耐え続けた。実に見事な泥仕合で、サンドバッグと化した壊れかけの石鎧が、いつ倒れてしまうのかハラハラし続けた試合だった。

 どうして好きんでサンドバッグを続けているのか、月野には分からない。

 ……分からないが、電磁筋肉の磨耗で動かない腕への電力供給を断って消費電力を抑える仕草や、カメラが全損してしまったから顔のカバーの隙間から裸眼で敵機を確認し続ける意欲には心が魅かれた。ダメージコントロール技術に関しては、本当に見事だったのだから仕方が無い。

 この石鎧の装着者であれば、どんな戦場からも帰ってきてくれる。

 父が製造した石鎧が一機も帰って来なかったトラウマを持つ月野を魅了する最大の要素を、泥試合を演じたサンドバッグは有していた。


「私は……そのSAを倒せなかった方の装着者よ」

「……えっ」


「貴女が数ある予科生の中から最初に見出みいだした装着者は、アイツだったはずなのに。外聞に惑わされた? 成績に踊らされた? アイツを見出した目は確かだったはずなのに、目に映る者を理解できないなんて、節穴としか言いようが無い」


 遅蒔きながら、月野は気付いて酷く納得する。

 気付いた後では、月野はどうして今まで気付かなかったのか不思議でならない。

 あの時のサンドバッグのような装着者と、賢兎で戦う紙屋が完全一致している。


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