1-4 メーカーを求めて一四一二万里
五年前の大戦は悲惨だった。どこの国も持てる戦力を次々と投入し、新型の石鎧を開発し続けた。
我が国でもそれは同じで、列強に従属を強いられないように戦力拡充の予算枠が広げられている。市民生活を圧迫していると承知しているが、大戦後も不安定な世界情勢が続いているため、止めたくても止められない。
景気が良いのは、予算から補助金が支払われる軍事メーカーだけである。特別、戦力の中核である石鎧に関してはかなり優遇されており、新たな企業が乱立する原因となっている。
規格統一が最低限しか行われていないため、整備科の予科生が日々泣いている。
乱立といっても、流石に予科生二五四人よりも多くはない。が、大小合わせて五十社の石鎧メーカーがこの国には存在する。
ならば、一社ぐらいは俺に石鎧を貸してくれるのではないかと思って校内や演習場を歩き回っているのであるが、成果は得られなかった。
メーカーの営業マンと思しきスーツの大人に話しかけると、最初の反応は良いのだ。それなのに、俺の名前を告げた途端に顔を変色され、遠回りに専属契約を断れてしまう。
企業に対して、予科生の情報はある程度配布されている。俺の名前と成績が知られていても可笑しくはない。
だから未来のなさそうな予科生との契約を渋ったのだとは思う。
中小メーカーに圧力を掛けられる人物による嫌がらせという線も考えられたが、俺にそんな遠回りなイジメをしてくる暇人はいないだろう。
日が暮れて、寮の中に帰る最中だった。
ふと、演習場の金網越しに、後ろ髪を紫の紐できつく結んだ女を発見してしまう。
演習場で予科生と出会うのは珍しくない。自主練習を行った事のない不真面目な予科生である俺が、夕飯時に予科生とすれ違うのは稀であったが。
歩いているのだから当然、俺と彼女はそれぞれ近づいている。このまま歩き続ければ、会釈できる距離になってしまうだろう。
彼女の濡れているような黒色の髪が、ドームの内壁に表示される夕焼けに照らされて白く反射していた。
「――やあ、こんばんわ。曽我さんに対して、醜い戦い方をした予科生は、君だね」
彼女の意志の強い、というよりも気が強そうな目付きに温かな印象はない。ただし、それが周囲の軟派な男共に対して続けられているのなら、悪くはなかった。
彼女の髪色と相対する白い肌は、とても戦闘訓練を受けている女子のものとは思えない程に滑らかだ。本当は油が染み付いている所があるはずなのに、全然そうは見えない。
「無人機の暴走事故も起したそうじゃないか。まったく、予科生にとっては大事な時期なのだから、もう少し慎みたまえ」
彼女も予科生なので、俺と同じオレンジ色のつなぎを着ている。
作業機械のある整備棟や演習場に入る際には、つなぎの着用が義務付けられていた。黒髪に似合っているとは言い難い。
俺の来た道に行こうとしているという事はつまり、これから自主練習か石鎧の整備を行うつもりなのだろう。熱心な事である。
「――聞いているかい?」
「ああ、聞いている」
「遅蒔きながらメーカーを探しているそうだね。自覚のある予科生なら半年前から、良きパートナーとなるべきメーカーを探すべきだと僕は思うけどね。たとえば、僕の母が経営しているオリンポスのような優良企業とかさ」
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“社名:オリンポス
大戦後に誕生した新参者であるが、近年、力を伸ばしている。
一昨年の外縁軍での採用三百機や、去年の追加発注千機と業績は順調だ。
内縁軍でもオリンポス製石鎧の正式採用が議題に上がっているとか、いないとか。
成金であるため、シェアを奪われた他企業からは恨まれている”
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「へえ、なるほど」
「まあ、君みたいな予科生の恥さらしでは、二世代前の骨董品みたいな石鎧だって貸してもらえないだろうけどね」
「ああ、聞いている」
石鎧で戦っていない時の彼女は、大和撫子と表現できる。残念ながら撫子なる花は王族が管理しているという遺伝子の保管庫にしか存在しない。
真逆に、石鎧を装着して戦う彼女は、鬼の戦士のように苛烈だ。鬼なる空想生物も、やっぱり王族が保管している母星の資料にしかいない。が、演習とはいえ、無慈悲に俺を殴殺しようとした女なのだから妖怪と表現するのが正しい。
「卒業試験はトーナメントだ。運さえ良ければ上位入賞できると勘違いした予科生がいるんだよ。困るよねえ、……だから、母さんにお願いしておいた」
「へえ、なるほど」
気付けば、彼女は手を伸ばせば触れ合える距離にいた。会釈どころか会話だって可能である。
だが、彼女は俺から目線を反らす事に努めている。
俺だって、話術に自信がある訳ではないので、見るだけに留めている。
俺達の静かな邂逅を邪魔するように、先程から男が何か独り言をぶつくさ喋っていたが。独り言だった癖に、最後の方に一度、俺だけに聞こえるように耳打ちされてしまった。同性の吐息など気持ち悪いだけなので、耳に入れていない。
「ほら、曽我さんも言いたい事があるだろう」
「……そんな男は知らないから、早く行きましょう」
「だってさ。確かに、こんな低成績の男にかまってないで、皆行こう」
夕焼け色に染まった演習場の脇道で、彼女は俺とすれ違い、男数人と共に離れていく。
「――――あんな演習で、調子に乗らないでね」
女の囁き声が聞こえた気がして、振り返ってみる。もちろん、誰も残ってはいない。
後ろ髪を若干引かれながらも、俺は直進を続けた。
……そういえば、演習の相手だった勝率一位の彼女、曽我瑞穂だけをじろじろ見ていて気付くのが遅れたが、一緒に歩いていた他の予科生も成績上位者だ。
俺に話しかけていた男の予科生も有名人のはずだ。
確か、総合成績では曽我瑞穂を上回る、予科生の優等生だったような。二〇〇位も成績に差のある俺に対しても気さくに話しかけてくるなんて、成績だけでなく、性格も悪くない奴なのだろう。俺の友人の城森英児とは大違いだ。
今度出会ったら、話ぐらいはきちんと聞いてやろうと思う。
俺に石鎧をレンタルしてくれるメーカーを探して早五日。どうにも話が進展してくれない。交渉失敗が続いたので一度整理してみようと、これまで交渉を行ったメーカーを一覧にしてみる。
結果、名前を知っているメーカーとの対面は済んでしまっていた。もうマイナーな中小企業だけしか残っていない。ゲームで例えるなら、ドロップ率がレアなだけのコモンアイテムを探している心境だ。
小規模企業のすべてが悪い訳ではない。町工場のような工場で生産される石鎧が傑作品である事は稀に良くある。
ただ、知りえる中小メーカーの中に、俺の趣味に合う石鎧を製造している会社はいなかったはずだ。
トップ企業に追いつこうと画期的なアイディアを実装している点は評価できるのだが、俺はそういう一点集中の特性を持つ石鎧が嫌いだ。そういった意味では、特徴を持たず、ロートルゆえに少し壊れても動き続けてくれる演習機はかなり気に入っている。
まあ、毎度企業の営業の人からお断りされているので――俺の名前を確認した途端、あっ、と発音して申し訳なさそうな顔をしてくれる――、石鎧のスペックについて悩むなど贅沢が過ぎる。
一人で悩んでいても進展しようにない。
一度、他人の意見を参考して対策を練る必要があるだろうと思い、俺は学生寮の一室を訪れた。
俺をメーカー巡りに焚きつけた男の私室である。
「それ、絶対に誰かが圧力かけているだろう」
「えぇー」