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キカイな物語  作者: クンスト
2章 卒業試験トーナメント
38/106

4-18 三回戦 -異能の発動-

 最後の腕輪バンクルを発射しながら主戦場に戻って来た。

 市民級のむれの長はビースト級だと思っていたが、別に本命がいたとは心底驚いた。魔族は大戦以降数を減らし続けているはずなのに、同じ場所に数種類の上位種が集まるのは異常だ。

 本腰を入れての調査が必要になる重要案件であるが、今は目前の僧侶プリースト級を片付けるのが先だろう。

 僧侶級は爵位を持たない魔族の中では最上位に位置する。知恵が回り、戦術的な行動も可能だ。重力を無視して浮かんだり、髪を武器にしたり、精神攻撃を得意としている特徴も厄介ではあるが、どれも頭の良さよりも難儀するものではない。

“――ルナティッカーッ! ドウシテダァ!”

「毎回思うが、恨む相手を間違えていないか?」

 感覚器官のないのっぺりとした顔の片側を押さえながら、僧侶級は俺をにらんできた。洗脳状態にあるテスタメントも俺に向けてカメラレンズを赤く光らせている。

 俺の到着が遅かった所為でチーム・スターズの石鎧、テスタメントを一機奪われてしまったようだ。が、遅過ぎた訳でもなさそうだ。

 僧侶級は未だにテスタメントから離れないで傍に浮かんでいる。洗脳が完全に終了していないから離れられないのだろう。

 今なら僧侶級を石鎧から引き離すだけで簡単に救える。

 ……電磁装甲を有するテスタメントと格闘しなければならない現状を簡単と言い表せれば、であるが。

『月野製作所のSA。お嬢様は大事な方だ! 傷付けないでくれ』

「あんな重装甲で過保護な!」

『殺してやる! ルナティッカーッ』

「あんなに凶暴だし!」

 テスタメントと僧侶級のZ軸は一致している。地上から四メートル付近に浮かぶ僧侶級を狙うには、地上でどっしりと構えているテスタメントが酷く邪魔者だった。

 地面を蹴って進む賢兎ワイズ・ラビットへと、パイプ状の太い髪の毛が数本伸びて来る。迎撃は行わず、髪を引き付けてからの回避でやり過ごしながら、洗脳テスタメントに接近していく。

 一本避けきれずに左腕に衝撃が伝わったが、貫通はしていない。構わずに突き進む。

 賢兎の跳躍力と背面ブースターを併用すれば、僧侶級の高度まで届く。テスタメントの手が届かない位置から跳躍すれば、安全に到達できるというものだ。

 砂利を押し潰しながら地面を蹴って空に向かう。重力加速度を相殺する背面ブースターを点火して距離を伸ばして、浮遊する僧侶級に肉迫した。


“長耳ハ――”

『――敵の証拠だァッ! ルナティッカー!』


 同期の取れた怨嗟えんさが耳に響いたが、次の瞬間には巻き上がる粉塵にかき消されていく。

 通常の石鎧のニ倍は重量感あるテスタメントが、ブースター出力で無理やり上昇したのだ。下半身の各所に設置された噴射口から大気が押し出されていき、乾いた大地に広く濃く、砂煙が生じる。

 テスタメントの目線と賢兎の目線が水平になってしまった。テスタメントが上昇した分だけ、僧侶級は上方に逃げていく。完全なる誤算である。

 このままでは、俺はテスタメントの分厚い胸に跳び込む破目になる。止まれるものなら止まりたいが、ブースト加速する石鎧は急には止まれない。

 装甲板に塵が触れた途端、電圧で弾けて気体と化す光景を目撃してしまった。俺を受け止める準備は万全らしい。

 泥沼に潜り込む訳ではないのだから、足から跳び込めばすねの辺りまで溶かされるだけで済むかもしれない。賢兎の脛の中には俺の足が入っているから、少しはあらがう。

 足底の鉤爪を突き出して、電磁装甲の最初の犠牲とする。一瞬でとがった鉤爪が消えてしまう。左の足底から溶け進み、足首を越えて生身の足底に熱が伝われる。今度は右の脚を犠牲にして左脚を救出する。

 水面を沈む前に走り抜けようとする程に無茶な動作であったため、本当に苦しまぎれな猶予しか得られなかった。


『溶けてなくなれェェェェッ!』

「これッ、ぐらいッ、でッ」


 上半身を勢い良く振って、両手を突き出す。おぼれる人間がありもしないわらを掴もうとするが、俺の藁は違う。


「魔族相手に出し惜しみしない。我が爵位特権、『ソリテスの藁』発動!」


 三対のカメラレンズを紫色に発光させながら、あえて両手で電磁装甲を掴んだ。電磁装甲と両手の間から、気化金属が立ち上る。

 鈍色にびいろの煙がシャッター形状な賢兎の顔を伝い、夜空に消えていく。

 頬の辺りに熱を感じるが、気のせいではない。

 装甲越しに気化金属の熱を感じられるはずがないのは当然だが、俺の頬は確かに発熱していた。

 何故ならば……、今の俺の顔にはオレンジ色の文様が浮かび上がっているからだ。石鎧の中にいなければ目立つ事この上ない。

「耐えろッ! ワイズ・ラビットォぉ!!」

 体積を減らしながら深く沈んでいく賢兎の両手で、それでも体勢を維持し続けた。浮かぶ僧侶級へといたるためには、身を溶かしてでも電磁装甲を登るしかないからだ。

 溶け落ちて、半分に本数を減らした左のマニュピレーターは、まだ敵に届かない。

 だから、もっと上へ行こうと足掻あがく。まだ無事なひざや肘を電磁装甲に付いては沈み、溶けては昇り、を繰り返してテスタメントの登頂していく。

 もう完全に溶けてしまいそうな程に長く電磁装甲に触れてしまっているのに、賢兎は耐え続けた。本来の半分ぐらいしか融解していないから、その分だけ触れていられる。

 賢兎の装甲材とテスタメントの電磁装甲。両方に詳しい人物が存在すれば酷い違和感を覚えただろう。どうして、賢兎なる石鎧は自殺行為を平気で続けられるのか。精神的に狂っているのは当然であるが、自殺が継続している不可思議が信じられない。

「届けええぇッ」

 手を伸ばせば、そこに僧侶級がいる。

“ッ!? 消エウセヨ!”

 身を削る苦行の終わり掛けを待っていたかのように、複数本のパイプ髪が俺を襲撃する。衝撃と共に、肩や胸の装甲らしき板が視界後方へと飛んで行く。が、自機の損害は気にしない。

 逆襲で、ついに、釣り針形状に固定した指で僧侶級の首を一閃してやる。

 近接戦闘用に研磨されている左指とはいえ、酷使が過ぎた。無理やり僧侶級の首を切り裂いたため、指がすべて脱落してしまう。が、やはり損害など知った事ではない。僧侶級の首に穴を開いた事への喜びが勝っている。

 痛みを叫びながら、僧侶級はもっと高くへと浮かび去ろうとしていた。テスタメントの完全掌握を諦めてでも、命を優先したのだろう。

 だが、逃がさない。

 左手に比べれば指が残っている右手で、不器用にハンドガンを構える。

「今更遅いぞ。完全AI射撃!」

 ハンドガンに装填されているのはペイント弾であるため、魔族のような奇想天外な生物に通じる物ではない。

 だが、何事も狙い所次第だ。正確無比に首の穴へと撃ち込めば、痛覚をえぐるぐらいの嫌がらせはできる。

 僧侶級は首を押さえながら高度を落とす。緑からオレンジに発光色を変化させていくが、もう遅い。

 近場をただよっていたパイプ髪を腕に巻き付けるようにしてホールドし、僧侶級を自機へと引っ張っていた。

 この時点で賢兎の四肢は半壊してしまっている。激昂状態の僧侶級に通じる有効な武器がないのは当然で、手も足も出ない状態だ。

 だから、ボロボロの両手を振り上げて、丁度良い位置にやってきた僧侶級の頭頂部を叩き付けてやる。

 ……電磁装甲に覆われた、テスタメントの丸い肩へと落とし込む。

 すべてを溶かす無敵の鎧に顔から衝突してしまった僧侶級。苦しみを表現したいのか、パイプ髪を無茶苦茶に動かして抵抗する。液体コンピューターを演算能力ではなく油圧として使用してでも、無理やり押し込み続けた。

 最初に電磁装甲へと跳び込んだ賢兎と、つい先程顔を押し込めたばかりの僧侶級。

 どちらが先に溶けきるかという問いの答えは――。


“――懺悔……ルナティ……ク……ル………悔”

「テスタメントがただの壁としてではなく、本来の動きを見せていれば違ったな」


 ――爵位権限を持たない魔族が先に溶けるのは自明であった。

 うごめくパイプ髪は硬直した後、端から心臓に向かって灰に還元されていく。

 四肢を中腹まで失った賢兎はバランスを失って、背後から地面へと倒れていく。




「今回も壊したな。九郎はどんな相手でも通常運転な奴だ」

 城森英児しろもりえいじは、人馬が融合した形状をしている騎兵キャヴァリィ級魔族の横腹を足蹴にしながらつぶいた。

 英児の現在位置は戦場中央からやや離れている。ランスチャージを戦法とする騎兵級との戦いには広いフィールドが必要となったためであるが、環境センサーを有する賢兎であれば遠隔地を盗み見ぐらい造作もない。

 折られて垂れ下がった首の騎兵級は、地面の上で横倒しになっていた。死後硬直が始まる代わりに体を灰に変化させている。じきに全身が消えてしまうだろう。

「実力が上の相手に勝てない装着者がルカだとすれば、九郎は実力だけがない装着者だな」

 無傷の賢兎は、魔族との戦闘でほぐれた電磁筋肉で、戦場中央に帰還していく。

 スキップしている訳でもないのに、英児機の脚は軽やかだ。

 

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