表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
キカイな物語  作者: クンスト
2章 卒業試験トーナメント
37/106

4-17 三回戦 -異観に惑う-

 石鎧の中では大型機に分類されるテスタメントを囲むように、空を浮遊する僧侶プリースト級はパイプ状の髪を広げていく。海を漂うクラゲがプランクトンを得ようと触手を伸ばしていくかのような光景だが、ドーム世界の住人達に僧侶級の怪しげな行動を言い表す言葉は存在しない。

 僧侶級が狙いを定めた相手は、クロエ・エミールのテスタメントだ。

 地上四メートル付近まで下りてきた僧侶級を迎撃しようと、クロエ機は投擲してしまったハルバートの代わりに棘付きメイスを振る。所々緑色に発光するパイプ髪を傷付け、破損させているのは確かであるが、髪だけあって僧侶級の痛覚を刺激するにいたっていない様子である。

 空から伸びてくるパイプ髪に、テスタメントの丸みを帯びたフォルムが隠されていく。

『お嬢様! 今お助けをッ』

「焦らなくても大丈夫! 電磁装甲は機能しているわ!」

 僧侶級の元の体積を上回るパイプ髪に襲われているクロエ機であるが、危機的状況にあるとは言い難かった。装甲表面に触れてきたパイプ髪は、超高電圧に溶かされている。内部にいるクロエにまで浸透してくる事はない。

「何をするつもりか分からないけど、クロエは負けないからっ」


“――サア、罪ヲ自覚スルノダ”


 通信機越しではない奇妙な返事を聞いたクロエの視界が、ふと、暗くなる。石鎧という閉所は闇に沈んだ。

 クロエはまず眼前にある曲面スクリーンの電源だけがオフにされたのかと考えたが、直前までウィルス感染の傾向はなかった。とはいえ、単純にテスタメントの全身をパイプ髪に囲まれてしまったから、月明かりがシャットアウトされて暗くなっただけ、とも思えない。

「光学カメラ越しのハッキング!? それとも装着者を狙った催眠術?? でも、テスタメントには対抗手段だって――ッ」

 手元を操作してカメラ映像のフィルタリングを開始しようとしたクロエの瞳に、青い空を見上げている誰かの視点が重なる。



 高い空だった。群青色が美しく、ドーム外でありながら石鎧や気密スーツなしに呼吸可能な優しい大気層が広がっていた。

 とてもこの世の物とは思えない、美しい光景だ。

「お助けください。お助けください。私達は平和を望んでいます。どうか、お助けください」

 視点をクロエに貸し与えている誰かは、その空の高みに向かって握り締められた両手をかかげている。視界が上向きであるため分かり難いが、周囲でも同じように空に祈っている人間が数百人単位で存在している。

 祈りの先には何もないように思われた。天の神様に祈っているのであれば不思議ではないが、それにしては百以上の握り拳の先は一点に集中し過ぎていた。

 傍にある子供の拳も硬く閉じられており、無邪気さは感じられない。

 他人の視点を借りているクロエは、拳の先に何があるのかもう一度確認して、気が付く。

 何も浮かんでいない快晴の空には、青と灰色が混じったような円が見えた。

 円の正体が、母星、地球の衛星であるとまでは、ドーム世界の住人が分かるはずもなかったが――。


「あ、止めて……。あ、アア、アアアアアアアッ!?」


 地球の衛星、月の近くで強い光がまたたいたと思ったら、次の瞬間には地表に突き刺さって炸裂してしまった。

 起爆音よりも早く衝撃波が皆々を襲う。

 大気を吹き飛ばす程の熱量があらゆる物質を溶かしていく。

 眼前にあったはずの都市は跡形もなくなり、高台にある教会で月に祈っていた住民達も無慈悲に細かく引き千切っていく。グロテスクな死体が散乱する生物的な死さえも衝撃波は奪い去っていき、人間を絶望的で、非可逆なちりへと変えていってしまった。

「どうしてッ! どうして、助けてって、願ったのにッ!! 戦闘員なんて一人もいない街だったのに!!」

 クロエに視点を貸していた人物も、非力な人間であるため結末は変わらないはずだった。

 惑星軌道上から第二宇宙速度を超える勢いで降下されてきた戦略核に焼かれて、人間が助かるはずがない。戦術核を降下させた者達も、微生物以上の物体は生き残らないだろうと試算してから大量殺戮を敢行かんこうした。

「どうしてよッ! 息子を返してッ! 娘を返してッ!」

 しかし、クロエの傍にいた小さな背丈の人間の方が先に消えていった事により、クロエは異質な結果を迎えてしまう。

 戦術核に焼かれた肌は炭のように真っ黒くなっていく。

 長く美しかった髪は束となってパイプ状に変化していく。

 生物学では説明を付けられない異変が、クロエに魔的な変貌をもたらしていく。

 どうして皆が死んでしまったのか、クロエには理解できない。ただし、クロエが生き残ってしまった理由は、月に対する憎悪以外にはありえない。


「狂ったルナティッカーッ! お前達だけが狂っているなどと、思うなッ!」


 人間ではなくなったクロエは、きのこ雲の所為ですっかり汚れてしまった空の高みに向かって吠える。灰色に隠れた向こう側に必ず存在する、狂った月の住民に対して呪詛を連ねていく。

 クロエと同じように、住民の数に対してわずかであるが、墨汁色をした市民級が瓦礫の中から立ち上がって月に両手を伸ばして――。



「アアアアあッ、あああッ! 許さない、ルナティッカーッ! 殺してやる。殺してやるッ!」

『お気を確かに、お嬢様ッ、お嬢様ッ!』

「月の狂った移住者共を、呪い殺すまで我等魔族は!」

 僧侶級のパイプ髪に捕らわれたクロエの狂乱が、通信機越しにスターズの僚機に伝わる。円陣を解いて、クロエの救出に向かおうと動き始めるが、行動が遅過ぎた。

 僧侶級のパイプ髪を斬り裂こうとクロエの従者がハルバートを振るうが、髪の毛の中から突き出された物体に阻まれる。クロエ機のメイスが、ハルバートの刃を防いだのだ。

 僧侶級の精神汚染により、クロエはクロエとしての意志を失いつつあった。正体不明な相手であっても戦えていたスターズだが、仕えるべきクロエ相手では戦えない。

 ゆっくりと僚機へと、墨汁色のパイプ髪が絡み付くテスタメントが振り向く。斜めのスリットの奥にあるカメラレンズは、血の色のような朱色に光っていた。

 操り人形と化したクロエ機は天高くメイスを掲げて歩き始める。


『ブースト・バンクルッ!』


 そのメイス目掛けて固形燃料で加速する腕輪が飛んでいき、命中した。メイスはテスタメントの手から抜け跳んでいき、クロエ機の上空を浮かぶ僧侶級に接触する。

 メイスは棘付きだったので、顔に突き刺さっては叫びを上げるのは当然だろう。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ