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キカイな物語  作者: クンスト
2章 卒業試験トーナメント
36/106

4-16 三回戦 -異物なるか-

 機敏な動きで戦場から離れていくビースト級の前方に、ブースターを使用して回り込む。視界内に戦場は映っているが、これ以上は深追いが過ぎるだろう。オレンジ色に発光し始めた獣級を放置しておく危険性を加味しても、たった一体の魔族に執着し過ぎるのはこの辺りが限界だ。

 逃げ道をふさがれた獣級が長い腕を地面に突き立て、腕力のみで空へと跳躍していく。

 俺の頭上を通り過ぎようとしている所を悪いのだが、マケシス社から提供された武装はまだ残っている。


「ブースト・バングルッ、いけッ!!」


 墨汁色の顎を撃ち抜く軌道で腕輪は飛んでいき、重量物質同士が衝突する音が頭上で響いた。

 このブースター付きの腕輪。思想的には、ロケットモーターで加速させた腕部を敵に突っ込ませる特攻攻撃と同じになるだろう。マケシス社の技術スタッフが、地球時代の映像芸術を参考にして作り上げたのは間違いない。

 とはいえ、流石のマケシスも精密ゆえに高価なマニュピレーターを消耗品のように投げ飛ばす攻撃手段を是としなかった。腕を飛ばしている間、銃を握れない致命的な弱点を克服できなかっただけかもしれないが。

 だから腕を飛ばす代わりが、腕輪である。

 直径二十センチ弱の銀色のリングの数は片腕三輪のみ。多くはないが、装着時には攻撃を受け止める防具にもなる――受け止めきれない衝撃を検知した場合は内部の固形燃料を爆発させて爆発反応装甲になるとか、ならないとか。

 物は試しと第三試合前に装備してみたのだが、案外使い易い。

 腕輪に撃墜され、地面の上で転げ回っている獣級でコンバット・プルーフは発行されただろう。ほぼ同じ箇所に二度も打撃されたため、悶絶もんぜつしてしまっている様子だ。魔族も生き物だから仕方がない。アメンボ――絶滅済み――だって生きているのさ。

 だが、魔族相手に中途半端な攻撃は危険である。市民シビリアン級と同じく、獣級も激昂状態になると筋力と防御力が倍化するからだ。

 長い腕の表面に、オレンジ色の斑文はんもんが浮かび上がろうとしていた。

「試合用に固形燃料を少なくしたバンクルだから、想定済みだ」

 ただし、怒りを覚えたという事は、獣級が逃走を諦めた証拠だ。不意討ちを得意とする獣級が愚直に襲い掛かって来るというのであれば、それは俺が望んだ状況だ。

 腕を杖のようにして立ち上がった獣級は、まるで目のような形をした斑文が浮かぶ顔のない顔を向ける。短い足でちまちまと走る代わりに、腕を交互に動かして俺へとせまる。

瑞穂みずほなら、猪突猛進してくる敵を器用に避けるのだろうけどさッ」

 長腕の届く距離になった途端、獣級は空中に跳ね上がって二本の凶器を伸ばしてきた。

 怪しく光るオレンジ色が曲面スクリーンの広範囲に映り込む。左右から倒れてくる巨大な壁のようだ。羽虫を叩くがごとく、広げた両手で賢兎ワイズ・ラビッドの頭部を挟んで潰すつもりでいる。賢兎の頭部は頑丈だが、魔族の筋肉量に反した力強さを考慮した設計ではなかった。

 そんな頭部喪失の死地へと、俺は一歩踏み込む。獣級の広い間合いの奥地へと勇気を持って入る事で、手の平に押し潰される未来を回避する。

 側頭部を過ぎ去っていく腕の一本を掴み取り、荷物を背負うように引き込んだ。賢兎の重心を獣級の重心と一致させるように、反転しながら腰を獣級に密着させていく。

 地球時代の武術で、背負い投げなる技と隊長は言っていた。せっかくの人形ひとがた機動兵器なのに、武術を適用させない理由はないというのが隊長の考え方である。

 長腕の獣級は重心的に不安定な形をしているので、容易に投げ飛ばす事ができた。背中を地面に打ち付けた獣級はオレンジ色を強めているが、生じた隙は見逃せない程に大きい。

 掴んだままだった腕を強く握り締め、腕全体をねじる。

 一回転する前に鈍い音が獣級の腕の根元から響いて、たまらず獣級が吠えた。


“――ッ!! ドウシテッ! ドウシテッ!”


 魔族は容赦すべき相手ではないので、更に腕を回転させて捻り取った。防御力が上がっていても、弱い関節部を狙えば石鎧の力でも可能な所業だ。


“ギャアアアッ! 地球人ダケガ、ドウシテッ!!”


「襲い掛かっておいてわめくな!」

 片腕となった獣級の叫びが敵のものであっても心地良くなかったので、早々に止めを刺す。

 賢兎の跳躍力で数歩分を一気に後退して、再度空に跳び上がる。

 空中にいる間に一回転しながら右脚を突き出して、背面ブースターを点火。位置エネルギーと加速度と加算した跳び蹴りで苦しむ獣級の胸を陥没させた。

 灰となって消えていく獣級を踏み付けて地面に着地する。


「上位の魔族ほど知性的になっていくが、化物の癖に地球人を自称するなよ……」


 やや遠くに見える戦場の光は消えていない。未だに戦闘は続いているようなので、意味有りげな獣級の言葉を一旦忘れて、俺は駆け出した。




 チーム・スターズの面々は正体不明の敵を不気味に思いながらも、丁寧に粉砕し続けていた。

 アメリア代表に選ばれる優秀な彼女達に、あなどる感情は存在しない。墨汁色の正体不明にテスタメントの電磁装甲を突破可能な武装がない――そもそも武装と呼べるものがない――事は分かっていたが、生物のような……正確に言えば人間のような形状をした市民級に襲われていて、安堵あんどできるはずがない。

『お嬢様! このような未知の敵、従士たる我等にお任せしてお下がりを』

「クロエだけが一目散に逃げる醜態をさらせないから、無理!」

 スターズの三機はリーダーたる金髪碧眼の女装着者、クロエ・エミール。およびエミール家に仕える従者の二人で構成されている。

 アメリアはファミリーと呼ばれる単位で派閥が組まれている。アメリアの前身であった地球上に存在した国家とは政治体形が異なるが、それはアメリアに限った話ではない。資源にとぼしいドーム世界では、軍隊や財閥が幅を利かせる事は多い。

 エミール家はアメリアの将軍家の一人娘である。正真正銘のお嬢様であり、おそらく、奈国軍学校の予科生達が思っているよりも地位は高かった。従者達がクロエの後退を進言するのも無理はない。

「今、三機の円陣を崩すのは無理かなー。それにしても、気色悪いっ! 何これ!」

 ハルバートで市民級を縦に分割しながら、クロエは素直な感想を口にする。石鎧で生身の人間を潰しているような感触が石鎧越しに伝わってくるようで、クロエは苦い唾を飲み込んでいた。

「抱き付かれると電磁装甲の電気消費が多いかな。クロエは半分残っているけど……え? ケビンは三割ですか。でも、化物相手に電圧下げるのは禁止します。ケビンも、ユーリも接近される前に倒すように」

 市民級を相手に防戦を続けるスターズに危なげなさはない。電磁装甲がある限り、テスタメントを駆るスターズにダメージはないので当然だが。

 しかし、上空からゆっくりと降りてくる新手と対峙してもノーダメージでいられるかは定かではない。


『空にご注目を、お嬢様!』

「浮かんでいるけど、届け!」


 展開式ハルバートをたたみ、少し大きめの手斧感覚でクロエ機は上空の新手へと投擲した。

 能無しの市民級であれば回避行動という概念がないので一撃で決着が付いただろうが……市民級は浮遊しない。

 ハルバートを回避した新手の敵の体には、オレンジ色ではなく、緑色の斑文が漂っている。頭部から生えているパイプのような髪も市民級にはない特徴だ。

 空を漂う僧侶プリースト級は、攻撃してきたクロエ機を注目した。


“――懺悔セヨ。我等ノ無念ヲ追憶シ、懺悔セヨ”


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