4-15 三回戦 -異形の集合-
まだオレンジ色になっていない市民級の撃破を優先しながら、戦場中央に布陣しているチームを横目で確認する。
石鎧の数は五機。地面に転がっているのを合わせれば六機か。
トーナメントの外国枠、チーム・スターズのテスタメントが三機で円陣を組んでいる。内部にいる負傷の激しいチームを保護しているようだ。
『あっ! こっちはウサギさんだ』
「スターズか。他チームを守ってくれていたのか?!」
『クロエ達は国の代表として、恥ずかしくない行動を取っているのです!』
奇抜な行動ばかりが目立つ女が率いるチームだと思っていたが、チーム・スターズはなかなかに律儀な連中らしい。正体不明の敵に襲われているのは奈国なので、アメリア代表の彼女達が逃げでも誰も非難しない。むしろ、不要な戦闘で石鎧を破損すれば、本国から非難されるのはスターズだ。
ふと、オレンジ色の斑点が浮かぶ市民級が一体、テスタメントに近づいていく。硬く握り込まれた拳が、大きな軌道で振るわれる。
市民級の拳は重量感に乏しく見えて、実際の打撃力はハンマーの一撃と変わらない。
『ウサギさん達、この化物危険だよ』
「いや、そっちの方が危険に見えるが。避けないといくら重装甲でも……」
『テスタメントにとっては弱いけど』
墨汁色の拳がテスタメントの前面装甲に衝突した時だった。肉が焼けていくような音を立てながら、市民級の手が溶けていったのだ。氷を加熱した鉄板に押し当てた瞬間のように、装甲表面から水蒸気が弾けていく。
突き出した拳を防がれるだけならまだしも、拳そのものを融解するとは魔族であっても想像できなかったのか。
市民級が付け根の辺りしか残っていない己の手を不思議そうに見詰めている間に、テスタメントのハルバードに頭頂部を潰され、胴体は左右に分かれて消えていく。
『倒したと思ったら消えちゃって。もう何です、これ?! 石鎧じゃないし、生物でもない。化物? 奈国では妖怪??』
「そんな正体不明を平然と両断するアメリアには絶句してしまいそうだ」
出鱈目な装甲を持っていると事前に知ってはいたが、まさか市民級の打撃さえ溶かして無力化してしまうとは恐れ入る。
月野いわく、テスタメントには電磁装甲が採用されている可能性がある。
金属さえ一瞬で溶かしてしまう程の高圧電流を装甲板に流す事で、装甲を貫通する前に銃弾を蒸発させて無力化してしまおうというコンセプトの装甲である。アーク溶接の応用みたいなものだ。
技術的な課題が多く、奈国では理論上にしか存在しない。そんな電磁装甲を、アメリアでは石鎧に装備させるに至っている。
国家間でそこまでの技術格差はないだろう、と月野はテスタメントの装甲を訝しがっていたが、実際にテスタメントは電磁装甲を装備していた。
銃弾どころか魔族すら溶かす、無敵の鎧として、ではあったが。
「そこの倒れている石鎧の装着者の容態は?」
『返事がないから……』
「急ぎたいが、敵の数を減らさないと搬送もできないか。スターズはこのまま防御を固めてくれ。チーム・月野製作所が攻撃を努める」
内縁軍の守備隊が到着するまでは、現状の陣形を保つ事を提案する。
先程から市民級の数を減らしているのに、どこからか増援がよろよろと歩いて現れている。当分は絶える事はないだろう。
負傷者の輸送を優先するよりも、必ず現れる味方の到着を待つ方が賢明だと思われた。味方が強いかは分からないが、少なくとも俺達が所持していない銃を装備しているはずなので、戦力にはなる。
チーム・スターズも俺の作戦を了承した。
『ウサギさん危ないッ』
多くの仲間を屠られて怒りを発症した市民級が、両手を広げて、背後から俺に抱き付こうとしていた。
だが、スターズの女装着者に警告されるまでもなく、環境センサーで市民級の接近を感知している。
軸足の足底にある鉤爪を地面に突き立てて、腰を旋回させて脚部に遠心力を溜め込む。回りながらも伸ばしていた脚を一度たたみ込んで遠心力の密度を増した後、鉤爪を開放して百八十度反転。同時に、電磁筋肉の伸縮を下半身に伝播させる事も忘れない。
視界内に捉えた市民級の胸の中心に、渾身の回し蹴りを放つ。
機械の回し蹴りは魔族の防御を上回る。
所々オレンジ色に光る胸がひび割れていき、賢兎の脚に耐えかねて破裂する。粉袋の中身が拡散するように、市民級は灰を空中に撒き散らしながら消えていった。
『九郎。その足技は誰かのと似ているように俺は思うぞ』
「教わった人が同じだからな。口ばかり動かしていないで、エージは市民級を倒せるのか?」
英児機はカメラレンズを紫に発光させた後、最も近場に立っていた怒り状態の市民級の胸に片腕を突き刺す。絶妙なタイミングと指先の角度だ。熱したフォークがバターに入り込むかのように、指先が墨汁色の胸に吸い込まれていく。
市民級はまだ絶命しなかったが、突き刺していた手を握り込んで心臓を潰した事で、灰に還元されていく。
『どうだ。九郎なら、刺さらずに突き指するだけだろう?』
「はいはい。その調子で働いてくれ」
敵の数は減らないが、安定して駆除できている。内縁軍到着まで命の危険なく持ちこたえられるだろう。
……そう思い始めた直後に厄介な新手が現れるから、現実は非情なのだが。
市民級の影に隠れながら接近していたソイツは、地面を疾走して敵をかく乱していたルカ機をターゲッティングして、天高く跳び上がる。
ソイツの形状は市民級と似ているが、上半身が強化された代償に、脚部が酷く短い。何より、思い出したかのようにしか襲ってこない市民級と異なって、ソイツの思考は獣的だ。隠れながら相手の隙を探る程度はやってのける。
石鎧の頭部を内部の装着者の頭ごと捻り取る事に執着するソイツの名前は、獣級。
月を背負った腕長の獣級が、重力に従って落ちてくる。
下に伸ばされた両腕の先には、ルカ機の頭部がある。
「獣級ッ、やらせるか!」
ルカの反応は遅れていたが、俺は気付いていた。
問題は距離が十メートルほど離れている事であるが、距離間は新武装で埋めるしかないだろう。
相対速度と重力係数の計算をAIにやらせて、導き出された角度に右腕を突き出す。
瞬間、本来の賢兎には存在しない手首の腕輪が発動する。
円形に並ぶ固形燃料を一気に燃やす。初速からトップスピードを記録しながら飛翔していく。
「ブーストッ、バングルッ!!」
放たれていく腕輪は比重の大きい合金で作られていた。賢兎の動作を阻害しないギリギリの重量を持っているはずの腕輪が、銃弾並みの速度に加速してしまえば脅威だ。
AIの計算通り、円形の加速物体は降下していた獣級の頭部を穿ち、軌道を狂わせる事に成功した。
転倒するかのように着地した獣級に急接近する。
追撃で蹴り飛ばそうとしたが、獣級はバネのような動きで立ち上がって跳び退いていく。流石に腕輪だけでは仕留められないか。
『アイツ、生意気にオレを狙ったのか!』
「よせ。俺が相手をするからルカは市民級の相手をしていてくれ」
とはいえ、まったくの無傷ではない。獣級は体をふらつかせて、頭を左右に振っている。脳震盪を起しているのなら、今の内に攻撃を畳み掛ける。
敵の群から少し外れてしまうが、獣級が群の長であるなら今叩いておくべきだった。
各機に通達しながら、俺は地面を蹴って跳びながら戦場から離れていく。
十二体目のオレンジ色の市民級を倒しながら、城森英児は離れていく九郎機を見送る。
獣級なる新しい敵は気になるが、我侭を言ってまで戦いたい相手ではない。
「我慢ぐらいしてやるさ。このトーナメントを通じて、九郎が軍学校入学時のやる気を取り戻してくれるなら、俺にとってはこれ以上ない幸いとなる」
曲面スクリーンに覆われた賢兎の中で、英児は犬歯が見えてしまいそうな笑みを浮かべる。正体不明の敵に襲われ、同じ予科生が負傷している状況に則しているとは決して言えない、笑顔である。
「――それによ。ちゃんと、俺の相手もいるようだ」
英児機の環境センサーは、鋭敏に戦場の向こう側から高速で近づくモノを捕捉していた。
土煙を上げているので、一瞬、内縁軍の車両が到着したのかと考えてしまうが……賢兎の長耳はパカラ、パカラという表現が似合う移動音も捉えている。タイヤで動く車両の音ではない。
棒立ちになって遠くを望む英児機。一見、隙がありそうな英児機を襲ってきた市民級の足を引っ掛けて、転んだ背中を踏みつけて灰にしながら、英児は接近してきたモノの正体を探る。
「脚が多いな。ランスを構えて、中世の騎士気取りか」
上半身は市民級をベースにしているが、下半身は四足の生物、馬を模した形をしていた。
英児は知らないが、重量武器の黒いランスを構えて接近している魔族は、騎兵級という。
古代より、馬を駆る騎士によって多くの雑な歩兵が踏み殺されてきた。
所詮は歩兵でしかない石鎧にとって、突撃戦術で襲い掛かる騎兵級は最大級の天敵であろう。
「ハっ! 悪くねえ!」
そして、戦場を俯瞰するかのように空中に漂う墨汁色の異形が、もう一体。
“――懺悔セヨ。我等ヲ滅ボシタ、ルナティッカー。懺悔セヨ”
この戦場で最も上位の魔族を感知できた人間は、一人もいない。




