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キカイな物語  作者: クンスト
2章 卒業試験トーナメント
33/106

4-13 三回戦 -異変のはじまり-

 曲面スクリーンに投影されている最大望遠の映像内では、平べったい形の石鎧が三機の石鎧に襲い掛かっていた。これで三チーム目なので、もう見慣れた光景である。

「しかし、昨日組み立てたばかりのオプションをルカは良く動かせるな。あんなうつ伏せで、人間にはないクローや尻尾を動かせるものかねぇ」

『九郎は不器用だから無理だろうが、あれは流石に複雑が過ぎる。一般人には真似できねえよ』

 今回襲っている相手チームは、漁夫の利狙いの狙撃銃しか装備していなかった。

 つまり、ルカの格好の獲物だった訳である。ルカ機はオプション由来のステルス性能を発揮しながら接近し、狙撃銃には不利な接近戦をし掛けていた。簡単に二機を撃墜判定に追い込む。

「あー、九郎機からルカ機へ。一機は岩山の上に逃げた。そのサソリ形態で崖を登れるか?」

『Mオプションに不可能はないッ!』

 ルカ機は崖を一瞥いちべつすると、増設クローの内側から鋼鉄ワイヤー付きのアンカーを発射する。アンカーは一度岩山よりも高く飛び上がった後、重力に従って降下、逃した一機が潜む崖の上に突き刺さる。

 鋼鉄ワイヤーを巻き上げながら、ほぼ九十度の壁をルカ機は登っていく。

「本当に器用な奴だ。マケシス製の武装も使いこなしている」

『あのアンカーは、たぶんDオプションにあった装備じゃないか?』

「……ともかく、ルカの武器の扱いセンスについては認めざるを得ない」

『多数の弱兵を圧倒するのに役立つ事は認める。ただ、ルカは己よりも技量の高い敵に勝てる奴じゃないからな。俺の興味範囲外だ』

「エージは上から目線だな」

『実際、ルカは九郎に勝てなかっただろう』

 まさか虫みたいな形で崖を登れるとは思っていなかった相手チームの生き残りは、抵抗する暇さえなく、伸びてきた尾に刺されて停止してしまった。コンピューター・ウィルスを流し込まれては、試合中の復帰は不可能である。

 これにて三機撃墜、相手チームの敗北だ。

 今回も全機撃墜できたので、残りは最大でも九チームか。

「ルカ。お疲れだ。まだ電気は残っているか?」

『コイツからもらうから心配ない』

 ルカはそう返事をすると、今倒したばかりの石鎧の胴体をクローでまさぐる。

 しばらく時間を有したが、どうにか増設用の電源プラグを発見したらしく、尾の先を近づけて差し込む。

「……敵から給電できるのか。規格の合うアタッチメントで運が良かったな」

『尾の先が形状変化するから心配いらない』

「左様で。俺達も少し休憩しよう。俺が見張りをするから、ルカとエージは先に休んでくれ」

 左右の耳を高く立てらせて全周警戒に努める。

 ルカの活躍のお陰で今の所は順調に敵の数を減らせている。このまま後七チームを撃破して三回戦を突破したいところだ。

『本気で優勝候補のチーム・スターズと戦わないつもりかよ。九郎』

「強い奴とは準決勝か決勝で戦うから別に良いだろう。今回はルカが暴れるだけでもリスクは支払っている」




 第三回戦Aブロックの夜戦は、ドーム内の特設会場で中継されていた。

 ドームの内側と外側では丁度十二時間近くの時差が生じているため、観客が夜更かしをしている訳ではない。

 内外の時差については過去に何度も完全一致させるべきだという議論が行われているが、時差のお陰で、今年度の卒業試験では昼間に夜戦が行えるという好条件を整える事ができた――ちなみに、時差問題についてはドーム外が一日、二十四時間三十九分三十五秒となっており、四十分伸ばすぐらい認めろと楽観論者が議題にたびたび挙げている。が、四十分でも積み重なれば大きな誤差となり、年齢計算を代表とする人類の経験則が適用できなくなるという識者の見解により、毎回取り下げられていた。

 軍学校の多目的ホールで三回戦の中継を見守っている月野海は、好戦的な自チームの活躍を喜んで良いのやら、もっと慎重に動いて欲しいような、そんな微妙な苦い笑顔を作っている。

 その月野の隣には、細目のスーツ男、東郷の姿があった。

 マケシス社の営業部長であるはずの東郷が、仕事を離れてずっと卒業トーナメントに付き合っていて良いのだろうか。こう月野は遠慮がちにたずねてみる。

「やはり気になられますか。ルカさんのワイズにはマケシス製の装備が多く搭載されていますから」

「ええ。まあ……あのように猪突猛進な戦い方をされるとは、印象が違うものだと」

 ボサボサ髪の斎藤ルカの顔を思い出し、月野は首をかしげる。

「そうですか?? とてもルカさんらしい戦い方だと思いますよ? 長期戦を気にして、銃弾を消費していないのはらしくありませんが」

「そうなのでしょうが……あのはるか様がこうも豹変するとは」

「……はぁ」

 知らない誰かの名詞を東郷は発音したが、とりあえず話を合わせておこうと月野は相槌を打っておく。

「マケシス社にここまで協力していただけるとは、正直思っていませんでした。今もこうして、東郷さんに出向いていただいていますし」

「弊社は弊社の都合で動いているところもありますので、お気遣いなく。提携したチームが優勝するのであれば、単純に弊社のプラスとなりますから、利益を諦めた訳でもありません」

 紙屋九郎はマケシス社が譲歩し過ぎている事を気にしていた、と月野は思い出す。九郎の言うとおり、東郷には何か裏の事情があるようであるが、陰気なものは感じられない。

 東郷を信用し始めた月野は、お互いの会社にとって良い提携となるでしょう、と返事をしておいた。

 

 月野が東郷と会話している間にも、第三試合に動きが生じる。

 歓声がホール内で木霊したのが証拠だ。またどこかのチームが奇襲を受けたようである。

 獰猛どうもうなるチーム・月野製作所が次なる獲物を捕らえたのかと予想しながら、月野はホール前方のスクリーンに注目する。が、スクリーンに耳のある石鎧は映っていなかった。

「……あれ、違う」

「遂に月野製作所以外のチームも動き始めましたか」

「そのようです、ね。……真っ黒いSAが、どこかのチームを奇襲したみたいです」

 月野は眼鏡レンズを凝らしながらスクリーンの一角に注目する。

 夜間迷彩目的で塗装を試合直前に塗り直したのだろう。月野の記憶の中に、そんなに真っ黒い石鎧は存在しない。

 迷彩が効果を発揮してうまく奇襲を仕掛けたようであるが、行動がお粗末だった。拳で殴ったり、背後から抱きついたりするだけの無意味な攻撃しか行わなかったため、襲われた側のチームは一機も撃墜判定が下されていない。

 即座に加えられた反撃で、真っ黒い石鎧三機はペイント弾で着色されていった。至近距離から何発も直撃したので、チーム・スターズのテスタメントでもない限り撃墜は間違いない。

 ……だというのに、真っ黒い石鎧はペイントの汚れを気にせず、悪足掻わるあがきで抱き付こうと両手を広げる。

「外部カメラのAIは撃墜判定を出しているのに。あの真っ黒いSAは反則負けです」

 月野は小さくつぶやくだけだが、真っ黒い石鎧に襲われているチームの関係者らしき人物は、大声を上げて非難を開始していた。当然の権利と主張だろう。

 映像内でも、襲われている石鎧が怒りをあらわにする。撃墜判定が出ているのに動き続ける真っ黒い石鎧を蹴り飛ばし、外部スピーカーで怒号を拡散した。


『おい、お前は死んだんだ! いい加減にしろよッ!』


 蹴り飛ばされて砂地に倒れた真っ黒い石鎧は、怒り声に反応し、ピクリと指を震わせる。

 瞬間、黒一色だった表皮に、オレンジ色の文様がか細い胴体に浮かび上がっていく。ペイント弾由来の色合いではない事を明かしたいのか、水に垂らされた油のように表皮を伝って動いている。


“――死ンダ? 誰ガ……死ンダ?”


 月野は、耳元で誰かにささやかれたような幻聴を聞いてしまった。

 隣に座る東郷に囁かれた訳ではない。声質が全く異なるし、東郷も月野と同じ声を聞いてしまったのか左右を見渡してしまっている。


“――家ガ焼ケタ。家族ガ、焼ケタ。皆、皆ガ焼ケテ死ンダ??”


 高音域と低音域だけを抽出し、合成したような囁き声が続いている。

 聞こえているのは月野と東郷だけではなかった。第三試合を観戦している人間全員が同じ声を聞いているようだ。隣同士を見合っては、不審な顔を見せている。

 ホール内の人間全員が聞いているとなると、幻聴の可能性は低い。

 トーナメントを運営している軍学校が用意した立体音響であるはずもない。

 ゾッと背筋が凍り付いてしまいそうな不気味な囁きに、月野はビクリと体を震わせてしまう。


“――憎ィ。憎イ憎イ憎イッ! 全部死ンダ! オ前達ガッ、殺シタ!!”


 オレンジ色に発光する腕が、石鎧の首に向かって伸ばされる。

 単純な動作ので払いのけるのは容易に思われた。だが、真っ黒い石鎧の電磁筋肉の電圧が増強されたのか、さえぎろうとする手や腕を諸共もろともしない。

 鉤爪かぎづめのように構えられた五本の指が、簡単に石鎧の首に届いてしまう。だから、指の加圧が行われ、石鎧の喉がむしり取られてしまう。

 パイプから血のような油が吹き上げる。喉を失った石鎧は力を失って両膝を地面に付けた。

 反則者による凶行にホール内は騒然となるが、事態は直に深刻化する。

 三対三の戦いで行われていたはずの戦闘なのに、改めて数えてみると、真っ黒い石鎧の数が増えているのだ。

 スクリーンが拡大されて検証されたところ、五機の真っ黒い石鎧が映っていた。卒業試験は最大三機編成であるため、五機が同一チームだとすれば、完全にレギュレーション違反である。

「五機だけじゃない。また増えて今度は六? 七?? いったいどうなって……」

「そもそもアレはSAなのでしょうか。技術屋ではない私の目には……、まるで生物のように見えてしまうのですが」

 喉を壊されて機能停止している石鎧に対して、真っ黒い石鎧(?)は執拗に攻撃を続けた。脚で何度も装甲板を蹴り潰し、内部の予科生を圧殺しようと試みているのだ。

 異常事態の発生に対し、試合を審判している軍学校の教官達は赤い顔をしながら無線で連絡を取り合っていたが、ふとした瞬間、彼等の顔が青くなっていく。

 観客達が発する雑音の合間をったのだろう。ホールの端にいるはずの教官達の小声が、酷くクリアに響いた。


「ッ! あの墨汁色のSAは……未確認機、だと!?」


 映像内で倒れた石鎧の胸部が陥没する擬音が鳴り、遅れて、内部にいた予科生の悲鳴が周囲に響き渡る。


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