1-3 独白の中に現れる男
演習と無人機暴走事件のあった翌日。
講義棟で行われる座学を一通り終え、ようやく辿り着いた自由時間を活用しようと、頭を机に預けてダラけていた。
「卒業試験かー。卒業後は農業を目指すかー」
「……予科生が農業希望とは、前代見聞だ。何より三年間を浪費した予科生を雇う畑があるのも、前代見聞だ」
「これから探すさー」
独り言であるべき将来の夢に口を出してきたのは、前の席に座っている男子だ。
名前は城森英児だったか。
たぶん、俺の友人。木星で木星人と出遭うよりも高い確率で友人だ。
デフォルメ絵で描かれたなら犬歯が伸びていそうな、野蛮な性格の持ち主だ。日々をツマらなさそうに生きているため、飼い慣らされた野犬のような男とも表現できる。
本格的に会話をしたかったのだろう。英児は椅子に座ったまま後ろに転げ落ちそうな格好を止めて、椅子の背もたれを抱くようにして座り直した。
「九郎、馬鹿言っていないで、お前もSAを貸してくれるメーカーを早く探しておけよ」
「エージこそもっと真剣に探せって」
「俺はお前の後で良い。お前に合わせてやらねえと、物事がツマらないからな」
「なにそれ、お前……俺の事が好きな訳か? キモイぞ」
俺の率直な反応への返事で、英児は首に絞め技を仕掛けてきた。
石鎧の操縦だけでなく、生身での格闘訓練も受けている予科生の格闘術だ。同じ予科生が逃れられるはずがない。
俺がギブアップを宣言するまで三十秒、会話が途切れる。息切れから俺が回復するまで更に三十秒を有した。
「現実的な話、成績二〇〇位未満の予科生にSA貸してくれるメーカーがいるはずないだろ。それなら、転職を考える方がまだ有意義だと思うぞ」
「メーカー側としては、ゴミのような可能性しか持たない予科生であっても、確率が増えるならSAを貸し与えてくれる。卒業試験は実力も運も必要だからな。マケシス社がそういう方針だ」
「黒助のメーカーじゃねえか」
話題に挙がっている卒業試験やらメーカーやらは、一ヶ月後に軍学校で行われるお祭りに関連するキーワードだ。
俺や英児を含めた同年代の予科生は、三年の訓練期間を終えて、軍学校を卒業する。
卒業そのものは、どんなに成績が悪くても日数さえ足りていれば問題ない。留年を許容できるだけの余裕は、軍学校にも国にもないからだ。
ただし、卒業後に良い就職先を選べるか否かは、卒業直前に行われる卒業試験の成績が多分に影響している。
就職先の一つは、我が国のドーム群、百キロ圏内を防衛している外縁軍。
予算も人員も多いが、ド砂嵐が吹き荒れている仕事場は悪辣だ。誰も好んで就職しようとはしない。
「九郎。お前が三年間頑張らなかった結果が二二一位なんだぞ。それを今更、後悔して逃避か。格好の悪い男だ。見損なったぞ」
「聞くが、エージの成績は?」
「二二〇位だ。お前よりも上だろ」
現実的な志望先は、ドーム群の十キロ圏内を防衛する内縁軍となる。
ドーム内の治安維持も内縁軍の仕事で、遭難する危険がないため外縁軍よりもお勧めできる。成績が一五〇以上なら目指してみるべきだろう。
「最悪の場合、学校が演習機を貸してくれるだろう。俺は演習機で戦うさ」
「ロートルのオンボロでお前は我慢できるのか。メーカーから新型SAを借りる交渉術も、試験の内だという事を忘れるな」
「……この学校。全部、予算がない事への言い訳ばかりだ」
そして、誰もが夢見る希望先は、王族の護衛たる親衛隊だった。
なんでも、ドームを支配している王族は、地球人だった頃の血を最も濃く受け継ぐやん事なき一族なのだそうだ。市民達からは神聖な一族と尊ばれているが、目にする機会は少ない。
ただし、親衛隊に就職できれば王族を最も間近で護衛できる。
親衛隊の採用人数は年に数人であるため競争率が異常に高い。夢が叶う予科生は指の数ほどに少ないだろう。やはり王族はレアリティが高い。
「俺が演習機を選んだら、エージも演習機を選ぶつもりだろう」
「お前がやる気にならないと、俺もやる気がでないから仕方がない。SAの性能差で勝っても全然楽しくねぇんだ。だから、もう少し頑張ってみろよ。……俺のために」
卒業試験の成績は、三年間の積み重ねよりも重要視される。訓練での成績上位者よりも、実戦形式で行われる演習での勝利者が重宝される。
だから、英児は俺に頑張れと言っている。
予科生全二五四人中、二二一位であっても一発逆転の機会はある。
「決勝トーナメントで勝ち残れば、曽我嬢に婚姻だって申し込めるぞ。こう言えば、九郎はやる気を出すだろ?」
「止めてくれ。俺と瑞穂の接点はない」
とはいえ、三年間の成績上位者が、卒業試験でも上位成績を残すものである。成績は才能と訓練の掛け算で導き出されるものだから、番狂わせは易々と発生しない。
今年度で言えば、演習での勝率一位の女予科生、曽我瑞穂が有望株だ。卒業試験で優勝するとすれば、彼女以外にありえない。
曽我瑞穂は、既に多数の石鎧メーカーと接触していると聞いた。ただでさえ力量のある彼女が、大手メーカーの新型石鎧を装着してしまったら、誰にも手出しできないだろう。
「……はあ、まったく、エージがそこまで言うなら探してみる。やる気は全然ないけど」
予科生達にとって大切なイベントである卒業試験。
本来であれば、部外者である石鎧メーカーは話に関わらないはずだ。……が、試験まで一ヶ月を切り、フリーパスを首にぶら下げたスーツ姿のスカウトマン達が校内をうろついている。
スカウトマン達は、演習機では不憫だからという慈悲の心のみで、予科生に石鎧をレンタルしている訳ではない。軍人未満の、腕の未熟な予科生に新型機や試作機を貸すだけのメリットがメーカーには存在するのだ。
卒業試験はトーナメント方式で行われる。
そして、トーナメントの決勝は王族の前で行われる御前試合。神聖な試合なのだから、素晴らしい動きを見せた学生と石鎧は、利権や建前をスルーした褒美がもたらされる。
例えば、去年の優勝機が御前試合に来ていた王子の目に留まり、親衛隊のSAとして採用されてしまった経緯がある――王族直属の親衛隊だからこそ、そんな無茶が通ったのかもしれないが。
親衛隊の今年度石鎧発注台数、百台。数そのものは親衛隊にしては多いぐらいであるが、王族直属の名誉ある部隊からの発注である。宣伝効果は計り知れない。
こういったドーム・ドリームが起こりえる卒業試験というお祭りに、メーカーは沸き立ち、企業間の競争を白熱させてしまったのだ。
王族の鶴の一声を、学校だけでなく軍部でさえも、メーカーの技術革新が進むのであればと黙認している。
「さっそく、行ってくる」
こうして、石鎧メーカーと予科生の思惑は一致する。
予科生は優勝可能な石鎧を求めて、メーカーは優勝可能な装着者を求めて、計算と打算に満ちた交渉が校内の各所で行われていた。
英児の口車に乗った俺も、契約合戦に参戦するため、自席から立ち上がる。そのまま教室を去っていく。
「良い石鎧を探せよ。紙屋九郎!」
英児の無責任な声援を背中に受けないよう、教室のドアをしっかりと閉めた。