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キカイな物語  作者: クンスト
2章 卒業試験トーナメント
22/106

4-2 うごめく者達

 トーナメントの試合はまっている。勝利チームであっても、余韻よいんひたる暇は与えられず、早々に演習場を立ち去らねばならなかった。

 幸い、チーム・月野製作所の石鎧は全機自走可能だったので、歩いて整備棟まで戻る。

 整備棟は外見が工場で、中身も工場な建物だ。内部は高い天井からランプで照らされており暗くはないが、鉄骨が向き出しの内装は華やかさに欠ける。

 環境センサーで計測してみたが、熱気が充満していて暑そうだ。多数のチームが整備棟を利用しているおり、屋内は満員に近い。

 移動式のパーティションと白いテープのみで区画分けされただけのガレージは充実しているとは言い難いが、最低限の広さはあるのでチーム・月野製作所も利用していた。


 俺達が帰って来た時、チーム・月野製作所のガレージは無人だった。

 試合時間が一分未満と短く終わらせたので、観客席に行っていた月野製作所の社員達よりも早く戻って来てしまったのだろう。

 とりあえず、石鎧を脱いでおくかと、台座に腰を下ろして賢兎の電磁筋肉の電圧を下げていく。

 シャッター形状の顔がカタカタを仕舞しまわれていき、頭部が稼働して背中に移動する。胸部の装甲が左右に開かれて、体に密着していた緩衝装置クッションしぼんでいく。

 人形の入れ物の中から外に出るのは少々コツがいるが、慣れたもので誰の手も必要とせずに外に出られた。


「――紙屋くぅぅぅぅんっ!!」


 他チームの工具を用いた整備音に負けない音量で、名前を呼ばれた気がした。

 声のした方向に目線を合わせると、整備棟の搬入口から一直線に、黄色い髪で黒縁くろぶち眼鏡の少女が駆けている。

 月野製作所社長、月野海つきのうみで間違いない。スーツだというのに、やけに早い。

 片手を振るだけの軽い仕草で、月野の到着をむかえてやる。

 一方の月野はというと、速度を保ったままどんどん近づいてきていて、ガレージの境界線を示す白線を越えてもまだ疾走を続けた。

 そうして、両手を広げて俺の上半身へと飛び込んでくる月野に俺は押されて、脱いだばかりの賢兎に背中を預ける。

「勝ったっ、勝ちました!」

「ああ、勝ってきたぞ。って、まだ一回戦で喜び過ぎだろ」

「ぼくのワイズが、あんなに活き活きと!」

「Rオプションなら当然の動きだ。月野が一番知っていただろ」

 眼鏡にはばまれていなければキスしてしまいそうな距離で、月野は笑い泣きしている。

 苦境の中をもがき続ける彼女にとって、今回の勝利は渇望し続けていた希望だったのだろう。まだ一回目の勝利でしかないが、初勝利でもある。人目のある場所だからと押さえ付けられる感激ではない。

「一回戦、最短記録ですって!」

「まだ五戦目の記録だ。運が悪ければ抜かれるさ」

 勝利をもたらした俺が水を差すのは間違っているだろう。

 だから、鼻と鼻がくっつく距離で対面し、抱き締め合っている事に月野本人が気付くまで、こうして相槌あいづちを打ち続けてやろう。




 紙屋九郎は黄色い髪の少女と抱き合っていたので気付けなかった。

 賢兎を着たまま、耳型環境センサーで周囲を探っていたなら、気付けた可能性が高い。が、そもそも賢兎を着ていては少女と抱き合えない。

 だから、気付けたのはまだ賢兎の中に入っていた城森英児しろもりえいじだ。

 ガレージを区切るパーティションの向こう側に、人間の体温分布が隠れている。出て行くタイミングを見計らっていたようであるが、黄色い髪の少女の足が予想よりも早かったため、状況をいっしていたのだ。

「……まったく。間の悪いのは九郎なのか。それとも、そこの女なのか」

 英児が賢兎の中で重いつぶやきを漏らしている間に、人間の熱分布は遠くに去っていく。

曽我瑞穂そがみずほ嬢ねぇ……」

 やれやれ、と英児は呟き続けるしかない。




 チーム・月野製作所が叩き出した試合時間五十六秒は、結局最後まで破られなかった。正式に最短記録して認められると同時に、他チームからも強敵であると認識された訳である。

 相手が弱かったから、戦法がうまく行き過ぎたから、と安心しているチームは一つも存在しない。五十六秒で倒した相手は、チーム・コイオスはオリンポス社のセカンドチームである。成績上位者で構成され、軍正式採用の石鎧を装着していたコイオスをあなどる事は、オリンポス社の威光を侮るに等しい。

 成金企業の慢心まんしんと笑い飛ばそうと思えばできなくもないが、少なくともオリンポス社自身は、セカンドチームの一回戦敗退を重く受け止めていた。


春都はると。母は失望しています。春都のお友達だからと高価なSAを貸し与えたというのに、一回戦で敗れますか?」


 チーム・月野製作所の圧勝に活気付いているのは、記録映像の中にいる観客だけである。

 ここ、オリンポス社の社長室にいる人間は、硬い表情のままたった一分間の記録映像を眺めている。

「石鎧メーカーの経営者としては、今回の事態を重く受け取るしかありません。トーナメント優勝で評判を勝ち得るつもりで、欠陥機の製造メーカーに負かされてしまったのですから。……先程、外縁軍から、パトロクロスの性能について問い合わせがありました。必ず、次回の発注に影響があるでしょう」

「母さん。コイオスは油断しただけで――」

「――油断? 確かに油断があったのでしょう。敵チームの実力を過小評価していなければ、あそこまで無残な結果を残しはしなかった。……ただし、これは母を含めて全員の油断でもあります。まだ予科生の若者に全責任を押し付けはしませんよ」

 木製の貴重な執務机越しに、四十代後半の女性とその息子らしき予科生の男子が対面していた。広い室内には二人だけで他人はいないが、親子水入らずではいられない。

「けれど、春都。母は息子の怠慢たいまんを指摘しない訳にはいきません」

 執務机には敗退したチーム・コイオスの資料だけではなく、相手チームの耳付き石鎧の報告書も広げられている。石鎧だけでなく、装着者についても一日でかなりの情報が集められいる。

 髪を束ねた女性、オリンポス社長の朝比奈は、実の息子である朝比奈春都あさひなはるとを冷たい視線で射抜く。

 朝比奈春都は軍学校では成績上位者として評価されている。しかし、大戦後の混乱期に会社を急成長させた女傑じょけつを前にしては、その女性が母だとしても気後れしてしまうのだろう。蛇ににらまれたかえるを真似して、直立不動でひたいから汗を流すぐらいしかできない。

「パトロクロスを二機戦闘不能にした装着者。以前、春都が圧力を掛けるよう願ってきた予科生でしたね。息子の願いだったので断りませんでしたが、陰湿な嫌がらせでした」

「母さん、あれはあの男が装着者として相応しくないからで――」

 春都の主張をすべて聞かず、オリンポス女社長は口を開く。


「どうして、ただの嫌がらせで終わらせたのですか? トーナメントの障害となると分かっていたのであれば、出場を棄権させる程に潰しておくべきでした」


 精密な機械が導き出した冷たい解答のような台詞に、春都は背筋をゾクリと震えさせてしまう。

 ある男子予科生のメーカー契約を邪魔するように母に頼んだのは春都であるが、生意気な成績下位をらしめる以上に何かをくわだててはいなかった。

 結果的に、男子予科生は母親もマークしていなかった廃業寸前のメーカーと契約を交わし、春都の友人達がメンバーだったチーム・コイオスに不名誉な敗戦をもたらしてしまった。

 とはいえ、コイオスの惨敗ざんぱいは敵を過小評価し、パトロクロス本来の戦い方をおこたった友人達に原因がある。紙屋なる成績二百位未満の男子予科生を恨むのは筋違いだ、と春都は考えている。

「トーナメントは遊びではないのです。春都の軍学校入学を許したのも、すべては優勝によってオリンポス製石鎧の性能を知らしめるためでした」

「会社のために、ライバルをことごとく潰せと母さんは言うのですか」

「恨みを買うだけの不正をすすめたりはしませんよ。ただし、オリンポス社のためであれば、目をつむっている間に何が行われていても気にしません」

「ッ、必要ありません。僕と曽我さんがいるオケアノスなら、謀略なしで優勝できます」

 番狂わせが一度発生したぐらいで、本来なら無視されて当然のチームをライバル視するのが春都には馬鹿らしかった。

 何よりも母親から暗に不正を勧められてしまうと、矮小わいしょうな敵にさえ息子は負けると過小評価されているとしか受け止められず、春都は許容できない。

 春都には、オリンポス本命チームであるチーム・オケアノスのリーダーとしての矜持きょうじもある。

 執務机の向こう側に座ったままの母親に、春都は詰め寄る。

「見ていてください。絶対に優勝してみせますから」

「若い意気込みと、善処は異なりますよ」

「では、優勝に曽我さんとの婚姻を賭けます! 母さん、これでどうですかっ」

 ドームの産業は親族経営が基本である。

 今は予科生として石鎧を装着しているだけの春都とて、数年後には飛び級で会社の役職に付く人間だ。その際には配偶者がいた方が世間的には受けが良い。

 春都は万全を期せという母親に対して、卒業後は会社を継ぐという意志を示し、己の本気具合を示す回答を行ったのだ。

「……そういう事でも、親が軍人なだけの娘が息子に相応しいかも別なのですがね」

 春都のズレた回答を正したいと思いながらも、オリンポス女社長は立ち上がった。

 執務机を迂回うかいして、肩に力を入れている息子を両腕で抱き締める。

「春都。私がオリンポスの社長でなければ、素直に春都をめられ、しかれたのです。本当は正しい生き方だけをして欲しいと願っている。慈愛に満ちた人間に成長して欲しい。けれど、この世はそんなに裕福ではないから。……この母の本心が数ミリでも伝わって欲しい」

「母さん……」

 春都は、抱き締められた春都は優勝する理由の一つに、母親の期待を裏切らないという家族愛も追加した。




 大手石鎧メーカーのオリンポスとは別に、チーム・月野製作所を敵視する者達がいる。

 セカンドチームを失ったオリンポスが月野製作所を注視しているのは確かだが、本命チームは他にある分余裕がある。だから、この者達の方がより強い切迫感に追いやられている。強迫観念と言っても過言ではない。

 ランプの落とされた整備棟は暗く寒いが、三人がガクガク震えている理由は室温が原因ではない。

 ある男は頭を抱えて悩み続けている。

 別のある男は爪を噛み続けて、ふやけた一部を噛み千切ってしまっていた。

「まさか、まさか、予科生二二一位がオリンポスを倒すなんて」

「どうするんだよッ、次の試合で勝てるのかよ!」

「クソッ、せっかく一回戦を勝ったってのに。二回戦で成績下位に負けたら、この三年間がすべて無駄になる。クソッ!」

 若い男達、合計三人は悩み続けていた。

 どうすれば、二回戦目で戦う敵、チーム・月野製作所を倒せるか。答えを出せないまま整備棟にとどまり続けている。

 装着者の技量は、敵にまさっていない。一回戦最短記録を叩き出した記録映像に映っていた石鎧は、生身の人間の動きよりも躍動感に満ちていた。あのような操縦を三人は再現できない。

 石鎧の性能は、不明瞭だ。たった一分の戦闘時間ではまだ情報収集が足りない。ただし、敵は軍正式採用機を破っている。性能の悪い石鎧ではない事は確かである。

「どうするんだよッ!」

「お前そればっか言ってないで、自分で考えろよ!」

「うるせえ! 少し黙れよ。お前等」

 三人は同じチームメイトだというのに、次の試合の不安を隠せず、仲間同士でいがみ合う程にストレスを溜め込んでいた。

 正攻法では勝てないという認識だけを三人は共有していたが、具体的な策を提示できずにいたのだ。

 そんな内部崩壊直前だった。三人の内の一人が、今丁度、妙案を思い付いたかのように口を開く。


「――そうだ。あの耳付きSAは、試合前に細工しちまえ。トーナメント中、SA不良で棄権は良くある事じゃねえか」


 正攻法以外の不正手段しか、三人には残されていない。そんな事は始めから分かっていた。

 ただし、実際に不正を行うのはかなりのリスクがともなう。不正手段が明るみに出れば、トーナメント失格のみならず、最悪、卒業間近で軍学校を去らねばならなくなる。

 だから、計画を妄想しても、実行に移そうとする愚か者はまれだ。


「それでも、出場してきたら、勝てるのか!?」

「その時は……装着者ごと消えてもらう。演習弾と実弾の取り違い事故で、不幸な最後を迎えてもらう」


 稀なる三人は、チーム・月野製作所の二回戦の相手チームの予科生達だった。

 成績百五十位程度の、特徴のないチームで終わりたくないという思いが、悪しき方向に彼等を動かす。


「……いいな。お前等。覚悟決めろよ」

「勝つために全力を尽くす。軍ってそんなものだろ」

「事故なら、全部許される。俺達は悪くねえ」


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