4-1 一回戦
卒業試験トーナメントの一回戦目は広い演習場を区切って、同時並行で行われる。
八十以上のチームが存在する最初の段階から、一試合ごとにちまちまと試合を行ってはいられない。試合を審判可能な教官の数だけ、同時進行だ。
奈国王家の人間が訪れる日は決定している。スケジュールを遅らせる訳にはいかないため、三試合目ぐらいまではぞんざいな扱いだった。
『紙屋君。そういえば、八十チームあるのに五回しか試合がないのは数が合いませんよね? 八十を五回半分にしても、一になりません』
「三回戦目で調整が行われるからな。毎年、勝利しても石鎧の損傷で次の試合を辞退するチームが現れるから、トーナメント前半は多めにチームを残すようにしているらしい」
月野の疑問を通信機越しに解消する。
俺達チーム・月野製作所の試合はこの次だ。賢兎の電磁筋肉のウォーミングアップは既に完了しているので、月野の可愛い声でも聞きながらリラックスするべきだろう。
「チームが多く残れば、三回戦は一対一ではなくなる。例年通りなら、複数チームによるバトルロワイアルになるだろうな」
最初から三対三のような形式で試合を行えばとも思うが、成績下位が二チーム秘密協定を結んで成績上位チームを襲うケースが過去に多発したらしい。一回戦から成績上位チームが減ったトーナメントの後半戦は、華のない試合ばかりになってしまったとか。
最初の一、二試合で各チームの石鎧の情報を暴いた後の多チーム戦。これが一番安定していると軍学校の大人達は経験則から学んでいた。
『第五試合出場チームは、演習場C区画中央に集合してください』
一回戦、第五試合の出場チームとは俺達の事である。
スタンバイモードになっていた石鎧を機動させて、月野製作所チームに割り当てされていた整備棟の中から出陣する。
「月野は観戦席で見ていてくれ。試合中は通信できないが、応援ぐらいは頼む」
『社運を託します。紙屋君』
「任された」
俺を勧誘してきた時と同じスーツ姿で見送る月野に手を振りながら、演習場を目指した。
C区画はドーム外を意識した荒野が再現された演習場だった。
五百メートル四方の遮蔽物の少ないフィールドで、中央がやや盆地になっているのが唯一の特徴である。
『両チーム、レギュレーションチェックの証明証を掲示……確認した。フィールド中央に並んで礼を行った後、三分後に試合開始となる』
試合を審判する教官に対して、今朝行ったレギュレーションチェックの証明書を提示した。
レギュレーションと言っても、重さや体積に関する単純なものだった。他には使用する銃器に装填されている弾が演習用である事の確認だけである。
教官に指示された通り、俺達三機はフィールド中央に並ぶ。
対面する試合相手、チーム・コイオスは、迷彩色である赤褐色をした石鎧だ。外縁軍で採用された軍正式石鎧で、名前はパトロクロス。
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“石鎧名称:パトロクロス
製造元:オリンポス
スペック:
身長二・四メートル。軽量型の石鎧。
全体的に流線型をしているが、空気抵抗を意識した訳ではない。装甲を特殊な形にする事で強度を保ったままダウンサイズを図った経緯がある。
欠点のない石鎧であるが、運動性能で敵を翻弄する戦法を得意とする。
関節の稼働範囲を邪魔しないように形成された外部装甲がアーティスティックで、性能よりも格好良さで選ばれたのではと一部で噂されている。実際、マニアだけではなく市民からの評判も悪くない。
頭部にある鋭角なレンズカバーが、厳つい”
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パトロクロスを着ている予科生達は、記録に残る試合なので礼儀正しく振舞っている。が、どうにも緊張感が足りない。格下との一回戦で良かったと楽観しているのが、石鎧越しにも分かってしまう。
丁度良いので、その隙を突かせてもらおう。
六機全員が礼を行った後、フィールド中央から離れていく。
「予定通りで行く。俺が二機倒す。エージが一機だ」
オプションレスな急造賢兎を着ているルカは完全な足手まといなので、近接戦闘を禁じて援護に徹させる。ルカは不服そうだが、一回戦は我慢してもらおう。
「開始一分で仕留める。行くぞっ!」
試合開始のサイレンと同時に、俺と英児は来た道を引き返してフィールド中央に戻る。Runner《走行》オプションの本領発揮で、二メートル間隔の歩幅で演習場を走破していく。
五百メートルのフィールドは石鎧にとって狭い。盆地型の大地の中心を三対のカメラレンズで視認する。
チーム・コイオスはフィールド中央付近から離れていなかった。三機のパトロクロスを線で繋ぐと三角形となる。奥の頂点にいる奴がチームリーダーなのだろう。
丘を越えてもまだ猛進を続ける二機の賢兎に気付いたパトロクロス三機は、標準装備のアサルトライフルで銃撃を開始してきた。バラバラに狙いを定めるのではなく、まずは俺に狙いを集中している。
敵の三つの射撃を、機動力を駆使して回避していく。力強く地面を踏み込んでは、地上すれすれを滑空。射線が前方に迫れば片足を大地に突き刺し、九十度経路を変更する。
賢兎の脚部の優秀さを侮っていた敵機は目を見張り、無駄に弾を消費してしまった。最も浪費家だった一機が、弾を撃ちつくして空になった弾倉を慌てながら交換していく。
僅かに開いた射撃間隔。針の穴に糸を通すかのような隙を狙って、ハンドガンで射撃する。
賢兎の全身を巡る血流のような液体コンピューター。動的に最適な回路を求め続ける高性能処理装置上で、賢兎の寡黙なAIが人間の思考速度よりも早く結論を導き出す。
最適解から得られる角度とタイミングで打ち出された演習弾は、五十メートルというハンドガンの有効射程限界に立つ敵機の指を正確に撃ち抜いた。
弾倉の交換中だったパトロクロスは、被弾判定により指の動きをロックされる。体に馴染ませた動作というものは多くの場合、己を裏切らない。が、歯車が一つ組み合わなくなっただけで経験的動作は容易に狂う。
動かない指に苛立つパトロクロスを第一目標に定めて、俺は疾走を続ける。
敵の僚機がカバーに入ろうとしたが、俺と別方向から突撃する英児機、二機の賢兎のどちらを狙うべきか判断が遅れていた。敵チームリーダーも味方が壁となる位置にいたため、援護に入れない。
迷いのある銃撃になど当たってやれない。踊るように走り抜けて、距離を詰めていく。道中もハンドガンのAI射撃で牽制を忘れない。
『何やっているッ! 早くしろ』
『指がぁっ、クソッ』
『敵が動き回っているなら、グレネードを使えば良いだろッ』
混乱しつつある敵チームだが、前衛の一機がアサルトライフルの銃口の先を俺達に向けてきた。銃身の下部に取り付けられている単発式のグレネードを発射するつもりなのだろう。
『悪いねッ!』
今度は英児がAI射撃で発射直前だったグレネードを射抜く。
損害判定はAIが判定しているのだが、なかなかにリアルな判断をしてくれる。英児が撃った弾はグレネードを誘爆させたと見なされたのだろう。爆発を表現する青い煙幕の花が咲き、アサルトライフルを持っていたパトロクロスに対しては両腕損傷の判定が出る。
ようやく、固まっていては危険だと気付いたのだろう。コイオスの三機は散開しようとして一歩を踏み出すが……、遠くから降って来た弾の雨に進路を阻害される。
遅れてやってきたルカの援護射撃である。悪くないタイミングだ。
敵の動揺が続いている内に決めてしまおう。撃ちつくしたハンドガンを投機する動作さえ惜しんで、指の動かないパトロクロスの懐に跳び込んだ。
給弾できないアサルトライフルなど早く捨てれば良いものを、モタモタしているから脚部を払って転倒させてやる。衝撃で石鎧の中の装着者がうめている間に、白墨ナイフで首関節に白く線を引く。
『チーム・コイオスB。装着者死亡により撃墜』
これで敵はワンダウン。
だが、敵はまだ二機もいる。チームメイトの撃破で目が覚めたパトロクロスは、本来の運動性能を発揮するだろう。固形燃料も燃焼させて一旦退却か、即時反撃か、どちらかを選択するはず。
英児には両腕を損傷している一機を任せているので大丈夫か。
俺は、敵のリーダー機を次のターゲットに選んだ。
敵リーダー機は退却を選んでいた。至近距離にいる俺を発砲しながら、後方に去ろうとしている。
ここで逃がすと一分以内で仕留められないので、俺は数発の被弾を覚悟で追走する。
電磁筋肉と固形燃料、初速の対決だった。
パトロクロスは賢兎よりも軽い。ブースターの燃焼が完全に始まれば追い付くのは恐らく不可能。だから、この勝負は俺の負けだ。
……まあ、俺も固形燃料使えば解決する問題なのだが。
「ブースターON、となッ」
赤い大地に足底の形が残る程に踏み込んだスタートダッシュ。
そして、温存しておいた賢兎の背後にあるブーストユニット。
二つの加速度を得た俺はパトロクロスに簡単に追い付いた。甲冑のような装甲板で覆われた腹部に、演習用など知った事かという勢いでナイフを突き刺す。
くの字に曲がる敵はまだ撃墜判定が出ていなかったので、ナイフの柄から手を離す。貫手に構え直した手で、腹の中央……を意図して外し、脇腹を抉ってやった。
演習とはいえ、格闘戦で石鎧が傷付く事は多い。卒業試験でも禁じられてはいない。中の人間まで突き刺さないように配慮したので、後からとやかく言われる心配もなかった。
パトロクロスの鋭角なレンズカバーが一度強く発光した後、光を失っていく。
『チーム・コイオスA。腹部破壊で機体および装着者重症、撃墜判定』
『チーム・コイオスC。頭部破損により撃墜』
俺とほぼ同じタイミングで英児機も一機を撃墜していた。
斜め後方で、パトロクロスのカメラレンズにナイフの先を突き付けている様子が窺える。曲面スクリーンに凶器を映りこんでいるだろう。中の予科生は可哀想に。
『試合終了。勝利チーム、月野製作所!』
演習場の観客席付近にある巨大スクリーンには、試合時間五十六秒と表示されていた。宣言通り、一分で終了できたらしい。




