3-10 トーナメント前夜の事
流石は外国の娘さんだ。奥ゆかしくも凛々しい女性が好まれる奈国とは一味も二味も異なる。何ていうか、輝いている。金髪とか。
この惑星では廃れたバニー衣装を復活しているところを見ると、案外古風な少女なのかもしれない。
口にすれば月野から白い眼鏡で見られてしまうかもしれないが、クロエなる金髪少女には露出ある衣装が似合っていた。
異文化交流で舐められないように、最も己の武器を活かせる戦闘服を選んだのか。この理由以外でバニー衣装を選択したのだとすれば、トリックスターが過ぎる。
「クロエは感激しましたっ! 奈国には可愛らしい耳を頭に付けたSAがいて、感化されましたーっ!」
……おい、何を口走ろうとしている。この女。
「キュートな外見も魅力でしたが、クロエの青い目に映った洗練されたフレームにも恋しちゃいそうです。トーナメントでの対戦を、アメリア代表として楽しみにしています。ウサギさーんっ!」
予科生の多くが、金髪異邦人の恋する対象が誰かのか気付かなかった。目立たないように意識していたので当然だ。
だというのに、波紋が広がるがごとく、ホール内の予科生が一つのチームに注目し始める。注目の中央に立っているのは、何故か俺達、チーム・月野製作所だ。
「注目されているぞ、エージ」
「お前もな、九郎。目立たないでトーナメント前半を終える九郎の作戦、いきなり破綻していないか?」
「頭でっかちな事考えてないで、ガンガンいこうぜ」
ルカは石鎧がまだ修理中の癖に、うるさい。
ホール入口に向いている俺の後頭部に、壇上にいる誰かの鋭い視線が突き刺さる。本当に嫌になる状況だ。
「あいつ等の事か……?」
「耳と言えばなぁ。名前もウサギっぽいSAだった……バニー……」
「奈国男子が、痴女に鼻の下を伸ばすな……ごく」
「男共、黙れ」
「ウサギさーんっ!」
「……父の仇のSAなんかに」
今思い出したが、以前に俺は、演習場でテスタメントを見かけている。
素通りに近い邂逅だったはずなのに、あの時の女装着者が俺の作戦を無に帰す毒と化すなどと、人生一寸先は闇である。
いや、まだ大丈夫だ。
俺達の戦闘能力を評価された訳ではない。予科生の半数――性別でいえば男――に恨みを買っただけである。三回戦は難しいだろうが、ニ回ぐらいはまぐれだと思われて見逃される可能性はまだ残っている。
“一回戦、第五試合。チーム・コイオス 対 チーム・月野製作所”
宣伝のために社名をそのままチーム名にしたのだが、その名前がホールの前方に映し出される。
相手チームが箱からナンバーが書かれた玉を取り出した事で、トーナメントの第一回戦の相手が決定したのである。俺達の第一回線の対戦相手は、コイオスなる謎の無名チームだ。
「コイオスはオリンポスのセカンドチームだぞ。九郎」
粗暴な性格に反して情報通な英児が教えてくれた。
チーム・コイオスはオリンポス社が複数用意したチームの一つだった。オリンポス社の本命はシード権を取った曽我瑞穂がいるチームだが、資金潤沢な企業が、たった一つのチームに優勝を託す必要性はない。
コイオスは成績十位から二十位の予科生で構成される。セカンドチームと言っても一般的には十分に優勝を狙える実力があり、かなり手強い。
石鎧は既知のものであるが、外縁軍が採用して有名になったバリバリの現役軍用機だ。専門の整備士を用意してチューンアップも成されているだろう。
「……いやー。九郎はくじ運に見放されたな。目立たないまま勝利できる相手じゃない。いやー、九郎は苦労者だなー。これは大変だー」
「姑息な事ばかり考えているから運に見放されるんだぜ」
チームメイト二人がまったく俺を慰めてくれない。何でこいつ等、同じチームに所属しているのだろうか。
無意識に口から笑い声がこぼれ出る。
「ふはは、ふはははは」
壇上ではチーム・コイオスのメンバーらしき予科生三人が、対戦相手が潰れかけ企業の石鎧だと分かり、ガッツポーズをしている姿が見えた。
コイオス以外の予科生は、異国の美女に現を抜かしているからだ、と非難の目でしか俺達を見ていない。
とりあえず、一回戦については当初の作戦通りに事が運びそうである。敵は俺達を成績下位の格下としか見なしていない。
だが、そんな愚かな強豪を倒してしまった二回戦は、対策を立てられてしまうこと必至だ。
だから、明日の一回戦をどう戦っても問題はないだろう。
「……はは、エージ、ルカ。俺、機嫌悪くなったから、一回戦では少し本気出す。コイオスに八つ当たりだ」
トーナメントは翌日から開始される。ホールでは立食会のような催しは一切行わず、予科生達は石鎧の最後の調整のために足早に去っていった。
チーム・月野製作所も同様で、月野から借りていたトラックに賢兎を詰め込んで会社に戻る。
対戦相手がオリンポスのセカンドチームと聞いた月野は眼鏡を一瞬曇らしたが、信じます、とだけ呟いた。それ以上の感想をもらさず、黙々と賢兎の整備を開始する。
装着者たる俺は明日の戦略を考えたり、月野を手伝って石鎧のメンテナンスを手伝ったり、と忙しく過ごす。いつもはこのまま朝日を見るのだが、午後十時過ぎに、明日に備えて寝るように、と社長命令が通達された。
社員の人達には悪いが、お言葉に甘えさせてもらい早めに寝る事にする。
男子部屋と使っている会議室で簡易ベッドに横になる。
このまま寝ても良かったのだが……俺は一度横になった体を起す。同室の城森英児に外の風に当たってくると一言残して、屋外に出て行った。
腕時計の文字盤のLEDが点滅していた。
軍学校では個人通信機の携帯は禁止されているため、俺は偽装を施して持ち運んでいる。
『――突然呼び出して済まないな』
「隊長自ら出向かれるとは、何事です?」
『急用ではない。九郎君はこれから卒業試験で忙しくなるだろうから、その前に近状を確認しておこうと思ってな』
人目を避けるために、俺はドーム外である人物と対面していた。
ドームから外に出る通路は内縁軍によって監視されているが、目を盗んで出入りできる穴がない訳でもない。扉を開閉するパスコードを持っているなら尚の事である。
薄い合成樹脂の外部探査用スーツ越しに、ドーム外の荒い風を感じ取れる。
『市民級が現れたと以前に報告があったが、その後は?』
「ドーム内外で魔族が起したらしき事件は発生していません。はぐれが現れるにしてはかなりドームに近い位置でしたが……。隊長達は何か掴めましたか?」
『西部方面がきな臭い。貴族階級が出てくるとは思いたくないが、万が一に備えて部隊全員で調査に向かう予定だ。ああ、九郎君は別だから安心してくれ。潜入任務を続けたまえ』
腕時計で呼び出してきた人物は、俺と違って重装甲だ。
大小二対の赤いカメラレンズと、シャッター形状のフェイスカバーを持つ相貌。俺が隊長と呼んでいる人物は、石鎧を着ている。
「地球からの降下ユニットが確認されたのですか?」
『不明だ。正直なところ、五十名未満の小部隊で惑星全域をカバーするのは限界がある。だが、実は最近になってようやく、奈国上層部との接触が取れそうなのだ』
隊長が装着している石鎧は奈国の物であるが、内縁軍、外縁軍、親衛隊、どの軍隊にも所属していない不正規の石鎧だ。かつては外縁軍の部隊として登録されていたが、以前の大戦時に登録が抹消されている。
「吉報ですね」
『まったくだが、我々は九郎君と違って体を失っているからな。祖国の土を踏むのはまだまだ先になるだろう』
目前の石鎧の頭頂部で、小刻みに耳型環境センサーが動く。
「潜入任務の調査対象の隠し撮りです。今回は隊長の娘さんのが多めですよ」
『助かる。娘は……ふむ、息災のようだな』
「トーナメントの優勝候補です。手強い相手になるでしょう」
俺と隊長は大戦以前から個人的な付き合いがある。隣の家に稀にいる、気の良いおじさんだったのに、月日が流れて呼び方がおじさんから隊長に変わっていった。
……ちなみに、隣の家には同年代の女の子が住んでいて、しばしば一緒に遊んだものである。懐かしい思い出だから、風化が進んでいるが。
『……その、だな、九郎君。娘は日々、強い男を伴侶として選ぶべし、と言い聞かせていた。教育を間違ったと常々後悔しているが、九郎君ならばと私は思っているのだよ』
「隊長はそう言って俺を軍学校に勧めてきましたよね」
『親馬鹿だが、瑞穂は外見も悪くない。幼馴染でもある事だし、きっと瑞穂とて満更ではない。九郎君が傍にいてくれれば、私も安心できる』
「軍学校の三年間で、一言も会話していないですよ。いつも睨まれますし」
『意識されているのだよ。うむ、乙女のような態度で、可愛い娘だ』
部隊の皆と別れ、ドーム内にいる俺の任務とは、理由により祖国に帰れなくなってしまった仲間達の家族の近状を調査し、写真を収集する事である。
特別、隊長の娘である曽我瑞穂は同じ軍学校にいる事もあって、隠し撮りはし易いから楽だった。ただし、写真を持っているところを某男に見られて以来、からかわれ続けているのだが。
「曽我隊長。俺は月野製作所の人間として瑞穂と戦います」
『娘は敗戦も経験するべきだ。負けた男になら素直になるだろう。思いっきり戦いたまえ。それに……月野君の娘さんには申し訳がなかったからな。九郎君の優勝を、部隊全員が願っている』
「新型の賢兎なら隊長のファビットを超えてみせますよ」
『言うようになったな。奈国二級市民にして、闘兎試験部隊所属の現地志願兵』
対面している隊長の闘兎のカメラレンズが、機嫌良く発光する。
『またの肩書きは、男爵級魔族継承の紙屋九郎。同じ爵位持ちとしては、私もまだまだ負けられないぞ』
久しぶりの隊長との対面はやや長くなったが、その後はつつがなく終了した。
俺はドーム内へと、曽我隊長はドーム外の砂嵐の向こう側へと去っていく。隊長を含めた部隊の皆は、五年もドームに帰れないまま、地球からやってきた魔族の掃討を続けている。
俺もかつてはそうであった。




