1-2 その予科生の独り言は続く
石鎧の特徴は、有人兵器である事だ。
全長十メートル以上もあるスーパーなロボットではない。人間より少しだけ背が高いだけのハイテク機械で、強化外骨格の範疇に入る。略称はSA。
被弾面積を広げないように、必要以上に大きくなる事は有り得ない。
一方で、銃弾程度は簡単に弾ける装甲とフレームを有している。全身を稼働させる電磁筋肉にも、多少の防弾性能が存在し、全体としては装着者の生命を守る事に重点が置かれていた。古代の甲冑と同じである。
カーボンと軽量合金で組み立てられ、補助AIも搭載。
主電源となるバッテリーと、細菌を使った発電機。
いつの時代でも等しいが、技術が凝縮された甲冑の値段は張るものだ。
……とはいえ、地上戦しか行えないこの星においては、石鎧ぐらいしか機動兵器が存在しない。地上兵器として逸脱した定価という訳でもないので、各国に相当数が配備されている。
奇襲を仕掛けてきた敵の石鎧は、奇襲の回し蹴り一つで俺を瞬殺するつもりだったのだろう。が、頑丈な合金製の両腕を犠牲にしたお陰で、俺はまだ生きている。
敵の石鎧はさして動揺を見せてはいない。
繰り出してきた足を下げながらも、振り上げたナイフを肩部目掛けて振り下ろしてきている。
ナイフの刃は、傾斜させれば俺の石鎧の装甲でも防げるだろう。ただ、ハンマーで殴れたような衝撃が直撃すれば、内部の人間の肩が脱臼する恐れがある。
怪我は御免だ。重心操作をワザと誤って上体をふら付かせて、ナイフの軌道から逃れる。
『――警告、システムチェックで本機に異常が検出されました。速やかに撤退してください――』
「役に立たない警告のオフ機能はないのか!」
両腕は関節の異常で肩より上に上がらない。
右足は石鎧を装着する前から整備不良でおかしかった。
こんな状況で生き残る手段は、敵に無防備な背を向けての逃走ではない。互いの装甲板が触れ合う距離で、敵の挙動を読み取り、いなし続けるのが最善だ。そのためには反撃さえ諦めて、徹底的に防御を続けるしかないだろう。
ハイテクな鎧を装着しているのに、選択肢が時間稼ぎしかないのは情けない。敵の力量は確かなので、一人で状況をひっくり返そうとは思わない。
いちおう、僚機はいるのだが、戦闘開始早々に俺を見捨てやがった。現在は遠くで敵別働隊と戦っている。
薄情な僚機の考えは賛同できなくとも、理解できる。
成績下位の俺と一緒に敵のエースと戦って心中するよりも、自分勝手に先行してでも個人成績を上げておこう、という算段なのだろう。俺と対峙している敵機が、勝率一位の猛者である事も考慮した小ざかしい思考だ。きっと僚機の中の奴等は、割り勘で釣銭を一桁の位まで計算するタイプに違いない。
そんな卑劣な僚機達は、良い気味にも一、二分の戦闘で簡単に倒されてしまった。
つまり、見捨てられた俺が、最後まで生き残ってしまった訳である。
とはいえ、俺もいつまで生き残れるかは分からない。
出撃する前から整備不良で壊れているも同然だった石鎧が、度重なる打撃と衝撃で完全に壊れつつある。それでも、まだ致命傷を受けていないから、倒れる訳にはいかない。
薄情な僚機を討ち取ってくれた敵の別働隊が、増援として丘の向こう側から現れる。
俺とモタモタ戦闘を続けている勝率一位に加勢しようと駆けたようであるが、敵の増援を、女の拡声が押し留めた。
『来るなッ! こいつは私が仕留める!』
ちなみに、目前の稼働する石鎧の装着者、勝率一位の性別は女である。パワーアシスト機能のある石鎧に性別の優劣はあまりない。
彼女は、傍目に見る分にはずっと眺めていたくなる美人だと思う。まあ、今は兜で顔が隠れているのでどうでも良い。綺麗な女と長く戦っていたい、こんな愚かな事は思わない。
半分以上機能停止してしまった、兜の内側に貼られた曲面スクリーン越しに、俺は彼女を見詰める。
『――警告。回避推奨――』
「いや、分かっているんだけどね」
俺は、模擬戦を見事タイムアップまで生き延びた。
三十分もヒステリックに継続された打撃攻撃を防御し続けて、石鎧はスクラップ同然である。中の人たる俺もかなり消耗している。
怪我している訳ではないので傍目には分からないだろうが、演習の後片付けを手伝わされるのは酷く辛い。
石鎧装着科の予科生であっても、人手が足りない部署の呼び声には答えなければならない。貧しい世界にある軍学校は、世界と同じように貧しいのだ。学校は石鎧装着者であっても最低限の整備技術を学ぶべき、という建前を用意してあったが。
整備科学生の手伝いに対して、異存はないが疑念はある。
他の同学年と比べて、俺の仕事量が多過ぎる気がする。これでは、整備科よりも労働時間が長くなってしまう。
割り振りを再確認してもらうおうと、整備班長の所に向かう。
……だが、途中で進路を邪魔された。
「お前はそれで良いんだ。予科生二二一位」
「人を番号で呼ぶとは、失礼な」
「黙れ。曽我さんの足を引っ張りやがって。お前が素直に負けないから、罰を与えてやっているんだ」
両腕を組んで男は、俺を待っていたかのように現れた。言い掛かりを言い終えた後も進路妨害を続けている。
筋肉質な体付きの男の顔は、見覚えがある。同じ石鎧装着科の予科生だ。名前は……、名前……、成績が一五○位前後だから、きっとイゴー君だ。
イゴー君にはお仲間を伴っていた。イナイ君やイロヤ君が、遠くで俺を笑っている。己の格下ばかりと友好があるとは、俺も後でイゴー君を笑ってあげよう。
予科生のヒエラルヒーは演習の成績で決定付けられる。成績が良い装着者は、人間としての格も優れている。だから、俺はイゴー一味に従わなければならないだろう。
整備班長への確認を諦めてきびすを返す。
だが、その前に、作業をさぼって仁王立ちを続けているイゴー君に警告だけはしておこう。
「了解だが……。そこの友達がもたれている無人機。まだ動くから注意しろよな」
「無能な低成績め。こいつは電源を切ってある。言い掛かりを残していないで、さっさと消えろ!」
イゴー君のお友達が、格好の良い出待ちポーズを決めるために腕を掛けている二メートル強の物体。この人間よりも大きい円錐は、銃撃戦の演習で使用される無人機である。
黒助という製品名がキュートなため皆に愛されて、演習のたびに大破させられる働き者だ。
ただ、皆の愛に答えたいためか、黒助には少々ワーカーホリックが過ぎるきらいがある。主電源をオフしても自動復活する事例があるため、メーカーは本体から電源を物理的に切り離す事を推奨していた。
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“石鎧名称:黒助
製造元:マケシス社
スペック:
半径一メートル、高さ二・八メートルの円錐型に、頭として球体を乗せたような外見。オプションで銃座、センサー、マニュピレーター一体型の長方形のランチャーユニットを装備可能。
製造から十年以上経過しており、動いているのが不思議である(メーカーは既に製造中止しており、耐用年数を越えた機体の修理は行っていない)。
物持ちの良過ぎる軍学校では、主に演習の標的として使用されている。
演習のたびに必ず破壊されるのだが、破壊されるたびにマエストロ級の腕前を持つ予科生の手で修復されている。もう少し、その腕で石鎧を整備するべきだと誰もが思っている”
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チェスのポーンのような図体の黒助の、レンズが僅かに稼働する。補助電源からの電力供給で、スタンバイモードに移行したのだろう。
俺は被害を回避するた……いやいや、成績と人間性に優れたイゴー君の命令には背けないので、その場から立ち去った。
――立ち去って一分後、再起動した無人機が暴走を開始した。
どうも演習で使用していた残弾の回収さえ行われていなかったようで、黒助はペイント弾を撒き散らしながら逃走してしまった。
逃走先にある駐車場で、部外者を襲った事件を起したようだが、俺はまったく関係ない。




