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キカイな物語  作者: クンスト
1章 月野製作所の救世主
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3-7 ドーム外での最終調整

 卒業試験までもう一週間を切っただろうか。

 月野製新型石鎧、賢兎ワイズ・ラビットの開発は順調だ。遅れている事も含めて順調だ。

 オプションなしでの動作はそこそこ安定してきている。三人の装着者が授業以外のすべての時間を費やしてデバッグを繰り返しているのだ。むくわれなければ、開発の対価たる睡眠時間が無駄になってしまう。

 不具合で緊急停止してしまう事は……まれにしかない。数秒で即時復帰するよう月野に修正してもらっているが、戦闘中に発生して欲しくはないものだ。

 オプションについては、一部だけだが卒業試験に間に合うだろう。

 斉藤ルカという問題児が難癖付けて月野を苦労させているが、趣味に走り過ぎている面を除けば指摘内容はまともだった。銃器に関して、俺も城森英児しろもりえいじこだわりが薄いので助かっている。

 試験項目は倍化しているが、俺がその分のオプションを諦めて帳尻ちょうじりを合わせてしまえば良い。

 ただし、俺も足回りについては注文を付けさえてもらった。

 前回の演習で目撃したオリンポス製の白い新型石鎧を意識した訳ではないが、電磁筋肉を最大限活かせるセッティングで卒業試験に挑みたいからだ。



「月野。俺はRオプションを選択したいのだが」

「Rって、長距離走行用、駆動系強化重視のRunner《走行》オプション? そんなマイナーオプションを選ばなくても、紙屋君はAssault《強襲》オプションが良くないかな」

「Aオプションは蓄電池と燃料の消費が激しい。敵に追随できれば良いが、できなかった時に対抗手段がなくなる。Rオプションは総合的に見て悪くない。何より、跳躍力が一番高いし」

 住み慣れてきた月野製作所の事務室で、卒業試験で使用するオプションについて協議していた。電子ペーパーに表示されるAから始まるオプション群の中から、最適だと思われる物を選ばなければならない。

 本当ならAからZまですべて開発してしまい、オプション装備の売りである、戦場の変化に応じた装備変更を実現するが一番良い。が、時間的に困難だ。万能型を一つ選択して、集中して開発する必要がある。

 月野は己が用意したお茶を一口含んで、俺の注文を吟味ぎんみする。

「紙屋君の意見は尊重したいけど、武装の面も考えないと」

「軍の現行装備を一式揃えれば良い。武器まで自社開発で統一する必要はないだろうし、互換性をアピールできるぞ」

 お茶から昇る蒸気で月野の眼鏡が白く曇る。

 眼鏡を外して、目を細めながらレンズをみがく姿は微笑ましい。こういう顔をしている月野は、現実的な判断をする事が多かった。


「あ! だったらオレも、実家から別会社の強化装備持ってきて良いか!」


 俺のオプション選びに割り込んできたルカが、また難題を月野に要求してしまう。せっかくの眼鏡なし月野の顔が、難色で強張こわばってしまったではないか。

 雑に伸ばされた髪で片目を隠したまま、ルカは己の名案を語る。

「Interchange《互換》のIオプションってどうだ。Iは欠番だったはずだろ?」

「ルカさん。開発者として言わせてもらえば、他社製の装備を付けても動作保証はできないです。家電ですら、自社の電池や電源ケーブルを使ってください、って説明書に書いてあるぐらいですから」

「Destroy《駆逐》オプション強化の代案だ。開発が遅れている事には目をつむってやるが、一度こいつに負けた装備のままオレに卒業試験を受けさせるつもりか?」

 ルカの言うこいつとは、俺の事だろう。根に持っていたか。

「却下です。ルカさんが一回戦を無傷で勝ったら、考えなくもないですが」

 月野よ。そんな約束を爆弾女としちゃって大丈夫か。まあ、困るのは俺じゃないし良いか。

 ルカはともかく、俺のオプションについては提案通りにRオプションが採用された。数少ない月野製作所のツテを頼って軍の標準武装を集める事で、装備品の開発を丸ごと削る。

「答えは予想できるが、エージはどうする?」

「九郎と同じで問題はないぜ」

 オプション数を減らす事で、更に開発期間を削減できる。

 二機の賢兎に対するRオプションへの換装作業の工数を見積もってみると、卒業試験が始まる三日前だった。三日間で調整作業を終えられれば良いが、トラブルが一つ発生しただけでも取り返しが付かなくなる。なかなかに悲惨なスケジュールだ。

「自分の足で動かして感覚を確かめておきたいな。また演習場を借りたいが、三日前の最終調整で混雑しそうだ」

「軍学校はドーム外にも演習場を持っていませんでしたか?」

 月野の言葉は正しい。軍学校の演習場はドームの外にも存在する。

 本来、石鎧はドーム外での戦闘を主とした武装である。まだ予科生なので安全を重視し、呼吸可能なドーム内での演習が多いが、ドーム外でも幾度いくどか演習を行った記憶があった。

「なるほど。外なら広いし、前のように隣と出会う事はないか。……ん、そう言えば、賢兎はドーム外で運用した実績はあるのか?」

 実績がある事を望みながら、俺は月野にたずねてみたのだが、答えはかんばしくない。

「機密性試験は社内でやっているよ」

「そういう事じゃなくて、実際にドームの外に持っていって実証しているかって話だ。一度も外でテストしていない石鎧ってのは、外聞がすこぶる悪いと思うが?」

 月野の眼鏡がセンチ単位でズレていく。

 ぽかーん、と俺を見てくれるな、恥ずかしい。

「……分かった。Rオプションのテストを兼ねて、ドームの外で試験だ」

 社員でもない人間がスケジュールを決めるのは心苦しいが、社員である月野や工場の年配さん達が開発ばかりに傾倒しているのだから仕方がなかった。




 卒業試験まで残り二日。当初の予定よりも新装備の組み立て作業が難航したため、一日遅れで俺達はドーム外にある演習場にやってきた。

 ドームの外はお昼時で、珍しく砂塵さじんで空が曇っておらず快晴だ。

 淡い色の大気圏が宇宙まで広がっている。群青ぐんじょう色が、石鎧のレンズから曲面スクリーンを経て俺の目に届いている。

「月野、トラックの調子は?」

『この天気なら大丈夫かな。元々、旧式化した石鎧の輸送車両を改造車だから、ドームの外でも使えるはずだよ。いちおう、車内でも気密服を着ているけど』

 地平線の先まで続く、乾燥した大地。

 雑草さえ生えていない、酸化した金属の色の地面と石のみの土地。

 これがドームの外である。大気密度が薄いため、人間は専用の装備を身にまとわないと呼吸困難で窒息死してしまう。

「エージ、ルカも気密を再チェック」

『二番機。良好だ。フィルターが新しくて、演習機より埃っぽくないから快適なものさ』

『三番機。オレ、弾も刃物も持ってないけど良いのかよ』

 今回の試験項目はドーム外での活動試験がメインである。

 俺と英児については、Rオプションに換装された脚部の動作チェックも同時に行う必要がある。過密スケジュールに余裕はないので、ルカ好みな武器を使うテストはお預けである。

 せっかく石鎧を着ているというのに、地味な試験ばかりが続いている。

 だが、本番まで泣いても笑っても残り二日だ。地味でいられる日数は残り少ないとポジティブに考えよう。

「全員で演習場を一回りするぞ。一時間も歩けば終るはずだ」

 ドーム外での稼働試験を行うには天気が良過ぎるのが気になる――零下の世界で動く事や粉塵対策が完璧な事を確かめるのなら、もっと天気の悪い日を選ぶべきである――が、こればかりは惑星の機嫌次第なので仕方がない。



 歩行テストを繰り返している間に、ドーム外は暗くなっていた。ドーム内ではまだ正午を越えたぐらいだろうか。

 各機のシステムチェックを月野に頼んでいる間に、装着者三名は小休憩する。月野社製のトラックの周りに集合して、石鎧を着たまま地面に座り込む。

 幻想的な色の青と赤が層を成した夕暮れを眺めつつ、つい、独り言をつぶいてしまう。


「いつ見ても、外は何もない世界だな」


 ドームという外壁に守られていない外界だからと言って、周辺の警戒は不要だ。ドーム外には生物が存在しないので、野生動物に襲われる心配はない。

 軍学校のある中規模ドームは、この国、奈国の首都から三十キロ圏内に存在する。

 つまり、軍学校は外縁軍、内縁軍が張った防御線の内側に存在するのだ。敵対国家からの襲撃を心配する必要性もない。

『紙屋君は外に詳しいの?』

「……月野、聞いていたのか」

 独り言から会話に発展した。トラックとの中継は切断していなかったので、月野に聞かれてしまったようだ。


「いや、俺は慣れているだけで、ドームの外に詳しい訳ではないな。ただ、こんな砂と石しかない惑星にご先祖様達は何を思って入植したのか、不思議に感じただけだ」


 希望が転がっていないから絶望も転がっていない、なんて事はない。

 ドームでの暮らしは閉塞感との戦いだ。物流のとどこおりが、経済の滞りを生じさせている。俺達の二、三世代後には資源枯渇によって衰退が加速するのではと見識者達が警告しまくっている。

 俺達の世界は、こんなにも貧しい。だというのに、先祖は地球から移民してしまった。昔は物好きな人間が多かったのだろうか。

 先端技術を知る石鎧の開発者たる月野に対して、興味本位でたずねてみる。

「ご先祖様はどうやって、こんな巨大なドームを建造したのだろう。地球から資源を運んできたにしても、建造設備が足りないはずだ」

『ドームは自己成長する擬似的な生物だって話を聞いた事がある。空気や水はドームの内壁からしたたっているけど、あれってドームという巨大生物の老廃物なんだって』

「……さながら、俺達は生き物の中で暮らす微生物か」

 ドームの新規建造はどの国も成功していない。先祖が残した情報を探っても、どこにも建造方法が記録されていないらしい。生きたドームは自己修復機能があるので、壁を一部だけくり貫いて材料を確保し、小さなドームを作り出すので精一杯だ。

 つまり、俺達はよく分かっていないモノの中で暮している訳である。

「そもそも、こんなジリ貧生活を選んだ理由が分からない。地球って故郷に帰ろうとは、ご先祖様は思わなかったのか」

『地球は滅亡したから、帰るに帰れなかっただけかもしれない。……ぼく達のルーツについて考えてしまうなんて、紙屋君って装着者よりも科学者向きだね』

「科学者か。開発者の月野とは気が合いそうだ。友人になるのは都合が良い」

『……え?』

 ドームとかこの惑星の実情に思いをせる前に、俺にはするべき事があったのを月野との会話で思い出していた。

 以前、月野が通信機越しに友人がどうのと告白していたのに、ずっと放置され続けていた。だから、俺の方から提案してやるのもやぶさかではない。

「俺と月野は友人。文句があるか?」

『ないけど……ぼく、髪の色とか変わっているよ??』

「ああ、綺麗だと前々から思っていた」

 回線越しの画像が乱れてブラックアウトした。

 音声でひぃっという悲鳴が聞こえたので、月野がケーブルにつまづいて転げてしまったのだろう。ケーブルは少し使う時でも足を引っ掛けないように何かで覆うべきだというのに、安全が徹底されていない。


『あ、あの、ありがとう。ぼく、紙屋君が初めての人で嬉しい』


 語弊ごへいがなかろうか、眼鏡のぼくっ子。てか、俺以外に友人いないのかよ。

『助けられてばかりのぼくだけど、今後もおねが――』

 照れ臭く笑う月野の顔が曲面スクリーンに再表示されて安堵あんどしたのもつかの間、事態が変貌へんぼうしてしまう。

 スクリーン上の月野は俺から目を離して、別の画面を見ているようだった。

 月野の笑顔が冷えて固まり、見てはならないモノを目撃してしまったかのように両目が開かれていく。


『――向こうの、黒い人形ひとがたみたいなの何だろう』



 赤く染まった何もない大地を、三匹の黒い何かが二足歩行で歩いていた。

 黒い何かは既に俺達を捕捉しており、その割には緩慢な動作で一歩ずつ近づいている。

 賢兎の受信装置に音声としか思えないノイズが生じて、俺の鼓膜こまくに語りかけてきた。


“――地球……恨ミ……憎ィ”


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