3-6 演習場を巡る
たった一回の演習を行っただけで、広い演習場を去るのは勿体無い。敷地制限の厳しいドーム内で、演習場以上にだだっ広い土地は軍事基地か王族の私有ドームぐらいだ。
卒業試験シーズンなので、中小メーカーでも優先的に演習場を借りられる。
期限はドーム内での夕方。時間は有意義に使うべきだ。
現在、歩行テストや射撃試験など、動作に関するチェック項目を上から順に確かめている最中である。月野製作所の専属装着者である俺、英児、ルカは全員、賢兎の実働試験を担当している。
試験項目が異なるので装着者の居場所は分散しており、必要に応じて月野が通信機越しに指示を出していた。
俺の担当は、射撃試験である。
ペイント弾を装填したハンドガンで、五十メートル先の地面に突き刺した標的――板に円を描いただけのお手製――を狙い撃っている。
手動で照準を取った場合、命中はしているが着弾点はバラバラだ。
一方で、賢兎の全身を循環している液体コンピューター上で稼働する高性能AIに論理演算させた場合、標的の中心にしか弾が当たらない。
「機械に負けるのは、少しシャクだな」
『紙屋君のような射撃センスのない予科生でも銃が使えるのが、ワイズの特徴です』
耳元のスピーカーから月野の声が聞こえる。
俺の眼前、石鎧の頭部の内側に広がっている曲面スクリーンに、小さな枠がポップアップした。高画質な眼鏡の少女が枠内に表示されている。
「これだけ凄いのなら、月野の会社で無人機が製造できそうだな」
『認可が必要なので、マケシスみたいな兼業は無理ですね。液体コンピューターは高いですし、AIを構築した父はもういないので……』
枠内の月野が努めて平然としていたので、俺ぐらいは気にしてやろう。
どうも月野なる少女には不幸属性が装着されてしまっている。月野だけが不幸な訳ではないのだが、彼女の場合は現状を打破しようと働いている姿が健気なのだ。
仕事は中断できないが、俺との会話で気分転換ぐらいはさせてやりたい。
「メンバーは揃って、賢兎は演習できるぐらいには仕上がっている。順調だな」
『……全部、紙屋君のお陰です』
「俺は契約通りに物事をやっているだけだ。俺を見つけた、月野の功績だろ」
『…………ぼく、紙屋君なら友達になって欲しい。口は悪いけど、嫌いじゃないから』
聞き返そうとする寸前に通信を切られてしまった。
月野は眼鏡の透過性をゼロにしてそそくさと英児がいる方角へと去っていき、俺は次のテスト項目であるAI補助なしでの歩行試験を行わなければならなかった。
内部の俺の動作をトレースして、賢兎が合金製の頬をかく。
「俺が気分転換しないとな」
話は変わるが、月野の一人称は“ぼく”だから少し可愛い。
AIの補助を切った歩行試験の内容は単純だ。左、右と交互に石鎧の足を動かすだけである。
補助なしだから言って、鉄下駄を履いているかのごとく一歩一歩が苦悩の連続ではない。ワンテンポ遅れるが、石鎧そのものが内部の俺の動作をトレースしてくれる。一呼吸先の未来を想像しながら脚を動かせば、思ったよりも軽快に動ける。
とはいえ、傍目には鈍い挙動の石鎧にしか見えないだろうが。
また、俺が着ている賢兎は素体のままだった。ルカのようにゴテゴテと武装を乗せるのは好まないが、特徴と呼べるものがないので見た目は酷く地味である。
更に言えば、着色されていない金属色の胴体は、月野製石鎧は絶賛開発中ですよと宣伝しているようなものだ。
『おい、貧相な奴が歩いているぞ』
頭から突き出した、耳みたいな環境センサーに反応があった。演習場の境界を大回り歩いているので、隣で演習している奴等の駆動音を捉えたのだろう。
方向を確認して、紫のレンズを向けてみる。
三百メートルほど先の茶色い大地の上で、三機の石鎧がたむろしていた。俺の見た事のない石鎧だ。
『何だ、耳があるぞあいつ!』
『誰が着ているか知っているか?』
『中身は二百位未満のアイツだぞ、演習の厄病神の』
何と表現すれば良いのか。腕とか胴が円柱で覆われており、無人機みたいな体形である。はっきり言って、人間が着る物としては格好悪い。
装甲は無駄に分厚そうだが、電磁筋肉の動きが阻害されそうでもある。
『聞いた事があるぞ。あの耳ありSA、人殺しの欠陥機だってよ』
『マジかよ』
『厄病神と欠陥機って、最悪の組み合わせだろ』
何より、通信が傍受されている事に気が付かないのだから、大した石鎧ではないだろう。外装だけでなく、内装さえも賢兎の敵ではない。
歩行試験を中断する事なく、俺は馬鹿みたいな笑い方をしている三機から離れていった。
歩き続けていると、別の演習グループと出くわす。
これまた見た事のない石鎧……と思っていたのだが、今度は既知の石鎧だった。
ただし、我が奈国の石鎧ではない。
東部方面にある隣国の正式採用機で、確かテスタメントとかいう名前か。
『あー、あの子可愛いーっ!』
通信傍受で受信した声ではなかった。テスタメントが外部スピーカーで俺の方に向かって叫んでいる。
東の隣国、アメリアとは友好関係にある。ドームにとって交易可能な隣国という存在は貴重であり、最大限に尊重されるべき客人だ。
左肩を完全に覆ってまだ余るタワーシールド。この大きな青い盾が特徴的なテスタメントが、右手を俺に振っていた。奈国の予科生としては国際問題を回避するために、手を振り返さなければならない。
『きゃーっ! 手振ってくれた! あーっ、あの耳動いている』
『お嬢様。他所の国で甲高い声で叫ばないでください。はしたない』
『ハロー! ウサギさーん。また会いましょーねーっ!』
テンションの高い女が装着者らしいが、馬鹿っぽい口調に反して技量は高そうだ。片側に比重が傾いているテスタメントで、ウキウキ垂直跳びを繰り返して転げていない。装着者の訓練時間が長いのだろう。
どこかで軍事交流でも行われているのかと納得し、俺は歩行を再開する。
そして、最後に通り掛かった演習場では戦闘訓練が行われていた。
三対六の変則方式で、優勢なのは数の少ない三機の方だ。
『――曽我さん、盗み見し……奴がいる』
『――欠陥機が……足掻いて……無駄。無視……戦闘に集中、さい』
ノイズが酷くなり、賢兎でも通信の盗み聞きは難しい。
戦闘している石鎧はすべてオリンポス社製だった。
劣勢の六機の方が去年に外縁軍で採用された石鎧だったはずだ。軽量型で装甲は薄いが、運動性能は良いと評判である。
優勢の三機の方は、より洗練された造形をしていた。白い塗装の外装は流線型になっており、頭部は刀剣のように鋭い。空気抵抗を意識した形状……は大気の薄いドーム外活動では意味を成さない。傾斜面を増やしているのかもしれない。
腰から後ろに突き出ている二本の棒は燃料を積載したペイロードだろうか。
白い新型は、電磁筋肉では再現の難しい加速的な動作を見せている。固形燃料を単発的に燃やすスラスターの光源も見えた。燃料を気にせずスラスターを使うために、ペイロードの追加が必要になったのだろう。
『――父さん……殺したSA……許さない』
白い新型の一機は見慣れた動き方をしていた。
重い一撃と素早い動きの両立。勝率一位の曽我瑞穂で間違いないだろう。
戦うとなれば厄介な相手となる。今見ている限り石鎧の性能も高い。
卒業試験はトーナメント方式なので、誰かが倒してくれる事に期待するしかないだろう。
……絶対に無理だろうが。
歩行試験を終えた俺は、月野に対して真っ先に報告するべき案件があった。
「月野! 次に演習場借りるなら、もっと他人のいない場所にしないか!」




