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キカイな物語  作者: クンスト
1章 月野製作所の救世主
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3-1 契約する前の内容確認は大切です

 まさか女子に連れられて無断外泊してしまうとは、人生何があるか分からない。

 軍学校がある軍専用ドームと、軍事企業が集中している工業ドームは別物だ。直通の通行路は作られているが、夜間の行き来は規制されている。つまり、軍学校からどこかの会社の工場に連れてこられた時点で、帰還方法は失われてしまった事になる。

 俺が逃げないと理解してくれた黄色い眼鏡少女は、ようやく石鎧の中から解放してくれた。今は工場内部にある、事務所のような場所の黒いソファーに座っている。

 お茶をんでくる、と言葉を残して少女は消えてしまった。

 一人残されてしまったが、暇を持て余してはいない。俺が先程まで監禁されていた石鎧のカタログを熟読しているからである。

 カタログは、電子ペーパーではなく、高価にもカラー印刷だ。

 紙は再生可能な資源であるが、新たに作り出すのは困難である。代替品である電子ペーパーの方が何度も書き直せ、複製が容易という利点があるため、物理的な紙は高級感を引き立てるためだけに用いられる。

 俺が着た石鎧の名称は、かしこいウサギと書いて賢兎ワイズ・ラビットというようだ。

 カタログに書いている内容自体はなかなかに素晴らしく、このスペックをすべて活かせるのであれば現行のどの石鎧に対しても優位性がある。目立つ機能がないのにとりあえず性能が良い、という点も俺好みだ。

 卒業試験まで一ヶ月を切っている。個人的にも、慣れている石鎧で戦い抜きたいという願いがあった。

 ただし、気になる点はいくつも存在する訳で――。


「あの、そのっ! こんな強引に、申し訳ありません」


 しぶい顔をしてカタログを凝視していると、ふと、謝罪の声が真正面から響いてきた。

 カタログばかり見ていて気が付かなかったが、少女は戻ってきていた。

 眼鏡が特徴な黄色い髪の少女は、開口一番、俺を無理やり会社に連れてきてしまった事を誤り倒す。上半身の曲げ具合も九十度で固定されている。

 時間経過によって頭が冷えたのだろう。少女は、仕出かしてしまった事の重さを理解し、顔を青く染めてしまっている。

「とりあえず、頭を上げてくれないか。思う所は多々あるが、個人的な感情はビジネスが終った後にしてしまおう。今一番気になるのは、新型SAについてだ」

「あ、はい」

 少女に連れて来られたこの会社、月野製作所は石鎧のメーカーだった。俺も知っている中規模メーカーだったはずだが、最近はあまり名前を聞いていない。

 出会いは悪かったが、それでも求めていた石鎧メーカー。カタログの内容も悪くなかったので契約を前向きに検討している。

「では、開発の担当者とじかに対面させてくれないか。色々聞いてみたい」

「あ、はい、どうぞ」

「……? いや、呼んで欲しいのだけどさ」

 少女は首に掛かる程度の長さの黄色い髪の毛を可愛く揺らすだけだった。意思疎通に重大な齟齬そごが発生しているようで、少女は対面するソファーに座ってしまう。


「申し遅れました。ぼく……けほん、わたくしは月野製作所の三代目社長をしております、月野海つきのうみと申します。社長業は新人ですが、兼任している開発主任としての経歴は長いです」


 月野海と名乗った少女から、大事そうに差し出された厚紙を両手で受け取る。

 名刺と呼ばれる厚紙には、“月野製作所”が黒文字で記入されており、大体が月野海の説明通りの内容だった。

 どうやら、意思疎通できていなかったのは俺の方だったらしい。同世代の子が石鎧メーカーの社長を営んでいるなんて想像できないし、少女社長が開発主任、営業部長、その他、経理、事務、人事のおさまで兼任しているなんて一目で見抜けるはずがない。

「……万能型の石鎧を作っているだけあって、ワンマンなんだな」

「ぶっちゃけますと、経営難で社員をやとえていません。重役から率先して会社を去っていったので、今の状況におちりました」

「まあ、話が一人で済むのは良い事だ。さっそく質問されてくれ。俺が君の会社と契約するかは、質問の回答次第だから、そのつもりで頼む」

 社長相手なら敬語で会話するべきかもしれないが、非のある月野をうやまう事はないだろう。いつもの口調の方が質問もし易い。

 契約が掛かっていると聞き、月野は肩をびくりと震わせて緊張してしまった様子だ。

 俺も真剣味を強めて、質問を開始した。



「まず開発状況についてたずねたい。卒業試験までに開発は間に合うのか。トーナメント前に行われる総合評価実習に間に合わなければ意味がないぞ」

「……申し訳ありません、それ、初耳です」

「日数で言えば、今日を入れて十六日。ちなみに、今日は残り五時間で終る」

「今日から社員全員で徹夜を開始します。必要があれば、引退した人達も呼び寄せて――」

「それでも間に合わない」

 部外者に断じられて気分を悪くしない人間はいないだろうが、月野製作所の開発状況は甘えを許さない状況だ。

「……質問の域を出て注文になってしまうが、カタログに載っていたオプション全ては諦めろ。俺が指定する物だけに限定して、本体の完成度向上を目指すべきだ」

 週初め、無人機暴走時に装着した際は歩く事すら満足にできなかった。開発内容を削っても、石鎧の完成度は八割が限界だと予想している。

 不安のある新型よりも、信頼性ある旧型。

 機械の不具合で死にたくない軍人は、新型の二文字を嫌悪するものだ。近年は兵器の更新サイクルが早いので、そうも言っていられない事情があるのだが。

「十全な形で、新型を送り出したいです」

「すべてそろっている事よりも、一部でも完璧に動く事の方が大事だぞ」

 月野は苦渋に満ちた表情を作って、息を吐く。

 月野自身が一番開発の遅れを把握している。俺に言われるまでもなく、開発の遅れを取り戻すためには、機能を限定するしかない事も理解していた。

 絵の具を塗っている暇がないからと言って、線画のまま作品を出品する芸術家はいない。が、開発者としては同意し難くても、経営者としては俺の言葉に同意しなければならない。

「削る内容については検討させてください」

「最悪オプションは一つでも良いぐらいだが、そこは契約が決定してからめよう」



 開発の遅れについて指摘した後は、契約内容の確認である。

「と言っても、予科生はただ借りるだけだけどな。成績上位を目指すのは当然の事だし」

「弊社としては、トーナメントの決勝戦、御前試合での勝利を要求します」

「……目標設定が高いのは良い生き方だと思うが、大きく出たな」

「このさびれた工場を見ていただければ、察していただけますか。弊社の経営は大きく傾いている状態です。御前試合で王家縁者に弊社の石鎧を献上けんじょうできなければ、倒産確実です」

「そんなに酷い状態だったのか。参ったな」

 月野は先程から自社の恥部を語ってばかりいる。緊張で硬直していた肩は傾斜角度を深め、眼鏡の位置も明らかに落ちていっていた。俺は悪意を持って質問している訳ではないので、良心が痛んで仕方がない。

 地雷を踏まないような言葉は何だろうかと悩んでいる俺を、契約で悩んでいると勘違いしてしまったのだろう。

 頬を人差し指でかいている俺に対して、月野が自虐を語り始める。

「やっぱり、駄目ですよね。こんな会社と契約なんて。欠陥機を製造してしまった会社のSAなんて、危なくて、着れなくて当然ですよね」

「欠陥ってのは、闘兎ファイティング・ラビットの事か。外縁軍がさも真実のように風潮しているだけで、証拠は上がっていないはずだ」

「皆さん、そう言いながらも、れ物を扱うような態度ばかりでした。軍には逆らいたくないでしょうから」

「いや、ファビットは良いSAだったよ。俺の知っている皆はそう言うはずだ」

 月野がこれ以上ダウンしてしまわないようにと、何故か俺が月野製作所の肩を持つ発言をしてしまっている。

 役割が逆転しているような気がしてならない。が、気落ちしている少女が目前に座っている所為で、俺はきっと動揺しているのだ。

くわしいですね。ファビットなんて略し方、試験部隊のおじさん達が勝手に言っていただけなのに。嘘でも父の作品を褒めていただいて、ありがとうございます」

 とにかく言葉を発して月野をなぐめようと、知っている事をしゃべってしまう。


「いやいや、嘘じゃなくてさ。ファビットは本当に良かったんだって。そりゃ、あの化物共を相手にするには性能不足だったけどさ。他のSAだったら、今頃、奈国のドームは全部破壊されていたから」


 昔話をしている所為で、つい、口が軽くなってしまっている。

「……ユニークな作り話です。初めて聞きました」

「ファビットがいなければ、大戦は終結しなかったと言っても良いさ」

 ついでに注意力が散漫していて、月野の眼鏡が怪しく光っている事に気が付けなかった。月野の意気消沈を止めるという目的を達成できたから良かったと思うしかない。

「砂嵐中でも、遮音性の高いファビットの中でなら快眠できた。ウサギって確か、地球にいたねるのが得意な動物だったか。由来通り、ブーストなしでも身長と同じ高さまで垂直跳びできるSAは他にいない」

「……よくご存知ですね。SAマニアでも、なかなか知らない情報ばかりです」

「あ、でも、ファビットにあった省電力モードからの復帰時に、いきなり電力最大で電磁筋肉を動かそうとするとフリーズしてしまう不具合バグ。あれだけは直してくれないか。技術でカバーできる問題だったけど、戦闘中に発覚した時はパニックに――」


「……どうして、開発主任だった父や私も知らない不具合を知っているのですか? 装着者でもなければ分からない事だと思いますけど。闘兎は五年前に、試験部隊にしか配備されていませんでした。……今が予科生の人間に、着る機会はなかったはず」


 口から出て行ってしまった発言はもう取り消す事はできない。

 ソファー前のテーブルにあった湯飲みを取ってお茶を飲み、意図的に器官に液体を流し込んでむせてみせるが、月野の眼鏡は蛍光灯を反射したままである。状況の有耶無耶うやむや化を図ったが、無理があった。

 とはいえ、立場は俺の方が上なので、最大限に利用させてもらおう。


「契約内容に、この事について黙秘する権利を追加で」


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