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キカイな物語  作者: クンスト
プロローグ
10/106

2-5 訪れる凶兆

 奈国外縁軍、西部方面軍に緊張が走ったのは、深夜だった。

 深夜と言っても、ドームの内側できざまれる偽りの二十四時間での零時ではない。


 二十四時間三十九分三十五秒ごとに一周する、ドーム外での零時である。


 五年前の大戦の爪跡が多く残る奈国西部。そこには大戦時の攻撃で破壊され、復旧の目処めどが立たずに破棄された十キロ級ドームが数基存在する。

 その廃ドームの各所に設置されている監視装置が、一斉にアラートを発したのだ。

 大戦後も不穏な動きを見せる近隣諸国の軍事介入、が最も妥当な推測すいそくである。

 しかし、該当のドームは国境線から離れた場所にある。ネズミ一匹逃さない警戒網が張られている訳ではないが、発見が遅過ぎて不自然だ。西部方面軍指令部から国境守備隊に対して問い合わせが行われたが、敵軍の進攻は確認されなかった。

 状況を確認するために、西部方面軍指令、犬吠埼いぬぼうざき大佐は、近隣を巡回中だった西部方面軍所属の警備部隊を急行させる。と同時に、最悪の事態に備えて、スクランブル可能な全部隊に召集を命じた。三十代とまだ若くして方面軍を預かるだけあって、犬吠埼の采配さいはいは的確であったと評価できる。

 ……しかし、警備部隊の第一報が、西部方面司令部を混乱させてしまう。


『――空から、巨大な火柱が、廃ドームの中央へと降下しています――』


 火柱の正体について、詳しく報告せよ。こうオペレーターが返答するが、返ってきた応答は悲鳴と銃声の嵐であった。


『――指令部ッ! 増援を! 増援を! アァッ!?』

「敵軍からの攻撃か。撤退しつつ、敵の規模を正確に報告せよ!」

『――ば、化物ッ!!』


 警備部隊の全ユニットからの通信断絶を待たずに、犬吠埼大佐は石鎧百機からなる先遣隊を派遣する。

 また、警備部隊からの最後の通信内容から、軍事侵攻とは毛色の異なる不気味な空気を感じ取った犬吠埼大佐は、異常事態発生を中央司令部に報告する。敵進攻に備え、非常事態宣言の発令を要求したのだ。

 しかし、中央司令部は情報不足を理由に政府および内縁軍への通達を拒否する。実際の所は、敵軍を素通りさせてしまった事実を認めたくない上層部が、事態を外縁軍のみで収拾するよう西部方面軍に圧力を掛けただけであるが。

「中央は当てにできん。私が部隊を直接指揮する!」

 中央司令部への不信感を覚えた犬吠埼大佐は、本隊を自ら率いて現場に急行する決意を固める。各所から集合した石鎧が三百を超えた時点で、犬吠埼は出撃を命じた。




 三百の本隊が戦闘区域に到着した時、爆音や銃声は聞こえなかった。

 ドームの外は大気が薄く、その割に気流が乱れている。石鎧の集音マイクでも、天気が悪ければ百メートル先の音を拾えない。ただ、今夜はそういった悪条件が揃っていない。むしろ、今夜は耳が痛い程に静かだ。

 戦闘区域の中央には、崩壊した十キロ級ドームが鎮座している。穴だらけのためドーム内部の観測は可能であるが、内部にはまだ風化していない家屋が数多く建っていて見通しが悪い。

 敵がひそんでいないとすれば、ドームの中以外にありえない。ただ、遠くから偵察を続けても成果は上がらなかった。

 どうしてこんなに静かなのか、兵士達は誰もが不気味に思っている。センサーが一斉に警報を発してしまいそうな軍団はどこにも見えない。本隊より一時間早く現場に到着しているはずの先遣隊の石鎧百機の姿さえ、センサーに反応しない。通信兵が短距離通信で連絡を取ろうとしているが、反応は一つも返ってこない。

 何も聞こえず、何も見えない。

 ただ一つだけ。廃墟の中で一際高い黒いビルが、月を指差すように伸びているだけだ。

 今夜のような、夜空に二つのいびつな衛星が浮かんでいる夜を、奈国の民草は双月と呼び、凶報の前触れだと信じている。

「今宵は、双月であったか……。不吉な」

 犬吠埼大佐は迷信を信じている訳でもないのに、慎重に物事を進めた。迅速とは言えぬ指揮であったが、適切ではあった。

 敵も味方も消えてしまった今夜は、前例のない何かが起きている。それぐらいしか分からない状況で、部隊を混乱させるような指示を出せなかったのだ。

 消極的な策であるが、犬吠埼大佐は、選抜部隊を偵察として朽ちたドーム内にある廃墟に向かわせる。



 しばらくして、偵察部隊の一つから、先行部隊の物と思しき石鎧を発見したと通信が入った。ドーム中央にある広場に何機も並んで座っているとの報告だ。

 一刻も早く、生存者を救出したいと誰もが思った。が、犬吠埼大佐は罠の可能性を考慮した。全部隊で接近するのではなく、全体の三割弱となる百機ほどの石鎧で広場に急行する。残りはドーム外で状況が変化するまで待機だ。

「全軍、慎重を心掛けよ」

 指令たる犬吠埼は百機の中に加わり、状況をその目で確かめるつもりだ。指令が前線におもむく事で、不穏な空気を感じている部下達を鼓舞する算段もある。

「敵は必ず隠れている。ゆっくりと広場を包囲せよ」

 勇み足を踏まぬよう、全部隊に通達はなされていた。徹底するように何度も、しつこくだ。

 ……広場の惨状を見た途端、厳命を忘却する装着者が続出してしまったが。

 

 夜の廃墟に陳列される中身を取り上げられた現代の鎧達。

 廃屋に吊るされていたのは装着者達の亡骸の数々。赤外線カメラ越しにはっきりしたのは、亡骸に等しく頭がない事だ。

 赤くしたたる血液は水溜りを作り上げるが、この星の大地は乾いている。まだまだ、流れる血が足りない――。


『おぉおぉぉぉぉッ!!』

『でてこい! ぶっ殺してやるッ!』

 恐慌状態に陥った小部隊が突撃を開始した。貴重な固形燃料を消費してブースト加速しながら新兵も参戦する。

 突撃してくるのを待っていたのだろう。ついに、敵部隊が廃屋の影から姿を現す。

『何なんだよ、コイツ等は!!』

 隠れていた敵軍は三桁を超えた。

 敵は墨汁のような色をしているため暗闇とシルエットの境目が判別し辛い。正確な数は計測は簡単ではないだろう。敵の方が多勢である事だけははっきりとしているが。

 石鎧装着者達は、主兵装であるアサルトライフルによる先制攻撃を加えていく。

 途端に、飛び散る墨汁色の血と肉片。

『弱いぞ、コイツ! 味方をヤッた報復だ、撃ち殺せ!!』

 たった一発の弾で一体を撃破できているので、数の差の危機感はあっと言う間に薄れていく。


“――憎イィ、憎ィッ”


 回線は混線と再送で機能不全に陥る。

 妙な電波まで受信してしまっていたが、軽快に正体不明の敵をほふり続ける装着者達は気にしない。


“――憎イィ、憎ィッ! オ前達ガ、憎ィッ!!”


 犬吠埼大佐が、残弾を気にせず射撃を続ける兵士達を怒号と鉄拳で止めようとしたが、無駄だった。

「馬鹿者共が! 攻撃止めぇッ! 廃墟では見通しが悪い。後退して全軍で返り討ちに――ッ!」

 兵士が恐慌状態から立ち直るよりも、敵が銃弾に対応する方が早い。


“――地球ノ恨ミをッ!! 思イ知ェエッ!!”


 倒れ続ける正体不明の敵にオレンジ色の斑点が浮かび上がっていく。黒一色の体に、水面にらした油のように広がっていく。

 オレンジ色はほのかに光っているため、敵の形が闇から浮かび上がった。それでようやく、敵が二足歩行可能な人形ひとがたである事が確認される。

 機械仕掛けの石鎧のような重厚感や堅牢感は欠片もない。実際、これまで弾で何匹も倒しているので防弾性能は皆無のはずだ。

 だというのに、オレンジ色に発光し始めた個体は銃弾で倒れにくくなっていく。

『こ、こけおどし――で?』

『おいッ、上からも!?』

 敵の変化に見惚みとれている間に、ついに、部隊に最初の犠牲者が現れる。広場ばかりに意識を集中し、廃墟の屋根伝いに接近していた影の察知できなかったのが命取りとなった。

 一番ノロマな反応を見せていた石鎧が狙われ、頭部をさらわれて地面に崩れ落ちていく。

 頭部を失っただけなら石鎧はまだ動けたかもしれない。内部の装着者も下あごから上をもぎ取られているので、無理な相談だ。

 そして、そんな無残な姿になった同僚にビビっている優しいお仲間は、仲が良いのだからと同じ死に方をしてしまう。

『銃を使うな! 味方に当たる』

『接近するな! 握り潰されるぞ』

 強襲してきた敵の新手も、広場の正体不明と似ている。

 腕の長さが二倍、体積も二倍と上半身が個性的に補強されているが。紙を千切るかのように金属をねじり切る握力を得た辻褄つじつま合わせに、脚の長さは半分になっていた。

 敵の新手による強襲は更に続く。

 四脚の下半身を持つ敵が、ランスチャージで石鎧部隊を蹂躙じゅうりんしていく。

 ランスチャージで細切れにされた少数部隊へと、長方形の壁みたいな奴等が圧し掛かり、多くの人間を石鎧ごと潰していく。

 次々の敵が現れるが、どれもこれもデザインが不気味で、兵器として洗練されていない。敵国の新型石鎧にしては、銃器を装備していない点も不自然である。

 だからと言って、生物とは思えないが――そもそもこの星にはドーム外に生物は存在しない――、筋肉の動かし方や被弾時の血の吹き出方があまりにも生物的だった。


「お前達は、悪魔なのか――??」


 兵士を一人でも生き延びさせようと奮闘になっている犬吠埼大佐の、弱音を吐く代わりにつぶかれた疑問の答えは、案外早く戻って来た。




“――心して聞け!! 火星殖民の末裔まつえい共!”


 前線部隊は壊滅したが、部隊を再編して戦うだけの戦力は残っている。

 しかし、これまで現れた正体不明の敵は所詮、有象無象。味方がどれだけ殺されようと、恐怖してやるような高等な存在ではない。

 真におびえるべき化物とは、ビルと同じ身長を持つ巨大な黒い人形ひとがたの事を言う。ドームの外からでも視認できていたはずなのに、大きさゆえに廃墟ビルだろうと誤認されていた。

 巨大な胴体が戦場に覆いかぶさってきて、両手を付いて地面を震え上げさせる。


“――この時より、この星が、我が領地であると宣言する。異存ある愚者は直に申し出よ。我が眷属けんぞく蹂躙じゅうりんしてくれようぞ”


 赤い色だけで表現された二つの瞳が、小さな石鎧の兵団を見下ろす。

 通信機越しなのに心へと直接語りかけており、おぞましい女の声が脳内で響いてしまう。錯乱する勇気さえ、根こそぎ刈り取っていくつやのある女の声だ。


“――辺境の地を収めるの貴族が、母星地球の子爵級魔族、ルイズ伯である事を光栄に思うが良い。武器を捨て、我が奴隷となってかしずけ”


 巨大な化物の投降勧告に、犬吠埼は決断をせまられた――。




 うしの刻を過ぎた頃に事態は収束する。

 外縁軍、西部方面軍から中央司令部に対して、警備部隊の報告は誤報であった事が正式に通達された。西部方面軍を預かる犬吠埼大佐本人が、中央の重鎮じゅうちん達に頭を下げて報告したのである。

 未来を悲観しているような犬吠埼の顔を、重鎮達は不審に思わない。

 裁量の範囲内だったとはいえ、大きく軍を動かし、資源を浪費してしまった若造は必ず処分される。未来をうれいて顔色を悪くしても奇妙ではない。こう、中央司令部の軍人達は他人の失態を密かに笑っていた。


SFですが、魔族が出ます。こういう物語です。

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