ふらぐがたった?
入学から早二週間が経ちました。あの後から、私と桃ちゃんはとっても仲良くなりました。お昼も休み時間も帰りも大抵は桃ちゃんと一緒なのです。私は幸せ者なのです。
そんな風に穏やかに過ごした日々は、呆気なく崩れ去っていくのでした。
その日の休み時間。用があると言って桃ちゃんはどこかへ出掛けて行った。後に聞けば、攻略対象である金戸 南先生、保健室の先生でなぜか生徒会顧問である先生に呼ばれていたのらしい。
ちなみに王子先生は、金髪碧眼の王子様全とした風貌に切れ長の瞳が涼やかで、しかしふとした瞬間に大人の色気を醸し出す人だったはずだ。若い先生ではあるものの、ロリ風高校生に手を出すのは余り誉められたモノではないと思う。私としては桃ちゃんが王子先生を選んだとしても、卒業するまでは絶対に手を出させないつもりだ。
っとまあ、これはいいとして。戻って来た桃ちゃんは、放課後になった途端すぐに私を捕まえた。
...なんだろう。桃ちゃんの笑顔がなぜか凄く嫌な予感をさせるのだが。
「ねぇ、さくらちゃん」
「なんです?桃愛ちゃん」
「あのね、私ね、生徒会に入らないかって言われたの」
「そうなのですか。おめでとうございますです。では私、急いでますので早めに帰らせて頂くですね」
さすが桃ちゃんです。多分なにかのフラグだと思うのです。ほら、乙女ゲーのテンプレ、生徒会フラグ。嗚呼、妹よ。私もゲームをやっておけば良かったのです。そうしたら展開や流れも分かったですのに。キャラのことぐらいしか知らねんですよ。
さぁて、用があるから帰りますかね。桃ちゃん、そんな強く握っていたら、私は帰れないのですよ?
「あのね、それでね...」
あ、ヤな予感がするです。仕方ないです。この腕を振り払ってでも私は...
「今日返事伝えなきゃいけないんだけどね、出来ればさくらちゃんにも一緒に来てほしいなぁーって思って...」
「いやです」
「えっ!?そんなっ。さくらちゃんっっ」
「いやなのです、だめなのです。ここで折れた方が桃ちゃんの為です」
「そんなぁ、さくらちゃん~、さくらちゃんしかいないのぉ」
「うぅっ。だ、大丈夫なのです。清蘭の書類整...じゃなくて、生徒会なのです。信頼出来るです。女は度胸です。やれば出来るです。胸張って行くです」
「張れるほどのムネないもんっ。さくらちゃんが来てくれなきゃ心細いの」
うるうるの瞳の桃ちゃん。
「おねがい、さくらちゃん」
低い身長だからかの上目ずかい。うさぎのように愛らしい顔。きゅんっ。
「うぅっ、ううぅ。ふにゃぁあー」
ゲージが、振り切った!ヤバイのです。可愛いのですぅ。LPMAX なのですぅ。うーにゃぁあっ。
「降参します。参りましたです。十分分かったのです。付いてくです」
「ほんとっ!ありがとう。じゃあいこっ。」
ぎゅ~っ。
手を握る桃ちゃん。可愛いですぅ。...これはただ握っているだけです?逃げないように握っているとかはないですよね、桃ちゃん?それと私、いつ書類整理役員どもに会いたくないと言ったです?あのキラキラ人種ども目当てで来る人もいるほど、女生徒の殆どはファンクラブに入っているほど人気がある人達を嫌ってる人なんて普通はいないはず。
それなのに、話題に出たこともない人物になぜ私が会いたがっていないと気付いたのでしょうか。
...ふふふ。単純な子だと思っていましたが、予想以上に楽しそうな子ですこと。ふふふ。まあ、いいでしょう。どちらにせよ私がとるべき手段は決まっているのです。気配を殺して気付かれずに過ごすこと、そしてもう一つ。万に一つ気付かれたとすれば、どんな手段を用いても近づきたくないと思わせ速やかに退出すること。
...桃ちゃんには申し訳ありませんが、私は全くと言っていいほど書類役員どもと関わる気はないのです。
だから、とっととずらかるですよ。
あぁあ、ほら。憂鬱です。
――書類整理役員室の扉が見えて来たのです。
それにしても。ゲーム上の相川さくらは入学二週間目でキラキラどもの巣窟へ行ったのですか?いったいどうやって抜けきったのでしょう。貞子らしくしていたのですかね?まあそれなら無事なにも知られずに逃げ切る事が出来るかも知れないですね。
もしもいるとするならば。神様。
私は知らなかったのです。相川さくらとゲーム中以上に意気投合した桃ちゃんが、放課後の出会いイベントをぶったぎって私と一緒に帰ってしまっただなんて。そうしてこの世界のシナリオが変わってしまっただなんて。
私は知らなかったのです。この世界はゲームの世界であってそうでないことを。枝葉のように張り巡らされた分岐点が乙女ゲームに限らず存在することを。
世界の可能性は幾らでもあることを。
ああ、神よ。なぜこの世界は、こうなったのですか。