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雷、めざめる。

「ひっく、ひっぐ、うぅっ。りぐぅ~、ぐすっ、ぐすっ」



雨ともども展開までドンヨリジメジメな6月が過ぎ、お天道様もこんにちは、な7月に突入。気温が高くなってきた今日この頃。


ここ生徒会室では、突然あらめに扉がひらいたかと思えば、広がった黒髪の持ち主が入ってくるという異常事態が発生していた。その黒髪の人物の立ち姿は、生徒会を怯えさせるのに十分な効力をもよおすものであった。


なんらかのものを腕に抱き、それを前にかかげて後ろにのけぞる...そのおかしな体勢に、不審なものを見る目が集まるのは仕方がない。


ましてや、それがかの相川さくらという人物ならば、警戒せずに居られる筈などない。


...そう、相川さくらだ。驚くことなかれ。生徒会も十分注意している。なにせ、ここ最近はとくに、生徒会への警戒がつよかった貞子さんなのだから。


それによくよく見れば、小刻みにプルプルと震えており、乱れた髪と可笑しな体勢という珍妙な要素もあいまって、一般人が見れば、まるで呪いの儀式でもしているのかと悲鳴のひとつでもあげただろう。


だが、ここはハイスペック人のたまり場。いやはや流石と言うべきか。悲鳴をあげることなく冷静さを保つあたり、優秀さがうかがい知れる。


でもだからといって、理解するのとは全くの別だ。生徒会の心中はファイティングポーズであった。


しかし。ぐすりぐすりと声がきこえ、陸兔を呼ぶおびえた声が聞こえたならば、話は別だ。


後から入ってきた雷に視線で問うても、同じく困惑した様子を返されるばかり。


奥にいた陸兔がさくらに気付いた時には、さくらの隣であたふたと動きまわる桃愛が見受けられた。


げっ...。


さくらの様子をみて、いともかんたんに理由に思い至った陸兔は、慌てて声を出す。



「とりあえず、その猫取りあげろ!」




★。゜.。゜.




こんばんはなのです。相川さくらです。


シリアスドロドロもおわったので、これからはやぁっと気楽に過ごせるのです!やったあ!静かな学園生活!


...と、思っていましたよええ、ふふふ。まさか一難去ってまた一難どころかとんだ災難が来るとは。ふふふ...。どうも注意が甘かったよう。



ねぇ、皆さん。どうやら生徒会の方々がまぁだ遊び足りないようで。最近みょうにうっとおしく付きまとってくるのですよ。


ええ、ええ。嬉しいですとも。美形様が引っ付いて下さるなんて、本当に恭悦の至極。それも、大企業の御曹司様なんて...まぁ、ステキ。まるで害虫かと思ってしまうほど嬉しい。どこかにいたよね?くっつき虫って虫。虫じゃないって?知らないね。邪魔をするのは虫ってそうばが決まってるしねぇ。...潰してあげましょうかしら?


と、心の中では思っていても、声に出したらいけないいけない。...確かコレ、どっかで藍先輩言ってたような...まぁ、いっか。


そう思いつつ目の前でピョンピョン跳ね回るタラシを視界に入れないよう、極力つとめる。イケメンのくせに...ああ、目の毒だ。


...そんな相川さくらは、今日も相川さくらなのであった。



「ねー、さくらちゃーん。生徒会に入ろーよー」


ゆさゆさ体を揺すられる私。


「ねー、ねー、はいろー。たのしーよ、きっとさー」


ムカムカムカムカ。さくらの目の前の男は、なんでそこに居られるのか不思議なほど殺気を撒き散らすさくら。


...あれ?


明らかにイラついたさくらに気付いているも、関わりたくないとばかりに見ないフリして陸兔が通りすぎていくのを、さくらは察知した。そして陸兔の行動に悪い予感を感じた。


「聞いてないフリしたってダメだよー。ほら、ここに名前かいちゃうだけだよー。ね?簡単でしょ?さあ、どーぞ」


ピラピラと一枚の紙を前に出されて。


無視をするのも忘れ、よもや壊れたかと思い前の人物を眺めるのは仕方ない。なぁに、顔が麗しすぎて見つめてしまっただけのこと。そう、そうだと思いたい。しかしさくらはそんな乙女ではない。イケメンは眼福だが、邪魔物は排除がさくらの基本。さくらの怒りの前には、いくら美麗であっても、顔など潰すための手段と成りかわる。利用以上の価値はないのだ。


さくらは自分が段々イラついてくるのを感じた。そして。ここ一週間も無視をし続けたというのに、近付いてくる女好きを排除したいと強く思った。思わず殺意を抱いてしまうくらいには、だが。


「やっと、こっちみたねー。はい」


こちらの気を知らずにか、前に出される紙。それを持ったハーフアップにデコ出しのチャラそーなヤロー。調子にのりやがって。あぁ、その鼻へし折りたい。


「熱中症で頭でも殺られたのですか。元々からおめでたい頭だったのですが、ますます度合いが酷くなっているようにお見受けするのですよ。ところでですが、黄々様。女子生徒一人を拉致して、聴覚のゴミへと成り下がるのは如何なものかと思うのです。そんなに貴方の個人情報をレディ達と金銭交換して欲しいのですか?」


雷は驚いた。


実をいえば雷。あの話し合いの後、生徒会に相川さくらを入れようという意見が集まり、担当に立候補した雷が、こうして一週間張り付いているのだった。一応これは護衛も兼ねていたのだが、どうも要らないようで。なにをしたのか知らないが、ファンクラブの会長だけが妙にさくらに脅えたようすを見せるのだ。だから、いくら雷がさくらにくっついていようと睨まれながらも、なにも被害が与えられる事はなかった。なにはともあれこれは雷にとっても生徒会にとっても、嬉しい誤算であった。


対するさくらは、自らの行った行動があだとなり、雷にくっつかれることに頭痛を覚えていた。


とにかく貼り付き、うっとおしがられ、やけになってあきらめてくれるのを待とうとしたのだ。水樹やリクは反対したが、他のものは彼女の優秀さを間近にしたのだ。それをいかそうと思わない者は馬鹿だと言える、と雷には確信があった。


だがしかし。やっと口を開いてくれたと思えば、放ったのは辛辣な言葉。それに雷は驚いた。だが、一番驚きを感じたのはそれではなかった。


気持ちイイ...。


ゾクリとしたのだ。さくらの辛辣な言葉に。それは、話し合いの時やモニターを見たときにも感じたものであったが、はじめはそれがなにか分からなかった。しかし、雷は知ってしまった。今現在、悟ってしまったのだ。知らぬが花、知らぬが仏。その言葉は全くもってその通り。だが雷は気付いてしまった。さくらの与える棘の、快感に...!己が中にある新しい扉、未知なる願望の世界に...!


すなわち。罵ってほしい、攻めてほしい、いじめてほしい、傷付けてほしいといった...Mの領域(フィールド)。マゾヒストの世界に!



とは言っても、そこまで過激なものでなく、冷たい視線や罵りだけでご飯3杯はイケるとは、雷の言葉だ。...まぁ、それでも十分だと思いはするが。


兎に角だ。雷は悟ったのだ。自分が、マゾヒストであると。


さくらは、雷の雰囲気が変わったのを感じた。実はここ、人気のない空き教室なのだ。放課後になって、雷にムリヤリここへ連れられてきた彼女は、今現在あろうことか生徒会に入るようにと勧誘されていたのだ。ここで一週間の無視を振り替えって見れば、なんとも怪しげなセールスだろうとさくらは思う。


なにせ、ティラミス食べ放題!紅茶も飲み放題!美味しいよ!さあ、おいで!なのだ。もちろんここまで雑というわけでないが、ほとんどこれに近い感じだ。おまけに、その強引さは押し売りかとツッコミを入れてもいいほどだろう。実際、リクは一度いれていた。だが、さくらがまったくこれにひかれなかったというのは嘘で。しかし、ティータイムの為だけに学園生活捨てるほど愚かでなかったのは幸いだ。


ぶっちゃけちゃえば、さっきリクは助けようとしたのだと私は思う。私とリクは、一緒にすごした時が長くて、相手のことをよく理解している。例えるならば以心伝心した双子、というところかな。そんな私達だからこそリクは私がキレかけているのを見てスルーしたんだろうと思いたいところだけれど。まあ、実際は...このよくわからない展開のナニかを察して逃げただけだと思う。妙にカンは鋭いからね、アイツ。無情な。



相川さくらは動転していた。


何故ならば、目の前にいる黄々雷が、暴言を発したというのにひょうひょうとしているからだ。もっと言おう。毒を吐いたとたんニヤリと笑い目を光らせたのだ。


その目にやどる光に、さくらは見覚えがあった。頭に響く警戒音と恐怖。まさか、まさかそんなハズは...。


さくらは願った。やおよろず、ギリシャ、ローマ...とにかくあらゆる神に願った。これがただの思い過ごしであることを願った。


だって彼は、桃ちゃんの攻略対象。さくらは信じたかった。信じていたかったのだ。攻略対象者が、可笑しな趣味を持つはずがないと...っ。


しかし、思いはむなしく。たった一言でさくらの望みはたたれるのだった。



「ゾワゾワするー。ねぇ、さくらちゃん、もっと言ってよー。オレをもっと罵って?」


ピシリ、とさくらは固まった。しかし雷はそれに気づくことなく、喋り続ける。まるで熱にうかされたように。


「あー、でもやっぱムチもほしいよー。打つんじゃなくて、あの格好でムチを持ちながら言ってほしいなー。ねー、さくらちゃん」


その言葉を耳にいれ。内容もよく理解できないうちに、のみ込まれそうなほど大きな恐怖を感じたさくらは逃げた。よろり、と身体はよろめき上手く走ることが叶わない。記憶さえも抜け落ちたように、自分がなにをしているのかも分からない。それでも...逃げて逃げて逃げた。遅いくる恐怖により、兎に角逃げたのだ。


「焦らしプレイなんてサドだねー」


最後に聞こえた言葉は、幻聴だと思いたい。このときさくらが、思い出すのは千酷でのこと。


足元にすがり付く図体のでかい男。さくらを囲み異様な目で期待を寄せられるあの時。打って...罵って...踏んで...と熱っぽくささやかれる恐怖。


殺れば喜ばれ、殺らなければ放置プレイだのなんだのと喜ばれ、あげくのはてには靴を舐められそうになり。


女王様...死神(デス)様...お仕置きを...。という声がさらにその恐怖を深め。


さくらはすでに涙目であった。くまメイク?そんなの知るか!防水済みだボケ!同じ失敗は二度と繰り返さんわあほんだら!


さくらは既に冷静さを欠いていた。



それを知ってか知らずか。己がマゾ(変態)を認め、新しき扉を開いた攻略対象は、しばらくしてご機嫌よろしく生徒会室へと向かうのであった。



そして。


場所も分からぬまま迷走していた女は、再び自らの不運を呪うこととなる。



「ミャーオ」



あぁ、今日はとことんついてない。滝のような涙をだばだばと流し、ぼんやりとした頭でフラフラと足どりもおぼつかないながら。


さくらは本日が一生涯忘れられない日になるであろうことを、悟った。



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