背中の信頼
「...リク、今...なんて?」
みんなの驚いた顔。あーあ。リクの馬鹿。
「うんにゃ?あー、オレが爽炎ってことか?」
「それも...だけど...」
「んじゃオレがルビーってこと?」
あちゃあ。まったく、とぼけたフリして。この...。
「バカリク!」
チョップをいれようとしたら、ヒョイッと避けられた。ちっ。
「まだまだじゃん。そんなんじゃあたんねーぞ」
「大人しく受けやがるですよ、リク」
「いたそーだし、ぜってーヤダ」
「痛いからのお仕置きなのですっ」
からから笑っているバカリク。こいつ...自分がなにいったか分かってるのですか。
「リク、ルビーは影の一族の証だと分かっていての発言か?」
赤先輩の真剣な表情。目が少し鋭くなっている。
「オレ、嘘があんまり好きじゃあないんですよ?」
リクの仮面。爽やかなカオ。楽しむかのような様子。
それは生徒会に、リクとさくらが幼馴染みであるということを、確信に至らせた。
似ていたのだ、二人は。爆弾を落とすようすも、それでいてひょうひょうとしている様子も、逆にこの状況を楽しんでいるかの姿も。...本当にタチが悪い。
味方につけばいいが、これが敵だとどんなものか計り知れない。
「くくっ。...おい、リク。許すから素で話せ」
情熱的な熱い瞳で、武津は陸兔を見つめながら言う。
「あぁ、いーぜ。それで?なにが聞きたい」
武津の言葉に目を見開かせた後、陸兔はくつりと唇を歪ませる。
互いの心は一つであった。
...そちらの方がだんぜん面白い。
笑いあう二人の戦いの火蓋がきっておとされようとしたその時。
むにっ。
リクの頬がつねられる。
割り込まれた二人の視線は、リクの頬からのびる腕の持ち主、膝の上の冰姫へうつった。
「な~に二人で見つめあってるのですか。ニヤリ笑いはよそでするですよ。可愛い小動物たちが怖がったらどうしてくれるのです?...言っとくですが男のケンカなんて暑苦しいのです。外もムシムシし始めるこの時期には頭を冷やした方がよっぽどいいと思うですね」
言い終わるのと同時に、パッと頬から手が放される。
「盛大に対決してたお前がよく言えんな」
ジト目で見られるが、そんなの知らん。
「だぁからこっそり動いてたですのに、どっかの誰かさんが大勢で盗み見てたんじゃないのですかね?」
「なんのことだか。心当たりねぇなぁ」
今度はこっちがジト目。あきれた、いまさらだよもう。それで?どうする気?
黙ってリクの目を見つめて、意思を探ろうとする。
「リク」
その静寂をやぶったのは、麗しい我らが魔王陛下であった。
あ?なんだ、ミズ兄。とリクが聞けば、にこやかなる微笑が返ってくる。
「リク...脱いでください」
「「「「ハ?」」」」
藍先輩の言葉に、一同は唖然とする。当たり前だろ、そりゃ。
何が悲しくて冷徹君主、藍沢水樹が男に脱げという場面を目撃せにゃならん。おまけに微笑付きだぞ?怖いもなにも、あったもんか。私だって事情知らんかったら唖然どころか耳鼻科行く。
「そういや、綴ちゃんが最近水樹先輩と陸兔くんのれんあいものが流行ってるっていってたような...」
ヒ~ロ~イ~ン~!なぁに、言ってるですか、ねぇ、ねぇ!
ブルブル...寒い。寒すぎる...極寒だ、シベリアだ!凍る...部屋が凍る!
微笑みながら部屋の温度を下げる藍先輩。わー、快適。冷蔵庫いらないね、コレ。タレ目をさらにやわらげて、癒しのようにほんわかと表面上は微笑みながらも...後ろには、魑魅魍魎の巣くう闇が見えかくれを...ギャー!ヒロインちゃん、桃ちゃん。お願いです。魔王と呼ばれる攻略対象を、男色家扱いはやめてください。命がいくらあっても足りません。
拝啓、妹よ。こちらの世界は夏だというのに、鳥肌がたつほど涼しげなもようです。貴女はお変わりないでしょうか?ここに来てから私は思うのです。...それをあなたに伝えたい。寒がりな貴女に、藍の魔王は合わないと。前・姉より、命をかけて。敬具。
おおう。思わず下らない手紙を作っちゃったですよ。前・妹を思い出してちょっとだけホロリ。会いたいです。
なあんてやってる間にも、現実は過ぎていき。ワアワア言う生徒会と、ニタニタ笑ってるのを隠しながら、ミズキのためなら...と、ボタンにてをかけるリクと、それをみてキャー、と叫ぶ桃ちゃんと、天然ツンドラな藍先輩を見て。
藍先輩の危ない発言のあたりからリクから下りていた私は、現実逃避をあきらめた。
「ああ、もう、リクのおばかさんです!」
ずかずかとリクに近付く。ネクタイは少し緩み、第一と第二ボタンを外したリク。
スッ、と指をのばせばリクがあごを上向きにさせる。
シュルッ。
夏服についた水色のネクタイを、リクの襟からひきぬく。第三、第四とボタンを外す。リクの肌を、私の手が滑っていく。あれ?リク、また筋肉ついた?つつーっと、普段は隠されていて見えない腹筋をなぞる。うん、やっぱり。ちょっと硬くなってる。
「前より引き締まってきてるですね」
ハッと誰かが息をのんだ音がした。
うん、ビックリするよね。リク細マッチョってゆーか。爽やかに見えて、意外と筋肉はしっかりついてるしね。脱いだらすごいっていうタイプかな?うん、そんな感じ。
制服からリクの腕をぬき、それをシワがつかないようたたんで側に退けば。リクの上半身はその体つきがあらわになる。
「...見ない間に随分と活躍したそうではないですか」
その肉体を眺めて藍先輩が言う。
「まーな。結構暴れたぜ?...んで、ミズ兄。そこのご子息ご令嬢、だいじょぶか?」
ん?
見ると、全員今にも沸騰してしまいそうなほど真っ赤な顔をしていた。
藍先輩はそれに氷の一瞥をくれてから、パンッと手を叩いた。ビクリ、と皆の肩がはねあがる。皆はそして、私の方をちらりと見たかと思えば、すぐに気まずさそうに視線をそらした。頬はいまだ薔薇色。当分冷めそうにもない。
意味ありげな反応に、どうしたの?とでもいうように首を傾けて見せれば、あまりの振りように落っこちちゃいそうなほど首を振られた。
...怪しい。
実のところ、生徒会はあまりにも官能的な二人の雰囲気にあてられて、妙に居心地悪くなっていただけなのであるが。しかし当の本人たちはさも当たり前とでもいうように接するため、ますます困惑していたのだ。
「...リク、一体...?」
なにを、と続ける前に、くるりと陸兔はうしろを向いた。
!?
程よく筋肉のついたその背中に描かれていたのは、大きな翼をもった不死鳥。
驚くべきは、その尾羽。
すらりとのびたその尾羽には、いくつかの宝石が、直接からだに埋め込まれていた。
それはまるで全てを背に背負ったかのような力強さを、見るものに感じさせた。
桃愛はかおをおおった指の間からみたそのタトゥーから、目が放せなくなった。
胸元に輝くのはルビー。それはちょうど、不死鳥の心臓のある位置に埋め込まれている。
いくつかの尾羽には、4つの石。
2つはタイガーズアイ。剛力家のあかし。
そして...残り2つの存在を見つけて、皆は一人の男を見る。
後の2つはラピスラズリ。...藍沢家の、あかし。
「ここにあるのはオレの信頼したヤツへ、その絆の証明だ。影の一族は信頼の証を己で示す。コレはオレのその証明ってヤツだぜ」
陸兔の声とともに、水樹の懐から昨日今日とすでに見慣れた形をしたチャームが出される。
不死鳥とルビー。
「じゃあ、リクは本当に...?」
「あー、そうそう。オレが影の一族」
なげやりすぎですよ、リク。まぁ、らしいっちゃらしいですけど。
「なら、さくらのスパイ技術や戦闘能力、情報収集能力は、おまえがか?」
「あー、まぁそーだな。女の子だし、今は物騒だしな。ちょっとした護身術で教えたぜ?」
「ちょっとした護身術ってねー。ヤンキーも殺れるほどって...なんてゆーかさー、うん。リク、過保護だねぇ」
あきれていう黄先輩ですが、同感です。
「です!リクは過保護です。気付いたらヤンも殺れる実力ついてました☆って、ただのイタイ子です!やり過ぎなのですよ!」
「いいだろぉが。これで大抵の男は近づけねぇし。それにお前、喜んでムチふりまわしてただろぉが」
しらーっとしたかおで言われた。...それも私のクロレキシ。
「だって、他にすることがなかったからです。楽しんでいた訳じゃないです」
「いやぁ、アレは楽しんでただろぉが。ふふ、なぁんて笑って壁に追い詰められた日のことは一生わすれられねぇな」
「あれだって結局逃げられたですっ。もう、リクの馬鹿」
本来なら微笑ましい幼馴染みの会話。雰囲気だけ見ていられるあなたなら、きっとどんなときにも心穏やかに過ごせるでしょう。だかしかし。たまたま会話を聞いてしまった方、ご愁傷さまです。内容はヤンキーも殺れるムチについて。いやはや、...中学生が和やかにだす議題を明らかに間違っているだろう。いくら、二人が普段からそんな話ばかりだとしても、だ。...おかしい。おかしすぎる。
ちなみにだが。ムチをもったあの姿を思い出した男らは、彼女がドMを作ったという話を簡単に理解できた。この日、相川さくらの黒歴史に、女王様という単語が追加されるのであった。
「さて、お話も終わったですし。そろそろ帰らせて貰うですね」
あのあと、話も一通りおわって生徒会より感謝を述べられたさくらは、それから少し世間話をしていた。気付けば窓の外はすっかり日も落ちていた。どうやら長話になっちゃったみたい。
「オレ、こいつ送ってくから先あがっとくぜ」
制服はちゃんと着せてあったから、今のリクは乱れた格好はしていない。
「ああ」
「ありがとねー、さくらちゃん」
「...おつかれ」
「バイバイ、さくちゃん、また明日ね!」
「また明日ですね、桃ちゃん。...生徒会の皆様もお疲れさまです」
「いや、こちらこそ。わるかったな」
「いいえ、借りを作ることが出来たですから」
「そうか。...それにしても、素のお前は案外よく笑うのだな」
げっ。...そういや、わたし...笑っちゃってた。
むっつりと押し黙った私に向けて、赤会長がくくくっ、とわざとらしく笑う。
わー、人が距離とってたの気付いてやってるですね。この、鬼畜。
なんでしょう。無性にイライラするのです。私、やられっぱなしは性に合わないのです。ふふ、ふふふ...。
「一つ言っとくですよ。最近あまり大事ではないがやっていたはずの契約をきろうとする会社があったり、ファンクラブが積極的になってたり、生徒会内での仕事が異様に増えたりと、嫌がらせのようなものがあったですか?」
なぜそれを?というように、武津、雷、無垢が鋭くこちらを見る。
「ふふふ、やっぱりですか。...少し心当たりがあるのですよ。借りのお礼に、元通りにしておくですね?」
「なんで、さくらちゃんがしってるのかなー?」
その言葉にふっと笑う。
それぐらい、分かるのですよ。
「私は不死鳥の娘ですよ?ふふふ。...借りはちゃあんと返してくださいですね?」
バタン。その言葉を残して、さくらはリクとともに去った。
チッと武津は舌打ちを打つ。してやられた、と彼は思った。散々驚かせてくれた分を返そうかと思ったのにまさかまた借りのようなものを作らされるはめになるとはな。
...生徒会室では、各々が今日の内容の濃い話を反芻し、整理していた。
「...やっぱ、アイツやってたんだな、仕返し」
「です。まあ、そうだろうとは思ってたですけどね」
「でも、お前がああいったからにはもうやんねぇだろ。おつかれだな、ひ...」
それをいいかければ、前を歩いていた女は振り替えって口をふさいでくる。
「ここはまだ、だめ...なのです」
ふるふると首を横にふる女に、リクはそっとまぶたをとじた。
「すまねぇな、さくら」
そうして二人はまた、歩き始めた。




