ギュッ。
ふぅ。
あれからちょっとして。落ち着いた私は紅茶のカップを傾ける。
「ここにあるものは口にしてもいいのか?」
赤先輩がそれを、面白がるふうにして聞いてくる。
「なんのことです?のどが渇いたので頂いただけです。でもさすが藍先輩です。とっても美味しいですよ。マスカテルフレーバーをここまでひきだすなんて」
ほんわり香るダージリンのマスカテルフレーバー。
藍先輩は本当に凄い。セカンドフラッシュでしか楽しめないマスカテルフレーバーをこんなに美味しく楽しめるなんて。
マスカテルフレーバー。
セカンドフラッシュダージリンのごく一部の良質な茶葉だけがもつ香り。マスカットのよう、といわれるような濃厚な香りをもつ紅茶。
さくらは感動を感じる。だがしかし、思うことがないわけではない。
...好きな紅茶までよくご存じで。
さくらはチョコレート菓子を好んで食べやすく、紅茶の中で飲むといえばたいていはダージリンだ。もちろんコーヒーや缶ジュースなども飲むがしかし。
始めてのお茶会(?)で好みのものを教えてもいないのに出されるのは...苦手なものよりはましだが、なんていうか微妙だ。なんだか複雑な心境を抱くさくらは、なぜここまで知られているのか心当たりはあるものの。
過剰な詮索をきらうのは繊細な乙女心なのでしかたがない。
...どこが繊細だだのだれが乙女だだのは、言わないで下さいですよ。これ鉄則。
「...こうちゃ、分かるの?」
銀くんがたずねてくる。
「リクが飲むのですよ。リクけっこう厳しいのです」
そういえば、納得したようにうなずかれた。
実際、リクは厳しかったりする。私も合格をもらうまでに聞くもなみだ、語るもなみだの鬼のような特訓が...。
「そんなことより!さくちゃんがねらわれちゃう!どうにかしないとだよぉ」
慌て出す桃ちゃん。うさぎさんみたい。両サイドのツィンテールがタレミミで~ピョコピョコはねていて~、きゅんっ。かわいいです。
でも、リクの特訓はそんなことじゃないのです。
...さくらは慌てることを知らないのか。いっこうに焦る様子を見せない、余りにも呑気なさくらに危機感を覚え。ついには黄先輩まで口を開く。
「さくらちゃん。いくらなんでもあぶなすぎだよー。警戒心を持った方がいいと思うよー」
しかし、雷の意見とはうらはらに、返されたのはきょとんとした態度であった。
「警戒ならしてるのですよ?」
余りにも無防備だと生徒会はまゆねをよせた。
しかし、やはりさくらは常識の範囲外のようで。はてさてお次のリクの言葉には。みな反応に困り、この小さな竜巻のような目の前の女にどう返していいのかはかりそこねるのであった。
「あー、多分大丈夫だぜ?コイツぜってー変装してってる。それに、多分さくらのことだし。お前少なくとも何日かは学校サボって多企業やら千酷やらに紛れ込むか関係者に接触するかしてただろ?」
ギクッ。
俺はだまされねぇぜ?とつづけるリク。
バ、バレてるですぅ。こわい~。後ろから黒いモノが...キャー。
「相川、お前そんなことをしたのか」
赤会長に聞かれてなんのことですか~、とそ知らぬフリを決め込めば、呆れたようなまなざしがあらゆるところからびしびし私を刺してきた。イタッ。
「...さっきいったとおりなのですよ。弱点採集やちょっとした井戸端会議「脅しだろ」黙れですよ、リク。..まあとにかくそんな感じのことをやりたかったので忍び込んだのは確かです」
何でもないことのように言ってのけるこの女は、一体自分が何をしたのか分かっているのだろうか。しかし、その考えは見透かされたかのように答えはあまりにもあっけらかんと、返ってくる。
「大丈夫かどうか、ですけどリクもいった通り変装して化けていったですから、大丈夫です。私の変装はリク仕込みです。ハリウッド並のプロまではいかないですけど全く気付かれなかったです」
「さくらは存在感薄いしな」
「一言よけいなのですっ」
ぐにーっとリクのほっぺたをひっぱっておく。あり?みんなが微妙なカオしてる。なになに?やっぱり付き合って...って、桃ちゃん、誤解ですっ。リクとはそんなんじゃないです。私はパパに惚れたりしないですよぉ。
「一体誰に化けて行ったんだ」
目を細め、尋ねてくる赤会長に私は答える。
「"私"を調べたならわかるはずなのですよ。握りつぶされていて真相がわからないモノ」
その言葉に思い出せるのは...事故。相川さくらが事故に遭い身体中に傷をもち、運動ができないというのは既に調査ずみであった。しかし、その事件の犯人の姿はいっこうに出てこなかったのである。考えてみれば、そんなことをするのは表沙汰になってはいけない者だろう。となれば、そこそこの権力は持っているはずで、お詫びとして何らかのこと(金とか)をしていても可笑しくはないし、さくらがその人の知り合いとして行くことを請求したのなら納得も出来る。その考えに至った、事故を知る者らは罪悪感を感じうつむいた。
「すまない」
「いえいえ?」
罪悪感を感じているのはさくらも同じであった。
実際、彼女はただゴシップ好きの記者の知り合いの清蘭学生(長っ...。)のフリをして行ったのであって、彼らの想像したような事故の加害者として行ったのではない。
ちょーっとお宅の娘さんのせいで迷惑がかけられてるんですよねー。...探すならば、少しキンキン声の茶髪の女を探すだろう。あの声を出すのには苦労した。
でも、一応ではあるが。さくらは嘘は言ってはいないのだ。さくらは"相川さくら"でなく"私"を調べたなら、と言ったのだ。
それに、相川さくらの中で塗りつぶされているのは実際"私"なのだ。
"私"自身についてちゃんと調べていて、私について知っているなら必然的に一ノ瀬陸兔について知ることになるし、そうなれば私が変装が得意なことなど様々なことを知ることとなる。
それに"私"を調べたと言うならば、何に変装したかぐらい知れるだろう。
さくらにもこれがへりくつである事ぐらい分かっていた。でもしかし自分の変装がバレるイコール手札が無くなるということ。こんなところまで陸兔に教え込まれているさくらであった。
それにこれはさくらが相川さくらという者で、交通事故にあったという認識を強めることが出来る。
実際は事故にあった事はなく、今現在健康体ではあるものの。この設定が中々便利で顔やらなにやらを見られることがないのだ。騙すことに対して罪悪感はあるものの、人にそれは迂闊に言えず。ましてやそれが勘のいい生徒会ならば、なおさらそれは隠さねばならなかった。
「んー?ちょっとおかしくない?」
「...どう...した、の?」
「だってさー、考えてみればオレらにさくらちゃんの外出許可証が出ていたって話とどいてないよ?オレら、ちゃあんと教えるようにお願いしていたのにだよ?」
わ、鋭い。
「確かに。栗原、同じクラスだったよな。相川が学校を抜けていることに気付いていたか?」
わー。めんどーなのに気付かれた。別に知られるのはいいんだけどなー。でもなー。
「さくちゃん?あれ?どうだったかなぁ。あれ?あれれ?」
テンパる桃ちゃんは指をおって数え始めた。え~っとえっと、二日前は~あれ?え~っとぉ...。
...みなさま、ご報告です。わたくし相川さくらは、どうやらクラスメートにまで認識されていなかったようです。
幻の涙が頬をつたう。
「そうですよ。どうせ、認識されてないのです。いいのですよ、別に。居るのに居なかった、なんて言われるの珍しくなんてないですから」
メソメソしたフリをしていると、桃ちゃんや銀くんや黄先輩がオロオロしているのが分かった。
「嘘泣きはいらん」
ちぇー。バレちゃったならここまでにするですよ。あれ、ウソ泣き?みたいな感じでふつーにかおをあげた私を見るお三方。
だんだん赤会長、私の扱い慣れてきたのですね。
「さくらちゃんって...ホント、ハア」
ガックリうなだれる黄先輩をしげしげと眺めて、リクからおりて頭を撫でれば、顔を上げた黄先輩が私に気付き、わたわたと慌てたあと再び前よりもさらに深くうなだれた。よしよし。
「雷で遊ぶのはそこまでにしておけ。さすがに見てられん」
目のはしに親指と小指をあて、顔の上半分をおおった赤会長。おおぅ、悩めるひと(考えるひとだっけ...?)イケメンばーじょん。
...イケメンは、うなだれていてもなやんでいてもイケメンでした。
さくらはリクに戻っていく。
さくらを抱き上げるリクに、ますます生徒会の疑心は高まった。...本当に付き合ってないの?コレで?
一度は親子と納得しても、目の前でイチャイチャを見せられれば、さすがにそれは信じられない一同だった。微笑み会う二人を前にして、生徒会のHP はどんどん削られ、それとともに魔王からなにやら怪しげな黒いモノがたち始め。生徒会たちはもやもやとした複雑な心中に立たされているのであった。もっとも、一人、私もさくちゃんとあれぐらいらぶらぶしたい!と思っている天然ちゃんを除いてだが。
今日も生徒会は混沌であった。
「...リクは...なにかしってた?」
銀くんがちょっと聞きにくそうにたずねてくる。
「オレ今回さくらの味方だったしなァ。傍観してたぜ?」
からから笑うリクには爽やかさもなにもあったもんじゃない。
「それで、結局はなぜ相川の外出許可証発行が俺達に届いていなかったんだ?」
だまされない赤会長。おぬし、総統腹黒いと見た。
「生徒会のせいでいじめにあっている。なにが気に入らないのかは知らないがこわい。助けて。...って、私のことを忘れていた薄情な担任にお願いしたのです。ちなみに言っとくですが、先生のおかげでファンクラブの牽制も行えたのですよ?感謝こそすれ、退職なんて止めるですよ?」
と言ったら。
「先生まで買収していたのか。...本当に抜かりないのだな」
なんて返された。酷い。
「人聞き悪いですね。買収なんてしてないのです。それに、原因となった人達には言われたくないのです」
さくらがそういって返せば、くくくっ、と笑われる事となった。
だから知られたくなかったんだよね...。
思わずジト目になり、気付いて直すも考えてみれば前髪でかくれていてどうせ見えないのだった。
「悪いな。確かに買収はしていないな。くくっ」
...この鬼畜め。さくらの中で赤会長と鬼畜が線で結ばれた瞬間だった。
「キミが用心深いことは分かったけど...それじゃあ桃ちゃんとリクが明け方の教室で見たキミの姿はなにかなー?」
おどけてるふうではあるものの。雷の言葉は真剣であった。
「いじめの証拠確保と証拠隠滅です。まさかアレを消すなとでも言うのですか?センス悪いです。頭でも打ったですか?」
「打ってないよー!もー。そっかそっかー。やっぱりさくらちゃんは悪くなかったんだねぇ。それどころか守ってくれたしねー」
...ふわぁ。
黄先輩の甘い笑み。さらりとゆれるハーフアップがどこか親しげで...一体何人オトしたんだよコノヤローと言いたくなる程だった。
イケメンスマイルごちそうさまです。
「さくちゃん...。そんなことまで...」
うるりっと大きなパッチリおめめを潤わせる桃ちゃん。ありゃあ、また泣いちゃった。
でも一応大まかにだけどいじめについてはたいてい言ったし、いっかなー?この世界はゲーム、とか都合の悪いことは除いてだけどさ。
っておもってたんだけどな。
「...あの、...鞭とか衣装、とか...変装とか。あと、なんで...千酷と...なかよかったのか...聞いてない」
ツンツンと上衣を軽く引っ張られたかと思えば。
そこにはうつむきがちに頬を赤くした銀くんが居た。
「さくら...のこと。もっと、...知りたい...。ダメ?」
ふにゃああぁ。
うるうる~ってしたひとみのパープル。銀の髪はまるで心情を表すかのように心許なげに揺れていて、不安そうな顔は思わず包み込んでしまいたくなるほど。母性本能がっ。本能がっ。
「げっ。ヤバ」
リクが止めようとするがもう遅い。
囲いこもうとするリクの手をくぐり抜け...ギュッ。思いっきり銀くんに抱きつく。
「かわいい、かわいい、可愛いですぅ!なんでこんなに可愛いのですか~」
銀くんは始めぽかぁんとしてはいたものの、次には一気に顔を真っ赤に染め上げた。
「あ...の。...はなし、て」
きゅううんっ。
キミは天然心の知的好奇心で言ったかもですけど、それでもコレはかわいすぎです。放したくない~。
でも、いやがられるのはちょっと避けたいので。しぶしぶ手を放しながらも、さくらの心は萌えていた。
純粋少年ラブ。可愛いは正義!ロリショタ万歳。ビバ天然!
放された無垢は少し固まったあと。とことこと歩いて思考のまとまらない頭のまま元の席に戻り、こてんっと座る。
ぽかーん。唖然としていたのは、なにも無垢だけではなかった。
ミカン一個入るかなぁ。無垢は、ぼんやりとした頭のまま、みんなのくちもとをみてそう思っていた。
その頃、さくらは理性を取り戻し。
「やっちゃった...ですぅ」
と顔を赤くした。
その後ろで。
一ノ瀬陸兔が今度は悩めるポージングを始めていた。
はぁ...。
パパの苦悩はどうやら続くようである。




