ただひとりの
「はしょるとですね、脅して言質と証拠と将来の約束をもぎとってきたのです」
「はしょりスギ!言ってることがこわいよー!」
「じゃあ一番簡単で有利な方法をとったです」
「だれに!?」
黄先輩。相も変わらずナイスツッコミです。
「ファンクラブの親たちですかね?あとは千酷です?いろいろ動いたですから全部あげるのは面倒です」
正直にいうと、黄先輩はなにかをあきらめたかのようにガックリうなだれた。
「さくらちゃんって...」
と呟く黄先輩にあきらめろ、さくらだぜ?とリクが返す。
...なんだか酷いことを言われている気がするのです。
む~っとしてたら、藍先輩がこっちを見た。
「長くなりそうであれば端的に、しかし言動をまとめてお願いしますね」
おおぅ。リクや、私は今ブリザードが見えた。ツンドラが、グリーンランドがヒタヒタと...。ぶるり、と悪寒を感じ気をとりなおす。
残念ですが、藍先輩。私はちょっとやそっとの極寒地帯、悪天候ぐらいなんともないのです!
しかし、さくらがこうしているのも今だけであった。次の瞬間。急にこの場を緊迫感が支配した。
「桃ちゃんに対する剣呑な雰囲気に、私が気付いたのは、あの食堂での少しあとです。それまでおさえられていた者の、関が外れたかのような、そんな突発的で暴力的なその渦は...桃ちゃんをのみこもうとしていたのです」
それは、とても小さな変化だったのかも知れないと、さくらは思う。
一度体験した者にしか感じられないほど小さな変化。そしてそれはまだ動いてはいなかった。
だからこそ、さくらにはその変化を彼らが気付いているとは思えなかった。あの緊迫感は、仕事のそれや重圧からのそれと似て非なるもの。
また、忘れてはならないこともある。
清蘭が、お嬢様やお坊っちゃまのための機関だとしても、ここはバカで居られるほど甘いところではない。普段はまったりと紅茶をすする者でも、時には鋭敏な刃かなにかのように、スキあらばとする者も一部いる。だがしかし、そうやって突くだけの者なら世の中にござんといるだろう。
でも、今回動いたのはちがった。突くのではなく考えを持ちむしばもうとした者。それが主犯の佐々木春人と飯島真理恵。
春人の方は堕ちさえしなければと思えるほど頭が良く。その視線を桃ちゃんに向かわせることがあるとすれば、絶対に生徒会の前では向けていなかった。そしてファンクラブや飯島、東堂小百合も、生徒会の存在する間は彼らに意識を向けていて。だからこそ彼らは私が動くまで気付かなかったのだろう。
清蘭は本来わるいところではないとさくらは思う。だが、今の生徒会により幾分かましになったとはいえ、奨学生には少しばかりすみにくい。それに、生徒会信者も邪魔くさく、さくらにとってあまりにも非常識だとかんじられた。さくらだって美形は好きだし、見ていたいとは思っても朝から晩までキャーキャーキャーキャーわめくとはいかほどか。時にはムダに体に接触をはかったりする女たちに、さくらは呆れることしか出来なかった。だがそれも顔よし成績よし家柄よしとくれば仕方ないだろう、とも安穏と思ってはいた時もさくらにはあった。しかし。流石に声をかけられただけでいびられているのを見かけた時にはもう。ことさら呆れ果ててしまい、このままでいるのにもおっくうになったさくらは、一先ず女を救い出してから、桃ちゃんごと信者問題も奨学生問題も解決しようと手を打つことを決め、ついには腰を上げたのだ。
ー、生徒会に逆らうな
ー、生徒会は皆の者
...生徒会ファンクラブの掟、一部抜粋。...バカげてる。
「それでです、その時助けたのが鳴丘琳李ちゃん。私の協力者です」
女子生徒のお手洗い。
私がすぐ近くにいることに気が付かず、いきなり数人の女子生徒が入ってきた。どうやら大半はお姉さま方のようで、一人の女が引きずられてくるのをさくらは見た。明らかなる厄介ごとのニオイにさくらはまたため息をつきそうになったが、状況確認が先だと開きなおって様子をうかがおうとした、が。
言い争っているうちに火がついたのだろう。
一人の生徒が鞄からハサミを取り出すのを見て、さくらは目をみはった。
なにせ、内容は生徒会としゃべった件について。
調子に乗るな、乗ってないの言い合い。
軽く一言かわしただけだろ、それ。どこにハサミ出す要素あるの?さくらは理解できない行動に、困惑をいだいた。
が、しかし。体はしっかりと動いていたようで。
ハサミを持った女に近寄りつつ録音機をON にし、もう一方の手はハサミを振り上げようとした女の腕をとっていた。
「どっかで見たなァ、ソレ。なんだってお前はトラブル体質なんだ?」
そんなの知らないです。私だってなりたくてなった訳じゃないのです。
リクのひどいものいいに、さくらは少しむくれる。
どっかで見た光景のうちのひとり、桃ちゃんはぴくりと肩を跳ねさせた。
気を取り直して。
そんなこんなで、お姉さま方をたまたま持っていたブツで脅し、計画の一部を話しじゃましないようお願い。(お願いねぇ、といったリクにはチョップをおみまいしてあげた)そのあと琳李ちゃんにはかんしゃされ、計画のお手伝いをしたいとお願いされた。断ったもののひかない琳李ちゃんには録画や桃ちゃんの見張りを頼んでいたさくら。ちなみに生徒会室に居たときに桃愛が連れ去られたと連絡を送ったのも琳李だった。何かあればメールを。緊急事態は電話を。
「これが私の計画のはじまりとあの日生徒会室をとびだした理由です」
それで?というように先をうながす生徒会を見て、さくらは話を続ける。
「まずはじめに動いたのは佐々木春人です。私は佐々木家に関する情報を集めながら佐々木くんに接触したです。そして、桃ちゃんへの行動を止めるよう言ったのですが...結果はご覧の通りです」
もとからやめるという可能性は低かったけれど。
佐々木は聞かなかった。
「うるさいなぁ。ぼくだってわかってるよ。でもね、やめられないんだ。やめたくてもこれはやめられないんだよ!からだがいつのまにかうごいているんだ。しこうがのっとられてる。ぼくのからだはもうぼくのものじゃないんだ」
佐々木くんのことば。
それは、さくらにとって衝撃的な言葉であった。
そして、それと共にさくらは悟った。きっと、佐々木春人はこの世界の法則に動かされているだけなんだと。
となれば、佐々木くんの行動は...イベントフラグなのですか?
そして、世界は佐々木くんがルールに従わないことを許さないと...?
自分自身におびえた様子を見せる佐々木を見て。さくらは決意した。
『悪役イベントはたたっきってやるです!そして代わりのイベントを私が用意するのです!』
正直言っちゃえばさくらは少々いらっときてたのだ。
私には意味のわからぬ交流差し向けておきながら...なぜ他のものには自由を与えないのですか!
...お前が転生者だからだろ。フラグラッシャーめが。そういうツッコミも、『もも☆こい』を知らないさくらには届かない。有言実行。他の意見に耳を傾ける、ということも確かにさくらはするのだが。今回さくらを止めるものはいなかった。
そこで、今度は手後れになる前にとファンクラブ会員の情報収集にてファンクラブの抑制をもくろみ。ついでに生徒会信仰者を割り出すために生徒会にわざとらしい行動で嫌わせて。どことなくあやしげな飯島や東堂を含めて忠告。
ま、その時桃ちゃん慰めフラグやらかっこよく桃ちゃんを守れ!騎士フラグを狙ったのは、誰であろうこの私です。
これでも落ち込む桃ちゃんをなぐさめたりするために行ったコンサートチケットやら桃ちゃんの好きなイチゴのケーキやらを送ったりとしてたのです。それも、生徒会達に!ツテをたどってこっそりやってフラグ立てしたのです。
コンサートはよもやプレミアのお宝もので、お金持ちでもなかなか手に入らない一品なのです。ピアニストの方にお願いして用意してもらったのです。ケーキの方も気難しくめったに注文に答えないが腕は最高、しかし今は長い休暇中というパティシエにお願いしたのです。
二人とも優しい人なのです。どこが気難しかったりするのか。優しいおじいさまパティシエです。
ぐぬぬ。私はその間証拠集めに駆け回っていたですのに。おじいちゃんのケーキやお姉さまのピアノはとても素晴らしいのですよ、羨ましい!
自分がやったであろう行動だが、少しだけ理不尽だと思うさくらであった。
閑話休題。
「それで聞きそうにないなら親元にコピーした情報やらこれまでのいじめの証拠ををプレゼントとして持っていったらですね、みごと多企業に渡って将来の約束をされたのです」
すごいでしょ?という風に笑えば、目の前の人達がドン引いていた。なぜに。
仕方なくもう一押しかな、とつけたす。
「そのあと様々なブツを渡されそうになったですから、申し訳なくてお断りさせていただいたのです。お話の前に出てきたお茶やお菓子もとても高そうでしたから。様々な企業の代表者いわく"げせんのもの"らしい私に頂く価値はないですね~、と手をつけずに言って差し上げたら泣いて謝られたのです。でもですよ、娘さん息子さんの教育は親のつとめですよね?おねがいいたしますね?ってお願いしたら喜んで協力者になってくれたのです。お心の広いひとたちでやりやすかったのです。私の将来は安泰なようなのです」
にこーってわらうとますますドン引きされたです。なぜに!?
「タチわりぃ」
ぼそりとリクのこぼした言葉にそろってうんうんとうなずく一同。
そんなんじゃないのです~!
「...それ、でも...あぶない。...ねらわれる」
銀くんの言葉。うにゃ、かわいいです。心配してくれるなんて優しいのです。...ぎゅってしたい。
「そうだよ!さくちゃんあぶないことしちゃだめだよ!狙われちゃうよ!」
うるりっと目をうるおわせて。興奮したようすでこちらを心配する妖精さん(桃ちゃん)。
...萌ゆる!ふにゃ~。かわいいですぅ。Wロリですか?W萌えですか?どちらでもいいです。かわいいです!
この二人の姿を見れば、きっとどんなひとでもイチコロです。ロリやショタ萌えがいたら黙ってないです。私の前・妹に見つかったら写メられ拉致られ状態に近いです。...おねーさん心配になってきたのです。
思わず手を伸ばして桃ちゃんの頭をなでなでしたら、桃ちゃんがキョトンとして...目をうるうるさせ泣き出した。
「ど、どうしたです?なでなでイヤだったですか?」
おろおろ~っとするさくらに桃愛は首を横にふって返す。
「ちが、ひっく、ちがうの。ひっく、ひっく。わ、私は...さく、ちゃんを疑っちゃったのに。さくちゃんは、ひっく、私を...」
ひっくひっくと嗚咽をもらす桃愛に、さくらはふっと微笑んだ。
桃愛は決して悪いわけではない。悪いというのなら、親友だと言いつつ誤解させるよう仕向け、裏でこそこそと動く自分はなんなのだろう、さくらはそう思う。
ふわり、暖かな体温が桃愛をつつみこんだ。きゅっと背中にあてられた手が桃愛を自分のもとにかき抱くかのように引き寄せる。
その動作に桃愛は逆らうことができなかった。逆らおうとさえも思わなかった。ただ流れに身をまかせ、小さく震える小柄な少女の体は流れの原動力につつみこまれた。
「...桃ちゃんは悪くなんてないのです。ごめんなさいです。私がわざと疑わせるように仕向けたのですよ。だから、私のせいです。それに...リクから聞いたのです。最後まで桃ちゃんは私を信じようとしてくれていたと。だから貴女に伝えたかったのです。ありがとうですよ、桃ちゃん」
目の前の桃ちゃんは、瞳を大きく見開いて、なにか言いたげに口を開いた。しかし、またとじて今度は手の甲で涙をぬぐうと言った。
「おかえり、さくちゃん」
むねがきゅうっとしまった。でもそれはいたいものではなくて。暖かくてふんわりしてて、きゅんとするようなものだった。
私は笑ってそれに答える。
「ただいまですよ、桃ちゃん」
...私達にそれ以上の言葉はもう要らないのですね。
ふふふ、っと笑いあって。きゅっともう一度桃ちゃんを抱きしめて放した。ぽろり、こぼれ落ちた涙を、微笑みながらリクがぬぐってくれた。
戻ってきたのですね。
ぬくぬくと心が暖まっていた。
その心地よさゆえに、私は忘れてしまっていたのかもしれない。
もうすぐこれが壊れてしまうものであるということを。
私が、いえ。私は...相川さくらではないということを。
この時私は気付かなかった。いいえ、気付けなかったの。
顔を上げれば、その前に。大好きな大好きなあのひとの、痛ましげな表情があるということを。
今の私の態度は、きっと彼を悩ませてしまったに違いない。そのきっかけを与えてしまったに違いない。けれど私はまだ未熟で。気付くことが出来なかった。彼が私との嘘に悩んでいることに。私と彼の秘密の関係に。
もしかしたら、リクは気付いていたのかもしれない。あの時リクは一瞬手を止めていたもの。
始めてのものに、始めてのふれあいに私は...溺れていたの。
だから...。ごめんなさい。そんなかおをしないで?
貴方が傷付くのはいやなの。貴方のことが大好きだから。
もう少したてばそれでいいから。私は貴方の下にいられるから。だから、あと少し。少しだけ許して。
大好きな、私のただひとりのひと。
――みずき。




