咲き誇る薔薇のトゲ
貴殿方はどういう存在として私に借りを与えるの?
これは少しだけ意地悪な質問。彼らにとって自分達の立場は決して軽いものではない。彼らが落ちればそれはその下にいるもの達にも影響を及ぼす。この世界はゲームの世界だけれど、れっきとした現実世界。桃ちゃんを中心とした世界であって、他の生命が息吹く世界。
甘く苦いこの世界で、記憶を持つ私はときどき自分が洗脳されてしまったかのように思うの。
もしこれが嘘であったなら...?
もし私が前世の記憶があるという錯覚に捕らわれているのだとしたら?
私はこわい。外を知らなかった幼少時代が。私という存在の異質さが。この世界の存在が。私にはこわく感じられる。なにがほんとうでなにが嘘なのか。私には分からない。
だからこそ、私は。大きな物を背負う彼らに尋ねよう。
それはとても傲慢な事かもしれないと思うけれど。でも私は、貴殿方の真意がみたい。
...貴殿方が私に与えようとするものは、なに?
「くくっ、くくく...」
なに?
突然。赤先輩が笑い出して、私はびっくりする。
真面目な質問をしたはずなのに...。不思議に思って首をひねるも目の前のひとは笑うばかり。
「なにが面白いのです?」
尋ねてみるけれど赤先輩は笑うばかり。それに拍子抜けした私は少しだけむくれてしまう。
「くくっ、すまない。いや、なに。面白いことを聞いたからな。くくく...」
さくらはその時。目の前の男を侮るべきではないと感じた。頭の中で警報がなる。
険悪な視線を送っても、笑って済ませるなんて。
きっと、このひとは一筋縄ではいかない。
私は頭の中が段々と冷え冷えとしていくのを感じた。そしてそれはあながち間違いではなかったと私は知ることになる。
「くく...お前はやはり面白いな。俺達がどのような存在として接するか...か。用心深いと言うべきか信用がないと嘆くべきか。だかしかし、面白い」
熱のこもった赤いひとみが、獲物を捕らえたのをさくらは感じた。鋭く、そして獰猛な、自信に満ち溢れた不敵な笑み。俺様だの誇張しすぎだのという前にそもそも、こちらが魅せられ食らわれてしまいそうな風格。絶対王者。
さくらはそれを見た瞬間に。無意識の内に彼らを侮っていたことを悟る。
「なにとして、か。愚問だな。しかし、形としてほしいというなら良いだろう。自身としては無論、次期当主としての俺も清蘭生徒会会長としての俺もこの俺、赤城 武津に変わりない。俺は貸しを返す恩人に存在の在り方を求める程意地悪くするつもりなど毛頭ない。それとも、なにか?赤城である俺に借りを与える程の価値などはないとでも言うつもりか?」
妖しく輝く赤いひとみ。すきとおったガーネット。
どこまでも不敵な彼の有り様に、きっとひとはみな惹かれるというのだろう。
さくらは肌が泡立つのを感じた。そして、それと共に込み上げ出す歓喜がさくらの体をぶるりと震わせた。
赤先輩はこんなにも強いひと。あなどっていては直ぐに食らわれる程に。一体どうやって今までかくしていたというのか。この有り余るほどの生命力を。まばゆいほどの輝きを。
さくらは納得した。
彼が清蘭の生徒会会長をつとめているという事実を。隣から聞こえてきた感嘆の声に、さくらは武津がリクに認められたことを知った。さくらはその身の内に広がる喜びに身を任せた。
「ふふ、ふふふ...。油断ならないですねぇ。...確かにその通りですよ。どれも確かに貴殿方です。きってもきっても切れないものなのでしょう。ふふ、いえ、いいえ。価値など十分にあるということは分かっているのですよ」
負けた、と。さくらは感じた。それと同時にもう認めることしか出来ない自分を悔しく思う。今回の道化は私。でもこれはきっと侮ってしまった私のミス。ああ、私というひとは、何て言うひとたちを相手にしてしまったのだろう。
赤先輩の言葉に、周りの者らは驚く素振りさえも見せず、それさえも当たり前だと言うほどにそれはただただ自然にそこにあった。それはきっと何よりもの信頼であり生徒会の有り様なのだろう。
彼らはきっと、裏切ることはないのでしょう。
「ふふ...」
唇が弧をえがこうとするのを、さくらは止めなかった。感情のままにその身をまかせ、妖艶に、しかし暖かく微笑むさくらの姿は"冰"であり、"桜"である実の彼女自身であった。
口元に浮かび上がるえくぼ。
ただ真にさくらでなくその者となった者は、死神姫のような色香を、冰姫の透き通るような美しさを、そして。さくらという者の包み込むような暖かみを合わせ持ち得た者。
"冰桜"――。その時の彼女は簡単にはさくらとは言えないような程さくらに近く、そして遠い雰囲気を纏わせていた。初めて感じたようでしかし、どこか親しみあるその姿に、生徒会らは目を見張るも、次第にひとり、またひとりと口元を緩めさせた。
どうやらもう私が完敗したことに気付いたのであろう。ああ、悔しい。
「ふふ、いいでしょう。お話しするですよ。」
ふふふ、と微笑んでさくらは言う。
それは降参の示しであり語りのはじまり。
こちらを見てくくっ、と笑う赤先輩の笑いは少しばかりしゃくにさわるけれど、それでも私が負けたのは事実。
お楽しみのお礼に。美しく咲き誇る薔薇たちへ。
あなたのトゲに刺されようとも、私は花弁に魅せられた。
「貴殿方に、貸しをつくって差し上げるのです」
不可思議なこの世界で、開きはじめのあの蕾は、いったいどんな花を咲かせるというのか。