チャーム
皆さんこんにちは。
夕方ってどんな挨拶でしょう?な、相川さくらです。
ただ今、再び現在進行形で逃げ出したくなっております。
しんと静まり返った室内。誰もなにも一言も話さないながらもなぜだかこちらに視線を向けないようわざとらしく顔を背け。時おりちら、と様子を伺われて。
そしてまた静寂は続く。
居づらい!本当に居づらい。物言いたげな表情としかし言い出したら全て終わってしまうかのような空気が居たたまれない。
カチャ、と音がして。藍先輩が私の前にカップを二つ置く。ふわりと広がる紅茶のいい香り。お茶請けとして置かれるのはガトーオペラ。
...ショコラ系が好きなのはもう知られているのですかね?
太ももの下や背中、お腹に温もりを感じながら思う。
...そう、温もり。
私に視線が向けられない原因であって元凶。腰にまかれた手から先を辿っていけばそこにあるのは麗しきご尊顔。
自然なカンジにセットされた髪形。茶髪がさらりと今にも風に流れだしそうで。口元にはいたずらっ子のような微笑み。全身から溢れ出す爽やかオーラの持ち主、一ノ瀬陸兔...の、膝に。なぜだか居座る貞子。
そうです、私。今はリクの膝の上なのです。
普通なら微笑ましい光景。乗っているのがヒロインちゃんなら目の保養となる光景。
だがしかし、乗っているのはあくまで私。
客観的に見てください。
爽やかな草原にある黒くドロドロとした物体。
清蘭の王子の一人、爽快の君の醸し出す爽やかな夏風に重なりあう髪を振り乱した女。
よもやホラー。キラキラとドロドロのコンビネーション。
なんと言うバッド・シーン。
――事が始まったのはリクの一声からだった。
すぐに場を設けると言われてはいたが、次の日に設定するのは流石としか言いようがない。リクは昔から行動が早いのだ。
いくぞ、と一声掛けられて。生徒にバレないようこっそりと生徒会室に訪れた私はこうして今に至る。
「リク、そろそろ説明して貰えないでしょうか?貴方とそこの彼女は知り合いなのでしょうか」
全員にお茶とお菓子を配った後、藍先輩が尋ねてくる。どことなく不機嫌そうだ。
ちなみに今日はカズは来ていなくて、室内には生徒会6名と私だけ。仲間外れです、ぐすっ。
「あーっ、わーりぃわーりぃ。そぉいやミズ兄にはまだ言ってなかったよな。確かに知り合いだぜ?コイツとはよ」
髪をグシャグシャかき回してリクが言う。
「風紀の..あの、剛力の..次男...剛力和弥とも...知り合い?」
こてん。銀くんが首をかしげる。
かわいいですぅ!最近楽しむ暇なかったですから久しぶりのショタ系萌えなのですぅ!イケメンあざとし。
「カズとは悪友なのです。カズはリクのこぶ...げぼ...と、友達?なので知り合ったのです」
危なかった。
そういやあの凶暴なワンコはリクのなんなのでしょう。やっぱり悪友なのかな?仲いいし。でもカズ子分や下僕って感じもするしな。M だし、リク大好きだし、M だし。
悪友兼子分兼下僕兼ワンコ=ペット?
...うん。やっぱりここはオブラードに包んでおこう。友達だよ友達。リクとカズは親友だ。
「では、相川さくらの持っていたあの印は本物か?」
真剣な表情の赤先輩。
「あの印ってなんです?」
「惚けても無駄だな。ここにいる者全員の証言がある。華と不死鳥...あれは本物か?」
ふふ、面白い人です。そんな確信した様子でいるぐらいなら、いっそのこと聞かなければいいのに。
「本物ですよ?」
驚愕の眼差しが浮かぶ。
「めんどい...」
ぽつりと呟いたリクを少しにらむ。もとはといえばリクがあんなところ見せなければなにもなくて済んだんですからね!
「あの...チャームが..」
チャーム。
この世界ではお金持ちの中でも更に上の格のそのまた更に上の格の。ただ一握りの者達は、自分だけの証を持つ。
それが、チャーム。または証、別名契約。
家族、婚約者、親友...自らが信用する者だけに与えられるそれは自分自身のチャームだけでもとても大きな存在で、身分の低いものが受けとれば庇護の証ともなる。共に支えあうことや信頼していること。
家を象徴する宝石を嵌め込み個人にあわせ精巧に作られたそれ。チャームそのものは決まっているものの、時計、指輪、ブレスレット...なににそれを加工するかは定められていない。
日頃身につける事もあれば仕舞うこともあり。
時には破れない契約の証として渡す事もある。
いくら下級の家柄とはいえ社交界では上級にあたる家の証を持ち得れば、中級がしゃしゃり出るようなことは出来ない。
チャームの主が亡くなった後は基本意味のなくなる限定の物ではあるが、時々亡くなってもなお影響力を持つチャームもある。
企業や成績などにこれは反映されないが、社交界で反映されやすい証。
だがしかし、へたに渡す人物を選べばその反動はこちらにも返ってくる。その者の失態然り。言動然り。つまりチャームを持った者がそれを用いて行った事はそのチャームの持ち主の評価とイコールとなるのだ。人を選ぶのも社交界で生き残る条件。吉か凶かはその者次第。よほど信用していない限り渡すことの出来ない代物。それがチャーム。
そしてそれは生徒会メンバーは全員持っている物であり、久しぶりです懐かしの前・妹いわくゲーム終盤で栗原桃愛ちゃんに捧げられるもの。
私が現在持つチャームは5つ。
その内の二つ。
華と呼ばれるハイビスカスにタイガーズアイの付いたもの。
不死鳥と呼ばれるフェニックス...火の鳥にルビーの付いたもの。
チェーンに通し首にかけていたこの二つしかきっと美形様達には知られていない。
だが、私の持つチャームは全て厄介な物で。このチャームも相当厄介なのだ。
ヤクザなど、表の夜の華達を統率する剛力家。その次男の証、華。
暗殺者、ヤクザ、政治家、事業家...剛力を含め、表との繋がりも深く、裏で闇を管理する者。その力は赤や藍など色の付いた別格に位置する家の個々と匹敵するであろう程。正体を見せることはほとんどなく。名も知られず、幻のような家の宝石、ルビーを用いた不死鳥の証。
敵を多く作りやすいニ家は基本的に人を信じない。特に後者は名前さえ知られていない家。
身体的な力のある光と闇のニ家のチャーム。
...私がそれを持っているという事はつまり、そのニ家の華と不死鳥に認められているということ。
貞子と呼ばれ地味に地味に暮らしていた私がだ。
「コイツがなんで認められたかは昨日の戦闘能力見ただろぉが。それ以外にも理由はあンだけどよ、兎に角コイツがもってんのは本物だぜ?」
不敵そうに笑ってリクが言う。
「...なんで、いい...きれるの?」
銀くんのうわめづかい。きゅんっ。
「あー、かったりぃ。まーなんつーの。オレカズのトモダチだしな。不死鳥っつーの?心当たりがあんだよな」
...リク、頭をかく癖出てるですよ。
そりゃ心当たりあるでしょうね。なんせリクの背中には不死鳥のタトゥーがあるですからね。
しらーっとするリクに誰もそんなこと気付いた様子はない。
「信じられん。だが...確かにな。過去の相川の行動を振り返れば納得できるのも事実。なにせ、俺達も騙された事だしな」
驚いたように驚愕の表情を浮かべる3人赤、黄、銀。
藍先輩はポーカーフェイスだし、桃ちゃんはさっきからなにもしゃべらずに、しかし俯きながらも真剣に話を聞いていた。
「おい、きーてねぇっつの。オレが居ない間になにしてんだよお前は」
「ちょーっと強引な食事会ついでにお願いをしてみただけなのですよ?」
ついつい感情につられてゆったりした感じの私の口調で言えばこつりと頭を小突かれた。
「お前は...ったくバカ」
「ふふ、ありがとなのですよリク」
ほんのりとした気分でリクと喋る。
清蘭へ入学してからは全く関わり合わなかったリクと私。
意図的にそうしてはいたものの、やっぱり会えなくて寂しかった。
だから、リクとのお話や慣れ親しんだリクの膝と体温が妙に心地いい。
「...ねー、あのさー、今まで聞いてなかったんだけど...昨日の話の前にちょっとだけ聞いちゃっていいかな?」
おそるおそるといった感じで、黄先輩が切り出す。
今まで一言も発しなかったのに急になんだろう。
「聞くだけならどうぞですよ?」
いつになく真剣な表情に訝しく思いつつも聞いてみると、返って来た言葉はあまりにも予想外の事であった。
「さくらちゃんとリクって...付き合ってるの?」




