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愛しいひと


★。゜.:一ノ(いちのせ) 陸兔(りくと)


「リク、まだお外には出られないのですか?」


「リク、今日は帰ってくるのです?」


「止めて下さいです、いやっ!お父様!」


「貴方はだれ...です?」


「私のために彼が頑張ってくれている事は知っているのです。だから私は不甲斐ないですけど大人しく守られることしか出来ないです」


「こおりひめ!?なんなのです、その名前!すぐ消してくださいです」


「ひぐっ、ひぐっ...だめです。うっ、くぅ...笑うのですよ。泣いちゃだめなのです。もうすぐリクが来るのですよ。笑うです」


「リク!おかえりなさいです!」



ぐるぐるぐるぐる。

ああ、これはあん時の夢か...。

...あ?

ゆらゆらと夢の狭間で揺れていたオレをけたたましい音が現実(ここ)へ呼び覚ます。

もぞもぞと隣で人の動く気配がして。

けたたましい音がとまる。


「リク~?起きるです。朝なのですよ!」

軽く肩を揺さぶられて。オレは重いまぶたをこじ開ける。

「おはようです」

隣にいるヤツが微笑んでオレを見る。

「ひぃ、か...?はよ」

くあっとあくびを噛み締めると、隣のヤツがふふふ、と笑った。

「なんだよ」

「別になんでもないのですよ?...ただ、久しぶりでしたから。ね、パパ?」

にっこり笑ってはいるが、まだその顔は少し寂しそうだ。ったくよ、ムリしやがって。

くしゃくしゃ頭を撫でてやれば、手のひらに頭をすりよせてくる。

どれくらいたっただろぉか。

アイツがたっと離れた。

「リク、そろそろ行くですね?」

「おー」

「ありがとなのですよ、リク」

ちゅっと頬に軽く唇を触れさせるアイツにオレもそれを返す。

そうして。軽くヴィッグだけをかぶってアイツは部屋に戻ってった。


「ふっ、笑えるよホントよォ。バカだぜアイツぁ」

昨日あんなことが有ったってのに今日ぐらい休めってーの。

呆れるほど真面目なアイツはやっぱり少しの間ぐらいじゃ変わってなかった。

いや、それも違うよな。

見ない間にアイツは少し変わっていた。それもあの桃愛ってヤツのおかげだろうか。


栗原桃愛。

正直オレは昨日結構ひどいこと言っちまったな。アイツの友達か。

...初めての同姓の友達だよなぁ、そぉいや。

ここに来た時正直オレはアイツに友達が...それも親友がいると聞いて驚いた。それも美少女のだ。

なにせアイツぁ今目立つことを防ごうとしているからな。

それなのにあんなに好いてるんだからふしぎだな。...ペンギンでも空から降ってくるかもしんねぇな、おい。


見た限り桃愛は純水っつーか...(ピュアの方が合ってるか?)いちおーそんなカンジだしだいじょぶだろ、一先ずは。


んでもよぉ。生徒会はちぃと気ぃ付けとくか?なんか気に入られたっぽかったかんなぁ、アイツぁ。

っておい、時間だぜ。たくよぉ。

時計を見てオレは外に出る。


「かったるいっつーの」

コキコキと首をならしオレは部屋から出る。






★。゜.:飯島(いいじま) 真理恵(まりえ)



あの後。

タイガに連れていかれた所は千酷の倉庫だった。

移動中、タイガは一言も喋らなかった。いつもは賑やかなジュンでさえも。静かに口を閉ざしていた。

バタンと扉を開いて、千酷の倉庫に入る。

昨日までは何ともなかったのに、なんだか今は入るのにとても勇気が必要で足が震えそうになったのだけれど。でも最後のプライドでそれは抑えて、キッと前を向いていた。


私が入ったとたん。それまで騒がしくしていた皆の声が、急に止んでいく。そう、やっぱりみんな知っているのね。一度そう納得してしまえば、居心地が悪くて視線がいたくて。泣いて腫れているであろう目がとても気になってくる。帰りたくなってくる。


「お前が、美海さんを...タイガさんを騙してたんだな。見損なったぜ、真理恵」

「そうだ!ここに何しに来てんだよ!帰れよ!」

いきなり。一人の男が声を出して。そこからみんなの罵倒が始まった。今まで仲良くしていた人たちからの罵倒。痛くて痛くて、涙が出そうになる。

「だまれ」

聞こえてきた声にビックリして。思わず隣を見やる。倉庫の中は水をうったように静かになっていた。

「たい...」

名前をいいかけて、口をつぐんだ。

「近藤さん?」

初めて呼んだ。こんどう。タイガとの繋がりが全て消えてしまったようで悲しくなる。あたしってホントバカ。こんなことで悲しんでどうすんのよ。


「...マリエの事は....」

タイガはそこで一度口を閉めたが。また再び顔をあげた。

「今回の事だけど、言うことがある。...今回の元凶はオレだ」

「ちがう!悪いのはあたし!」

タイガの言葉に思わず叫ぶ。

「どゆこと?」

「...マリエが今回オレと美海を引き離したのはオレがマリエの姉を本気にさせて捨てたからだと聞いたんだ。その後オレはマリエの姉の目の前で美海に会い、惚れたらしい。マリエの姉は今精神が壊れているそうだ。だからコイツは自分捨ててまで姉の復讐を果たそうとしたんだ。だから元凶は...オレだ」

静まった倉庫。タイガの言葉。

「ちがうわ!あたしがやったのよ!タイガは悪くないわ!」

あたしは叫ぶけれど、倉庫では誰も喋り出すひとがいなくて、すごくいたたまれない。

「でもマリエは美海さんに...」

「たっチャンはさー、大切なヤツ傷付けられて何もしないでいられるのかなぁ」

ジュンも喋り出す。

「それは...」

「今回のはタイガが悪いね。...死神姫(デス様)からの氷鞭(ひょうへん)もくらってきたんだよ?なんか文句あるのぉ」

「デス様の...!」

どよっと場がざわめいて一斉に倉庫のみんなが顔を赤く染め上げた。

デス様って相川さくらよね?...一体なにやったのよあの子は。

「アチッ」

動揺してタバコを落とし、飛び上がった男がダッシュで水道に向かうのを冷めた目で眺める。


「なにかあったの?あら、真理恵...ちゃん?」

いきなり声が聞こえてきて、肩が跳び跳ねた。

後ろを振り向けば、黒い髪を斜め下で一つにしばった女がいた。

視線があうと、怯えた様子もなくこちらに笑いかけてくる。

「ごめんなさい!」

頭を下げる。

ポタ、ポタ...。

また、泣いちゃったよ。

鏑木美海さんの顔を見て、涙がこらえきらなかった。

「ミカ。マリエは...」

「トラのその顔、聞いたんだ。だったらトラ、あまりにもひどくあたったのね。ごめんなさいね、真理恵ちゃん。謝るのはトラの方よ」

え...?

「ミカ!?まさか聞いて...?」

心臓がドクリと動いた。

「きいたわよー。トラが真理恵ちゃんの彼氏をボッコボコにしちゃって再起不能になっちゃったからなんでしょう?おまけにぶつかったくらいでそうしたって聞いたわよ。いくら中学時代でも許さないわよぉ」

「え...?」

頬を膨らませてタイガに言う美海さんに驚く。

「それは誰に?」

「相川さんが言ってたわよ。リクがあまりにも酷かったらこっちでしめるですけど、大丈夫そうなら美海さんにまかせるですね――って」

急に感じた脱力感。

あの子ってホント...。


「やっぱデス様はサイコーだよ。かっけぇ」

思わずジュンの言葉に頷きそうになる。

先輩なのにあの子に救われてばっかだわ、あたし。

くすり、と思わず笑いがこぼれ落ちた。


「だから私は気にしてないよー」

視界がぼやける。

「かしらぁ。なにやってるんですかぁ」

男達の情けない声が聞こえる。

「マリエ、すまない。...オレにも非がある。だからオレにはお前を裁く権利がない」

「でも!」

「マリエすまねえ!お前は悪くねえよ!ぐすっおいおい泣けるなおい。タイガはちゃんと話せよー!」

「そーだそだ!マリエゴメン!勘違いしてた!」

「すまん!」


「...みぃんなまりチャンの味方だねぇ。ね、まりチャン」

「みんな...っ。ごめん...なさい。ごめっ、なさ...」

ボロボロ。泣いても泣いても涙は出てくる。プライドなんてもうない。あるのはあたし。ただ泣くばかりのあたし。


「マリエ...お前はもう自分のやりたいようにしろ」

「タイガ...」

ジュンにそっと手をとられて。また車に向かった。

「 さよなら」

入り口を抜けるとき。

その言葉が口から滑り落ちた。

これ以上の言葉は、思い浮かばなかった。

タイガとはもう会うことはないのかもしれない。


さよなら、さよならあたしの好きなひと。

さよなら、あたしの――愛しくて憎らしい初めてのひと。

さよなら、あたしの復讐。


タイガの声が返ってくることはなかった。











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