温もり
とんとんとん...。
リクのたたく背中のリズム。
暖かいです...。
リクの胸に顔をうずめると、リクが頭を撫でるのが分かった。
「千酷は女連れて帰れやー」
「う、うす!」
カズの一声で、トラやジュン、飯島先輩が帰っていく。
「よく頑張ったな、ホントォによぉ。お前は...」
呆れたように言うリクの声に安心する。
「ありがとですよ、リク...」
そう言った私にリクがぎゅっと抱く力を強くする。
その時。
「さくちゃん!」
桃ちゃんが走ってこっちに向かって来た。ドキッと心臓が跳ねる。
「ちょ!やベー。やー戻ってこいや!今は行ったらダメやし!おい!」
カズが止めようとするけれど、それも聞かずに走ってくる。
「さくちゃん!ごめんなさいっ。わた、私っ、さくちゃんを疑ってたっ。ごめんなさい、ごめんなさい!」
涙をこぼす桃ちゃん。
きゅうっと胸が締め付けられる。
なにやってるのですかね、私。ヒロインちゃんを泣かせているのですよ。
バカな自分に、こうすることしか出来なかった自分に。悔しくて情けなくて泣きたくなってくるけれど、今はだめ。
そっとリクの胸を押し、リクから離れて桃ちゃんの所へ行く。
ぶにー。
泣いている桃ちゃん。お肌すべすべです。
「ひゃ、ひゃくひゃひゃん?」
「「「さくらちゃん!?」」」
桃ちゃんと赤、黄、銀の声が重なる。
「わぁ、息ぴったりです!」
「そこ!?」
...相川さくらという人物は、暗い雰囲気をものともしないあるイミマイペースな人である、さくら以外の人物はそれを頭にインプットさせる。あまりにも呑気な喋りに、シリアスなんかはどこへやら。雷等は気が抜けすぎて転びそうになった程であった。
しかし、それでも変わらないモノはある。
びよーん、びよーん
私の手は、桃ちゃんの頬をつねっていた。
「いひゃい」
「泣かないでくださいです、桃ちゃん。笑ってる姿が見たいのです」
「でも、私は...」
「桃愛、謝罪は必要ない」
「リク」
「陸兔くんっ。でも、でも...」
「謝るのは別にいい。だけどさ、今日はもうやめてくれよ、なぁ。お願いだからよ」
リクの懇願するような声。
「リク、やめるです」
お願い、もうやめて。リクも、桃ちゃんも...。リク、なにもいっちゃだめ。怒らないで。
「でもっ、でももうこんなのいや!悪いことはちゃんと謝りたい!」
叫ぶ桃ちゃん。お願い、今日はもう止めて。
「ずいぶんかってだなぁ、ア?」
「リク」
疎めるように声を出す。けれどリクは止める様子もない。それどころか...。
「わんもすまんけどそう思うばーよな。...そろそろやめてほしいんどや」
「カズまで。なに言ってるですか。止めるです、これは私の問題なのです」
私は二人を止めようとするが止まらない。
なんで二人が動こうとしているのかは分かっている。私のために二人は動こうとしてくれてるって分かってる。でも、今はもう止めて。
その時、何を思ったのか突然一人の男が動いた。
リク達が彼を止めることはない。ましてや私が止めることなどありえない。だって、彼は...。
その男は私にちかづいて、するりと私の頬を撫でる。
「どうか、泣くのまで我慢しないで下さい...」
それだけを言って彼はすぐに元の場所へ戻っていく。
あまりにもなことにとさっ、と私は地面にへたりこんだ。慌ててリクがやって来て、しゃがんで一旦ぎゅと私を抱き締める。
「リク...」
「わかってる」
ぽろ、ぽろぽろ...涙がこぼれる。
なぜ、彼は今来たのでしょうか。彼が私に触れてしまったらもう、こらえることなんて出来ないじゃないですか。
「リクぅ、リグぅう、寂しかったで、すぅ。っく、うっ、うっ。かなし、かったですぅ。久し、ぶりのっ、リクで、すぅう...ぐすっぐすっ」
ぎゅっと彼を強く抱く。あったかい。リクがいるんだ...。ここに、リクが。
「分かってる。オレはここにいるって。落ち着けよ、な?ほら。」
優しい声色。
そう、いつもこうやってリクは私をなだめてくれるんだったね。
「場所、移動するぞ。ここはいづれぇだろ?」
こくり、と彼の言葉に頷く。
私が手を伸ばせばリクが私の膝と脇に腕を入れる。
するりとリクの首に手をまわした。
いわゆるお姫様抱っこ。
「...聞きたいことは後で説明する。それまでは何も言わないでくれ」
淡々としたリクの声が聞こえる。顔はリクの胸に押しあて隠している。でもリクがどんな表情をしているのかは何となく分かった。
...気付いていたときには。懐かしい温もりに包まれて、私は意識を落としていた。
★。゜.:剛力 和弥
わんが来たのはちょうどアイツの独走劇が始まったあたりぐらいからだった。
「お前はあの閠學学園生徒会長伊弥の弟だろう。なぜこんなところにいる」
警戒したような視線を無視してリクと喋ってると、リクの友達だと納得したらしい。またスクリーンに視線をうつしやがった。
でもよ、なんで気付かんば、やったーは。わんの隣の男さ、そろそろさ、持ちそうにないばーよな。
わんには確信があった。リクがアイツのところに駆け寄り抱き締める自信が。
まぁ、結果はよく持った方だと思うばーてーよな。だってよ、あのリクが話終わるまでは待ってたんど?スゴイやし。
でもよ、さすがにさぁアレにはイラッてきたばーよな。だってよ、アイツはここまでやってきっと自分せめてるはずなんど。だってよ、やるならもっと別の方法があったやし。そしたら生徒会に嫌われる必要も悪役になる必要もなかったんど。自分にそう出来るだけの力がありながらアイツはこうするしか出来なかったと悔やんでるはずどや。
そうゆうお人好しど、アイツは。
それなのによ、そんな優しいアイツがあの状況で謝れたら。
いくら疲れていてもいくら傷付いてても演技しておも苦しい雰囲気壊すことまでしてしまうんど。
無理なくせして無理するんど。だからわったーは止めたのに。
「...言っとくからよ」
リクとアイツの立ち去った後、しんとした中でわんの声が響く。
そこにいたやつらが全員振り向いた。
「...さくらはよ、いじめとかは殆どこたえてんばーよな。でもよ、さくらは一度大切だと感じたらとことん大切にするばーよな。だからよ、いくら疲れていても謝られたら慰めんわけにはいかんばーよ。演技してまでもど。涙おさえてもど。...リクならすぐに場を設ける筈だからよ、それまではさくらに接触すんなよ。もし破ったらわったーは手加減せんからよ」
鋭くにらめつながら言う。
ビクリとアイツらは震えた。
「やーは鳴丘だったか?」
「そうだよ」
「協力ありがとな。今日はもういいからよ」
「いーよ、いーよ。あの子への恩返しだしね」
生徒会の近くにいた一人の女に声をかけると、そいつは笑いながら帰っていった。
固まってる生徒会をおいて。わんはリクとアイツの後を追った。
「...お前は、何者なんだ」
小さな声は、誰に聞かれることもなく。裏庭の小さないたずら風が、そっと運んで大気に溶け込んでいった。




