飯島 真理恵
数年前。飯島がまだ中学一年生だった頃。
飯島真理恵は、その日家で穏やかに過ごしていた。入学して半年。華道部に入部し、学校生活も順調。外より中で過ごすことの多い彼女はその日、静かに花を活けていた。
だが。突然、耳に入ってきた女の泣き出す声が、その穏やかな風景を一変させた。
「姉様、どうしたの?」
自室にこもり、なき続ける姉に真理恵は聞いた。
「騙されたの」
「騙されたって...誰に?」
「...近藤、泰賀」
「まさか!姉様、まだあの人に追われていたの...?」
そう訪ねると、ポロポロと涙を流しながら。姉は寂しそうに横に首をふった。
「私だけだと言われたわ。でもそれも、彼の嘘だったの。私は...要らないのですって。二股どころか、一日で飽きて捨てる。...そんな人だった」
真理恵は言葉を失った。段々と話していくと、始めは優しかったのに、一度彼の元へいったあとは見向きもせず、堂々と姉の前で他の女と共に連れだったのだと言う。
真理恵の姉は、うぶで純粋な人だった。それだけに、真理恵の姉は口説きおとされたかと思えば切り捨てられたその事実に、傷付いた。
「お前だれ?ですって。お前なんか知らないのですって。...彼が求めているのは遊び。本気の恋は...私は、要らないのですって」
「由利江姉様...」
その日より、真理恵の姉は塞ぎ混むことが多くなった。だんだんと衰弱していく姉の姿に、姉妹仲の良かった真理恵は次第と、近藤泰賀という男を恨んでいった。...2歳離れた姉を騙した1歳年下の乱暴な遊び人。
それでも、まだ。近藤が誰も相手にしなかった時はまだ良かった。だがしかし、彼は鏑木美海に会い、恋に落ちた。
姉と同じ1歳年上で、姉と同じ純粋な人で、そして姉がつくった庶民の友人であった彼女と。
きっかけとなったのは、姉が外で彼女とお茶をしていた時だ。
姉の目の前で彼は鏑木美海に恋に落ちたのだ。姉のことなど目にもとめずに。
...それを知った姉は、少しずつ精神を病み、時々暴れるようになる。
真理恵の姉の愛しい人は、彼女の友人と結ばれた。
...どうして姉様じゃなかったの?何故?姉様はあんなにも貴方のことを思っているのに。...すてるなら、近付かなければ良かったのに。
真理恵は庶民が嫌いになった。
姉が塞ぎ混み、飯島家からはだんだんと昔の暖かさが失われていった。そうしてついに、愛し合っていた両親まで会話することも減り、父は外に愛人を作った。今ではもう、家に帰ることも滅多にない。母も今では若い愛人を侍らせたり、ホストクラブに入り浸ったりと。飯島家は既に壊れていた。
ある日。町中で、姉と共に買い物へ来たとき。真理恵が中学三年生の時だった。清蘭学園中等部の生徒会役員であり、真理恵と同学年黄々雷を見かけて、姉が呟いたのだ。
「綺麗な人ねぇ」
しかし、真理恵は女を侍らせる雷が、好きになれなかった。だが、姉のために彼の生徒会へと入り、雷のそばにいながら、泰賀と美海を見張っていた。
そんなとき、美海が妊娠しているかもしれないということを真理恵はきいた。当時彼女は高校1年生。姉の全てを奪った人が、幸せになるなんて真理恵にはどうしても許せなかった。
真理恵は、彼らを引き裂くことにした。濃い化粧をし、ストレートの黒髪だった髪も染め、バカな女の真似をした。そうして、当時妊娠してしまっていた高校3年生の鏑木美海が、当時2年生であった近藤泰賀に妊娠しているのを黙っていることを良いことに、偽造写真などを使い彼らを仲たがいさせ、泰賀には美海が裏切ったと。美海には泰賀は子供がいらないと、ばれたら美海ごと捨てられると偽の証拠と共につきだし、彼らの仲を引き裂いたのだ。途中で、二度と会えば飯島家が黙っていないと言い添えて。
真理恵は泰賀の幸せを奪うために、遊び相手としてそばにいることにした。
しかし。真理恵は、美海に恋をして変わった泰賀に引かれてしまう。
憎らしく愛しいその狭間で。
それでもなお、今更美海のために女遊びを辞め、そしてまた始めた泰賀を許せずにいて。復讐のために、今までの自分を全て捨てた彼女はもう既に、一人だった。
そんなときに。雷に近付く女が現れた。...栗原桃愛だ。
すでに、真理恵の心はいっぱいいっぱいで、ギリギリの瀬戸際にあった。桃愛を雷から引きはなそう。もう、姉様を悲しませたくはない。そんな気持ちに追われ続け、真理恵には引くことが出来なかった。間違っていると知っていて。それでもなお曲がり道を進むことしか出来なかった。そうして栗原桃愛とことごとく邪魔をする貞子こと、相川さくらを退学させるように仕向けようとした。
...そうして真理恵は、今現在ここにいる。




