謎は、だんだんと近付く
「タイガ...これ、どういうこと?ねぇ!答えてよ!」
トラにすがり付く飯島。それを冷めた目で眺める私たち。
「...差し出がましいですが...飯島先輩、本当の事を早くおっしゃった方がいいと思うのです。桃ちゃんに対して貴女が謝る気がないのは十分なほど分かったのです。ですが...美海さんに貴女が行った行動はもっと許されないものです。清蘭の一生徒として、恥を知るのです」
「うるっさいわねっ。なんなのよアンタはさっきから。タイガも何でそんな女の所にいるのよ!貧乏なブスよ、ソイツは!いじめられっ子よ。生徒会に見捨てられた哀れな子なの!」
「死神姫様、いじめられていたの?それは、生徒会が...?」
いきなり物騒な顔をし始めたジュン。ほんと、この子って...まぁ、いいけど。
「ジュン、口を閉じるのです。...飯島先輩。いえ、真理恵さん。貴女はまだ認めないと言うのですか?」
「なにをよ!意味わかんないわ。いい加減黙んなさいよ、貞子!貧乏人のくせして威張ってんじゃないわよ!」
その言葉を聞いて、トラとジュンがボキボキと拳をならす。二人の目は据わっていた。
「はぁ、トラ、ジュン。大人しくしないと本当に眠らせるのですよ?...どうせ、どっかで不死鳥さんはこれを見てると思うですよ。...私の事は守る必要なんてないです。貴方方は美海さんの事だけ怒っていて下さいです」
「デス様、かっこよすぎだよ」
ぎゅっと抱きつく前に視線で黙らせると、殺気を感じたのか体を固まらせるジュン。
「真理恵さん。そして、小百合さんも。私は貴女方にチャンスをあげたのです。始めに言ってあった筈です。栗原桃愛と私には手を出すなと。しかし、貴女方はその両方を犯してしまったのです。...幸い桃ちゃんにはなんの被害もないです」
私の言葉に、東堂が息を呑むのが聞こえた。反対に、飯島は納得といった表情をし、更に私をにらめつける。
「やはり、飯島さんは知っていたですね。だから貴女は生徒会に私が冷たい視線を向けられていることを利用し、更にその噂をひろげ、私をいじめるよう仕向けたのでしょう?」
「あら、知ってたの。そうよ、私が貴女をいじめるよう仕向けたの。クスクス...楽しかったぁ?貴女、泣いてたものね」
意地悪く笑う飯島。
しかし、反対に私の心は輝くかのようにワクワクする。
「はいです!とぉっても、楽しかったのです!」
「そうよね、辛...っては?」
「お嬢様達のいじめってあんなのだったのですね。1度部屋の前にイベリコ豚丸々一頭が置いてあった時には喜んで戴いたですよ!美味しかったです。でも、血抜き済みでありながらその血を豚にかけるなんて、何がしたかったのですかね?血抜きされたのがまだ時間がさほどたってない頃で良かったです」
「アンタもしかしてアレに触れたの!?死体よ死体!血塗れ!アンタの部屋に置いてあったのは血塗れの死体なのよ!怖がんなさいよ!」
「普通に美味しかったですよ?出所調べたら飯島さんの所だったので、安心して食べれたのです。流石、食品会社の娘さんです。...ちなみに桃ちゃんの部屋の前にあった豚さんの頭は、"ミミガー"が食べたいと悪友が持っていったです。美味しかったそうですよ?」
「アンタ...ッ」
「他にも、水をかけたと喜んでるけど実際頭上にビニール張ってあったり、落書きされる机は、既に落ちやすいよう細工済みだったりと、騙されているのに気付かない先輩方の道化具合とか面白かったです!...ちなみに、先生も親御さんももう既に此方に加担済みなので安心するです。本来ならそこに東堂さんも入る予定だったですが...途中で寝返ったですしね」
残念です、とふふふと微笑めば殺気に満ちた視線が向けられる。トサリと音がなった。どうやら、お嬢様である東堂が耐えきれずに気絶したようだ。弱っ。
「...貴女の行った行為は、既にトラは知っているです。諦めるのです」
「そんなァ!タイガァ!」
涙を流して無我夢中ですがり付く飯島をトラが振りほどく。
「ふざけんな!おまえのせいで、美海がどんな思いしたか!ふざけんなよ!おい!」
殴ろうとする彼の手を、私はそっと押し留める。
「...トラ。約束したのでここから出たあとは好きにして下さいです。ですが、清蘭では慎むです。...ここは、私の大切な人の大切な場所です」
「すいません」
歯を食い縛り、手に爪を食い込ませて必死に堪えるトラ。...それもそうだ。なにせ、大切な人が彼女に傷つけられてしまったのだから。
「...アンタだって」
「?」
「アンタだって見捨てられたクセに!あの女の為に動いたくせして、アイツらはアンタを苦しめた!あの女はアンタのことなんて何も考えちゃいない!悲劇のヒロインヅラしてるだけだわ!アイツらだってそうッ!なのに何でそのくせして捨てられたアンタがここまですんのよ!何で!ねえ!何でよ!憐れなのはアタシじゃないっ、アンタよ!そんな目で見ないでよ!どうせあなたも彼らが嫌いなんでしょう!女や男侍らして余裕ぶるあいつらが!」
狂ったように叫ぶ女に集められるのは憐れ染みた軽蔑の視線。顔をこれ以上ないくらい歪ませて、ギラギラ光る目でみる飯島。ねぇ、もうお願いだから気付いて。
「ふふふ、ふふ...」
「なに笑ってんの!」
「いえだって...おかしくって」
目元から溢れる涙をぬぐっていう。
「デス...様?」
「ふふ、大丈夫ですよ、ジュン。ふふふ...だって...この方、勘違いしていらっしゃるのですよ?ふふ。こんなにも可笑しいことはないのです」
「なにいって...ッ」
「だって...言っておくですが確かに私が今回動いたのは桃ちゃんの為でもあるです。でも...私がそれだけの為にここまでは致さないです」
「どういう...」
「身分制度」
「?」
「身分制度に生徒会絶対信仰」
「まさかッ!」
なにやら気付いた様子の飯島。ふふふと私は笑みを浮かべる。
「そうですよ?色々と可笑しいこの学園をどうにかしたかったのです。だって、ねぇ?生徒会が嫌ってるからっていじめが始まり、奨学生に自由はなく...なんて。可笑しすぎです。居心地悪いです。だから...ちょっとだけそれをどうにかするためにですよ」
「こうしてアタシみたいに炙り出す気だったの!」
「はいです。お願いしたら先生も協力してくれたですよ?本当、理解の早い 先生で助かったのです。...そうそう。ファンクラブの過激行動の牽制も有ったですね!でもそれももう片付けたですし。...と言うわけで。残りはそちらの東堂さんと飯島さんだけなのです」
そう言ってにっこり笑うさくらに、飯島は恐怖を抱く。
「...それに、桃ちゃんのことも生徒会のことも恨んでないです。むしろ桃ちゃんは大丈夫か心配なぐらいです。生徒会さん達はもとから嫌われるつもりだったですし、都合良かったです。まぁ、地味に邪魔してくるるのは苛ついたですが、報復はするですし。それに、生徒会が頑張っていることも知っているのです。今年度の生徒会が役員になってから前よりは奨学生が住みやすくなったのも知ってるですし。だから、貴女の思うように私は生徒会メンバーを恨んでないです。どーせ、隠れて見張っているだろう保護者さんにも言っとくですからね、これは」
私がそう言うと、保護者って...?とわんこが首を傾げている。...はいです。悪友も初対面ではこんな感じだった。やっぱり、そっくり...ではないけれど似ている。
「なんでそんなことできんのよ!アンタにいいことなんか一つもないわよ!」
「...あるのですよ」
「え?」
あの事を思い出して、悲しくなる。
「大切な人を受け入れたところが生徒会で、大切な人が出会った所が清蘭。そして、桃ちゃんは偽物を受け入れてくれた人。...私のやったことは全て自己満足です。守ることの出来ない私から、彼へのせめての感謝を。...心配かけていることも、知っているのです。でも、このままでは彼は私の為に自分の居場所だって簡単に棄ててしまうのです。大切な人の居場所を、私のせいで奪ってしまった彼にせめてもの償い...だからこれは自己満足です。何も私はしてあげられないですから...」
「そう...」
飯島は段々力が抜けていくのを感じた。自分達のしてきたことは、生易しいものではなかった。それでも目の前の女は、一人でそれをくぐり抜け、立ってきた。飯島はようやく悟った。自らの過ちを。
だから...
「悪かったわね」
「?」
「...悪かったっていってんの。ようやく気付いたわよ。アンタのお蔭よ。...まあでももう遅かったのだけれど。いいわ、好きにして頂戴」
嘘ではなく。本当に反省している様子の飯島。何かが吹っ切れたかのように、彼女は笑った。
「飯島さん...」
「なによ」
「貴女のことはトラに任せてあるのです。親族からも了承を得ているです」
「そう。なら、そうしなさい」
「...トラ」
「ああ、こいつは連れて行きます。たっぷりと、今までの分を返しますよ」
私はぎゅっと拳を握りしめる。
ごめんなさい、飯島先輩。...やはり私は、黙ってはおけない。
「トラ」
「なんでしょう?」
「本当は...黙っていようかと思ったのです。でも、やはりこれは言っておくのです。...飯島真理恵さんが、貴方に近付いた理由を...」
「待って!アンタなにを言おうとしているのよ!黙って!悪いのはアタシ!だから...」
必死に私の言葉を止めようとする飯島先輩。...彼女は本当は、悪い人ではないのに。とてもとても優しい人なのに。だから、私は貴女にこんなことをしてほしくなかったのに。
「飯島先輩...もう、黙っているのはよすのです。貴女が話されることを拒むだろうと思ったです。だから黙っていたのです。貴女の犯したことは、決して許されない。けれど、貴女もある意味被害者です。彼はいい加減に自分の過ちを知る頃です。自分の罪はそんなに生易しいものではないと。...加害者が何も知らないでいることを、私は許したくないです。そして、貴女が、飯島がこれ以上彼らに潰されるのは許したくないです」
ゆっくりと、なだめるようにそう言えば、ポタリポタリと飯島の瞳から涙が落ちる。彼女は地面に座り込んだ。
「どういうことなの、デス様」
ジュンが問う。
「...少しだけ、飯島さんについて話すです」
私は、彼に顔を向ける。
「これは貴方の罪。ちゃんと、聞いておくのです」
「やめてーー!」
飯島の声が、悲痛に響いた。