始動
「なんの用よ」
ギロッとこちらを見る女、飯島真理恵と東堂小百合。
「...あなた、前の貧乏人ですわよね?どうしてこちらにいるのかしら」
狂気をはらんだその視線に、私はぴくっと。怯えるかのようにして体を震わせ、肩を抱いた。
「そっ、そ、それはっ。生徒会にっ、つかまって!」
「なによ、いいわけがましい。気持ち悪いわ。...邪魔すんなよ」
ビクビクと怯える私を、さらに追い詰めるかのようにして。彼女たちは脅していく。
「で、でも」
「あなた、自分がなにしたのかお分かり?わたくしのっ、東堂の邪魔をしたんですのよ」
「アンタなんて、簡単に退学に出来んの。でしゃばらないでよ」
「私は、ただ...。なぜ、栗原さんに...桃愛さんにあんなことを...?」
カタカタ震えている私に、侮蔑の視線が投げ掛けられる。
「あの方が生徒会に近づいたからですわ」
少し落ち着いたのか。先程の狂気をおさえ、冷静になろうとしている。にっこりと笑おうとしてはいるものの、口元はひきつり、目には熱い物が今にも飛びかかりそうな程の肢体が押さえられずにいる。
「生徒会の方々に近づいたから...?じゃあ、やっぱり桃愛ちゃんの机に落書きしたり、靴に針を仕込もうとしたりしてたのは先輩たち...?」
「あんなことを言ってきたクセにまだ確信していなかったの?くすくす、そうよ。アタシ達がやったわ」
「そんなっ。東堂先輩、飯島先輩っ、もう止めて下さい!桃ちゃんに、謝って!」
「あやまって?...あなた、なにを言っているの?何故わたくしが謝る必要があるのかしら。なぜ!そうよ、なぜ!なぜわたくしが謝らねばならないのっ。バカなことをいわないでっ。悪いのは、あの子よっ!」
突然。狂ったように叫び出す東堂先輩。ギリギリという歯軋りが聞こえてきそうだ。
「まりチャン、どうかしたぁ~?」
突然、物影から紫に髪を染めた今風の男が飛び出して来た。ジャラジャラと重そうにズボンのチェーンが鳴る。その後ろから、金に髪を染めた少し強面風のがっしりした男も出てくる。明らかに怪しい雰囲気。
「タイガっ!」
金髪の方に、飯島先輩が駆け寄る。ぎゅっと抱き付いた彼女に、男は微笑んだ。
「あの子ねぇ、私の邪魔をしたのぉ。ね、タイガ。け・し・て」
こてん、と。甘えた声で物騒な事を頼んだ女に、驚きで背筋が固まってしまう。
ギロリと品定めされるような視線を向けられて、カタカタと体が震える。
「真理恵、この方達は?」
同じく驚いた顔を見せて、東堂先輩は言う。どうやら、彼らが居ることを知らされていなかったようだ。
「私のねぇ、お友だちだよぉ。ねぇ、タイガ」
ねちっこくこびりつく猫なで声が気持ち悪い。
「あれぇ?連れていくのって桃色の髪の美少女チャンじゃなかったの?」
紫が、驚いた顔をしている。
「予定変更よ、ジュン。こいつをどうにかしてよ」
「えぇー!そんなぁ。桃髪の美少女チャンに会いたかったのにぃ」
...どういう、こと?
つまり、それって...?
「あなた、栗原さんをどうするつもりでしたの!」
「うぅんとねぇ、断ったならぁ、タイガ達にお願いしてぇ、いろいろ女としてのモノぜぇんぶ奪ってぇ、口封じと退学を一気に済ませる気だったよぉ」
男に腕を絡み付けたまま、あまったるぅい、本性どこいったと言いたくなるような声で言う、飯島先輩。
卑劣なのです。うざったいですねぇ。
「真理恵!それがどういう事か分かっていますの?やり過ぎにも程がありますわ!」
...どうやら東堂先輩は思ったよりまともではあったらしい。
「アンタだってぇ、そこの貧乏人がいなかったら暴力使ってたじゃなぁい。アンタがアタシに言えるのぉ?」
「それはっ」
東堂先輩が押し黙る。どうやら、自分のやったことに今頃気付いたようだ。
...遅すぎるのですよ、東堂先輩。
手のひらを握りしめていた東堂先輩はしかし、弱々しくもキッと飯島先輩を見た。
「それでもっ。そこまではやりすぎですわっ!しっかりしてくださいな、真理恵。わたくしもあの子の事は認めておりませんけれど。わたくしの言えることではないと知っていて言いますわ。やりすぎですのよ、それは。おまけに部外者を清蘭に入れるだなんて!有り得ませんわ」
「黙んなさいよ!今更なにいってんのよ!怖じ気づきやがって!」
まぁ、確かに私でもちょっと思っちゃうですけど、都合いいって。流石に女として許せないのは確かですしねぇ。それに、飯島先輩が既にどうしようもないところまできているのも確かですし。
「...もういい」
「真理恵?」
「もういいわ。アンタなんか要んない。...タイガ、ジュン。この二人どうにかして」
「真理恵っ?どうしましたの!イヤですわ、イヤ!近付かないで!」
紫の男が、東堂先輩に近付こうとする。震える東堂先輩は、足がすくんで動けないようだ。
私の前にも、金髪の男が立つ。
「東堂小百合先輩」
一言。ただ何気なくポツリと呟いた一言が、凍っていたその場に、場違いなほど楽しげな響きを残した。その声に、響きに、絡められたかのようにして。全員の動きが止まる。
言葉も発せず頭が真っ白になった様子の東堂先輩を前にして、ふふ、と私は微笑んだ。
東堂先輩の目からは、涙が溢れ出ている。
「...桃ちゃんに謝って頂けるのですか?」
それでも尚固まり続ける先輩。...流石美人さんです。固まっていても泣いていてもさまになるですねぇ。さくらは呑気にもそう、考える。今の状況の危うさを、感じていないかのように。いつのまにか、さくらの周りには。ほのぼのとした穏やかな雰囲気が流れていた。
もう一度同じ言葉を先輩に問えば、呆けたままカクカク頷く。
自分が頷いていることに、東堂先輩は気付いているのですかね。ふふふ、とまた微笑んで、私は思う。
「その言葉に、嘘偽りはないです?」
と問えば、再びカクカクと肯定の印が帰ってくる。
「声をお出しになってくださらないです?」
と言えば、
「謝りますわ...」
と小さな声。どうも、雰囲気に呑まれ、圧倒されたようだ。でも、それでも、だ。
...了承は、頂いたのですよ?
ふふ、と微笑んだ私は、ゆっくりと東堂先輩の元へ向かった。
突然の変化に驚いたのか、幸運なことに、誰も止めようとしない。
そのまま東堂先輩に近付いた私は、東堂先輩の耳に、こそりと音を忍ばせた。
「...良かったですね、今そのお返事が出来て。もう少し遅いのでしたら、東堂家の愛人の件で、奥様に一足も二足も早いクリスマスプレゼントがお届きになっていた所なのです」
ふふ、と耳元で笑えば、
「なぜ、それを...」
と、更に体を固くさせた東堂先輩だけれど、なにかを悟ったのか。また、口をとじたみたい。
ふふふ、可愛いのです。お利口さんですぅ。
微笑のまま、私は振り向いて飯島先輩に向き直る。
「飯島真理恵先輩ですね。最後に尋ねるです。貴女は、反省する気があるですか?桃ちゃんにも、...鏑木 美海さんにも」
正面にいる飯島先輩が、目を見開く。どうやら、おどろいたみたい。でもまたすぐにそれを、険悪な表情に戻した。
「どういうことよ。アタシがなにに謝る必要があるって言うのよ」
「認めないのです?」
ふふ、と微笑めば、くしゃりと顔を歪める。
「認めるもなにも、アタシは何にも悪いことなんて、してないわよ!黙んなさいよ!」
そう言ったあと、甘えるように飯島真理恵は金髪の男にしがみいた。
「ねぇ、タイガぁ。あの子ああやって嘘ばっかりいって、アタシを陥れようとしているのよぉ。騙されちゃ駄目よぉ、ねぇえ、タイガ」
上目遣いで男を見上げる女を、男は自分の胸に抱いた。
「え...キャア!」
ドンドンと、飯島真理恵が男の胸を叩いた。しかし、彼は離れようとしない。
「痛そうなのですぅ~」
ふふ、と。まるで見せ物を楽しむ子供であるかのようにして、無邪気な声が聞こえた。勿論、言うまでもなくさくらだ。
私は、ふふふと笑いながら、ギリギリと抱き締めると言うより、締め付ける男を見やる。
「トラ」
少し拗ねたような声をだせば、彼は飯島から離れる。どうも息がしづらかったみたい。飯島は、乱した呼吸を必死に整えている。
「ジュン、そこにいる彼女を逃げ出さないよう見ていて下さいです」
と、紫の男に声をかけた。すると、
「勿論ッ!お役にたてるなら何よりです!ヒャッホイ、死神姫の君臨だー!」
と異様にテンション高めの返事が返ってきた。
「ジュン、うるさいです。静かにしているのです」
疎めるように私は言った。が、
「デス様~ぁ!」
今度は腕を広げて抱き付こうとしてきた。めんどい。
仕方なく、さっと避けて、振り向き様におでこにでこぴんを打つ。
「イタッ」
といって、なにやら物言いたげな視線を送るジュンに、柔らかく微笑めば。顔を赤くそして青白くと言う、世にも珍しい事を成し遂げていた。ある意味凄い。
でもそれにしても、ジュンのせいでシリアスぶち壊しだ。きゅるんとしたおめめのジュンはねまるで子犬。そして、彼の姿は私にある知人...いや、悪友の姿を思い起こさせた。
「リクー、遊びにいかんば?」「やーはホント、わんぱくやし」等々。悪友の言葉が頭に思い浮かび、思わず笑いそうになってしまう。
「どういう...こと...?」
っと、いっけないのです。
どうやら思考をトリップさせてたみたいで。目の前には色をなくしたような飯島。やっぱり、彼が飯島にも許さなかった呼び名を言ったからかな。ちょっと目がこあい。盤若さん。
さぁ、どうするですかね。...んー、やっぱり面倒です。はいです。
「どういうです~?こういうことです」
バーンと懐から出したモノに、金髪の男、トラは慌てる。
「ちょ、ちょっと、デス様!」
「だって説明が面倒なのです。第一私はデス様じゃあないです」
「謎の監獄姫、冰姫!」
「それも嫌です!さくらです!」
「いいなぁ、タイガ。デス様としゃべってるぅ~」
「黙りやがれなのですよ。いい加減眠らせるですよ」
「すいませ~ん」
クスクスと笑うジュン。
「そういや、録れたの?」
と思い出したように聞くジュンに、勿論と黒い物体...何度もお世話になります、録音機...を取り出し、見せる。
私の出した証を見て固まっていた飯島は、更に目を見開かせた。そしてまた同じように、さくらの背後の者は、えっ...と声をあげた。
「ジュン」
と、ほったらかしの東堂に視線をやったけれど、
「オレ逃がさないしね」
という自信タップリの笑みが返ってきて、思わず溜め息をつく。
「はぁ、まぁいいです。でもまぁ、とにかくお疲れ様なのです。トラとジュンのお蔭でいい作品が仕上がったです。ご協力に感謝するのです。ありがとうございますです」
と言えば、トラからは慌てたように、ジュンからは満面の笑みで、いえいえと返ってきた。
「そうそう。何かあったら取り立てホヤホヤのこの音声流すですから、大人しくしといた方がいいですよ?忠告です~」
軽い口調。何てことのないように言ってのけるさくらに、キラキラしいわんこの視線がくる。
...うっとおしいです。
東堂は理解したらしく、顔を青ざめさせたが。飯島はブルブルとふるえ、キッと此方を睨み付ける。
「有り得ない!こんな女が不死鳥と華の守護下にあるですって!有り得ないわ!嘘をいわないでっ」
その言葉に、トラとジュンが顔に怒りをのせる。
怒りやすいですねぇ。本当に短気です。
でも、私もです。飯島先輩のしたことに、怒っていないわけではないのですが。
「私が嘘をつくと貴女はおっしゃるのです?ふふ、面白い方。...ねぇ、貴女は楽しめる方なのですか?」
さくらの出した、澄んだ柔らかな声に。ゆったりとした、落ち着きのある口調に。
その時その場に居たものは、言い知れぬ恐怖を感じた。
...ああ、なぜこんなときなのに。彼女は楽しそうに笑っていらっしゃるの?
東堂は、その言葉を背後から聞いただけであった。が、しかし。そんな彼女にもさくらは、今まで以上の恐怖を植え付けていく。
気持ちいいと、その時のさくらは感じた。
姿、雰囲気、口調、性格、その他etc.
ここには気付く者はいない。彼女の秘密に。だからこそさくらは、相川さくらという嘘と本当の混ざった歪な自分の中に、久し振りに『冰』と呼ばれる自分自身を感じた。
...今はもう、押さえなくていい。今はもう。
さくらが自らの首もとから出したペンダントには、不死鳥と、ハイビスカスのチャームが付いていた。
それは、彼女が二人に認められていることを表す、信頼の証。
「あれよぉ、...あいつの本性だ。相川さくらという本物混じりの偽物の姿で覆い隠された、あいつの。...冰の部分だぜ」
...お仕置きが、必要ですね。
冰は今、表へ出ようとする。