捕捉
話は少し前に戻って。
「いい加減、放してくれないです?迷惑なのですが」
さくらの視線の先には、自分の手をぎゅっと恋人繋ぎで、握る...という名の捕捉をする黄々雷の姿があった。
「えぇー、オレさくらちゃんとちょっとだけお話したいだけだよー。ね?いいでしょ?...大丈夫、正直に話してくれればすぐ終わるからー」
ニコニコ笑う雷を前にして、ウィッグの裏でさくらは眉をひそめる。
嘘臭い笑いするんじゃねぇですよ、気持ち悪い。
相川さくらは苛立っていた。
それはそうだろう。なにせ、授業終了後荷物をまとめていると、さくらの意見を聞こうともせずに。いきなり彼女の鞄を持った...いや、さくらの持ち歩き用証拠品収納スペースという物質を取った彼らは、さくらの手首をグイグイ引っ張り、生徒会室に彼女を引きずり込んだのだ。
...いじめが酷くなったらどうするのですか。
遊びは楽しいですけど、目立ちたくはないのですよ。
とまぁ、一切歪みない通常運転なさくらではあったが。
「...いいから、はやく...話して。桃愛が、可哀...想」
「早めに口を割ったほうが身のためだ。これはお前の為でもある。この学園に居られなくなるぞ」
...貴方方のせいでもう既にいじめられてるっつーのです。第一私が退学になると分かってるようなことやるはずがないのです。生徒会が現段階で私を退学にすることは出来ないです。言われなくとも手は回し済みです~、だ。
「...お前、水樹を怒らせない方がいい。退学どころでは済まんぞ。早めに口を割れ」
はぁ。
壁に寄りかかって異様なブリザードを吹かせる藍沢水樹を見て、赤城武津は言う。その言葉に、少し顔を青白くさせ、こくこくと頷く、銀崎無垢。
「らちあかねぇじゃん。もォいーんじゃねぇの、今日は帰して」
ナイス!ナイスですよ、一ノ瀬陸兎。その通りです。早く返しやがれですよ、早く!
さくらは焦っていた。どうしようもなく焦っていた。それというのも、さくらにはめどがついていたからだ。栗原桃愛へと彼女たちが接触するその日のめどが。そのなかでも特に可能性の強いひにちの一つ。それが今日だった。だから早く...っ!
「駄目だな」
「武津」
「こいつを今逃がすことは出来ない。とくに、何故か焦りを見せる今日はな」
邪魔だ、と。さくらは思った。
悪意ある視線の中で、しかしさくらは前を向いていた。悪意などひと欠片も感じられないとでもいうようにして。
「~~♪~~~♪」
小さな音が、鳴った。
さくらから聞こえるそれは、着信音。そう、非常時にならす約束であった、曲の着信音。
さくらははっと息を呑んだ。
もう、無理ですかね。
さくらは覚悟を決めてまぶたを一瞬だけとじ、そしてまた開いた。普段は俯きがちの顔を上げた彼女に、生徒会は違和感を覚える。次の瞬間。
ゴッという音がして。雷のみぞおちに、白い拳が入っているのを、彼らは見た。驚いた顔を隠そうともしない彼らと、苦痛に顔を歪めさせへたりこむ雷。自然と手はさくらの手首から離れていく。
「大人しくしていれば、調子に乗りやがるのです。いい加減にしてほしいです。...そうそう、言っておくですが、着いてこようなんて考えないほうがお互いにとってよろしいのです。...分かったですか?私...これ以上のおいたは、流石にもう許さないですから」
ふふ、ふふ...と。いつものしゃべり方や雰囲気、いや。いつもの相川さくらはどこへいったと言うのか。包み込むように暖かで、だが澄みきった声。ゆったりとした、一本調子でない楽しげな暖かな声だというのに。なのにその声を向けられた彼らは、全身が粟立つのを感じた。
...どうやら数秒の間呆けていたらしく。気が付いた時には、既にさくらは部屋を出ていた。バタンとドアの閉まる音。それに気付いた彼らは、さくらを追おうとドアノブに手をかけようとした。が、しかし。突然現れた人影が、それを許さなかった。
「...リク...?」
「オレさぁ、アイツが大丈夫って言ったから今までただ傍観してたんだよなァ。...でもよぉ、もうさ、限界みたいだわ」
彼の影がゆうらり揺れる。
「リク」
咎めるような声を出す水樹。しかし、陸兎がそれに耳を傾ける事はなかった。
くいっと陸兎は握った拳の親指だけをたて、後ろに引く。
「着いてこい。拒否なんかは受け付けねェぜ」
有無を言わさぬハッキリとした口調。いつもは爽やかな筈の姿が、恐ろしく感じられてしまうのは、気のせいなのか。
廊下を歩いた陸兎は、何処かへ電話を掛ける。しん...と、会話もなくただただ静かに彼らは陸兎に着いていく。時おり投げ掛けられる探るような視線を逆ににらめつけそうになりながらも陸兎は歩いた。
着いたところは、裏庭の奥の物影だった。そこには一人の女子生徒がいた。
「...、......。...っ!」
切羽詰まった様子でiPadのスクリーンを陸兎に向け、言葉を発するイヤホンをかけた女子生徒に向けて、陸兎は首をたてにふる。
これから何があろうとしているのか。なんとも言えぬ気持ちを感じて指示に従いしゃがみこんでいると、無垢は奥の方に人影があるのに気付いた。雷の肩を叩いて無言で指を指せば、そこにいたのははたして、桃愛とさくら、そして二人の女であった。そこは丁度、座り込み、後ずさる桃愛に女が近付いていくところだった。さくらは少し離れたところから桃愛たちに近づこうとしている。ただならぬ雰囲気に彼らは物影から桃愛の所へ行こうと、曲げた膝をのばそうとする。が、
「まさか、ここから出ようとしてませんよね?...リクがここに連れてきたんです。理由がある筈ですよ。だから、大人しくしていてくださいね?」
...魔王はそれを許さなかった。
渋々と腰を落とす彼らに、一人ワンセットずつのiPadとイヤホンが渡される。
スクリーンには、遠くて見えにくかった光景がハッキリと映っている。
そこでは今現在、桃愛が頬を打たれようとしていた。
「...!」
彼らはどうにかしようと腰をまた、浮かしかけた。
しかし、その手が桃愛に触れる事はなかった。
桃愛がぎゅっと目をつぶったのを見て嘲笑うその女...生徒会でも知っている女、小百合の手を、横から突然現れた影が掴んだのだ。その影、さくらは桃愛の目を閉じさせる。桃愛に対する情が有ったのかと生徒会が思った瞬間。突然淡々とし始めたかと思えば。さくらは、桃愛を追い出し始めた。親友に向けるにはあんまりにもな言葉の数々。
混乱は、大きくなった。さくらの行動が、彼らには分からなかったのだ。
...普通に見ていれば嫌われているのだと勘違いしてしまいそうなそれが相川さくらの気持ちなのか、それとも...。
彼らは胸にもやもやとしたものをかかえながらも、スクリーンに視線を注いだ。
そうして数秒後。
駆けてきた桃愛も交えて。彼らは視覚と聴覚の出来うる限りを3人の女に向ける。
裏庭には、緊迫した雰囲気が重々しくその場を支配していた。
 




