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呼び出し

「...あなた、栗原桃愛さんね」

放課後の教室で、桃愛に一つの声がかかる。

その人物のことは桃愛も知っていた。なにせ、少し前に話し掛けられていたのだから。


「ファンクラブ入りは断りましたよ?」


開口一番に桃愛はそう言った。桃愛は生徒会ファンクラブ入りをすすめられていたのだ。しかし、断った。理由はとても簡単なこと。桃愛は生徒会のファンというよりは、対等な仲間でいたかったのだ。勝手な思いかもしれないが、桃愛は生徒会を仲間として見ているがゆえに、それを断ったのだ。しかし..桃愛の目の前にいる人は、それに誘った張本人であり。そして、銀崎無垢ファンクラブの会長、東堂小百合(とうどうさゆり)先輩その人だった。だからこそ自然とその言葉が出ていたのだ。


「違いますわ。その事ではありませんの」

にっこりとにこやかな先輩を前に、桃愛は不思議そうに首を傾げた。

「少し...お話ししたい事がありますの。よろしいかしら?」

柔らかく微笑む先輩に、こくりとひとつ頷いた。



ドンッ!

「きゃっ」


着いたところは、裏庭であった。校舎や木が物影になっており、 あまり人の来ないところ。

そこについた途端、背中が強く押されたかと思えば、次の瞬間には地面に座り込んでいた。


「せん...ぱい?」

おどろいた桃愛が小百合(さゆり)を見つめれば、裏の方から一人の女がやって来る。茶色い髪の女。桃愛の前の二人の女は、怪しい雰囲気をもっていた。

ここまでくれば、さすがの鈍感天然ヒロインとはいえ危ないということぐらいは分かる。


「あ、あの...?」

おびえたように桃愛が話し掛ければ、二人の女が嘲笑(あざわら)う。

「これは、どういう...」

「あっきれたぁ。アンタ、まだ分かんないの?この状況見て分かんないの?バッカじゃないの?これだからお子ちゃま気取って守ってもらえるアンタはいいわね」

茶色い方の女は目をギラギラと光らせて、睨むようにしてわらった。

こわい。

その目が、桃愛に春人のことを思い出させた。

「えっと、あの...」

「もういいでしょう、真理恵(まりえ)さん。わたくし、疲れてしまいましたわ。栗原さん、まだ知らないふりを続けようというのですね。...いいでしょう。分かりましたわ」


同じく目をギラギラとさせた小百合が、桃愛に近付く。それに恐怖を感じた桃愛は、座ったまま後ろの方に体を引きずらせていく。


「どうして、あなたなんですの?」

「どうしてって...」

「しらばっくれるのはよしてよ。アンタが生徒会に色目使ってんのは知ってんの。生徒会はねぇ、みんなのものなのよ。でもそれにまとわりつくアンタはとぉっても、目障りなの」

段々と近付く二人。後ろへ後ろへ...カタカタと小刻みに震えながらも、桃愛は逃げようとする。

「い、色目なんて使ってません!わ、私はただ皆とただお喋りしていただけですっ」

「...ただ、ただお喋りですか。無垢様とお話なんて、それがどういう事なのか分かっていておっしゃっているの?...わたくしは、わたくしはッ!いくらッ!いくら喋りかけようとッ!返事さえしてもらえないというのにっ」


コツッと背中にごつごつしたものがあたって。桃愛は裏庭の木に追いつめられていた。


ガンッ


茶髪の女が、木を蹴った。ビクンッと桃愛の肩がはねる。


「調子のんないでよ。...いい加減、離れなさいよ。彼らはねぇ、アンタなんかが近付いていい相手じゃないの。分かってるよねェ?」


こわい。

桃愛は顔を青ざめさせた。

勝った、と思った二人はほくそ笑んだ。

が、しかし。桃愛はふるふると首を振った。弱々しくも、ちゃんと左右に首を動かした。


「私は、み、皆と一緒にいたいからっ。イヤ、です。離れるのは嫌です」

震えながらも目を反らさないよう頑張る彼女に、苛立ちをふくらませる小百合と女。

「いい加減にッ!しなさ...キャッ」

カッとした小百合が右手を桃愛の頬へ降り下ろそうとした。ぎゅっと桃愛は目を(つぶ)り、それが落ちてくるのを待つ。

が、しかし。

頬への痛みはなく、パシッという小さな音が聞こえただけであった。

怪訝に思った桃愛がまぶたを開こうとすると、そっとそれを誰かの手で抑えられる。

「あなたッ!」

「...桃ちゃん」

柔らかな声が桃愛の頭上からおりる。

いつもはボソボソとしていて聞こえずらく、どことなく掠れたように耳に届く筈のその声は、今はしっかりとした音となって桃愛の耳に届いた。

「さ...く、ちゃ...?」

ポツリと桃愛が呟けば、はぁ、と小さな溜め息が一つ返ってきた。

「こんなところでなにやってるのです?貴女が居ないお蔭でこちらが書類整理役員共に捕まってたのですよ。本当にうざったいったらありゃしないのです。...それで?いつまで(ほう)けてるつもりなのです?とっとと去りやがれですよ」

「さく...ちゃん..?」

感情を全くうつし出さない一本調子の声。いつもそうである筈なのに、桃愛にはそれが。いつもより冷たく感じられた。

「...聞こえなかったのです?早く書類整理役員共の巣窟へ去って欲しいのですが。...退いて貰えないです?」

最後の一文。その言葉を、音を聞いて。桃愛は駆け出した。にこっと今すぐにでも笑いだしそうな陽気な声だったというのに。一本調子でなかったというのに。最後の一言に込められた楽しげな声色に、美しい美声に。堪えられなくなった桃愛は、走り出した。

...涙が溢れ出る。元は親友であった筈の彼女を前にして。桃愛は逃げ出すことしか出来なかった。


その時だ。物影から、にゅっと手が突き出て、桃愛をそこへ引っ張り込んだ。

「き...」

思わず小さな悲鳴をあげそうになると、慌てて口元が抑えられる。

涙のにじんだ目で桃愛が腕を伝い視線をうつせば、そこには。耳にイヤホンを付けた無垢がいた。桃愛が落ち着いたのを見て、無垢が手を放す。

「リクが見とけってさー」

左側から声が聞こえ、視線を横にずらせばそこには生徒会の皆ともう一人、女が揃っていた。

鳴丘(なるおか) 琳李(りんり)だよ。桃愛ちゃんでしょ、よろしくね」

怪訝そうな顔の桃愛に琳李(りんり)は言う。

「説明...は、兎に角後。生徒会の皆様も、後程説明します。だから、ひとまずこれを見て」

差し出されたのは、iPadとイヤホン。見れば全員それを一つずつ手に持ち、耳にかけていた。

琳李の真剣な様子にのまれるかのように、桃愛はスクリーンを見た。それは、さっきの光景だった。イヤホンを耳にかければ、声が流れてくる。


はじめは周りの雰囲気に戸惑いを見せる桃愛だったが。やがて彼女も真剣な様子で、食い込むようにして画面を見つめているのだった。


すべて見終わった桃愛の頬には、たえることなく涙が流れ続けていた。

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