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私は黒です。

バシャッ


とある女子トイレの一室に泥水がかかる。キャハハハ、という笑い声がして。段々とその声の持ち主達は遠ざかって行った。


その中にいた少女は肩を抱き唇を噛み締め、涙をこらえる。そうして彼女はうずくまった。...という訳はなく。いや、確かに合っているのだが。これでは伝えたいことは1%も伝わらないであろう。

...順番を変えてもう一度言おう。

思わず漏れそうになる笑い声を堪えるため唇を噛み締め。

笑い上戸なのかなんなのか。笑い泣きからでる涙をこらえ。

笑いだしそうで笑えないギリギリの瀬戸際からかプルプルと震える肩を抱き。

「う、くっ、ぷふぁっ、ふふふふ、ふふ...」

笑いすぎて痛くなったお腹を押さえたのである。

「テンプレ!ふふ、ふふっ...本当にあるのですね。ふふ、けほけほっ、ぷふっ」

...彼女は決して狂っている訳ではない。

「楽しいですぅ」

...多分。



私は頭上を見上げる。

そこには、隅から隅まで張られたビニールにたまった泥水。その下にいる彼女はもちろん濡れるはずもない。

念のために置いといて正解なのです。いちいちバレないように怪しいところには必ず危機回避グッズを置いてあるですからね~。

上機嫌で私は上のビニールを片付ける。

そして、一番目の個室から出て、丁度そこが見える辺りにセットしてあったスイッチ式監視カメラを回収する。

弱点みっけ(はぁと)~♪

ホクホク顔の私の内心を推し測れる人がいたならば。その人はきっとたじたじになるだろうと、他人事のように私は思う。



そして、隈メイクを落として鞄の中からペコペコボトルの天然水を取り出す。ザバリとそれを思いっきり顔や制服にぶっかける。


机にラクガキ、靴箱にゴミ、トイレにはドロミズ。ここ何日かのテンプレいじめフラグ...私の高校生活、図太く雑草魂で生き延びております。

寮の部屋にたまった証拠品を思うとほくそ笑みたくなってくる。


性格悪い?ふふ、だから?

ぴーちくぱーちくさえずる小鳥さんたち。

そろそろもう飽きちゃったのです。 ふふふ、と笑って。今日もまた思う。

やっぱり私は黒いのです。


そして、私は鏡を見た。

「岩岡先生...」

口から紡がれる今にも泣きそうな声。

「次のターゲットは...貴方です」

彼女の向かう先に。次なる獲物は安穏と過ごしていた。



★。゜.。゜.



2年1組担任の岩岡(いわおか) (まこと)

彼が生徒が呼び出しに来たと聞けば、そこにいたのは見知らぬ女子生徒であった。

ずぶ濡れのその生徒を見て、岩岡は唖然とする。

「岩岡先生...」

今にも泣きそうな声。消えてしまいそうでとてもはかない美声。

岩岡はハッとし、ひとまず彼女を奥の個室へ入れた。

タオルを差し出せば、その手に驚いたように体を震わせる。

「なにがあった?」

岩岡が問えば、

「なんでもないです」

というか細い返事が返ってくる。

「なんでもない訳はないだろう」

「なんでもないんです。ただ...そ、そう。トイ...水道で間違って、かけられ...濡らし、そう。濡らしちゃったんです。だから、ちょっと具合がわるいので、そ、早退してもいいかを聞きに...」

明らかに嘘だと分かる。彼女はどうも嘘がつけないようだ。

「それで?本当は?...いじめとか...」

「ほっといて下さい!本当になんでもないんです!」

岩岡は驚く。いかにも大人しげな少女が突然叫んだからである。

あ、と言うと、すみません。と彼女は呟いた。

「いや、オレも悪かった。話ずらいのか?オレでよければ力になるぞ」

岩岡が手を伸ばして頭を撫でようとすれば、パシリと音がして。思いっきり手がはたかれた。

思わず固まってしまえば、

「先生だって、私のこと忘れていたくせに!」

と叫んで、彼女は走って出て行った。

岩岡はしばらくぼんやりとしていたが、コーヒーでも飲もうと立ち上がった。そして、コーヒーを取りに行こうとしたとき。ふと自分の机の上の名簿が気にかかった。彼のクラス名簿には始めのページにフリガナのふられた名前と顔写真が貼ってある。

まさかな、と思いつつ開けば。...とある一点をみて、彼はとてつもない罪悪感に襲われた。

ボサボサのひろがった髪の生徒。"相川さくら"。

清蘭(ここ)は一般の生徒にはとても厳しいところだ。いじめがあるとして。告げ口や岩岡が庇った所で逆に首を絞めかねない。だが彼は担任であるにも関わらずに。生徒の存在を忘れていたのだ。おまけに聞けば、幼い頃事故に遭い顔に傷と体に害があるそうではないか。あまりの申し訳なさに、自分に対する苛立ちに。誇りをもってこの仕事を続けてきた彼は漠然とした。彼女を守るために、出来る限りのことをしようと山内は決めた。


次の日。こっそり相川を呼び出した岩岡は、さめざめと泣く彼女の要望に応えた。...否、応えてしまった。

「授業を休む事が多くなるかもしれない」という彼女に、「生徒会に嫌われた」という彼女に、「分かった」と。彼は応えた。

...そうして少しずつ。布石がうたれてゆく。



★。゜.。゜.


「さくらちゃんが外泊許可を取ったみたいだよー」

雷が軽い口調で言う。しかしその目は笑っていない。

「それは、本当ですか!」

ガタッと音がたちそうな程勢いよく立ち上がった水樹に皆が驚く。

「ほんとーだよー」

「...追って、は?」

無垢が聞く。

「付けたけど見失っちゃったらしいよー」

その言葉にチッと武津が舌を打つ。

「でも...千酷(せんこく)の倉庫付近で見失ったらしいよ。二日前にも外出許可をとってるし、あやしいよー」

「そんな...」

雷の言葉に桃愛が顔を俯かせる。


千酷(せんこく)。桃愛に対して不振な動きのある者の内一人。黄々雷ファンクラブ会員、飯島(いいじま) 真理恵(まりえ)の(ものすごくオブラードに包めば)男友達がヘッドをやっている暴走族の名。その世界では結構大きな組である。飯島とさくらが接触したことは確認済。...考えられることはただひとつであった。


「リクの所へ行って来ます」

水樹が生徒会室を出ていく。その顔は完全に怒りの形相といった感じであり。近付けば飲み込まれそうな程の黒いモノが周りにあったのは、錯覚なのか。

終わったと。残された彼らは思った。とくに男3人は初等部の途中から水樹と交流があった。その為彼の性格を桃愛よりは理解していた。

藍家は昔から賢い者が多い。水樹の母藍沢(あいさわ) 雪音(ゆきね)はその中でも特に賢く才のある者であり。とても美しい女性だったそうだ。女帝と呼ばれ、彼女を知るものに彼女の名を聞かせれば、青くなり塞ぎこむ者。または頬を赤く染め瞳を潤わせる者。どちらかの反応が帰るであろうと言われた女性。清蘭出身で在学中は"雪の女王"と呼ばれたそうだ。結婚を反対され、駆け落ち同然で家を出て、水樹を生み何年か後に亡くなった。元々病弱であった雪音の兄、雪成(ゆきなり)は跡取りを残せず、雪音の死後に水樹を引き取り藍の血を直系のままとした。実際には現在藍家の殆どを取り仕切るのは水樹であり、彼は業界でも高校生とは思えないほどの権限を持つ。

そんな彼は内に入れたものに害なす者に容赦はしない。


栗原桃愛はそんな彼の好く少女だ。

生徒会で誰を敵にまわしたくないかと聞かれれば。よっぽどの盲目者でない限り水樹だと答えられるであろう。実際女帝と似ているらしい彼の顔を見て男女問わず何人の人が顔色を変えた事か。


そんな彼を敵にまわしたのだ。そう思われても可笑しくはない。


彼らは失望しつつ、さくらを哀れに思った。


...あの時(さくらが机の前にいたとき)を除けば、未だ、桃愛に害はない。


彼らはそれを現場を見られた為だと言った。


後は最終的な証拠さえ揃えれば。...その場合彼女の処罰は退学だけで済むであろうか。水樹がいるかぎり。彼女が手を出したのが生徒会の男には劣るものの格高い家柄の栗原である限り。それはあり得ないのかもしれない。

面白いと思ったぶん。期待したぶん。彼らは裏切られた気持ちでいるのだ。


...生徒会が崩れ始めていることに、果たして気付いているのだろうか。今現在。彼らの一番の敵は相川さくらでないことに気付いているのだろうか。彼らは今見失っている。相川さくらよりも彼らに悪意を向ける存在を。


ある日。

一人が尋ねたらしい。

お前は黒なのか、と。

彼女は答えた。

黒ですよ。真っ黒です。やられた貴方たちが一番それを知ってるのではないのです?

彼は、彼女の言葉をどう受け止めたのか。


バシャリという水の音。

汚れた靴箱。

壊された私物。

...相川さくらの朝は早い。とても、とても。

担任からの最近の妙な違和感の報告もない。

...なぜか。なぜなのか。

生徒会は気付かない。

...どうして?知ろうともせずにいて。


だから、そう。だからこそ。

今この学園には、守ろうとする者と壊そうとする者がいる。


めかくし、めかくし。

もうそのときはせまってる。

めかくし、めかくし。

きづかない。


ねぇ、君達は。

彼女をなんだと思っているのかな?

ただの女の子は録音機なんて持ち運ばない。

ただの女の子はそもそもそれさえ持つことはない。


かぁわいそぉ。アッハハハ。ほんとにほんとにかわいそぉ。だれが?きまってるよ。...ねぇ、もも。おろかなもも。なぐられてぼくはわかったよ。あいつのたいせつなひと。ぼくがかなしませたとかれがいきどおったひと。さいごにちらりとみえたんだ。きになってぼくはしらべてみた。

かれのせなかのたとぅーってね、かれのいえのしんらいのあかしなんだって。しるひとぞしるものらしいんだ。もも、ぼくさいきんになってねあたらしくうつくしいとおもえるこができたんだ。

もちろんきみもだいすきだよ。でもね、おろかでじひぶかくあわれなかのじょはとてもとてもうつくしい。

あのがくえんももうおわりかな。

ないぶほうかいっていちばんやられるともろいよね。

...ねぇ、もも。ぼくはいったよ?

これをみてきみらがともだちだとはおもえないって。

ももにぼくはいったんだ。

ほんとうにきみらはかわいいね。

アハハ...アハッ、アハッ


あーあ。やっぱりももはおもしろい。




★。゜.。゜.


ピーンポーン

古びた木造マンションの一室。

「はい」

奥からは子供の泣き声が聞こえる。

「...鏑木(かぶらぎ) 美海(みか)さんですね?」

玄関にいる女性は眉をひそめる。

「そうですけど...」

いぶかしがる彼女。

その前に立つのは黒いフードを被った少女。

「...近藤(こんどう) 泰賀(たいが)さんに会いたいと思いませんか?」

目の前の彼女は僅かに目を見開かせる。

「貴女は...?」

少女はふふ、と。フードの奥で笑った。

「おいたをしすぎた飯島真理恵(いいじままりえ)さんを少しこらしめてあげたいんです。そして...偽りだらけの彼女の嘘を暴きにきました」

「...どう言うこと?」

鏑木は困惑しか抱けない。

それでも。こみあげるのはいとおしい彼への思い。

鏑木は少女を中に入れる。

「さて、お話するのです」


数日後。


千酷の倉庫に、影がおちた。




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