歪んでゆく
色々ありまして。6月になりました。あのテスト時のわずかな接触を除いて、生徒会役員とは全く喋ってもいない。やっぱり、あんなキラキラ御曹司どもがいると、いつもより倍疲れる。はぁ、と溜め息を吐くのも日課になっている気がするのは気のせいだと思いたいのだけれど。
なにせ、廊下を歩けば大混雑。女子生徒一人に喋り掛けるだけでその子はファンクラブに目をつけられ。呆れを通り越してドン引きです。あぁ、あのうっとおしさといったら。最近ではキャーキャー声の合戦まで始まっているようで。煩わしい。
ちなみに、クラスではだが見事担任含めほぼ全員に忘れられている気がする。というのも。レクやらなんやらでチームや班を決めるときに、私の名前が入っていた事が一度もないからだ。普通ならここで寂しかったりするんだけれど。なんていうか私は。今世ではとても図太いようで。どちらかといえば面白がってるに近いかな。それに、例の幼い頃の事故のせいで体が-―って事で、体育の授業では見学だしね。どっちにせよレクでは参加出来ないのだし。
おまけに最近では気配を消しても勘で見破る桃ちゃんのお陰か益々存在感のなさに磨きがかっているようで。桃ちゃんでさえも時々見失うようになってきた。
はいです。自分でも分かるですよ。段々と貞子化が真剣に始まっていることなんて。
実際一度化粧室に入ったときなんて。女子二人組が隣で喋っていたのですが、一人が鏡の隅に写る私に気付いたのでしょう。いきなりガタガタ震えだしキャーッ!と悲鳴をあげると全速力で廊下を走って行った事があったですね。流石にアレは私でもちょっと傷付いたのです。
というか鏡に写っただけで逃げられたなんて普通は傷付くですよね?はいです、そこ。テメーはフツーじゃねぇ、なんて言わない。確かに普通以下だけど。
うん。まぁ、そんなこんなで今は一応空気に溶け込む貞子やってます。一応生徒会もそれなりに桃ちゃんに対応はしてあるみたいだし、なぁんて。
...ねぇ、書類整理役員さん達。安心してはいないですよね?
私は確かに彼女の事を親友だと思ってはいるのですけれど。いえ、思いたいのですけれど。私たちはそんな綺麗なものではないのです。だからあまり、油断はしない方がいいのです。...案外身近な所に居る事が多いのですよ、犯人さんって。
★。゜.。゜.
「桃愛ちゃん、最近元気ないね―。どうしたの?」
雷の前には少し青白い顔をした、いつもの元気が感じられない桃愛がいた。
「センパイ...」
声までもがしぼんでいるように感じて、周りが更に心配になる程だ。
「...悩みでも...あるなら、聞く。...一人で...抱え込んじゃ...ダメ」
眉尻をきゅうっと下げて無垢も心配そうに言う。
周りからの労るような視線に、桃愛は胸がぽかぽかと温かくなるのを感じた。...私は一人じゃないんだ。彼女はこの場の心地よさを感じた。そして、口を開く。
「ありがとうこざいます、みんな。...実は、さくちゃん...私の親友が最近私から逃げてるみたいで。ケンカもしてないし、仲も良かったのに。しばらく前から段々と距離をとっていって。休み時間も逃げるし。終いには目も合わせてくれないんです!グスッ。さくちゃんとおしゃべりしたいのにぃ。グスッ、グスッ、ずびっ、ふあああん」
ついには泣き出してしまう桃愛の前にさりげなくティッシュを置く陸兔。
「ずずーっ。ありがとうございますぅ。ふわぁぁん。さくちゃぁんっ」
「...けんかもしていないなら一体なぜだ?」
実際武津らは困惑していた。あの取引の時の彼女が、桃愛を大事にしているのだと思わせたからだ。
「良かったんじゃないでしょうか?貴女は栗原なのですし。他のお友達でもつくられては?」
明らかにさくらに対する冷たい物言い。
「水樹、言いすぎだよ」
雷が疎めるも、しらっとした顔をしている。
「さくらちゃん、私の事キライになっちゃったのかなあ。グスッ」
目を腫らして言う桃愛。彼女にとって、さくらは大切な親友で、その子に避けられるというのはとても辛いのだ。
「気のせい、ってことは?」
陸兔がそう訪ねると、ふるふると首を横に振る。
「時々ぎゅってしたのが、だめだったのかなぁ。さくちゃん嫌がってたみたいだったし。でもさくちゃん抱き心地いいんだもん」
......ナニヤッテンダ。
男どもの総意見であった。
「まぁ、それは何か理由があってかも知れませんしね。無理になら近づかない方が無難でしょう。それよりも。本当にそれだけなのでしょうか?」
「...どういう、こと?」
キッパリと言った水樹に無垢が訪ねる。
「何か他にあるんじゃね?っつーコト。なぁ、ミズ兄」
水樹と陸兔が視線をあわせる。たった一瞬。それだけで意図は通じた。
「なんでわかったんですか?」
困惑したような表情で言う桃愛。
「というと、他にも原因があるのだな?」
眉値を寄せ、訪ねる武津。ぴくり、と桃愛は体を震わせると、鞄から一枚の手紙を取り出した。
「これ...」
そうっと机に置かれたそれを、武津の目線で雷が開く。
真っ黒な紙に、赤い文字で書かれたそれ。
《愛しいぼくのもも。もうすぐ迎えにいくよ》
「薄気味悪いな」
雷の読み上げた文字に、武津が言う。苦いものを飲んだかのような表情。
「気持ち悪いですね」
はき捨てるように水樹は言う。
「この他にも、ひぐっ、《あのおとこどもはなに?》とか、《きみはぼくのものなのに》って。いつも、いつも届くんです。グスッ、今までのはぜんぶひらがなだったのに、二日前に届いたそれだけは漢字で。おまけにそれからなにも届けられなくなって。グスグスッ」
「いつからなんだよ」
なき続ける桃愛の頭を落ち着かせるようにポンポンと叩き、陸兔が言う。
「ちょうど...さくらちゃんが避けるようになった時から...」
ずずずーっと鼻を咬んで言う。すると、その言葉にそうですか、という冷えた声色がかかる。
「ミズ兄...」
「なんでしょうか、リク」
じっと陸兔は水樹を見る。
「それにしても薄情なのですね。親友がこんな目に合っているというのに。事故保身でしょうか。ああ、まあ確かに桃愛さんに近付くことで何かあるかも知れないですしね。でもだからといって切り捨てるなんて、ねぇ?」
「あっ」
冷ややかなその言葉の中にあった可能性。親友への被害。すうっと頭が冷えるのを、桃愛は感じた。
「さくちゃんっ」
「待て」
さほど大きくもない武津の言葉に、ピタリと止まった桃愛は浮かせかけた腰から力を抜く。
「水樹、お前は言いすぎだ。相川さくらのなにがそうまで嫌わせるのかは知らんが、頭を冷やせ。そして、桃愛。今一番危険なのはお前だ。契約以前にお前も仲間だ。俺達が保護する。...四六時中ついているわけにもいかないのだが。それでも出来る限りのことはしよう。反対はあるか?」
堂々としたその彼の風貌に、人々は惹かれるというのか。面白い。ニヤリ、と。陸兔は唇を歪ませた。
「もちろんないね」
「...賛成」
「協力するぜ?」
「桃愛さんの保護など無論異議はありませんね」
「...みんなっ」
彼らのその言葉に、彼女の涙腺は崩壊した。ボロボロ泣き崩れる桃愛を優しい目で見守る生徒会一同。
...それから数日して。
口に押し当てられた布の感触を最後に。
何者かに彼女は、連れ去られた。
★。゜.。゜.
放課後の教室。
ちらほらと残り数名だけの生徒が帰り支度をしている。
「あの、です。そこの方。お話があるのです。少し来て貰えないですか?」
「ぼく?」
「はいです。すぐに終わるのですよ?」
「いいよ。きみ、もものおともだちだよね?いこう、ぼくもはなしがある」
にこり、口のはしを歪めて。彼は笑った。