生徒会役員 庶務
ざわざわと騒ぐ生徒達。
体育館中でこそこそと出される音が、重なり合うこともなく、出されては消え出されては消えと不安定にゆれる。
緊急で開かれた集会に戸惑いを隠せないようでまた、滅多にない生徒会による緊急収集という事実が余計に彼らを落ち着かなくさせていた。
しかし彼ら生徒会が舞台に現れると、そのざわめきも少しずつ静まってゆく。
「急に入った集会にも関わらず、集まってくれたことに感謝を述べる。今回集まって貰ったのは、生徒会に入る新メンバーを紹介するためだ」
マイクを手に取り、語り出した赤会長の言葉に、あちらこちらから安堵の息が吐かれる。
たしかに、桃ちゃんや銀くんはまだ正式に表には出てはいないのですけど...。
本当にそれだけなのです?といぶかしがる私。壇上に立つ、皆が見惚れんばかりの笑みを浮かべた会長様のあの笑いに、どこか面白がる節が見られたような気がしたためである。
あやしい。簡潔に言えばこれが、私が抱いた思いであった。
「では、紹介しよう。一年、銀崎無垢。副会長。同じく一年、栗原桃愛。書記。そして...」
そこで一旦言葉をきると、舞台袖から一人の生徒が出てくる。
...どうしてここにいるのですか?
彼の姿を認めた瞬間に、私の瞳孔は大きく見開かれた。
柔らかな色の天然色な茶髪にこげ茶色の瞳。親しみやすい雰囲気と、草原に吹きわたる夏風のように爽やかな顔立ちに好感度を抱く人当たりのいい笑顔のイケメン。...隠しキャラのうちの一人。彼の名前は...
「少し前に急な事情で高得点で編入テストに合格し、閠學生徒会より転入してきた一年の一ノ瀬 陸兔だ。庶務につく。その他は始めに挨拶したとおり、左から会計の黄々雷に副会長の藍沢水樹。そして俺が会長の赤城武津だ。今年度生徒会は以上の6名で行う。どうぞよろしく頼もう。以上で集会は終わりだ」
すでに壇上より去った彼のその言葉は、生徒らに決して浅くない衝撃を与えていった。
まず一に、新メンバーが無垢と桃愛だけでないこと。
次に、転入してきたということは、入試よりも断然難しくなる清蘭でも上位者用レベルの試験を解いたということ。この時点ですでに、彼の成績が清蘭上位50位を上回るであろうことが分かる。おまけに。それを楽々と解いたというのだから、計り知れない。
そして最後に。清蘭のライバル校でありながら合同行事を組み合う程仲の良好なこれまた金持ち校、閠學学園の生徒会から転入してきたこと。
彼らが驚くのにも無理はなかった。
だがしかし。私が驚いているのはそこではなかった。
なぜ、彼が生徒会に?...隠しキャラである一ノ瀬は、生徒会に入ってなどいなかったというのに。
...そう。私の愛する前・妹は、そのようなことを一言もほのめかしたことはなかったのだ。
どういうこと...?
心の中で自身に問うても、答えが帰ってくるはずもない。
そのとき。この場に少しまざった不穏な空気。
私は眉を少ししかめて、彼女らの顔を一通りチェックしておくのだった。
余談だが。
この日一日で、転入一週間目にして出来ていた一ノ瀬陸兔ファンクラブの会員は、相当数増えたという。
★。゜.。゜.
「おはよう、さくちゃん」
「おはようなのですよ、桃ちゃん」
あの朝の緊急集会を終えてやっと桃ちゃんは教室へ入った。が、その様子がまた女子の何かに触れたのだろう。キャーっ!という声があちらこちらから聞こえてきた。まぁ、私自身もふわぁ、といった感じだったことだし。
というのも、桃ちゃんと、あの注目の転校生、一ノ瀬陸兔が仲良さげに連れだって入ってきたのである。茶髪爽やかイケメンと桃髪ふわロリ美少女の組み合せは実際、とても美しく、思わず感嘆の声がもれてしまうほどだった。
まぁ、大抵の女子...いや、桃ちゃんを抜くと全員?からは、絶叫に近い声であったが。まあ、それもあの転校生くんが生徒会に匹敵するほどの美形でありながらもにこやかで爽やか。また、会話が上手く、すぐに馴染み親しくなれたところからきたのだろうが。とにかく、転校生くんは人気だった。入学早々ファンクラブが出来た程度には。まあそれも今回の生徒会入りでさらに増えるのだろうけど。
だがしかし、彼には問題もある。
それは、家柄。閠學に通っていたならば...とは、思うものの、いかんせん彼の顔は情報の速い社交界誰も見たことがないようだ。そう言えば。確か同じ時期にイケメンが3組の方へ転入してきたと聞いたような。もしかしたら何か関係があるのかな、と私は思う。
「さくらちゃんっ」
桃ちゃんがこちらに跳ねてくる。
「桃ちゃん!吃驚したですよ。まさか、もう一人生徒会役員がいたなんて」
「だよね。私も直前になってから知らされたの」
本当におどろいたのか、ころころと表情を変える桃ちゃん。
「そうなのです?それにしても凄いのですね。あの転入試験を簡単に合格したなんて、本当に人間なのです?」
「くすくす。桃ちゃんって面白~い。陸兔君もちゃぁんと人間だよ」
「「「「「りくとくん!?」」」」」
教室中の声が重なる。
うるさいです。
こんなときにこう思ってしまう私はやっぱりどこか違っているのかな、と思う。
「う、うん。あのね、親交を深めるために名前呼びをって生徒会で決まったの。私と陸兔君だけ名字呼びだと可笑しいからって」
はにかみながら答える桃ちゃん。可愛いですぅ。
「そうなのですか。そういえば、藍沢様が反対しなかったのですか?藍沢様なら、基準は厳しそうなのですよ」
私がそう聞くと、
「ああ、俺水樹の...なんつーの、昔からの友達みたいなもんだから大丈夫なんだよな」
「「「「「え?」」」」」
あっけらかんと言い放つ転校生くんに声が集まるのも仕方ない。なんせ、クールな魔王藍沢様に昔から友達が居ました、だ。驚かない筈もない。
「え!そうなのですか?知らなかったです」
「え~っと、君は桃愛ちゃんのお友だちさんだよね?」
「はいです」
「そう。んじゃあまあ、彼女借りちゃうことあるけどいいかな?」
「...どうぞです」
「そっか。ま、よろしくね」
転校生くん?貴方の笑顔のせいで、私に集まる視線が物凄く痛く感じられるのですが、気のせいではないですよね?
ついつい恨みがましく思うのは仕方ないと思う。
ああ、でもです。ほら。
不穏な空気をまた少し感じるのですよ。
目の前の彼もきっと、それを感じ取ってはいるのだろう。それでも表情は変えない。それでも何だか目の奥に笑っているような光を。少しばかり獰猛な光を宿しているのに気付いてしまう。
...彼は私が気付いていると言うことを気付いているのでしょうか?いえ、多分気付かないです。顔の見えない私の表情は観察出来ないのです。
やはり彼は気付かなかったようで。近くの男子生徒と喋り始める。
その時。
鐘の鳴る音とともに、教師が入ってくる。
ふぅ、と途端に息を吐く。
何だかあの人の目は怒っているようで、それがとても怖かった為だ。
それにしても。
またしても、私は思う。
どうして隠しキャラである筈の彼が生徒会に入っているのだろうか。
...この疑問はやはり、いつまでたっても消えることはなかった。




