取引
「地味 貞子です」
「え?」
「間違えました、相川さくらです。と言ってもどうせ貴方がたのことですから調べているのでしょう?」
「ほう、ただの頭の悪い馬鹿ではないようだな」
「後輩に尻拭いをさせ、自分のテリトリーに入らせてから動く人が何をおっしゃっているのです?申し訳ないですが意味が分からないのですよ」
「くくっ、口も達者なようだな。それで?お前は何者だ?」
「先程から申し上げていますとおり、相川さくらなのですよ。それ以上もそれ以下も私にはないのです」
「それならばあの食事の不自然さはなんだ?」
はぁ。勘がよさ過ぎるのも問題なのですよ。確かに食べ方は悩みましたが、フリだけならともかくムダに皿を汚したりとわざとそうすることは躊躇われたから仕方なくある程度にしといたのですけれど。
「記憶障害の気でもあるです?レストランで食事をしたことがないと申し上げたと思うのですが」
「つまり?」
「ちらちら見ていたのが気にくわなかったのであれば、私はこちらへ来ることに拒否の意を示してあった筈なのです。レストランとお家での違いがよくわからずにやってしまった行動であるだけです」
「妙に食べ方が綺麗なのは?」
「気配を消すためには、音をたてずまた、痕跡を残さず食事を行う事が必然でしょう?」
「なぜ気配を消す必要が?」
「そうでもしないといびられるのですよ。こんな外見なのですし。それよりもいつまで続くのです?この尋問は」
「ひとまず今はこれで終わろうか。なかなか面白いヤツだな」
「お褒めに預かり恐悦至極に存じるのです」
「くく、いい性格をしているな」
「あら、赤城様に言われるだなんて、そんな。貴方様に比べましたらまだまだ未熟者です」
「くくっ、それで?取引、とは?」
さっとスカートを強くはたく。
「取引というものなのでしょうかしら。単刀直入に言えば、私に近づかないでほしいのですよ」
「なぜか聞いても?」
「なぜ前と性格が代わったのかをいぶかしんでいるのですよね?それなら簡単なのですよ。私、出来るだけ静かにここを過ごしたいのです。でもですね、私は桃ちゃんが大切なのですよ。だからある程度本性を出すことにしたのです」
視線で赤会長が続きを促す。
「貴方がたのいる生徒会に桃ちゃん一人が入ること、その意味が分からないほどではないでしょう?」
「ああ」
実際、いく先々で注目の的となり、全校生徒、とくに女子生徒の異常なまでの人気を誇る彼らのファンクラブは決して温厚ではない。
「今まで波風立たずにどうにかなってきたのも、存在感のない私が皆さんの写真を無償で提供していたからなのですよ?」
「...」
「それだというのに貴方がたと言えば桃ちゃんへの注意が甘い甘い。もう最近では写真なんかで抑えられなくなってきてるのですよ。おまけに。写真提供者である私と貴方がたの繋がりがほんの小さなものでもあれば、彼女達がどう動くのか分かりかねるのです。出来るだけ正体は隠していますが、今だけでギリギリ。すでにもう不満は溜まり初めているようなのですよ」
「それで?」
「桃ちゃんを守って下さいです。私は教室内でしか動けないのです。生徒会時まではお手上げなのです。ですから、どうか桃ちゃんをお願いします」
ぺこり、と頭を下げる。
「貴女は...っ」
「藍沢様、隠し撮りに関しましては貴方達のファンへの不注意が招いた結果とでもお思い下さいです。...それに、ここまで言ったのですよ。さすがに理解出来ましたよね?」
「ああ」
「桃ちゃんのためにも、私と貴方がたに何らかの繋がりをもってはいけません。このような食事会等を含め、緊急時を抜き桃ちゃんが危険な目にあわないよう、貴方がたから私に対して接触しないで貰えますですか?」
「いいだろう」
「武津!」
「雷。栗原が危険な目にあってもいいのか?こいつと俺らが会うことで、栗原の親友であるこいつは煽りにしかならない」
「...分かったよ」
「では、この会話は皆様の胸の内におしまい下さいです。ですが、この約束は忘れませんように」
「ああ、いいだろう」
「他の皆様方は?」
「分かったよ」
「...いいよ」
「良いでしょう。もとより接触する気は毛頭ありませんでしたしね」
「では私もこの案に賛成ということで。お時間を頂き誠にありがとうございました」
このとき、武津は違和感を感じたと、後程になって語った。やけに晴々しい最後の声色。それは、彼女の次の動作にて、確証を得ることとなった。
ピッ
スカートのポケットからおもむろに取り出されたそれは、余りにも小さく耳をすまさなければ聞こえないほどの小さな電子音を放ってその小柄ななりのわりに大きな衝撃を伝えながら眼下に現れた。
「お疲れ様ですよぉ。どぉもありがとうございますです。案外簡単に行きすぎちゃって拍子抜けなのです。あ、ちなみにデータは転送済みですから、壊しても意味ないですよ?後、桃ちゃんのこと事態は事実ですから、守りやがれですよ。まさか、天下の生徒会役員様が契約違反なんておかさないはずですしね」
「さく...らちゃん?それは?」
「盗聴機です。しかもこれ、始まりは音は出ないけれど終わりは僅かな音がなる、という鬼畜仕様なブツなのです。こういう時には一番役に立つのですよ」
「なんで...そんなもの...」
「心配症な幼馴染みがくれたのです。お陰でいいボイスが録れました。ふふ、とても楽しかったですよ?皆さんとのお話し。本日はお招き頂きましてありがとうございましたです。藍先輩、ご馳走さまなのです。では、サド赤会長にチャラ黄先輩、ショタ銀くん、さようなら。楽しい一時をどうもです」
バタン
ドアが閉まった後、ふふふ、という笑い声が響く。
「...水樹」
「見事に、してやられましたねぇ。生徒会役員ともあろう者が。ふふふ。あぁ、本当に楽しい一時でしたね。良いものが見れましたし」
「水樹ィ、それないよ~。てゆーか気付いてたの?」
「後半になってから漸く意図が掴めましたね」
「...どうして...黙ってた?」
「ふふ、彼女、喧嘩を売る相手は選んでいましたよ?現に私は最後に何も言われておりませんしねぇ、サド赤にチャラ黄に、ショタ銀さん?」
「くくっ、俺らがしてやられるとはな。面白い。おまえら、絶対に栗原は守り抜け」
こくり、頷く彼らの心は複雑であった。魔王と呼ばれる彼を抜いて。
「...絶対に、目にもの見せてやろう。くくっ、久しぶりだな、こんなに楽しいのは」
「鬼ごっこ...ってところかな。オレもあの子気に入ったよ」
「...同感」
ふふ、とそれまで唇を孤にしていた者は、くつり、と何を思ったというのか。さらに唇を歪めるのだった。