第五十 ライラとシェリル
ライラ視点の一人称です。
誤字脱字の可能性大です。
一緒に行動するペアを決めた後、ボク達は作戦を開始した。
あの部屋から出た時には、既にギルドに居た冒険者にも話は通っていた様で、多くの人達が慌しく動き回っていた。そこには新人と思われる人達も手伝いをしていて、ぎこちないながらも一生懸命に動いている様は微笑ましいと思う。
「笑ってますけど、本当だったらライラちゃんもあそこに入ってたかもしれませんよ?」
苦笑気味なシェリルさん言葉にハッとなる。
そうだった。コオリと過ごした日々が濃すぎて忘れがちだけど、ボクだってまだ冒険者としては新人なんだ。……普通ならあり得ない経験しているから本当に良く忘れるけど。
過去のあれこれを思い出して難しい顔をしてたら、シェリルさんが笑いながらアドバイスをしてくれた。
「そんな難しい顔しちゃダメですよ。リラックスしてください。貴女はまだ新人なんですから、失敗しても良いんです。私がフォローします。だから、緊張しないでください」
どうやらボクは緊張していると勘違いされたらしい。
まあ、そう思われるのも仕方ないかな。
シェリルさんにとっては、ボクやコオリはまだまだひよっ子なんだろう。実力は有る新人みたいには聞いている筈だけど、シェリルさん自身はボク達が戦っている所を見た事が無い。それにボク達はお世辞にも強そうとは言えない見た目をしているから、心の何処かでは実力を疑っているんだ。
「……何かあっても、私が何とかしますから」
小さく、自分自身に言い聞かせる様に呟くシェリルさんに、何となくだけどボクはある既視感を抱いた。
「どうかしましたか?」
ボクの顔に浮かんだ表情に、彼女は微笑みながら疑問を示す。
その、何処か貼り付けた様な笑顔に、ボクは静かに呟いた。
「……うん、やっぱりそうだ……」
疑問が確信に変わる。シェリルさんは同じなんだ。
多いとは言えない程度の付き合いだけど、それでも似ていると思った。過去の自分が浮かべた画面の微笑みと、同質のモノだと悟った。
だからこそ、ボクは彼女の本心を察っする事が出来た。
ああ、そうか。不安なのは彼女の方だ、と。
「シェリルさんこそ、そんなに気負わないでください」
察したからこそ、自然とそんな言葉が漏れる。
「多くの人の命が掛かってる状況で、ボクみたいな実力が不確かな新人がパートナーなんて不安ですよね」
「え、いや、そんな事は……」
慌てて否定しようとするシェリルさん。けど、その反応が肯定している様なモノだと気付いているのだろうか。
「気遣わなくて大丈夫ですよ。ボクだったら不安になりますもん。こんな一大事に得体の知れないのとタッグ組まされたら」
「得体の知れないなんて流石に思ってませんよ!?」
「あはは。それはありがとうございます」
ちょっとだけ混ぜたからかいの言葉に見事な反応を見せるシェリルさん。
走りながらもわたわた慌てるという器用な事をやってのけた彼女は、見た目の可憐さからは想像もつかない慌てん坊で、そこはかとなく庇護欲をかきたてる。……あ、ちょっと転びそうになった。可愛い。
「まあ兎も角、ボク自身そう思ってるんですから、別に誤魔化さなくて良いですよ。というかそう思うのが当然です」
「それは……」
「不安なんですよね。本心では」
口ごもるシェリルさんに言葉を被せ、ボクは彼女の本心を暴く。
「どうやってミスをフォローしようとか、新人を守りながら戦えるのかとか、そう思ってるんでしょう?」
「……」
出会えば会話するぐらいの関係は築けているけど、それはあくまで友人として。冒険者としての関係は、上位冒険者と強いと噂の新人冒険者、それだけ。
けど、これなら別に不安になる事は無い。一応は友人として知ってる後輩と一緒に依頼を受けただけだから。
問題は依頼。これがただの依頼なら兎も角、受けたのは展開次第では幾らでも悪い方向へと転がっていく緊急依頼。下手すれば最強種である悪魔、天災級とされる魔獣を相手にする事になるのだ。
そんな依頼を新人と一緒に受けたいかと聞かれれば、答えは絶対にNO。幾らその新人(まあ、ボクなんだけど)が強いと言われていても、自分で確かめた訳じゃなければ信じる事なんて出来やしない。
「……」
沈黙が続く。シェリルさんは言いづらそうに閉口し、ボクは彼女が喋り出すのを待ち続ける。
既にスラムに差し掛かっている為、周囲は不気味な程に静かだった。耳朶を打つのはボクたちの走る足音だけだ。
お互いが無言となる中、シェリルさんが観念した様に口を開いた。
「これじゃあ、どっちが先輩か分かりませんね」
彼女が浮かべるのは苦笑。自分の弱い部分を指摘された恥じらいや、さっきから抱いていた不安などが混ざりあった、困った様な笑い顔。
「……本音を言うと、ライラちゃんの言う通り、凄く不安です。だってそうじゃないですか。私たちに、この街の住人全ての命が掛かってるんですよ?」
ぽつりぽつりと、呟く様に心の内が語られる。
「上位冒険者なんて言われてますけど、私の冒険者歴はまだ二年しかないんです。運が良かっただけで、本当だったらまだ私も新人なんですよ」
「そうだったんですか……」
意外な事実にちょっと驚いたけど、良く考えれば当たり前の事だ。
【舞姫】という二つ名を持つシェリルさんだが、彼女だってボクと歳もそう変わらない女の子だ。こんな特殊な状況なんてそうそうある訳じゃないし、大勢の命を背負って動くなんて経験は皆無でも可笑しく無い。
「これがエドムスさんやアピィさんだったら違ったのかもしれません。あの人たちの実力は知っていますし、何より経験豊富な方たちですから」
話の中にあったアピィという名も、流れからして上位冒険者の一人なのだろう。ここで挙がった事から考えると、多分【狂剣】って人。
つまり、シェリルさんは慣れてないから、今みたいな状況を経験がある人と行動したかったんだ。なのに……。
「えっと、なんかごめんなさい」
そう考えると、ボク自身に落ち度は無い筈だけど何となく申し訳ない。だって、経験者と組みたかったのに一番の新人と組む事になっちゃったんだから。
しかし、ボクの謝罪の言葉にシェリルさんは首を振る。
「謝らないでください。さっきの場で異議を唱えなかったのは私ですし、オルトさんの判断も間違ってないと思ってます」
それが最善だと判断したから、だからこそ同意したとシェリルさんは断言した。
「けど、怖いものは怖いんです」
ただ、理性で分かっていても、感情の方がついてきてないんだ。
「未熟な私の所為で、大勢の人が死ぬのが怖いです。知っている人たちが傷つくのが怖いです。……死んでしまうかもしれない事が、怖いです」
恐れから自分の身を抱く姿には、上位冒険者の貫禄は無い。目の前にいるのは、弱々しい一人の女の子。
「……」
改めて思う。ボクとシェリルさんは似た者どうしなんだ、と。
土壇場でテンパっちゃう所とか。分かり易い癖に一人で抱え込んじゃう所とか。本音と肩書きの板挟みになって、押しつぶされそうな所とか。
コオリも、ボクと出会ったばかりの頃はこんな気持ちだったのかもしれない。
危うくて、見てられなくて、放って置けない。彼女の事をなんとかしたい。
この短時間で新たに抱いたシェリルさんに対する認識の数々は、コオリがボクに抱いた印象と多分同じ。ならば、それを解消するのは難しい事じゃない筈だ。
不安の根源を取り除き、安心させれば良いのだから。
「(とは言え、どうすれば良いんだろう?)」
シェリルさんの不安は大きく分けて二つ。一つは経験の無いタイプの緊急依頼なのに、ペアを組んだ相方の実力が未知って事からくる不安。二つ目は、失敗した時のリスクの高さからくる不安。
どちらも解決法が無い訳じゃないけど、それが微妙に取り辛い手段な訳で。
(うーん……)
「……あの、ライラちゃん」
「へ?あ、はい。何ですかシェリルさん?」
どうするべきか悩んでいると、シェリルさんが声を掛けてきた。
つい間抜けな返事をしてしまったが、弁明する前にボクも察した。
「どうやら敵みたいです」
先程までの弱々しいモノとは打って変わった真剣な声音で告げられた言葉。
それに呼応するが如く、目の前に男たちが現れた。彼らの肩には鎖と黒い炎の印。間違いなく、ボクたちのターゲットである『リベオール教団』の人間だった。
「私たちの隠密を見破るとは流石だな。お荷物を抱えているとはいえ、舞姫の二つ名は伊達じゃないか」
肩を竦めながら男はシェリルさんを褒める。わざとらしい賛辞から考えるに、男たちにとっては想定内の事なのだろう。
だが、それよりもだ。
「……何故私の名前を?」
「簡単な事だ。お前たちが我らを嗅ぎまわってた様に、こちらも冒険者ギルドを探っていたのさ」
「情報は筒抜けって事ですか」
「そう言う事だ。お前たちが三手に分かれたのも分かっている」
つまり、こちらの作戦は相手にバレてるって事かな。
「我らの儀式を邪魔される訳にもいかんのでな。貴様らはここで足止めさせて貰う」
男たちの目的は時間稼ぎの様だ。どんな儀式かは知らないが、それが終了するまでボクたちをこの場に足止めするつもりらしい。
「舐められたものですね。その程度の人数で私を足止めする気ですか?」
男たちの人数は五人。感覚的には全員シェリルさんに強さで劣る。これで足止めなど、明らかにボクたちを侮っている。
だが、男はそんなまさかと嘲笑を浮かべる。
「流石に私もそこまで自惚れてないさ。勿論、人数はちゃんと揃えてある」
男がそう言って指を鳴らすと、ぞろぞろと男たちが更に現れた。
「っ、囲まれたましたね」
「この人数は何処から湧いたんだか……」
ボクたちが今居るのはそこそこの道幅のある十字路なのだが、ぞろぞろと出てきた男たちが全ての道を塞いでしまった。
ざっと見た所、敵の人数は三十前後。聞いた限りだとシェリルさんは剣を使うから、今の状況は多分キツイ。
「まあ、この人数でも舞姫を倒せるとは思いませんが、それでも足止めには十分だろう?」
「くっ……」
男の言う通り倒す事はできる。だけど、かなりの時間が掛かってしまうだろう。
「これで分かった筈だ。貴様らの負けだ」
……まあ、普通に戦えばだけど。
「あの、シェリルさん。こいつら、ボクにやらしてくれませんか?」
「えっ!?いや、流石にそれは無茶です!」
ボクの申し出に慌てるシェリルさんだけど、それは無視させて貰う。
代わりに、ボクが出来る飛び切りの笑顔で宣言する。
「そりゃ、ボクには経験も実績も無いです。だから別に安心してなんて言いません。信頼してとも言いません。……でも、強さだけは信用はしてください。こう見えてボク、天災級が相手でもそこそこ戦えるんですよ?」
折角向こうから出てきてくれたんだ。取り辛かった解決方の一つをやらせて貰おう。
「え、あの……」
引き止め様とするシェリルさん尻目に、ボクは男たちに向き直る。
「貴様、我らを倒すなどとほざいてた様に聞こえたが、それは本気で言ってるのか?」
「本気に決まってるでしょ。ボクたちはあなた達を倒して先に進む」
「ふっ。状況も分かっていない新人冒険者風情が。大人しく」
「うるさい。ボクたちは急いでるんだ。だからさっさと」
男が何かを言っていたが、ボクはそれを遮って【堕天使の黒六翼】の発動する。そして、その内の四枚だけを操って、
「ーー吹き飛べ」
囲んでいる男たちに高速で叩きつけた。
「ガッ!?」
ドォォンッ!!!
途轍もなく重い音が辺りに響く。黒翼を喰らった男たちは壁にめり込み、地面と水平に飛んでいき、余波だけで地面を転がった。
恐らく、何人かは死んだ。流石に全力で振るった訳じゃないけど、それでも普通の人間だったら良くて重症ぐらいの威力は出てる。
「え……?」
男たちが周囲から消えた事によって静かになった所で、シェリルさんの呆然とした様な声が響く。
「それじゃあ、行きましょうか」
「え、あの」
驚きで思考が停止しているシェリルさんを引っ張って、ボクはまた走り始めた。確か、ボクたちの受け持つアジトまでもう少しだった筈だ。
そして少しした所で、シェリルさんが復活した。
「あ、あの、ライラちゃん。さっきのは一体……?
「ボクのとっておきのスキルです。シェリルさんは何処まで見えました?」
「えっと、四つの黒い何かがあの人たちを吹き飛ばした所ぐらいは」
つまり、最後まで見えていたと。さっきのアレが翼だとは気づいてはないみたいだけど、それでも良く見えたと思う。自分の事を新人なんて言ってたけど、やっぱり相当な実力だ。
「アレは何なんですか?鞭みたいに見えましたけど」
「流石にそれ以上は秘密です。まあ、機会があれば教えても良いですけど」
スキルの事は話さない。冒険者の基本です。
「それで、シェリルさん」
「へ?えっと、何ですか?」
「ボクが相方じゃ不安ですか?」
「あ……」
この質問で、シェリルさんはボクの意図に気付いたみたい。
「それを証明する為に……?」
「はい」
そう。ボクがわざわざ黒翼を使ったのは先を急ぐ為でもあったけど、ボクの実力を見せる為のパーフォマンスの意味合いもあったのだ。
別に難しい事じゃない。シェリルさんはボクの実力が不確かだから不安になっていた。ならば実力を見せれば良いだけ。
唯一の問題点はどうやって実力を見せるかだったが、それも男たちが出てきてくれた事で無事に解決した。
(まあ、お陰で黒翼バッチリ見られちゃったけどね。シェリルさんだったら別に良いと思うけど)
ボクやコオリは基本的に目立たない事を念頭に行動しているので、黒翼を使った事は割とマズかったりする。
他人の秘密を言いふらす様な事をシェリルさんがするとは思えないが、それでも何処から広まるか分かったモノじゃない。そう考えれば、黒翼は余り褒められた手段では無いかもしれない。
とはいえ、だ。
「ありがとうございます、ライラちゃん。お陰でもう大丈夫です」
それでシェリルさんが笑顔になるなら、ボクは黒翼を使った事を後悔するつもりは無い。……と言うか、既にかなり目立っているので手おくれだと割り切った。
大体、土台無茶な話なのだ。目立たない様になんて言ってる本人が後先考えないし、利益とかよりも自分の感情を優先するタイプだ。コオリ自身もそれを自覚している様で、もう本当の力がバレなきゃいいやと思い始めてる節がある。
それに、コオリは厄介事の対処が面倒と考えているのであって、対処が出来ないとは思っていない筈だ。どんな権謀術数を用いたとしても、コオリなら真正面からぶち破るだろう。これを過大評価と思うなかれ。身内贔屓とか無しで、アレに策略なんて通用しない。酷いしっぺ返しを喰らうと断言できる。
なので、黒翼の事を報告してもどうせ『うわぁ、面倒事にならなきゃいいけど』で終わると思う。
と言う訳で、
「そして更に朗報です」
この流れでシェリルさんのもう一つの不安を取り除こうと思います。
「今回の依頼ですけど、結果はどうであれテイレンが滅びる事はありません」
まだ確定して無い未来の事だけど、絶対にそうなるとボクは断言する。
「あの、何でそんな事が分かるんですか……?」
「簡単ですよ。コオリがいるからです」
「……」
そう当然の様にボクが言うと、シェリルさんは予想通りの反応を見せた。具体的に言うと、『正気かコイツ?』って目で見られた。
まあ、ある意味当然の反応だ。街が滅びるかもしれない状況の中で、自分の恋人がなんとかするから大丈夫なんて言う奴が居たら、きっとボクも同じ反応をする。
それでも、ボクは告げる。一切の冗談も抜きで、それが当たり前の事だとばかりに、シェリルさんに語り掛ける。
「シェリルさん。さっきの戦闘を見て、ボクの事をどう評価しますか?」
「え?評価ですか……?」
突然の話題転換に面食らいながらも、シェリルさんは答えてくれた。
「そう……ですね。さっきのスキルの詳細を知らないので断言出来ませんが、それでも上位冒険者クラスだと思います。私と同じ、それよりちょっと上ぐらいですかね」
シェリルさんが上位冒険者の中でどれ位の位置にいるのか知らないが、それでも結構な評価をくれたみたいだ。
だからこそ、これから教える事の衝撃は大きい筈だ。
「これは一切の贔屓目無しで言いますが、コオリはボクより何十倍も強いです」
「……はい?」
ああ、やっぱり目が点になった。そうだよね。上位冒険者の何十倍も強いとか、直ぐに理解出来る訳が無いよね。
「分かり易く言いましょうか。例えば、天災級の魔物とコオリ、どちらかと本気で戦わなければいけない状況になったとします。もしそうなったら、ボクは一切の迷い無く魔物に向かう」
断言する。だってそっちの方が遥かに生きれる可能性が高いから。
「例えボクが百人いようと絶対にコオリと戦いません。万に一つ、億が一つに勝ち目なんて無いからです。アレはそういう化け物なんです」
敢えてアレ呼ばわりする事で、今言った事が冗談でも惚気などでも無いと分かった筈だ。
「リベオール教団でしたっけ?コオリが自ら動こうとした時点で、あの組織はもう負けたも同然ですよ」
奴等はルウちゃんやルアン君の仲間を襲い、コオリの事を動かしてしまった。絶対に踏んではならない龍の尻尾を踏み抜いてしまったのだ。
「だから安心してください。この街は大丈夫です」
気負いもなく、ただ普通に、ボクは笑う。一と一を足したら二になる様に、ボクは言った。
「だって、コオリがいるから」
久しぶりの一人称。
結構長くなっちゃいました。
そして話が終わらない……




