第四十八 発生報告
この話って一つの区切りがつくのに十万文字近く使ってんですよね。飽きられないか心配です。
誤字脱字の可能性大です。
ルアンが走り去った後、コオリは徐に幼き狼人族の少女、ルウの事を抱き上げた。
「な、何を……!?」
唐突に抱っこされたルウは、コオリに向けて疑問と避難の混ざった声を上げる。顔が少しだけ赤くなっている事から、羞恥の感情もあるのだろう。
しかし、コオリはそれに取り合わない。ルウと一緒に走って移動するより、彼女を抱えてコオリだけで駆けた方が遥かに速いからだ。殆ど面識の無い幼女を抱っこするという行為には抵抗があるが、それでも今は急ぎの事態だ。僅かな羞恥の感情よりも時間を優先するべきだ。
「事態が事態だからね。ちょっと急ぐよ」
「だ、だからって、何で抱っこなんか……!」
「抱えた方が速いから」
「ルウは、狼人族。普通の人間より、全然速い。だから、降ろしてっ」
「ごめん無理。こっちの方が遥かに速いからね。悪いけど我慢してて」
コオリの言葉に何か反論しようとするルウだったが、コオリはその様子には気付かないで膝を曲げた。
「あ、舌噛まない様に気をつけてね」
「何する」
気だ。恐らくそう続け様としたのだろうが、彼女が言葉を言い終えるそれよりも先に、コオリは地面を蹴った。
一瞬の加重、その直ぐ後には浮遊感がルウを包む。何事かと視線を彷徨わせれば、先程まで立っていた筈のスラムが眼下に見えた。
(嘘っ……!?)
驚愕が彼女を襲うが、声を発しようとした時には既に落下が始まっていた。
近づく建物の屋根に、翼を持たぬ者としての本能的な恐怖が襲う。腹の中が浮き上がる様な不快感もだ。だがその反面、普通では絶対に体験する事が出来ない事態に高揚感を覚えていた。
そんな少女の内心を知ってか知らずか、コオリは軽やかに建物の屋根へと着地する。そして、コオリはまた足場を蹴った。
またも跳躍。しかし今度は上ではなく、横へと身体を跳ばす。重力によって身体が落ちてくれば、再び屋根を蹴る。
本当ならば『空歩』を使いたい所だが、流石にそれは目立ち過ぎる。誰に見られるか分からない以上、あまり手の内を晒したく無い。それ故の屋根駆けだ。
だが、それでも十二分に速い。力みを感じさせない踏み込みにしては、決して釣り合わない加速。重力の楔を振り払って駆ける姿は、さながら放たれた矢の如し。勢いは衰える事なく、一直線にギルドへ向けて突き進む。
「貴方は、何者?」
「ルアンの友人の冒険者だよ」
「むう……」
ルウの口から零れた疑問の声。それにコオリは簡潔に答えを返す。若干不満そうな顔をされたが、それ以上に喋る事が無いのでどうしようも無い。
「もう直ぐ着くよ」
そんなやり取りの後、二人はギルドに到着する。駆け込んできた二人に何事かと冒険者達は身構えるが、それがコオリだと気付いて一先ず警戒を解く。直ぐにライラが駆け寄ってきた。遅れてシェリルや烈火の獅子のメンバーもやって来た事から、どうやら一緒に居た様だ。
「どうしたのコオリ?何かあったみたいだけど。それにその娘……攫ってきた?」
「んな訳あるか馬鹿タレ。この娘はルウ。ルアン所の一人だ」
「ルウ。よろしく」
「えっと、ライラだよ。冒険者でコオリの仲間なんだ。よろしくね、ルウちゃん」
「よろしく」
簡単な自己紹介を終えた後、コオリは本題を切り出した。
「実は厄介な事になったんだ。ルアンの仲間の隠れ家が襲われたらしい」
「えっ!?大丈夫なのそれ?」
「一応はな。ルウの話だと、殺された奴は居なくて、その場に居た全員が連れ去られたみたいなんだ」
「……一先ず安心なのかな?」
首を傾げるライラにコオリは首を振る。
「それがそうでも無さそうなんだよ。その場に居合わせれば兎も角、連れ去られた場合は対処が難しい」
「え?でも前に盗賊見つけてたよね?コオリの探知能力なら探せそうだけど」
「無理。こんな街中で顔も知らない相手を見つけるなんて不可能に近い」
以前に盗賊のアジトを見つけたのは街の外だったからだ。あの時は隠れてた盗賊が向かった方角に合わせて探知系のスキルを使ったに過ぎない。ルアンを探した魔法もあるが、アレは対象を会った事のある人間に限定する事によって精度を高めているので使えない。
方法が有るとすれば『直感』だが、あれは色々と異常な精度を誇ってはいるが結局の所は勘だ。漠然とした何かを感じる分には凄まじいが、具体的な事となると微妙になる。それでも精度はそこそこだが、博打になるのは変わらない。今はまだ賭けに走る状況では無い。
「つまり、コオリ君はギルドに協力を頼みたいと?」
「そういう事だな」
「それは依頼として?」
「いや、違うけど」
コオリが否定すると、ライラ以外の皆が渋い顔をする。そして、気まずそうにしながらシェリルが代表して前に出る。
「残念ですけど、協力は無理だと思います。依頼じゃ無いなら冒険者は動きませんし、普通は街の中での事件は衛士の管轄です。ですが、彼等もスラムの事件じゃ腰は重い筈。……あまり言いたく無いですが、動き出したとしても手遅れかと」
「だろうな」
「へ……?」
予想通りと言ったコオリの反応にシェリルは間の抜けた声を上げる。烈火の獅子メンバーや、周りで聞き耳を立てている冒険者達も眉根を寄せている。
「まあ普通は動かないですよね。ルウには悪いけど、攫われたのはスラムの孤児。俺みたいに自分から動こうとする物好きなんて早々いない」
「……それが分かってるのに、何故協力を頼もうなんてしたんですか?」
「どうも襲った奴等が普通じゃなさそうだからですよ」
「普通じゃない、ですか?」
疑問符を浮かべるシェリルと冒険者達。そんな彼等に向けて、コオリは一つの事実を告げる。
「この娘が言っていたんです。襲ってきた奴等は黒炎と鎖の印を付けていた、と」
この一言で空気が変わる。今の発言を聞いた全員が驚愕で黙り込み、聞こえなかった者達は何事かと注目する。
「それは本当の事ですか!?」
騒ぎを聞きつけた女性職員が慌てて駆け付け、先程の台詞の真偽を問う。
「そうなんだろ?ルウ」
「……うん。皆、あいつらに捕まった」
たどたどしくもルウは語る。いきなり襲撃してきた事、襲撃者達の背格好や人数など、彼女が思い付く事を出来る限り詳しく説明していく。
「……了解しました。直ちにギルドマスターへと確認を取ってきます。冒険者の方々はこの場で待機していて下さい!緊急依頼が発令される可能性があります!」
騒然となる冒険者達を置いて、奥へと消えていく女性職員。
その後ろ姿を見送った後、ライラが苦笑気味に話し掛けてきた。
「また面倒そうな事を持ってきたねコオリ」
「だよなあ。もうこれって呪いじゃね?」
「否定はしないかな。まあ良いんじゃない?退屈しなさそうだし」
「俺はのんびり過ごしたいよ。刺激なんて偶にで十分だ」
「確かに頻繁に起こって欲しくはないかもね」
二人で苦笑し合っていると、横から呆れたとばかりの溜息が聞こえた。メイラである。
「少しは慌てなさいよ二人共。気付いてるかどうか知らないけど一大事よ今」
「いや、慣れ?」
「慣れって……。コオリ君、図太過ぎ」
「んな事言ったってなあ。今まで色々有ったし、感覚なんてとっくに麻痺してんだよ」
クルトの台詞に手遅れだと返すと、彼も苦笑してそれ以上は言わなかった。過去を詮索する気は無いのだろう。
「……にしてもリベオール教団か。厄介だな」
「ん?ドイランさん、そいつ等の事知ってんの?」
「かなり前に緊急依頼でやりあった事が有んだよ。ありゃ相当イカれてたな」
「へー。あ、出来れば詳しく教えてくれない?あんまり詳しくないんで。多分だけど、ライラもだろ?」
今でこそ普通に生活しているが、ライラは三千年近く封印されていたのだ。如何に厄介な教団と言えど、流石に三千年前から存在していたなんて事は無いだろう。案の定、ライラも知らないと肯定した。
「教団は人間の根源的な感情は悪意だと主張し、それ故に悪意の具現たる悪魔こそが人間の理想であると謳っている集団だ。だから教団の人間は悪事を働く事に躊躇わない。寧ろ誇らし気にやる。法や理性で根源的欲求を抑える事は恥だと考えてるそうだ」
「おいおい……」
「そして厄介なのがシンパが多い事だ。悪意を是とする性質上、奴等は悪事を肯定する。だから、多くの悪徳な権力者やならず者が賛同するんだ」
「……なあ、それって組織として統制効くのか?」
そんな欲望塗れの人種が大量にいる場合、普通はまともに機能などしない。足の引っ張り合いやらで直ぐに瓦解しても可笑しく無い。
「それがそうでも無いんだよ。下っ端連中は確かに三下だが、幹部とかの上層部の連中がヤバイんだ。一度だけ見た事があるが、あれは本気で狂ってる。ただの下衆じゃ絶対に上の立場には行けない様になってんだ。だから内部崩壊する事が無いんだよ。残念ながらな」
金や権利で繋がった関係よりも、信仰の繋がりは遥かに堅い。これがただの宗教ならば賄賂などで上層部に上がる事も可能だろうが、邪教や狂信者に分類される者達の場合は違う。そういう奴等は明確な目的が有る事が殆どで、いわば同志の集まりなのだ。同じ志を持たぬ者が入れる余地は其処には無い。
ドイランの説明に納得していると、ライラが疑問の声を上げた。
「あの、そんな危ない集団だったらもっと色々とやってる気がするんですけど」
「そこが連中のタチの悪い所なんだよ。奴等が悪事を働くのは、負の感情を喰らう悪魔への供物の為らしい。だから程度の低い犯罪はあまりしないんだ。供物にするなら質の良い物を、っていう美食意識みたいな物だな。だから逆説的に言うと」
「動いた時は相当に碌でも無い、と」
「そういうこった」
組織の詳しい実態を知り、コオリの横に居たルウは不安そうな表情をする。
「皆、大丈夫かな……」
「安心してルウちゃん。襲われたのはルアン君の仲間なんでしょ?だったらコオリが動くから。絶対に大丈夫だよ」
不安がるルウをライラがそう元気付ける。ルウの頼る様な視線を受け、コオリは溜息をついた。
「絶対にとは確約は出来ないよ。相手がたの居場所も分からないし」
「……」
「コオリっ!」
ライラが非難の声を上げるが、コオリは気にせず言葉を続ける。
「けどな、出来る限りの事はすると約束する。ルウの仲間を傷付ける様な事をしたのなら、俺の持てる全てを使って叩き潰す」
「っ!」
一見するといつも通りなコオリだが、内心では腸が煮えくり返っている。襲われたのはルアンの、コオリの友人の仲間なのだ。例え誰かに関わるなと言われても、コオリは攫われた子供達を助けだすつもりだ。
「俺は自他共に認める身内贔屓でな。友達の仲間の為だ。全力を尽くすさ」
「コオリ、そこはルウちゃんの為って言わないと……」
「言えるかそんな小っ恥ずかしい事。ルウと会ってまだ一時間も経って無いんだぞ」
「……」
「何すか?その視線」
無言で見つめてくるルウにコオリがたじろぐが、何かを言う前に女性職員が戻ってきた。
「今から名前を呼ぶ方は私のもとへと集まって下さい。二級中位冒険者のシェリル様、二級下位冒険者のエドムス様、十級下位冒険者のコオリ様、ライラ様、情報提供をした獣人の女の子もお願いします」
呼び出しをくらったコオリとライラは顔を見合わせる。お互いに何故呼ばれたのかが理解出来て無いのだ。
「シェリルやルウは分かるけど、何で俺達も?」
「そりゃあ二人だからでしょ」
「いや、理由になって無いから。俺達初心者だよ?」
「白々しい事言ってんじゃないわよ。二人が強いのなんて皆気付いてんの。この非常時に呼ばれるのは当たり前よ」
そもそも実力自体を隠そうとはあまりしてなかったので、ある程度までバレてるとはコオリ自身思っていた。しかし、今回は手加減無しで行動しようと思っていたが為に、呼ばれるのは予定外だ。
「えー。折角場所だけ聞いてこっそり突撃掛けようって思ってたのに」
「なんつー事考えてんだお前は」
ドイランは巫山戯た事を抜かすコオリを促し、女性職員のもとへと移動させた。
「皆様、今からギルドマスターのもとへ案内します。そこで今回の件についての説明をいたします」
どうやらギルドマスター直々のお呼びだしみたいだ。
「ギルドマスターねえ。狸か剛毅なおっさんか。はたまた冴えない中年か。大穴でエルフの女性かね」
「何言ってんの?」
「ギルドマスターがどんな人かの予想だよ」
「あのねぇ……」
「緊張感、なさ過ぎ」
そんな会話をしながら、コオリ達は女性職員に連れらギルドの奥へと向かって行った。
最近思う事。それはコオリが何でも出来過ぎな事。主人公万能最強設定って、今更ですけどどうですかね?




