第三話 モンスターハウス
十月三十一
色々と修正しました。
改稿済み。
光に飲み込まれた俺達は巨大な広間、さっきまでいた広間よりも巨大な、端が見えない程の大広間と呼べる場所の中央にいた。辺りを見渡すと、壁際と思われる場所に俺達が跳ばされた魔法陣と同じ物が存在していた。
他の勇者達は何が起きたのか理解していない様だったが、騎士団の面々はどういう事態なのか把握している様だった。
「転移系の罠だ! 全員周囲を確認しろ!」
即座に発せられた団長の号令によって、騎士達が慌ただしく行動し始める。
そこには一切の余裕がなく、今の状況がどれだけ危険なのかを示していた。
「全員傾注しろ!」
指示を終えた団長は、俺たちの方に向き直って状況の説明を始めた。
「現在、我々は大変な危機に陥っている! 先程の広間にあったトラップが発動し、ダンジョン下層と思わしき此処に強制転移させられた! 尚、あの罠がどんな罠かも分かっておらず、発動させた人間がいたという情報もないため、この場所が何処なのはかは不明である!」
団長は誤魔化す事無く、今の状況がピンチであると断言した。
これに慌てたのは勇者達だ。あちこちから悲鳴が上がり、やらかした馬鹿共に批難の声が集中する。
「何で止められたのに触ったんだよ!?」
「そうよ! 自殺したいなら私達を巻き込まないでよ!」
「う、うるせえよ! 大丈夫だと思ったんだよ!」
「も、文句があるな宝石の分け前やんねぇからな!?」
文句を言われて当然の事をしたのだが、馬鹿共は反省した様子を見せない。むしろ逆ギレする始末だ。
お陰で、空気が一気に険悪になってしまった。
内心で勘弁してくれよと頭を抱えていたが、
「喧嘩は後にしろ! 大人しく説明を聴け! でなければ死ぬぞ!」
団長の一喝によって、険悪な空気は吹き飛んだ。
「一応、この状況から脱出する手立てはあると思わられる! あそこを見ろ」
そう言って、団長は奥の方を指差した。
「あの魔法陣だ。遠目ではあるが、あれは程現れた魔法陣とほぼ同じ形をしている。もしかしたら、先程の広間に繋がっているかもしれない」
その言葉に、希望が広がった。
「じゃ、じゃあ、あそこまで行けば助かるんですね?」
「確証は無い。なので数名の騎士に先行させる。安全が確認でき次第、魔法陣で移動して貰う」
「な、何でだよ! 危険なんだろここ!? それとも先に逃げる聞か!?」
「そんな訳があるか! 転移した先が危険である可能性もあるんだぞ!? もしそうだった場合、対処する事が出来るのか!?」
早く助かりたいという気持ちから飛び出た言いがかりは、即座に団長の正論によって叩き潰される。
「それでは移動を開始するぞ! 今のところ危険は無さそうだが、ここは罠の先だ。何かあっても対応出来るよう、我々騎士が勇者たちを囲む形で移動する。しっかりと付いてくるように」
団長の言葉とともに、騎士達が俺たちを囲むように陣形を組む。既に各々が獲物を構え、警戒態勢だった。
だからだろう。急に上空に浮かんだ魔法陣に、誰よりも早く外側の騎士達が反応した。
「新たな魔法陣確認! ……こ、これは、魔物召喚の陣!?」
「モンスターハウス! ここはモンスターハウスだ!」
魔法陣を確認した騎士達から、悲鳴のような伝令が走る。
「ッ! クソがっ! よりにも寄ってモンスターハウスかよ!?」
団長の絶叫が響き渡り、他の勇者達も異変に気が付き始める。
「モンスターハウスってまさか………!?」
「文字通りの意味だ!!あの魔法陣から魔物が際限無く飛び出してくるんだ!出てくる魔物によっちゃ全滅どころか、ダンジョン内がその魔物で埋め尽くされる!!」
「無理ゲーにも程があるだろ!!そんなのどうするんですか!?」
「方法は二つだ!上の魔法陣を壊して、その後に湧いた魔物を殲滅するか、壁際の魔法陣で転移して、その後に転移の魔法陣を壊して魔物を部屋に閉じ込めるかだ!!」
「どっちにしろ魔法陣は壊すのかよ!!」
「それが出来無きゃ弱い魔物でも物量で押しつぶされるぞ!! 全員全力で走れ!」
既にこの場所は危険地帯となった。もう慎重に行動している余裕は無い。
そう判断した団長は、直ぐに全員魔法陣に飛び込むように指示を出す。もう、魔法陣の安全性を確認している時間すら無いのだ。
「魔物の召喚を確認っ……おいおい嘘だろ!?」
上空の魔法陣を監視していた騎士が、驚愕の声を上げる。
降ってきた魔物は、首の無い騎士。そしてローブを着た骸骨。
「デュラハンにリッチーだと!?」
「それってヤバイですか!?」
「ヤバイなんてもんじゃない!!どれも高ランクモンスターだ!デュラハンやリッチーが一体でもこの戦力じゃ苦戦する! 急げ!」
一体だけでこの場の騎士達と渡り合う。そんなレベルの魔物が大量に降ってくる様子は、それだけで絶望的な光景だ。
皆、我先にと魔法陣の方へと逃げ出した。
「追ってくるよ!?」
「ヤバイよ!?死んじゃうよ!!」
「アンデッドは生者を狙う習性がある!追ってくるのは当然だ!死ぬ気で走れ!!じゃないと俺達もアンデッド達のお仲間になるぞ!!」
ゾンビに殺されたらゾンビになる。このお約束はこの世界でも適応されるらしい。全然嬉しくない情報だ。
「クソッ!速いぞアイツ等!」
振り向いて見ると、遠くに居た筈のデュラハンがすぐそばまで迫って居た。
何人かの騎士達は足止めをすべくデュラハン達に挑んでいるが、何体もの高ランクモンスターの相手は荷が重く、大した時間も稼げずに斬り伏せられる。
更にそこにリッチーの魔法が飛んでくる。生前が優れた魔法使いとされているリッチーの魔法は強力で、倒れた騎士達をトドメとばかり蹂躙する。
「うわぁぁぁ!?」
「嫌だ嫌だ、死にたくない!!」
何人もの生徒がその光景を見て取り乱した。勇者とか言われても、彼等は普通の高校生だったのだ。人の死を目の当たりにして取り乱すのは当然だ。しかも、彼等は心の何処かで自分達は大丈夫だと思っていた。物語の主人公に成ったのだと。勇者という特別な立場に浮かれて、現実を見ずにゲーム感覚でご都合主義を期待していた。故に覚悟が無かった。戦う覚悟が。命を奪う覚悟が。命を奪われる覚悟が。
彼等は初めて実感する。此処は安全な日本では無いのだと。何時殺されてもおかしくない、とても危険な異世界だと。
「お前等、魔法が来るぞ!勇者達を守れ! 命を張れェェ!!」
「「「応!!」」」
団長の号令に従い、自らの身体が消し飛んででも俺達を守る騎士達。
しかし、それでも足りない。アンデッド達はその数をどんどんと増やし、デュラハンの足音は軍隊の如く響き渡り、リッチーの魔法は弾幕の如く張り巡らされていく。騎士達は身を焼かれ、斬られ、踏みつけられて命を落とす。既に護衛に居た騎士達は壊滅と言えた。しかし、騎士達の命を掛けた守りにより、勇者達は誰一人として死んでいなかった。
何人もの勇者達が魔法陣に飛び込んいき、残っているのは、先頭に居た田所や林や佐藤を含む筆頭勇者達。団長を含む騎士団の何人か。そして、ステータスが低くて出遅れた俺。
もう既に魔法陣は目前だ。後数秒で自分達も魔法陣に辿り着くだろう。
だというのに。
「クソッ!デュラハンがもう直ぐ後ろだ!!」
「そんな、もう少しなのに!?」
真後ろにはデュラハン達が迫っていた。その距離は僅か。数瞬もしない内に、先頭のデュラハンの剣の間合いに入るだろう。
既に大広間はアンデッド達で溢れている。騎士達は道が埋まらない様に先頭と側面を固めている為に後方は手薄だ。
「グアァァー!?」
後方の騎士が殺された。もう後ろに騎士は居ない。
守ってくれる者が居ない。
この事に一番焦ったのは、見栄を張って殿を務めた田所達だ。
「ヤバイ!!」
「このままじゃ死ぬ!」
「間に合わない!」
自らの死の恐怖。この瞬間、田所タクミは過去最高の速度で頭脳を働かせた。そして導き出す。自分達が助かる最善の方法を。そして、彼はその最悪な方法を躊躇する事なく実行した。
「クズの木!」
「!?」
「お前は向こうだ!!」
突然、田所が声を掛けてきた。何事かと思った時にはもう遅い。俺の身体が一瞬の浮遊感に晒された。次の瞬間には、ガシャン!という音共に身体に衝撃が突き抜け、何度か転がってから事態を把握した。
投げられたのだ。
田所は自分が助かる為に、俺をデュラハンに向かって投げつけた。さっきのガシャンという音は、デュラハンに当たった音だろう。現実逃避気味のそんな事を考えながらも、この状況の意味を理解する。
囮。
そんな言葉が頭をよぎる。正解であろう。その証拠に、既に魔法陣が消されていた。
それを見て、俺は呆然と動くのを止めた。
周りにいるのは、尚も増え続けるデュラハンとリッチー。そして無惨な姿となった騎士達。
アンデッド達は、襲い掛かってこないで俺を囲んでいた。カタカタとリッチーの頭蓋が鳴る。デュラハンもガチャガチャと鎧を音を立てる。嗤っているのだ。見捨てられたこの俺を。嘲っているのだ。囮にされたこの俺を。
「ふ……け………な」
出口は無い。周りは敵。まさしく孤立無援の絶対絶命。
「ふっ…んな」
この状況でも絶望はしなかった。あまりにもどうしようも無かったから。死ぬ恐怖も無い。それどころでも無かったから。悲しみも無い。それ以外の激情が、心を支配していたから。
「ふざけんな!!!!!」
激情が溢れ出す。その様は正しく憤怒。今まで溜めてきた感情の全てを吐き出すが如く、怒りに任せて怨嗟を叫ぶ。
「何で、何でこんな目に合わなければならないんだよ!!俺が一体何をした!?気に入らない?弱そうだから?そんな理由が有るか!!そんな理由で何で殴られなきゃならないんだ!? 虐げられなきゃならないんだ!!」
自らに起きた理不尽を糾弾する。自らに起きた不条理を糾弾する。それが決して意味の無い行為だと分かっていても。たとえ死者達に道化と嗤われようとも。そんな事など構うことかと呪詛を吐く。
「見ている奴らもそうだ! 助ける気も無い癖に同情を吐きやがって! 巻き込まれないように無関心を気取りやがって! 見世物みたいに嗤いやがって! 全員纏めて死んでしまえ!」
ああ、吐き気がする。あんな奴らと同じ環境にいた事が。あんな奴らと同じものを学んでいた事が。あんな奴らと、同じ種族である事が。
「……ああ、そうか。捨てちまえばいいんだよ。教え込まれたモノも、培ったモノも……」
やがて一つの解を得た。命が散るその間際で、自分が何をしたら良いのかを理解した。
ピシッと、何かが罅割れる音がした。
それと同時に、身体の中から意思の力が溢れ、ゆっくりと纏わりついていく。
それは野獣の殺意。その気迫に、命無きアンデッド達すら気圧される。
「……もう我慢なんてしねえぞ。 理不尽も不条理も、降りかかるなら全部に噛み付いてやる! 例え首だけになったとしても、運命ごと噛みちぎってやる! 絶対に屈したりなんてしねえ!」
それは決別だ。
自分を弱者だと決めつけ、襲い掛かる理不尽にひたすら耐えていた自分との。不条理に晒されながらも、いつか変わるのではないかと僅かな希望を抱いていた自分との。
俺はこの後死ぬだろう。そういう意味では、遅い決別かもしれない。だが、それでも良いのだ。
弱いまま、情けないまま死ぬよりも、何億倍もマシなのだ。最後ぐらい、ありのままで暴れてやる。
「……さあ、俺を殺せよ亡者ども。俺もお前たちを、一体でも多く殺してやるからよ」
メイスを抜き放ち、アンデッド達目掛け突撃する。
「最初で最後の抵抗だ。盛大にやってやるよ!!!」
抗ってやる。降りかかるこの理不尽に。抗ってやる。降りかかるこの不条理に。この命が尽きるその時まで、魂が砕け散る最後まで、牙を突き立て続けてやる!!!!
《【原初の獣】ガ カクセイ シタ。サア ケモノ ノ ハンギャク ヲ ハジメヨウ》
騎士団の人達がカッコよすぎだと思う