第三十六 ルアンとの会話
切りが悪くて二倍ぐらいの量になっちゃいました。
「ほれ。これでも食えよ」
ルアンの話を聞くため、コオリは街の広場まで移動した。その際、手ぶらで話を聞くのもあれなので、広場の屋台から茶請けになりそうな何かの串焼きを買ってくる。
「………良いのか?」
「一人だけ食ってるのも気まずいだろ?」
渡された食べ物を見て驚きの表情を浮かべるルアン。そんな少年に苦笑しながら、日本人らしい理由を述べるコオリ。
「そんなものか?」
「そんなもんだよ」
スラムという環境で育ち、あまりそう言った気遣いに触れる機会が無かったルアンは戸惑いつつも、貰える物ならと大人しく串焼きを受けとった。
「………久しぶりだ。こんなまともな物を食えるのは」
「そうなのか?」
「ああ。あんたは知らないだろうけど、スラムってのはそういう場所だ。飯を確保するのも一苦労で、盗みなんてしないとまともに生きていけない」
「そりゃ、なんとも大変な事で」
小説やなんかでスラムという物をぼんやりとだが知っていたコオリだったが、そこに実際に住んでいる住人の言葉は思ったよりも重く、想像以上に厳しい環境なのだと実感する。
「他人事みたいに言うんだな」
「他人事だからな。それとも、さっき会ったばかりの他人に同情されたいか?」
「まさか。そんな事されても腹立つだけだ。むしろ、今の方がさっぱりして良いさ。何もしない奴等の同情や知ったかなんて反吐が出る」
「だろうな」
吐き捨てる様に言い切るルアンに、肩を竦めて同意するコオリ。コオリ自身、その経験が有ったから他人事の様に言ったのだ。無知や傍観者の憐れみや知ったかぶり程、神経を逆撫でるものなど無いのだから。
「………もしかして、あんたもスラムの出身か?」
「いや、割と普通の一般家庭出身だが。何でそう思った?」
いきなりそんな事を聞いてきたルアンに、逆に聞き返すコオリ。
「その割に、俺達みたいな奴の事を良く分かってるからよ」
「俺の住んでた地域には、人に歴史ありって言葉があるんだよ。実際、人生なんて何が起こるか分からないんもんだ。俺がお前みたいな奴の事を分かってても不思議じゃないさ」
「なるほどなぁ………」
どっかのテレビ番組の名前を使って、適当にルアンをはぐらかす。とは言え、想像を絶する不思議現象に巻き込まれまくったコオリの言葉は重く、ルアンを信じさせるのは容易かった。
「にしても、やけに爺臭い事言うな。見た目はガキなのに」
「………なんだ、串焼きいらないなら最初からそう言えばよかったのに」
「わーっ!待て待て、悪かったって。いるいる!」
ルアンの茶化しに串焼きを取り上げるという行動で反撃するコオリ。ルアンは、取り上げられそうになった串焼きを必死に謝る事で取り返そうとした。
「ったく、そんなに必死にならなくても返してやるから」
「必死になるだろ!俺からすれば久しぶりのご馳走なんだから」
「たかが串焼きだぞ。いくらスラムが厳しい場所でも、これくらいは食おうとすれば食えるだろ?」
例え、スラムがルアンが言ってた様な場所だとしても、串焼き程度ならスリを一回でも成功させれば食べようと思えば食べれるだろう。もちろん、串焼きよりも安い食べ物はあるので、そっちを買った方が効率的ではあるが。
「まあそりゃそうなんだが、そういう訳にもいかねえんだ」
「と言うと?」
ルアンから出た否定の言葉に、コオリは続きを促した。
「スラムって場所は力が全てなんだ。その所為で、どうしても俺みたいなガキは立場が弱い。盗みをやっても成果を奪われる事なんてしょっちゅうある。だからガキは徒党を組む。グループを作って、横の繋がりを強くする必要が有る。ガキが大人に勝つには数を使うしかないからな」
「良く考えてんだな」
「そりゃそうだろ。じゃないと俺達は野垂れ死ぬしかないんだからよ」
「まったく世知辛いねえ」
小さな子供達が野垂れ死ぬなど、コオリの住んでいた日本ではあり得無い事だ。もちろん、地球でも似た様な事は普通にあった。しかし、それは知識として知っていただけで、現実に目にするとなんと世知辛い事か。
「俺達スラムのガキは協力が必須だ。仲間と協力しないと飯はありつけねえし、最悪は命が無い。それを回避する為に、成果は仲間達で分け合ったりするんだ。それに、仲間の中には俺よりも小さなガキもいる。そいつ等を養う必要もあるから、尚更こういう食い物なんて縁が無いんだよ」
「へぇ………」
ルアンの話にコオリは素直に関心していた。ルアンの口ぶりは、スラムの子供達が下手な組織よりも結束が固い可能性をコオリに思わせた。彼の話を聞いて感じるのは、子供達のある種の社会と呼べるであろう繋がりの強さだ。
その根底にあるのは、生きたいという欲望だろう。子供という弱い立場故の純粋なその欲望は、どうしようもなく眩しく美しい。生きる為に貪欲でありながら、仲間と共に協力し、守るべき者の為に危険を冒す。その姿勢には感嘆の念を抱かずにはいられなかった。
「………どっかの勇者達も見習って欲しいもんだな………」
「ん?何か言ったか?」
「いや、何でも無い」
ついついコオリは思ってしまう。一緒に召喚された勇者達よりも、ルアンやまだ見ぬスラムの子供達の方がよっぽど英雄らしいと。特殊なスキルも無い唯の弱い子供の方が、勇者という立場に浮かれていたバカ達よりもずっと大人だと。
その事実に、かつては一緒の括りに入っていた一人として呆れてしまう。コオリ自身は能力の都合上あまり浮かれていなかったが、それでも一緒に括りに入っていた事が悲しく思えてしまった。
「とまあそう言う事で、こんな串焼きだとしても俺にとっちゃご馳走な訳よ。特に最近は実入りも少ないしな」
「実入りが少ない?」
「ああ。最近、この街に変な連中が入ってきたらしくてな。どうもスラムに潜伏してるらしいんだよ。おかげスラム全体が物騒になるわピリピリしてるわで、まともに稼げて無いんだよ。………あ、これが俺があの場所まで出張ってた理由な」
出だしの雑談の流れで暇つぶしの目的が達成されてしまったが、それ以上に気になる点があった。
「変な連中?」
「ああ。俺も詳しくは知らないんだけど、どうも何かの組織じゃないかって言われてる。闇商人だとか、人攫いとか色々と噂が飛び交ってて、兎も角物騒になってんだ」
「ふうむ………」
どうやら中々に厄介な存在がテイレンの街にいるらしい。面倒事に関わない為に移動してきたのに、これではあんまりだろう。コオリからすれば、街を出るまで関わりたくないというのが本音だ。
「ったく、本当に勘弁して欲しいぜ。おかげで稼ぐのもままならなくなってきてんだ。こっちには食わせなきゃならねえチビ達もいんのによぉ」
「………お前、十一で既に子供を養う親父の貫禄出てんぞ」
ルアンの台詞は明らかに父親のそれである。また、子供らしからぬ妙に達観した雰囲気もそれを助長している。具体的に言うなら、給料が低くて愚痴ってる三児の父親だろうか。
「俺と同じぐらいの仲間は皆似た様なもんだよ。実際子育てみたいな、ってかまんま子育てだし。………この串焼きだって、俺よりもあいつらに食わしてやりてえよ」
「………」
「アンタが許してくれるなら、この串焼き食わずに持って帰って良いか?うちにはまだ育ち盛りが沢山いんだ。………ああ、でもこの量じゃ全員に行き渡らないか。ならどうしたもんか………」
「………ルアン、それ遠回しに催促してんだろ?」
さっきまでの話しぶりといい、最後の方の呟きといい、どうにもコオリには強請ってるとしか思えない。
「さあな。アンタは悪い奴じゃないみたいだけど、お人好しって訳じゃなさそうだ。流石に会ったばっかの俺や、会ってすらいない何人もの子供の為に奢る様な人間だとは思ってないさ」
「………その割には狙った様な感じだったぞ?」
「まあ、それも否定しないさ。駄目元って奴だよ。外れて当然、当たってくれれば儲けものって程度さ」
ぬけぬけと言い切るルアン。それを見て、なんとも肝が太いと呆れるコオリ。この十一才とは思えない雰囲気は、スラムという環境と子育ての経験で培ったものなのか、それとも生来の気質なのか甚だ疑問である。………何と無く、コオリは後者だと感じているが。
「だったらその賭けは外れだな。流石に、何人いるか分からない子供達に奢る程金持ちって訳じゃない」
「だろうな」
確かに串焼き自体はそこまで高くないが、その数が不明となると中々の出費になる筈だ。恐らく、大銀貨数枚は飛んでいく。これは新人冒険者にはかなりの大金だ。………まあ、コオリの手持ちは金貨六枚あるので、やろうと思えば普通に奢る事は出来るだろうが。それに、足りなくなってもストレージの中の素材もあるので問題無いのだが。
しかし、幾ら問題無くても、見ず知らずの人間に金を掛ける程コオリはお人好しでは無い。ルアンもそれは分かっているらしく、大人しく引き下がった。
「さて、それじゃあ俺は行くぜ。まだ稼ぎは全然だしな。アンタとの会話楽しかったぜ。………後、串焼きありがとな。チビ達に良い土産が出来た」
「………」
コオリにお礼を言って、早足に立ち去っていくルアン。
その後ろ姿を見ながら、コオリは少しだけ考えて、
「まあ待てよ」
ルアンの事を呼び止めた。
「何だ?もう時間が無えから、付き合ってられないんだが………」
「そう言うなって。それに、文句ぐらい言わせろよ」
「文句?」
「ああ。何かって串焼き土産にしようとしてんだってな。それはお前に買ったんだぞ?」
「………この流れでそれ言うか?さっきも言ったけど、チビ達がいんのに俺が食う訳にいかねえんだよ。悪いが見逃してくれよ」
コオリの文句は予想外だったらしく、多少眉間に皺を寄せながらもルアンは頼んだ。
「ダメだな。それはお前が食え。お前、最近あんまし食って無いんだろ?」
「だから、そう言う訳にいかな無えって言ってんだろ!腹空かしたチビ達を差し置いて、俺がまともな物食える訳無えだろうが!」
「そう興奮すんなって」
「アンタがさしてんだろうが!
怒鳴るルアンに、コオリはゆっくりと言った。
「今はお前が食っとけよ。後でそのチビ達にも食わしてやるから」
「………は?」
コオリの言葉は完全に予想外だったらしく、ルアンは間の抜けた声を上げた。
そして、言葉の意味を理解したのか、恐る恐るコオリの方に聞いてきた。
「本気か………?」
「ああ本気だ。確かに俺はそこまでお人好しって訳じゃないが、だからと言って知って放っとくのも具合が悪い」
コオリ自身も甘いと思っているが、それでも見て見ぬ振りはあまり良い気がしないのだ。それが小さい子供だったら尚更だろう。
とは言え、それだけが理由と言うとそうでもない。流石に、そんな可哀想だからとかいう理由で行動する程コオリはお人好しでは無い。………既に十分にお人好しだと言われるかもしれないが。
それでも、それはルアンという少年を知ったからの行動だ。短い付き合いだが、ルアンという少年には多少は手を貸しても良いと、コオリは思っていた。
そして何より、ルアンの仲間に会ってみたいのだ。彼の話を聞いていて、コオリはスラムの子供達に興味が湧いていた。
「………でも、さっきは奢らないって言ってなかったか?」
まだコオリの言葉を疑っているらしく、ルアンは疑問を口にした。
「奢る事はしないさ。俺は手料理を振舞おうと思ってるからな」
「手料理?」
「ああ。今度、知り合い達に料理を作る予定になっててな。そん時についでに食わしてやる」
予定というのは、ユル達にクレイジーモンキーを振舞う事だ。それにはストレージの中身の処理する意味合いもある為、人数が増えても問題無いだろう。強いて言うなら、メンバーにスラムの子供達がいる事を良く思わない可能性がある事だが、それは退場させれば済む話だ。主催者はコオリなのだから、文句を言わせる事などしない。
「………その料理に変な薬とか入れたりしないだろうな?と言うか、アンタ変な連中の仲間だったりしないか?」
「アホ。んな訳無いだろ失敬な。それにメンバーには冒険者ギルドの関係者もいるから安心しろ」
妙な疑りを持ち始めたルアンに、ユルの事を軽く話す。するとルアンは警戒を解いた様で、小さく息をついていた。
冒険者ギルドの関係者に手を出すという事は、即ちギルドへの宣戦布告と取られる為、大概の人間は手を出さないのだ。それ程までに冒険者ギルドという組織は巨大であり、影響力が強いのである。
「………だったら安心だけど、良いのか?俺達はスラムだぞ?」
「んな事知らん。主催者は俺だ」
「んな適当な………」
「適当で良いんだよ。元々やるつもりなんて無かったんだから」
ユルに詰め寄られなければやる予定など無かったのだ。そこまでちゃんとする必要も無いだろう。
「あ、ついでに言っとくと味は保証するぞ。俺料理スキル持ちだし。後、スキルレベルは言わんが熟練者以上な」
「マジか!?おいそれ店開けるぞ!何で冒険者やってんだアンタ!」
コオリの言葉を聞いて目を剥くルアン。熟練者以上と言う事は実質スキルレベルが6以上であり、普通に宮廷料理人といった役職にもなれるのだ。
そんな人間の料理を、スラムに住んでいる自分が食べる事が出来るとは思って無かったのだろう。
「まあそう言う訳だから期待しとけ。………あ、予定が決まったら教えに行くからな」
「あー、悪い。そう簡単に俺達の住処を教える訳にいかねえんだ。あそこは隠れ家だからな」
バツが悪そうな顔をしてルアンは言ったが、そんな事はコオリの想定内だ。大体、治安の悪いスラムで子供達の居る場所が割れているのは問題だろう。
「問題無い。お前達の隠れ家は知らんが、お前だったら死んでなければ余裕で探し出せる」
「………マジで?」
「マジだよ。なんだったら夜中に突撃してやろうか?」
「やめろ怖えからそれ!………ってか、マジかよ。アンタ本気で何者だよ」
「んなの、冒険者に決まってんだろ」
「もうそれ嘘にしか聞こえねえから………」
がっくりと項垂れているルアンに適当に言葉を掛けて、コオリは別れる事にした。どうやらかなり話し込んでいた様で、もう直ぐライラとの約束の時間になりそうだったのだ。
ルアンに別れの言葉を言って、そのままコオリは広場から立ち去った。
「マジで何者だよアイツ………」
コオリの背中を見ながらルアンはそう呟いたが、それに答える声は存在しなかった。
ついでに、
「コ・オ・リ!君は今まで何をやってたのかなー?」
「いや、その、えーと………」
「ちょっとそこに座ろうか?ほら、正座してね?」
「………あの、ライラさん?なんで床をわざわざ凍らしたの?ねえ、何でいっぱい棘があるの?」
「ハヤクスワレ」
「………はい………」
帰ったらライラが大変ご立腹だったそうな。
なんだかんだでコオリ君は甘いですね。まあ、元高校生だから甘くても良いと私は思います。




