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第三十五 スリの少年


今回から連載再開です。まあ、大して時間が経った訳じゃないんですが

「いらっしゃいませー!」

「奥さん、これどうよ!」

「まあ、今夜はそれにしようかしら?」


ふらふらと目的も無く動き回っていたコオリは、現在は商店街と呼べる場所に来ていた。この商店街は、冒険者ギルドなどがある大通りではなく、少し小さめの通りにある。この商店街を使うのは基本的にこの街の住人達である。テイレンを拠点にしてない冒険者や旅人は、ギルドや宿がある大通りぐらいしか使わないのだ。この商店街は、いわゆる日本でいう所の下町みたいな場所だ。

そんな場所にやって来たコオリは、街で暮らしている人々の事を見つめていた。


「平和だな………」


ふと、無意識の内にそんな言葉が口に出ていた。

最近まで大冒険と言えるであろう事をしていたコオリにとって、目の前の光景には感慨深いものがある。

決して静かとは言えない街の喧騒は、どうしようもなくコオリの過去を、日本の事を思い出させたのだ。

学校関係では辛い事が多かったコオリだが、それでも良い事が無かった訳ではない。家族は自分に良くしてくれたし、中学からの親友と呼べる友人も居た。人並みには馬鹿な事もやったし、趣味には色々と費やしていた。

それが今はどうだろうか。突然異世界に召喚され、役立たずと罵られ、絶望の中で埒外の力を手に入れた。数々の強敵を打ち倒し、偽りの龍を殺し、人を殺した。唯一の幸せは恋人が出来たくらいだろう。


「思い出すと碌な事が無いな」


あまりにもあんまりな過去に苦笑するしかない。イジメ、異世界召喚、役立たず、裏切り。本当に良く生きていたものだろう。運命という物があるのなら、コオリのそれは驚嘆に値する。


「こんな運命いらないんだけどなぁ………」


しかし、欲と呼べる物が少ない方であったコオリとしては、普通に地球で暮らしていたかった。自分が無双するのを妄想するのは好きだったが、それは所詮妄想であり夢だった訳ではない。


「………やめよう。どうしようも無い事だ」


思考が嘆きで埋め尽くされそうになった時、コオリはゆっくりと頭を振った。召喚されてしまった以上はこの世界で生活するしかないのだ。元の世界に戻ろうにも方法は不明で、例え帰還方法が分かったとしても、自身の力がどうなるか不明な状況で無闇に帰還する訳にはいかない。なによりコオリにはライラがいる。この世界の住人である彼女を地球に連れていくのは少々問題がある。

既に、コオリはこの世界にしがらみが出来てしまっているのだ。そして、それに後悔は無い。地球への望郷の念を感じていても、この世界での生活を気に入っている自分もいるのだから。


「さて、次は何処に行こうか?」


思考を切り替え、またふらふらと歩きだそうとする。街中を観察しながら歩いて時間を潰していたが、まだライラとの約束までは三時間くらいあるのだ。


「あと行ってないのは………スラムと娼館街ぐらいか」


テイレンの地理を頭に描き、未だに行った事の無い地区を弾き出す。


「………どっちも行っちゃダメな奴だな」


残っていたのはスラムと娼館街。どちらもあまり行きたく無い場所である。そして、コオリには行く気が無い場所であった。


「ギルドの通りに戻るか?」


もう行く当ても思いつかなくなったコオリは、いっその事に元居た付近に戻ろうかと考え始めた。

ギルドのある通りには様々な店が出ていて、特に冒険者が必要とする武器屋や魔道具などの店が多い。それ等を見て回れば時間を潰せるかもと考えたのだ。


「えっと、ギルドの通りは向こうだな………ん?」


来た道の記憶を頼りにコオリが道を歩いていると、一人の子供に目が止まった。

少々小汚い格好のその子供は、ゆっくりとコオリの方に歩いて来る。そのまま何事も無く通り過ぎようとした所で、コオリはその子供の手を掴む。


「はいちょっと待て」

「うわっ!?」


コオリに手を掴まれたその子供は、いきなりの事に驚きの声を上げる。


「な、何すんだよ!?」

「何すんだよって、そりゃこっちのセリフだろ。その歳で手癖が悪いと碌な人生送れねえぞ?」

「な、何だよ!俺が何したってんだよ!」

「しらばっくれんな。心当たりあんだろうが」

「ぐっ………!!」


コオリの言及に言葉を詰まらせる子供。その様子は、明らかに心当たりがある事を物語っていた。

そう、この子供はコオリとすれ違った瞬間、懐に手を伸ばしてきたのだ。いわゆるスリである。


「さっき見た感じだと、君結構スリやり慣れてるだろ?」

「うっ………」


コオリが見た所、子供は明らかにスリの仕方がこなれていた。あの迷いの無い手の動きは、相当の数をこなしているだろう事が見て取れたのだ。

その指摘に更に言葉を詰まらせる子供に、コオリは大きく溜息を吐いた。


「その格好、大方スラムの子だろ。何でこんな所にいる?出稼ぎにしては随分物騒だが」


スラムからこの商店街まではそこそこに距離がある。幾ら商店街が賑やかでも、わざわざ来てまでスリをするのも変な話だとコオリは思ったのだ。


「う、うるさい!お前に関係無いだろ!」

「一応、俺は被害者なんだよ。聞く権利くらいあるだろう?」

「そんなん聞いてどうすんだよ!?」

「別にどうもしない。ただの興味だ」

「へ?」


コオリの返答が予想外だったのか、間抜けな声を上げる子供。その間抜け面に苦笑しながら、コオリは更に言葉を続ける。


「安心しな。別に詰所に突き出したりなんてしないから」

「本当か………?」

「本当だ。大体、ここから詰所まで行くのなんて面倒だ」

「………じゃ、じゃあ、何で理由なんて聞くんだよ?」

「さっきも言ったが興味本位だ。やる事無くて暇なんだよ」

「暇って………」


暇つぶしと言われて何とも言え無い表情をする子供。だが、コオリの言葉に嘘は無いと感じ取ったのか、多少の警戒は解いた様だ。

実際、コオリにとって話を聞く事には暇つぶし以上の意味は無いのだ。ライラとの約束の時間までどう時間を潰すか考えていたコオリからすれば、目の前の子供は丁度手持ち無沙汰だった所に現れた娯楽ぐらいの感覚である。


「でも、何で詰所に突き出さないんだ?この街の住人はスラムの奴等を良く思ってない筈なのに」

「そりゃあ、俺はこの街の住人じゃ無いからな。良く思うかとかは実際に接してみるまでは判断する気は無い」


取り敢えず、そういう事は接してから考えるのがコオリのスタンスだ。相手の生い立ちがどうにしろ、どうしようも無い下衆や悪人じゃなければ普通に相手にする気でいる。

この子供もスリを楽しむ為にやっていれば詰所に突き出していただろうが、そういう訳でも無さそうなので、特にどうしようとか考えなかった。


「え、アンタここの住人じゃないのか?」

「ああ。俺は冒険者だ」

「げっ!?アンタ冒険者だったのか!?」


コオリが冒険者だと聞いて、子供は本気で驚いた顔した。どうやら、子供からすればコオリが冒険者だという事は意外みたいだ。


「そんなに驚くか?ほれ、一応武器も持ってんだろ」


そう言って、腰に吊るしてあるショートソードを子供に見せる。子供はそれを見て、やっちまったという顔をした。


「うわぁマジか。くそっ、本気でヘマしたなこれ」

「何だ?冒険者だと問題あんのか?」

「大有りだよ。冒険者なんて狙っても新人とかじゃなければ大体は失敗するんだ。もし上手くいっても気付かれたら殆ど確実に捕まるし、その後はボコボコだ。相手によっちゃ殺される」


子供の言葉に納得するコオリ。どんなにスリにこなれていても、戦闘を生業としている冒険者をターゲットにするのは無謀過ぎるのだろう。例え成功しても、その後の報復が恐ろしくてそうそう手が出せないのだ。


「てか、何で冒険者がこの辺りに居んだよ?ギルドの通りは向こうだぞ?」

「依頼終わったから散歩してたんだよ」

「マジかよ………。うわぁツイねえ」


そう言って頭を抱える子供。下手したら命の危険もあったのだ。嘆きたくなるのも当然だろう。


「にしてもよく今迄捕まらなかったな。そんなヘマする奴だったらとっくに捕まってると思うが」


コオリからすれば、武器を持っている相手を冒険者だと考えない間抜けが、どうして今迄バレなかったのかが疑問である。余程この街の警備はザルなのだろうか。


「俺と大して歳が変わんなさそうなアンタを見て、冒険者だと思う奴なんてそうそういねえよ」

「………君何才よ」

「あ?俺は十一だけど。ついでに、俺はルアンだ。君なんてむず痒いからルアンでいい」


話しをしている内に警戒を解いたのか、ルアンは自らの名前をコオリに教えた。


「そうか。俺はコオリだ。………ところでルアン。俺は一応、十六才なんだが」

「はぁ!?十六とか嘘だろ!どう見たって十二かそこらにしか見えないぞ!?」


コオリの年齢を聞いて目を剥くルアン。ついでに言うと、ルアンの身長は150前半だ。この世界から見たら小さい方だが、それは栄養があまり摂取出来て無いからだろう。まあ、コオリからすれば十分にデカイのだが。


「十六でその身長はヤバイだろ。アンタちゃんと飯食ってんのか?」


本気で聞いてくるルアンに、やっぱりスリには多少の灸を据えた方が今後の為ではないかと、コオリはそう考えるのであった。


十一才に身長を心配されるのは腹立ちますよね

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