第二十一 決戦、紛い物の機械龍3
ボス戦も火急に入りました。
十月30
色々と修正しました。
改稿作業終了ご
大変遅くなりました。そして長くなりました。取り敢えず、この話でバトルは終了です。
「オラァァァ!!」
拳を振るう。何度も。何度も。何度も。
その度に機械龍の鱗には小さな罅が走る。それ等が重なる事で、漸く1枚の鱗が砕け散った。
攻撃が通るようになったとは言え、10発以上殴って漸く鱗1枚を破壊出来る程度だ。機械龍のサイズから考えても、鱗1枚等かすり傷にすら値しないだろう。
それでも俺は諦めない。むしろ高揚していた。砕け散る鱗の欠片が、確かな手応えを俺に与えてくれているからだ。
「まだまだァァァ!!!」
ダメージが通るようになってから、既に体感で数時間は経っている。その間、ひたすら同じ場所を殴打し続けた。
鱗1枚破壊するのに苦労すると言えど、塵も積もれば山となる。始めはかすり傷にも満たない傷でも、何度も繰り返せばそれはれっきとした傷となる。
機械龍の身体には、遠目に見ても分かる程の傷が出来ていた。
「GRAAAAA!!!」
当然、機械龍とて黙ってやられている訳では無い。身体を大きく揺すり、時には地面目掛け体当たりを行う等して、俺の事を振り落とそうと抵抗していた。
「っととぉ!」
機械龍が身体を揺らし抵抗する度に、重心を低くした状態でその身に張り付く。
気分はロデオだ。但し、振り落とされれば100m以上の高さから落下したり、巨体に踏み潰されそうになったりする、命懸けのロデオだが。
「Gruuuu……!」
全く振り落とされない俺に、機械龍は忌々しげな唸り声を上げた。
今回ばかりは、機械龍の巨体が仇になっている。安定した足場のお陰で、殆どの抵抗が無駄になっているのだ。
とはいえ、それでも余裕がある訳じゃない。むしろ状況的に言えば、俺の方が追い詰められている。
「ったく! このペースは何時までもつかね!?」
幾ら安全な場所に居ようが、それだけで勝てる程この戦闘は甘くない。
何度拳を振るったところで、致命傷には程遠い。鱗を砕き続ければ、いつかは機械龍を仕留める事も出来るかもしれないが、そのいつかが来る前に、俺の方が恐らく力尽きる。
肉体性能こそ超常の域に達しているが、それでも体力は有限なのだ。飲まず食わずの状態が長く続けば、それだけこっちが不利になっていく。
「毎度の事ながら、本当に綱渡りしかしねえなぁおい!!」
愚痴を零しながらも、拳を振るい続ける。絶望的な状況であっても止まらないのは、多くの強敵達との死闘の経験があればこそ。
激痛と共に刻まれた死闘の記憶が、世界にすら刃向かってみせた反骨の意思が、この心を奮い立たせる。
「もっと……! もっと……っ!! もっとだぁぁぁ!!!」
自然と口から湧き出た、気炎の咆哮。
如何に分の悪い状況であっても、決して折れる事無く、むしろ一層激しく燃え上がった意思を込めて拳を振るう。自壊する事すら厭わずに、ただひたすら振るい続ける。
想いの籠った一撃は、しだいにその重さを増していった。一撃一撃と数を重ねる毎に、僅かに、しかし確実に威力が上がっていくのを感じた。
まるで身体の奥底から力が湧き上がってくるような感覚。今まで何かによって堰き止められて力が、気合いによって溢れ出てきてるような、そんな錯覚。
……まあ良い。錯覚だろうが関係無い。今重要なのは、確実に一撃の威力が上がっていっているという事だけだ。それさえあれば、後は何でも構わない。
「GRAAAAA!!!」
異変を感じた機械龍が、激しく身体を震わせる。何らかの危機感が働いたようで、今回の抵抗は今までで一番激しいものであった。
だがそれでも、しがみつく俺を振り落とす事は叶わない。
俺は機械龍の抵抗等ものともせずに、確実に手傷を負わせていく。
「Gruuuu……!」
忌々しそうな唸り声を上げながらも、ついに機械龍は抵抗する事を止めた。どうやら、俺を振り落とすのは無理だと判断したらしい。
おもむろに動きを止めた機械龍は、ゆっくりとその長い首を動かし…………っ!?
「っ、おいおい……!?」
答えが頭の中で形となる前に、俺は反射的にその場から駆け出していた。
抵抗を止めた機械龍は、明後日の方を向いていた。奴が視線を向けたのは、とても遠くにある、この部屋の壁。
戦いに巻き込まれないよう避難していた、ライラのいる場所だった。
それだけで機械龍の意図を察するには十分だ。何より、奴の口から漏れる炎の煌めきがそれを証明していた。
「こんのクソがァァ!!」
全力で機械龍の身体を踏み締め、跳躍。機械龍の眼前に飛び出すのと同時に、機械龍の口から灼熱のブレスが放たれる。
「させるかぁぁぁ!!!」
迫り来る極太のレーザーを、全力で迎え撃つ。余力を残す事すら顧みない、正真正銘の全力だ。
戦略的に考えれば悪手以外の何ものでもないが、それでもこのブレスを後ろに通す訳にはいかない。通してしまえば、後ろにいるライラが死ぬ。
そんな事、させるものか。させてなるものか。
この身に宿る全ての魔力を右手に集める。集まった魔力は、巨大な獣の腕の形をした力場となり、
「うおらぁぁぁ!!!」
機械龍のブレスと激突した。
(んぎぎぎっ……!! っ、こ、こりゃ、キッツいなぁ!!!)
機械龍のブレスと獣の一撃が至近距離でせめぎ合い、破壊の嵐が吹き荒れる。
灼熱で身体の一部が炭化し、衝撃が全身を砕いていく。
馬鹿みたいな激痛が身体を襲うが、歯を食いしばってひたすら耐える。ライラの命が掛かってる以上、ここで負ける訳にはいかない。
体感では果てしなく長く、現実では10秒にも満たないうせめぎ合いの末、限界を迎えた2つの力は大爆発を引き起こした。
「っ、ぐぁ……!!?」
一瞬意識が暗転。だが次の瞬間には衝撃が全身を襲い、強制的に意識が覚醒。
「コオリ!? っ、酷い怪我! 直ぐに治療しなきゃ!!」
朦朧とする意識の中、何故だかライラの悲鳴が聞こえてくる。あと何か暖かい。
走馬灯的なアレかと一瞬考えるが、その割にはやけにリアルというか、無駄に臨場感があるというか。んー、走馬灯って声と感覚だけのパターンもあんの?
「……いやそういう事じゃねえ!? っ、あぐぁ!?」
朦朧とする意識と、頓珍漢な思考に喝を入れ、慌てて立ち上がる。その際、身体から鳴ってはいけない類の音がしたが、激痛のお陰で意識がクリアになってきたので良しとする。
さて、状況の把握だ。一体今どうなってる?
「ちょっとコオリ!? まだ動いちゃ駄目だよ!」
確認の為に辺りを見回そうとしたら、ライラに止められてしまった。
いや待て。何でいる?
「っ、お前、何で此処に……?」
「コオリがボクの所まで吹っ飛んできたんだよ!?」
「……おおう」
ライラに言われて気付く。さっきまで至近距離でやり合っていた機械龍が、今は遥か遠くにいた。
どうやら、大爆発の衝撃で壁際まで吹っ飛ばされらしい。踏ん張りの効かない空中に居た事もあって、ここまで飛んできたようだ。
「っち……。上手い具合にやられたか。これでまた振り出しかよ」
ガシガシと頭を掻きながら、遠く離れた機械龍を睨みつける。
多分だが、この状況は機械龍の目論見通りなのだろう。自力じゃ俺を振り落とすのは無理だから、ライラを狙う事によって、俺の方から奴の身体を離れるよう仕向けられたのだ。
俺を身体から離せれば狙い通り、ブレスで殺すないし重症を負わせられればなお良しって所か。
「最初に隙を伺ったり、球状ブレスで弾幕張ったりしてきたし、妙に知恵が回るのは分かってたが、まさかここまでとはなぁ……」
実に効果的かつ嫌らしい作戦を実行してくれたものだ。お陰で数キロは吹っ飛んだぞ。
……いや本当、良く生きてな俺。五百メートルぐらいの高さから放物線描いて数キロ吹っ飛ぶとか、普通の人間なら多分染みになるだろ。良くて挽肉ってところか。我ながら呆れる程の耐久性だ。
「……とはいえ、流石に身体の節々が痛てぇ」
この感じだと、結構な骨が折れてんな。内臓も幾つか破裂してる。後は全身に重度な火傷。炭化してる箇所もある。
「幾ら死に難い身体になったとは言え、これじゃあ戦力は大幅ダウンか……。まあ、しゃーなしだな」
「何してんの!? 原形留めてる方がおかしいんだから、ちょっとじっとしてて!」
「んあ?」
身体の悲鳴を無視して戻ろうとしたら、ライラに止められてしまった。どうやら、ライラには無視する事が出来無かったらしい。
とはいえ、状況が状況だ。機械龍の脅威が未だに存在している以上、ズタボロでも戦い続けなければならない。じゃないと死ぬ。
そんな訳で、ライラの静止を振りほどこうとして……?
「……ん? 痛みが引いてる……?」
「【堕天使の光輪】でコオリを治療してるの! だから動かないで!」
「あー、他人も治療出来るんだっけか」
「うん。自分に使うよりかなり効果は落ちるけどね」
そういやライラってヒーラーみたいなもんだったな。黒翼のイメージが強くて忘れてた。
にしても、効果が落ちるとか言いながら、みるみる回復していくのな。流石はユニークスキル。炭化した部分がカサブタが剥がれる感じで治ってら。
んー、ここまで効果が高いなら、一旦待つのも有りか? ……いや、駄目だ。機械龍の方からヤバい気配がする。角が何か光ってるし、力でも溜めてんのか?
「……分からねぇけど、ありゃ止めねぇと不味いな。ライラ、回復はもういいから、また離れてろ。何かヤバい」
「駄目だよ! まだ全然治ってない! こんなボロボロな状態で挑むなんて、遠回しな自殺だよ!?」
「……ここまで動けりゃ大丈夫だって。今までだって、もっと酷い状態で戦ってきたんだ。怪我が治ってるだけマシだ」
死にかけの状態で戦うのは、化物草の時から続くある種の恒例行事だ。これぐらいならどうって事無い。
「無理だよ! 相手は紛い物とはいえ龍なんだ! 万全の状態でも苦戦してたのに、今のコオリが勝てる訳無いじゃないか!」
「なんとかするさ。それより早く離れろ。危ないぞ」
「っ、嫌だね! コオリを治療し終わるまで絶対に離れないから!」
そう叫んだライラは、頑とした態度で治療を続ける。こんの馬鹿娘……!
「寝ぼけた事言ってんじゃねぇ! ここにいたら死ぬのが分かんねぇのか!? さっさと離れろ!」
「馬鹿はそっちだ! キミが死んだら結果的にボクも死ぬんだよ!? それが何で分からないのさ!? コオリはボクを殺したい訳!?」
「んぐ……!?」
治療を続けるライラを引っペがそうとしたら、思わぬ反論を食らってしまった。
言葉に詰まった俺を見て、ライラは嘆息しながら続けた。
「コオリ。キミがボクを守ろうとしてるのは良く分かるよ。状況が状況だし、無茶をするなとも言わない。でも、キミの命はボクの命と繋がってるんだ。だからこそ、ボクに出来る事をさせて」
「…………ここにいたら、俺の勝敗関係無く死ぬかもしれないんだぞ。今直ぐ離れれば、少なくとも俺が戦ってる間は安全の筈だ」
「そんな儚い安全の為に、怪我したままのコオリを送り出せと? 馬鹿言わないでよ。どっちにしろ、この状況を無事に切り抜けられる可能性は低いんだ。それなら、ボクはキミと一緒に立ち向かう方を選ぶ」
「……」
苦し紛れの反論も、ノータイムで返されては最早ぐうの音も出ない。
ライラがここまで覚悟を決めている以上、何を言っても無駄だろう。それに、俺も同じ立場だったらと思うと、あまり強く言えないしなぁ。確実に似たような事をする。
……これはもう、腹を括るしかないか。
「……治療を続けてくれ」
「うん!」
俺が折れると、ライラは満面の笑みを浮かべた。
その笑顔を見て、改めて決意する。
(守らねえとなぁ……)
ライラはその身を危険に晒してまで、俺と共に立ち向かうと宣言してくれたのだ。
本音で言えば、下がっていて欲しい。だが、同時に少し嬉しくもある。ライラは、俺に命を預けると言ってくれたのだ。ただ守られてるだけでなく、共に並び立った上で、命を預けてくれたのだ。
なればこそ、この可憐で勇敢な少女を、絶対に死なせる訳にはいかない。
(……とは言え、今のままじゃ辛いのも事実だ……)
諦めるつもりは毛頭無いが、実際問題として機械龍は俺より強い。
このまま戦っても、まず勝てない。
「なぁ、ライラ。今更だが、機械龍について、何か知ってる事って無いか?」
「……ゴメン。ちょっと力になれそうにないかな……」
少しでも勝率を上げる為にと思ったのだが、返答は芳しいものではなかった。
「……一応、気づいた事はあるんだけど……」
「教えてくれ。今は兎に角、情報が欲しい」
「うん。戦ってるのを見て分かったんだけどね。アレ、見た目こそボクが戦ったのと同じだけど、性能が全然違うんだ。ダンジョンボスになったってのもあるんだろうけど、多分基本性能からして別物だよ。前はもっと弱かった」
「そうなのか?」
「うん。だって、あのレベルの敵が出てきたら、ボク殺されてるもん。封印なんかで済む訳が無いよ。予想だけど、ボクが封印された後に、バルザックが改良し続けたんじゃないかな……」
「……なーる」
言われてみたら納得だわな。今の機械龍と同じ強さだったら、ライラが生きてる訳無いか。
……にしても、ここまできてまだライラに迷惑掛けるのか。バルザック某とやらは。
まあ良い。取り敢えず、此方が有利になるような情報は無しと。
「となると、やっぱり正面突破しか無いか……」
以前として方針は変わらず。というか変えられず。状況は絶望的だ。
「くそっ。せめて経験値が補充出来れば……!」
歯痒い状況に悪態が出る。
既に多少の攻撃は通るようになっているので、更に強化出来ればこの状況は打開される。経験値さえあれば、勝てる見込みも出てくる筈なのだ。
だが、糧となる魔物がいない以上、これは無いものねだりである。
現実は非常で、タイムリミットはもう目前に迫っていた。
ーーGRAAAAA!!!
終わりを告げる咆哮が聞こえてくる。
機械龍の方を見れば、その角は眩いまでの光を放ち、身体から漏れ出たエネルギーによって、周囲の空間が歪んでいた。
明らかに全力。一切の容赦なく、此方を仕留めに掛かるつもりらしい。
(こりゃ本格的に不味いぞ……!! 何か、何か手はねえのか……!?)
必死になって打てる手立てを考えるが、焦っているせいで上手く考えが纏まらない。
不味い不味い不味い……! これは本当に不味い……!!
「っ……!!!」
「コオリ。落ち着いて」
焦燥に呑まれそうになった瞬間、ライラの言葉が耳に届いた。
そしてライラは、そっと俺の背中に手を当て、落ち着いた声音で言葉を紡ぐ。
「焦らないで。どんな結果になろうと、ボクは構わないから。ただ、コオリを信じてるよ」
まるで子供に言い聞かせるような口調で告げられた、信じてるという言葉。それだけで、思考に掛かった靄が晴れていくのを感じた。
「……ありがとな。ライラ。お陰で冷静になった」
もう焦燥感は無い。あるのは、なんとしてでも二人で生き残るという決意と、ライラの信頼に応えてみせる覚悟のみ。
思考の海に意識を沈め、状況を打破する手段を模索する。
(考えろ。本当に手段は無いのか?)
《イヤ アル タマシイガ ホエテイル ダロウ コレデ オワル ワケガ ナイト》
意識の底で、俺の中のナニカが告げる。
(じゃあ、どうすれば良い?)
《獲物ヲ喰ラエ ソシテ糧とシロ》
問い掛けの答えは、とても頓珍漢なものだった。
(魔物なんていないだろ)
《スグ そこにいる》
それは機械龍の事を言っているのか?
(それが出来たら今の状況になってねえよ)
《馬鹿カ。ココは何処だ》
ナニカは心底呆れたような口調で、俺に問うてきた。
(ダンジョンだろ)
《ソうだ。散々喰らってきただろう》
どういう事かと首を傾げようとした瞬間、唐突にライラの台詞がフラッシュバックした。
ーー空間の魔物化。それがダンジョンの正体だよ。
《理解したか?》
(……ああ)
何をやれば良いのかは分かった。あまりにも滅茶苦茶な方法だ。
(こんな事可能なのか?)
《何を言っている?》
疑問に対する答えは、至極当然のものだった。
(《やるんだよ》)
そこで意識が浮上する。
そして次の瞬間には、俺は動いていた。
「フンッ!!」
俺の中のナニカ……否。俺の本能が指示するままに、両腕を床へと、このダンジョンへと突き刺した。
「コオリ……?」
俺の突然の行動に、ライラが首を傾げる。だが、ライラの疑問は無視させて貰った。
遠くで機械龍が、これまでとは比較にならない威力のブレスを構えているのが見えた。だが、それも無視だ。
今は全神経を拳の先へと集中させ、このダンジョンを感じとる事のみに専念する!
(……何処にある? このダンジョンに満ちる力は。魔物としての根源は。俺が喰らいつくべき場所は、一体何処だ!!)
本来なら、そんなものは見つかる訳が無い。仮にあったとしても、認識出来る筈が無い。魔物化しているとは言え、空間は生物では無いのだ。
だがしかし、俺にはそれを可能とする力がある。経験値の知覚能力だ。存在の力である経験値を知覚出来るのだから、やろうと思えばダンジョンからも感じ取れる筈。
そして何より。
(何匹ダンジョンの怪物達を喰らってきたと思ってる! 食い慣れた力が、分からない筈が無いだろう!!)
ダンジョンの防衛機構、その化身であるフロアマスター達の力を、俺は今まで喰らってきたのだ。奴らを喰らった時の感覚と、似たようなものを探せば。
(みぃつけたァ!)
ほら簡単だ。
一度把握してしまえば、後はどうにでもなる。俺にはもう、この空間に満ちる存在の力が、ダンジョンをダンジョンたらしめる力の全てが見えていた。
(こりゃスゲェ……! まるで力の奔流じゃねえか!!)
敵の強さ等から予想はしていたが、ダンジョンの存在の力は凄まじかった。ボス達の胴元だけあって、感じられる力の総量は、機械龍すら凌駕している。その癖、ボス達の様な直接的な抵抗力は無いのだから、獲物としては最上級だろう。
後は喰らうだけだ。やり方は本能で理解している。突き刺した腕を牙に見立て、力の奔流へと喰らいつくイメージ。そして、そのまま喰い千切る!!
「っ!!?」
衝撃が全身を襲う。
何だコレは。何だコレは! たった一回喰い千切っただけだぞ!? しかも、全体から見ればほんの端っこの部分だけだ!! それなのに、俺が今まで獲得してきた以上の経験値が流れ込んできやがった!!
これが、ダンジョンのもつ力。一部だけとはいえ、世界が魔物化した存在の力か!
「GRAAAAA!!!」
此方の異変を感じとった機械龍が、構えていたブレスを即座に解き放ってきた。
恐らく、機械龍の放てる最高威力の一撃。場合によっては、大陸に大穴を穿ちかねない程の威力をもった一撃だ。
「コオリ!!」
俺の後ろで、ライラが悲鳴を上げた。身体に回された腕は、まるで死ぬ瞬間を共にしようとしているかのようだ。
いや、事実そうなのだろう。先程までの俺なら、このブレスを防ぐ事も躱す事も出来なかった。如何に人知を超えた力を備えていようが、これは流石に桁が違う。ライラもそれを本能的に理解したから、死に様を決めたのだ。
だが、俺は現在進行形でダンジョンを喰らい続けている。無限に近しい量の経験値を確保した今の俺ならば、このブレスを防ぐ事が出来る!!!
「いくぞオラァァァ!!!」
不退転の決意を胸に、滅びの閃光に立ち向かう。
尽きぬ事の無い経験値で、肉体を、魔力を、この身の全てを強化し続けていく。
そして、俺とブレスは衝突した。
「ォォォォッッ!!!」
溢れた気合いは空間を歪め、生じた力場が真正面からブレスを受け止める。
二つの力がせめぎ合い、衝撃が周囲を蹂躙する。だがそれでも、俺の後ろにだけは衝撃が通る事は無かった。
(これなら、ライラを守れる……!!)
確信と共に、ブレスを押し退け一歩を踏み出す。
その時、不意に身体に罅が入る。肉体の限界がきたのだと、なんとなく直感する。どうやら、これ以上は肉体がもたないらしい。続ければ、俺の身体が崩壊する。
……では、ここで強化を止めるか? 否! 漸く機械龍を仕留める目処が立ったのに、ここで引く訳がないだろう!!
(肉体がもたないなら、もつように作り替えちまえば良いんだよ!!)
無茶苦茶な理論なのは理解している。だが、それを言うなら、俺は最初から無茶苦茶だ。貧弱な高校生の肉体から、高位の魔物を蹂躙するまでになったのだから。そんな無茶が通ったのなら、今回だって通してみせる!
(強化すべきは肉体でも、魔力でもない。俺の存在そのもだ!!)
経験値の全てを使い、存在そのものを強化していく。
注ぎ込まれる力の奔流に、俺の魂が歓喜に打ち震えていた。漸く、ここまで来たのだと。かつてのように、原初の獣の本懐を果たせる時が来たのだと。
そして、身体が解ける。
何故、そんな事が出来たのかは分からない。ただ、それでもこれが何なのかは理解出来た。
これは、原初の獣の力だ。根源とも言っても良い。己以外の全てを糧として、望むままに進化を重ねる力。最強の一角たる神々が恐れ、世界からの駆逐を試みた、禁忌の能力だ。
「ーーー!!!」
原初の獣の能力によって、解れた身体が再び形を成していく。
そうして新生したのは、一頭の獣。イヌ科ともネコ科ともつかぬ頭と、胴体よりも長い尻尾を生やした、群青の毛並みの肉食獣。幻獣のようなたおやかな見た目でありながら、機械龍をも超える巨躯を備えた巨獣であった。
「GRAAAAA!!!」
突然現れた巨獣に警戒したのか、機械龍は更なる力をブレスに込めてきた。
強化されたブレスは、先程の気合いで生じた力場を貫き、
「邪魔だ」
巨獣となった俺によって、無造作に払い除けられた。
「GRUA!!?」
渾身の一撃を容易く防がれた事で、機械龍が驚愕の声を上げた。龍の表情はよく分からないが、なんとなく唖然としているように思えた。
まあ、機械龍の表情はどうでも良い。重要なのは、明確な隙が出来たという事だ。隙を晒したのならば、やる事は一つ。
機械龍目掛け突撃する。足元のライラを気遣い、最初の二歩は軽く。三歩目で音を置き去りにし、四歩目には群青の閃光となる。
そして五歩目を踏み締めた時には、機械龍は遥か後方に居た。
「…………まあ、予想はしてたさ。大元のダンジョンを喰ったんだからな」
振り返った視線の先。そこには、通り過ぎた俺に反応すら出来なかった機械龍が。
……否。
ーーズゥゥゥン。
首を喰いちぎらて宙を舞う機械龍の首と、機械龍だったモノが転がっていた。
「……如何に紛い物の龍と言えど、所詮はダンジョンボス。諸共喰らっちまった俺とじゃ、こうなるのは道理だな」
あれ程苦戦していた筈の機械龍が、全く相手にならなかった。
ダンジョンの力の大半を喰らって糧とした事で、ダンジョンの防衛機構の一部であった機械龍との実力差が、完全に逆転してしまったのだ。
だからこそ、この結果はある意味当然なのだろう。
「……ただまあ、それでもお前は強かったよ」
ダンジョンからの脱出を懸けた最後の死闘は、酷くあっさりとした結末を迎えて終了したのであった。
コオリ君がまた覚醒しました。
もうどこまで強くなるか、私でも分かりません。
魔法のルビが本当に大変でした。
改稿作業終了済み
改稿すると文字数が増える不思議。というか、昔はこんなあっさり薄味風味の作風だったのだなと。
これを成長と捉えていいのか、それとも業と捉えていいのか。
因みにコオリ君は、モードビーストのままではありません。ちゃんと?次回で人型に戻ります。モードビースト系の細かい説明は次回。